5 埋め殺し
、
闘技終了後すぐ、二機の大型重機は寄り添い合うようにして停まる。
ドラグショベルの場合、上部機体を少し回し、足場にできるよう出入り口の下に履帯を合わせてから停める方が、玄人っぽく見える。
すでに顔を見せている相手に合わせ、操縦席のドアを開けた俺はジェルの膜から飛び出し、よっと履帯の上に乗った。
足場は、子供の背丈は優に超える高さ。
対面側の白銀の重機。
俺と同じく、その足の上にて佇む金髪少女が一人。
こっちじゃ16歳で成人扱いとか聞いているから、ちょっと大人びて感じる実家が由緒ある家柄のお嬢様サラ。
「皆さんの前では、あのような言葉を述べさせて頂きましたけれども、やっぱり負けてしまうと悔しいものですね」
ジェルの効果もあるのか、なびく長い髪がキラキラと輝く。
うーん、青空のような瞳に雲のような白い肌。そして、太陽のような笑顔。
やや男勝りの、さっぱりとした彼女の性格がそうさせるのか、全然悔しそうには見えないサラは、正真正銘の美少女だ。
だからこそ、もったいないこの装い。
服のセンスが悪いとかではなく、ある意味間違った知識からくる悲しい結果なのだろうが、少女は特攻服を纏う。
このサラが着る服をこよなく愛する人たちと言えば、暴走族だな。
前全開の紺色の丈の長い上着が、サラの髪とともに風にパタパタ。
均等のとれた体躯。
胸元は白いサラシを巻いて、大事なところは隠している。
ふーむ。
晒しているオツパイは確実に良い物だと思われるが、サラシから圧迫されるそれはそれでなかなかどうして、乙なパイであるな。
と、あんまり胸元ばかり見ていてもあれですから、足元の足袋を確認したところで、
「本日は、エラく気合い入った格好してんな」
「私も本戦でもないのに、そう思いましたけれども、年に一度の格式ある獣騎闘技である以上は、正装で望むが良いかと思いまして」
「まったく、特服が重機乗りの正装って誰が流行らしたんだよ」
昔の姉貴を思い出すから、俺、特攻服嫌いなんだよな。
折角のサラの美人度が半減だ。
しかしながら、ボリューミイ&半分くらしか隠せてない巻きはグッドです。
「それでタクミ。一つお願いがあるのですが、よろしくて」
「うん、サラシブラはよろしいぞ――じゃないない。何!? お願い?」
「ええ、『ウメゴロシ』をお願いしたいのです」
特攻服少女の悲恋にも似た眼差しが、少し離れた土フィールドへ注がれる。
横たわる白銀の折れたアーム。
「埋め殺し、いいぜ」
快諾してサラと別れた俺は、再び操縦席に戻ると、ユンボーを折れたアームのところまで歩かせる。
『埋め殺し』。
建設業のおっちゃんとかが使う本来の使い方と違う気がするここでのこれは、サラのような獣騎乗り(敬虔なキリシア信者)との間では埋葬を意味する。
あれだな。
夏の名物高校野球で、敗れた球児たちが甲子園の砂を持って帰るが、こっちの獣騎乗りの敗者は何かと闘技場に物を埋めたがる。
縁起的なものなのか、通例的なものなのか知らないけど、今回のような場合は破損した部品。埋める物がない時は、わざわざ部品を外してまで土壌へ埋める者もいる。
わしゃりわしゃりとバケットで穴を掘る。
隣で転がる白銀のアームをずりずり引き寄せ、穴へ投下。
どしゃりどしゃり土を被せ、バンバンと”手の甲”で軽く押し固める。
試合後はなんかのマンガで有名になった、ロードローラーが整地してくれるから大体で良い。
鉄のドラムをタイヤ代わりにする機械が行ったり来たりする中、俺は終わったよ、とユンボーで手を振り、準決勝が行われた闘技場を後にする。
「しかし、それにしても」
”埋め殺し”とはなんともヘビーな響きの言葉だ。
小学校の時、親父に連れられてコンクリート打設(通称コン打ち)を目の当たりにした時があったのだが、その時やたらと『なんとかは埋め殺し』とか『埋め殺しでいいですか?』とかの会話が飛び交ったんだよね。
で、コン打ちって建物の壁とか作るためにドボドボ、液体状の生のコンクリートを流し込んで固めるわけだが。
『コンクリート』と『埋め殺し』だぜ?
もうきっと、真実は最悪なものだよ――と、幼い俺は何が埋めて殺されるかにビビって、そこから逃げた思い出があったりする。
「結局、埋め殺しってなんなんだろうな……ま、とにかくは物騒な言葉だ」
◇
布はあるが壁もなく、ただ天井から大きな布が覆い被さるだけの整備テント。
観客席からは隔離された場所に設置するここも、決勝戦を残す頃になれば、まばらにスペースができてくる。
負けたチーム(重機乗りと整備士)が撤去、撤退し始めるからだ。
今はのびのびと重機の出し入れが可能で、車庫入れもストレスレス。
大会開幕時は、そりゃーギチギチのコミコミで苦労したもんだ。
そんなこんなで、サラとの一戦を終えた俺=ユンボーは、サックリと整備テントへ戻ってこれた。
「頬ずりはダメなのです!」
俺の手からエリッタのもふもふ尻尾が、りゅるんと巻きながら逃亡。
「いいじゃん、いいじゃん。すりすりしてもいいじゃん」
「ダメなものはダメなのです!」
小学生くらいにも見えなくはないエリッタから、高校生くらいには見えるだろう俺がお叱りを受ける図は情けなく思える。
だがしかし、だ。
エリッタからのそれならば、甘んじて受けようではないか!
怒っているエリッタも可愛いぞ。
「来訪者のタクミくんには理解できんだろうが、儂ら獣人の尻尾への頬ずりは特別じゃて、エリッタにはまだまだ早いかのう」
そう声を掛けてきたエリッタの爺ちゃんが、「どれ、儂のを」と萎れた尻尾を向けてきた。
ごめんなさいして、続く昼飯の誘いは受けた。
エリッタには、決勝戦の相手がもうすぐ決まるので、敵情視察を終えた後にご飯にするのです――と促されたが、腹が減っては戦はできぬのだ、と駄々をこねてやった。
もちろん俺想いのエリッタは、リスのように頬を膨らまそうとも了承してくれる。
鉄、鉄、鉄と金属部品が転がりまくっているテントの中にテーブルを起こす。
椅子は転がっている物を重ね合わせて作る。
油臭いテントの中、出てくる食事を待つ。
慣れないと食事する気分にもなれない環境だが、今日はかなりマシ。
外はカラッとした天気で、布を捲れば風も吹き込む。
これが雨の日ザアザアの無風だと、もわーとしたものが漂い箸が進まない。昨日がそうだった。
エリッタがカレーライスらしき物が乗る皿を持ってきた。
小さな丸テーブルに所狭しとそれらが並べば、皆で輪を作り食事を摂る。
俺は合掌して、
「いただきます」
日本にいる時はこんなことやっていなかった。
しかしながら、エリッタとエリッタの爺ちゃんがご飯に手を付ける前に必ず、救世主キリシアへ祈りを捧げるので、ただボーと眺めるのにも飽きた俺は、日本流の簡略お祈りをするようになっていた。
ふがふが。
スプーンが止まらない。こっちの飯も美味い。
「ユン坊の履帯が緩かったりせんかね」
「ばいじょうぶ、っすよ」
エリッタの爺ちゃんに、口の中の物が飛ばないよう注意しながら答える。
んで、ごっくん。
「あんまテンションかけ過ぎても(張り過ぎても)切れるし」
鉄のベルトも、繋目はそんなに強度がないので、調整を誤ると簡単に鉄の帯は切れる。
「他は何か、反応が悪いところなどなかったかね」
「調子いいっすよ。う……ん、欲を言えばブーストに、解除までのお知らせカウントダウン機能とか付けてもらえるなら助かるかな」
普段からエリッタの爺ちゃんとの会話は、そのほとんどが重機についてのことばかり。
俺はたまには違う話題を――とかは思わず、そこに嬉しさを感じたりしている。
こっちは好ましく思い、相手のいぶし銀のようなくすみと深みのある目元も楽しそうにしているから、ウインウインな日常会話だ。
重機乗りと整備士。
チームとして獣騎大会へ臨んでいる実感は、俺の力になる。
と、俺主観で語るとそうなるが、エリッタたちがいないと重機で闘えないわけで、一蓮托生の運命共同体、三人四脚では逆に俺の方がエリッタたちの力になってやらなきゃだよな。
おうよ、きっとそうだ。
「エリッタの爺ちゃん。バケット外したり、装甲取り外したりする時なんかは俺を使ってくれよ。力仕事なら俺も手伝えるからさ」
自分なりに良い顔でアピールしていると、どこで覚えたやら「タクミくん、おべんとついてる」とエリッタ。
想いを伝えるべき相手のエリッタの爺ちゃんに至っては、「決勝前に怪我をされては困るからの。遠慮しておこうかの」とバッサリだった。
言っておくけど、俺って使えない子じゃないんだからね!
「怪我を心配してくれるのはありがたいんすけど、なんだかなあ、俺の高まる手伝いたい熱が、行き場を失って爆発しそうになるんすけど」
「タクミくんのような来訪者は、魔法治療が受けられんからのう。気持ちだけで結構じゃて」
俺の視線は、爺ちゃんからその孫へ。
「だからエリッタ、もふもふさせて」
「だから、の意味が不明なのです」
傍らにあった尻尾が、ひょいと逃げていった。
例えば、タブレットでメールを送った場合、そこにテキスト以外の画像や音を添付できる。
これは俺の暮らしていた世界の技術の一端だ。
今いるファンタジアにはメールはない。
代わるものとしては手紙。
郵便屋さんがいないようなので、たぶん、クロ猫と一緒に箒に乗った魔女少女が配っているんだろうと思うこっちの手紙には、『魔法』の技術で、音や香りなんかを添えることができるらしい。
用途を考えれば、どっちも似たようなもの。
だけど、元にしている技術がかなり異なる。
電気と一緒で特殊な装置を介さないと目にできない魔力。
いかにも異世界ならではのこの魔力は、俺のような来訪者に直接は干渉できない。
どういうことか。
簡単に、俺はどんなに頑張っても魔法を使えないし、肉体強化とかヒーリングとか、体へ作用する魔法なんかは効果がない。
俺の認識からすると、不可能を可能にするのが魔法って認識なのだが、仕組みや理論はちゃんとあるらしいから、なんかの要因があって、来訪者の体質に対しては都合が悪いのだろう。
で、普段は感じないけど、この世界で来訪者として生きていく上で時に不便さを感じるのが病院。
こっちにもちゃんと存在する医療は、魔力で癒やす魔法医療がほとんどで、来訪者用の病院が少ない。
「うう、調子に乗って食べ過ぎた……エリッタ、胃薬とか持ってない」
「獣人用は、タクミくんには合わないのですよ」
美味しさのあまりに食べ過ぎましたアピールだったのに。でも、
「それでもいいから、頂戴……」
膨れた腹を休めながら、狭苦しくも穏やかな雰囲気のテントの中、俺とエリッタの二人っきりの時間が流れる。
昼食後、エリッタの爺ちゃんは、知り合いに専用工具を借りに行ったまま戻ってくる気配がない。
そう、今この時この瞬間は、妄想込で俺の部屋に遊びに来た獣っ娘とイチャイチャしている時間とも言い換えられる、至福の時なのだ、
それで、楽しい時間が過ぎるのは早いもので、俺がエリッタにあんなことやこんなことをする前に、テント出入り口の布がバサリと捲られる。
エリッタの爺ちゃんが戻ってきた。そう思ったのだが、俺やエリッタの眼前に現れたのは、三人のガタイの良いオセロな男達。
んで、悲しいかな、重機乗りをやっていると同じ匂いに敏感になるのか、すぐに「あ、こいつ重機乗りだ」ってのがわかる。
三人の真ん中にいる、白のタンクトップマッチョが重機乗り。
両サイドの黒タンクトップマッチョは、整備士には……見えないので、佇まいからして、ただのお付きマッチョだな。
とにかく、この訪問者たちのお陰で、俺とエリッタのスイートな時間は終了のベルを鳴らした。
「せっかくエリッタと、『あっち向いてホイ大会あわよくばあっち向いてモフ大会』を予定していたのに」
「あの、アイアンペッカーのボブさんでしょうか。ボブさんですよね、そうなのです!」
ブツクサ言葉を吐いていた俺の隣から、飛び出すようにして駆け寄るエリッタ。
白タンクトップのおっさんを、ジャニーズタレントとでも遭遇したかのような態度で出迎えている。
きゃいきゃいとはしゃぐエリッタの様は微笑ましく思うが、そのマッチョのおっさんのお陰で、俺達の至福の時間が途絶えたことは留意してもらいたい。
「何、エリッタの知り合いなの、そのおっさん」
「タクミくん、アイアンペッカーのボブさんなのですよ。毎年本戦に出場なされている大、大、大人気のジュウキスターさんなのです!」
振り返るエリッタノ顔は、自分のことのように喜ぶ顔でした。
それを見て、そちらのデッカイマッチョが、なんかすごいおっさんだと言うのは理解した。
確かに、『アイアンペッカー』の通り名は俺の耳にも覚えのある響だ。
それはそれとして、特に嫉妬なんてものはしていないけど、してはいないけど、なぜか今の俺の心は冷ややかだ。
「へえ、そうなんだ……」
「突然、お邪魔してソーリー。彼女の言う通り、そこそこのネームバリューで重機乗りをやっているボブだ」
面長顔が、のしのし近づいてくる。
魔法翻訳機構をインプラントしている俺に対して、いかにもな外国人っぽく喋るとは、結構器用なマッチョだ……などと、感心していると、目の前には太い腕が突き出され、その先にある手は握手を求めるようだった。
「決勝戦の相手を知らないとは、ユーはなかなかに肝がビックな少年のようだ」
「悪気はないんすけどね。俺、本戦のてっぺんしか興味ないんで」
そう啖呵を切れば、ガシっとシェークなハンドだ。
そしたら、強烈な握力で握り返される。
こんにゃろ。舐めんなよ。
男はマッチョがすべてじゃないっ、てところろろろお!? ふんむー痛い痛い痛いつーのっ。
「それで、アイアンペッカーのボブさんが、このようなところにどうしたのでございますのでしょうか」
エリッタの尋ねにより、俺の左手が馬鹿力マッチョの万力から解放された。
「そうだね。敵情視察といったところかな。直接敵陣へアタックする敵情視察もあったものじゃないけれどね。わっはっはっ」
ボブが大きく笑えば、お付きの黒マッチョも笑う。
ウザい。
そして、どうしてあなたたちは、ただ笑うだけの為に腰に手を当てる。
「タクミ、私はユーに尋ねたいのだ。だから直接ここへ来た」
先程までとは明らかに違うボブマッチョの眼差しが、呼ぶ名とともに俺を捉える。
真摯と言わざるをえない、真っ直ぐな視線が俺の顔をのぞく。
「君は、なぜに獣騎闘技で闘う。なぜに重機を駆る。その答えを私に教えて欲しい」