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6 ピッカー




 「がっかりだぜ、ベイビー」なんて声が聞こえそうな、薄い眉毛を八の字にする角張った顔がある。その両サイドの男達も同じ。

 

「日本に帰るために、重機に乗っている。それじゃダメなのかよっ」


 腹立たしい口調で言えば、


「私は、ユーの動機を否定するようなことは言っていないと思うぞ」


 なんてのが、ボブマッチョの口から返ってきた。

 その神経を逆なでする顔が言ってんだよ、期待はずれの答えだった、てな。


 わざわざ決勝の相手である俺たちの整備テントまで来て、俺の重機乗りの動機を聞いてきたアイアンペッカーのボブ。

 狙いははっきりしてる。

 挑発だ。


「私はね。獣騎闘技でファイトする目的を、ゴーホームのための手段とするタクミの考えに、少しばかり残念な気持ちになっただけだよ」


「残念……それは良かったですね。じゃあ、その残念な相手と闘えて良かったですね。はい、ごきげんようさん」


 もう出て行けと、ぴっぴ、と手を払う。

 たく、俺としたことが、安易な挑発に心をザワつかせてしまったぜ。

 あの苛つかせる顔は凶器だな。


「例えば、サラ嬢はユーと違って、獣騎闘技に」


「おっさんまだ喋んのかよっ。てか、出て行かねーのかよっ。空気読もうよ、空気。出て行けの空気で充満してんだろここ!」


「そうかい? こちらのエリッタくんが私のサインを求めている空気だぞ」


「……もう、エリッタのばかちん」


 色紙のような板を胸に抱え、ふんわり尻尾をふりふりな獣っ子。

 エリッタにミーハー属性は必要ありません。


「それで、アイアンペッカーのボブさんは、まだ俺を煽り足りないわけですかね」


「サラ嬢は獣騎闘技に誇りを持っている。それは私もだ。タクミも重機乗りなら、誰もがこのあこがれの舞台に立てないことぐらいは知っているだろう」


 俺には誇りとやらがないと、チクリ刺す言い方だが、重機乗りが特別なのはよく理解している。

 なんで名前が上がっているかよくわからんが、サラくらい名家で国王とかにも謁見できる、いわゆる貴族のご令嬢でも、重機乗りになるにはそれなりの適性をクリアしないといけない。

 そこには権威や縁故なんてものは存在しない。

 実力で勝ち取らなければならない世界だ。


 さらさらっと書かれるサイン。

 黒マッチョの手からエリッタへそれが渡されると、アイアンペッカーのボブはエリッタと握手して、それからこのテントを去った。

 ただし、捨て台詞を吐いてだな。


――『できれば決勝は、サラ嬢のような獣騎闘技に本気で向き合う相手と闘いたかった』


 だとさ。

 俺は深呼吸をして、一生懸命にムキーとなって、転がるバタ角を蹴飛ばした。

 そしたら、涙が出そうになった。


 つま先が痛てええええ。






 エリッタの爺ちゃんが戻ってきた整備テント。

 俺はユンボーの履帯キャタに腰掛けながらに、アイアンペッカーの情報を聞いていた。


「儂が知るところでは、そんなもんかのう」


「なるほどね……、あのおっさんピッカーだったのか」


 『ピッカー』とは俺が勝手に区分している重機乗りのタイプのことだ。

 重機のアームの先はアタッチメント式になっていて、俺やサラが使うバケット以外の物への取り換えが可能だ。

 ま、適材適所の換装的なものかな。


 それで、ピッカーは”破つりピック”を扱う者を指す。

 破つりピックってのは、たまーに道路工事とかで見るかな。

 先の尖った鉄棒を硬い地面とかに、ドドドドドッって打ち込んで破壊するヤツで、それのデッカいのが重機のアームの先に備え付けられた感じ。


 異世界仕様でなくても岩盤を砕くくらいの破壊力はあるし、もし異世界仕様で日本に持って帰れるなら、自衛隊の戦車とくらいなら戦っても結構いい勝負するんじゃないかな。

 戦車の装甲くらいは、たぶん打ち抜けると思う。


「とりあえず、装甲を強化するっていうのは、どうすかね」


「ユン坊の大きさじゃと、これ以上装甲板を乗せるのは難しいのう。規定重量を超えてしまう」


 うーんだよな。

 重機を規定一杯までの重さで参加させるのは常識だもんな。

 すでにカツカツ重量のユンボー。

 チューンで重たくなる重機は機体サイズを変更すればいいけど、ウチはユンボー一台だけだし、このサイズの変更とかは、魔法でもどうにもなんないんだよね。


 重機の異世界仕様カスタムは魔法機構でいろいろ強化されてはいるけれど、あくまでも強化しかできない。

 元々ある重機の機械機構そのものから変えられるような魔法技術は、まだまだ発展途上の段階のようなんだ。


「そう深刻にならんでもいいんじゃないか、タクミくん。君はいつも通りユン坊の力を信じて乗ってくれるだけでいい」


「もちろん、そのつもりですけれどね。エリッタの爺ちゃんとエリッタが整備してくれた機体だ。全幅の信頼すよ」


「ほほ、ジュウキ乗りから頂く言葉としては嬉しい限りじゃて」


 ユンボーをぽんぽんと撫でるエリッタの爺ちゃん。


「当たって砕けろが、タクミくんの信条なんじゃろ」


「……ピッカー相手に砕けちゃダメなんすけど、そうっすねよね。当たって考えることにしましょうかね」


 実際決勝までの時間もあまりないし、本格的な対策なんてできない。

 だったら、気合いで闘うのみ。

 今までもそうしてきたし、俺には小さな頃からドラグショベルに乗ってきた経験値がある。

 この両腕両足に叩きこまれた操作技術は、一朝一夕のものでもないし、こっちへ来てから磨いたテクニックも十分ある。


「俺を挑発しても無駄だったって、思い知らせてやるかんな、俺と同じ来訪者のボブマッチョさんよ」







 王都ベネクトリアで開催予定の獣騎闘技本戦。

 その大会の規模は、”世界中の”との冠をつけても良いほどだと聞いている。


 俺が目指すのは賞金、賞品ともにある大会優勝の席一つ。

 このファンタジアからなら、どこの世界にでも渡れる「異世界旅行券」を手に入れるためだ。

 俺はこの旅行券で日本へ帰るつもりだ。

 ただし、そこまでの道のりはあと少しだけ遠い。


 予選にあたる各地区の大会にて優勝した獣騎だけが、本戦が行われる王都へ旅立つ資格を得る。

 そこからが本番だと言ってもいい。


 あと一勝。

 三日に渡って行われたここでの大会決勝に勝てば、俺達は王都へ向かえる。

 俺の帰郷への更なる前進。


 やはり俺は、相手が誰だろうと負けるわけにはいかない。

 日本で超絶面白いはずの「スピアX」が待っているのだから……。


「よし」


 自分の覚悟の強さを確認するのは、愛機ユンボーの中。

 ジェルを注入する前の操縦席は、じわりと汗ばむ程度に暑い。


 キュラキュラ。


 快晴もあり、外は薄着でも良い気候。

 昼過ぎの決勝戦ということで、観客たちの腹具合も良い感じだろう。

 力があり余っているのか、闘技前にも関わらず声援が飛ぶ。

 8対2の割合で……まあ、あれだな。俺へ声援は少ない気がする。


 キュラキュラ、キュイ。


 闘技場入場口で足を停める。

 バトルフィールドを突っ切った視線の先には、もう随分とスタンバっていた模様の相手重機の影があった。

 俺の方は今入場したばかりなので、これから機体ユンボーの検査を受ける。


 ユンボーの足元では、二人の検査員があれこれ機体をチェックする。

 ドアを開け、座席で待つ俺の傍では計器類の最終確認をするエリッタ。


「エリッタ、抱っこしてやろうか」


「エリッタはそんなに子供じゃないのです。抱っこで喜ぶような時期はもうとっくに昔々のことなのです」


 俺は抱っこして喜ぶ時期、真っ盛りです。はい。

 こんなやり取りをしつつも、エリッタはチャックシートとひたすらにらめっこ。

 一見して、邪険に扱われてそうな俺であるが、至って普段の重機乗りと整備士との良好なコミュニケーションである。

 検査が終われば、後はジェルを注入して闘技を始めるだけ。

 だから、ぎりぎりまでエリッタと話せる時間を大切にしたいだけなのだ。


「あれだよな。エリッタもエリッタの爺ちゃんも、俺が本戦の優勝しか見てないって言っても、足元すくわれるぞ、とか、一つ一つの敵を侮るなかれ、的なこと言わないよな」


「お爺ちゃんもエリッタも、タクミくんの性格をよく知っています。そういうことを言うと、タクミくんはすぐ反発するのです」


 変らず、ちょこちょこレバーを動かしたり、スイッチを入れたり動作確認をするエリッタ。

 うーん。否定はしません。

 俺、宿題しなさいって言われると、絶対にやりたくない派です。


「はい、問題なさそうなのですね」


 ふう、と機械に異常は認められませんでしたと、操縦室に安堵の息が漏れた。

 そうしてから、エリッタが微笑ましい顔を向けてきた。


「タクミくんは優勝する。エリッタもお爺ちゃんも信じてます。これで十分なのです。ユビキリゲンマンの約束をしたので、大丈夫なのです」


 小さな手に小指が立っている。

 そうだよな。出会った当時、俺とエリッタは指切りしたよな。

 俺は出される小指に、自分の小指を引っ掛ける。


「決勝に勝てば、『機械やま』の入場チケットもついてくるし、賞金も出る。楽しみにしてていいぞ」


「はい、なのです。そろそろタクミくんの格好も、正装にしないといけないので賞金は助かるのです」


 正装は勘弁だし、服装はこのままでもいいんだけどな……こっちで初めて買ってもらったお気に入りのツナギだし。

 ま、ともあれ。


「「ゆびきった」」




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