4 サラ=ブレッド
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俺達重機乗りには『獣騎闘技』以外に仕事がある。
ざっくり、モンスター退治。
特にこちらから退治しに向かうことはないが、要請があればその付近の重機乗りが集まる。
依頼内容のほとんどが、「村が魔物に襲われている助けて」。
数台の重機がこぞって被害に遭う村などへ行けば、そりゃもうヒーローのご登場並みに、待ってましたの大歓迎だ。
集団で人里を襲うモンスター。
時に100体近い集団も見かけたが、なあーに、重機軍団の前では千切られては投げられての存在でしかない。
傍から見れば蹂躙、の勢いで駆逐できる。
ただ、たまーに一つ目巨人のようなデッカイ魔物からひっくり返されることもあるが、まあ、ご愛嬌ってもんだな。
そして、モンスターを一掃した後は、本来の重機として俺達は活躍する。
荒らされた村の瓦礫の撤去とか、路地の整地とかだ。
たまに、ブランコ代わりに子供を鉄容器に入れて、ブランブランして遊んでやるが……良い子の皆はマネするな的なもので、昔学校の友達とそれをやっていたら、親父からヒクくらいボコボコにされた。
俺のムカつく奴の名前帳に、記念すべき100回目の親父の名前が書き込まれた、懐かしき小学校の時の思い出だ。
と、こんな話はいいとして、今目の前で闘うサラとは、同じ東地区の重機軍団でよく一緒になる仲だ。
んでもって、そんなサラにいいように扱われる現在の俺=ユンボー。
「こんにゃろ」
コンクリフィールド上、取っ組み合いの間合いを一度切られてからは、なかなか近寄らせてもらえない。
イメージとしては、こっちがダッシュしようとするところに額に手をつかれ、いなされる感じ。
向かってくる俺を、長いアームを伸ばし、先っちょのバケットでコツンと突く。そして、突きつつ後進回り込み&俺が伸ばす腕も払う。
お世辞なしに、ファンタジアの重機乗りとしてはいい腕だ。
それで、重機の腕の位置としては、上部機体のほぼ中央から生えるから、操縦席の右左が正しいのかもしれないが、重機のアームには右利きと左利きがある。
一番多い右利きの場合、操縦席の右側で上腕が上下する。
操縦席を守る盾の役割をしてくれるそれではあるが、操縦者の死角を生む要因にもなる。
だから、利き腕が違う者同士が闘う場合は、死角の取り合い奪い合いが闘いの流れに含まれてくる。
サラ=ブレッドは、俺と同じ右利き。
お互いが死角を取ろうとすれば、お互いが相手を見づらくなるので、死角の駆け引きは生じ難い。
つまりは対等。だからこそ、アームの長さの違いによるアドバンテージが如実に現れる。
向こうはこっちの機体に触れれるが、俺の手は届かない。
「うが、うが」
ガン、ガン、と突かれるようにして叩かれる。
エクステによる追加重量によるものか(大会には重機の重さ制限がある。大きい方が有利だからな)、または、先端にかかる荷重を考慮してなのか。
サラの腕の先端のバケットのサイズは小さい。
こっちの半分以下の細長い鉤爪のようなタイプだ。
またガツン、ガツン。威力はそうないが手数が多い。
反撃してもこっちのは届かない……。
「うーん、困った。気持ちネトってきたような気がする。このままだと赤目ちゃんになっちまうなあ」
今すぐってわけではないが、ジェルレッドへは着実に近づいていっている。
「サラなら観客も興奮するだろうが、俺のスライムに包まれる様なんて、誰得って感じだつーの」
俺はガリガリっとコンクリをひしめかせ、後退。
さあ、攻めて来いと受け身で相手の重機を待つ。
当然ながら、サラは自機の手が届く最大攻撃範囲まで足を回せば、それ以上は寄ってこない。
旋回からの横払い攻撃が俺を襲う。
「ちぇええ、ストおおおっ」
ガキン――と互いのアームが弾け合う。
サラの腕に、俺の旋回攻撃をぶち当てたっ。
バケット打撃は、機体本体には届かなくても、相手のアームには届く。
またサラが旋回攻撃をしてきたので、同じく俺も旋回して腕をぶつけ合う。
パワーの差か、俺の方が弾ける腕に機体を引きづられてしまう――がしかし、
「どうだサラ!? どうする!?」
白銀の重機がアームが水平に長く伸びる。
”誘い”にノってきた。
「よし、『腕試し』合戦と行こうぜ、ユンボーっ」
俺はコックピットの丸ボッチを引き、ブーストに火を入れた。
『腕試し』とは重機乗りの間で呼び合う俗称で、互いの腕の強さを示し合う、アーム並びにバケットのぶつけ合いである。
シャキンと伸ばされた白銀のアームが、大気を上下に分断するかのようにして旋回する。
横から迫るフレッドの鉤爪を、俺も旋回打撃となる横薙ぎ攻撃で真正面から受ける。
右からの打撃を迎え撃つ左の打撃だ。
激しい衝突音に大気が揺れると、機体がズリン、と押し流される。
やはり俺の機体の方が塩梅が悪い。
野球バット理論からすると、腕の長いブレッドはユンボーよりも打撃力が上だ。
「――っう」
数度の腕試しの後、今度は綺麗にバケット同士を打ち鳴らし合った俺とサラ。
サラの方のバケットが振り抜かれれば、ユンボーがぐるんとコンクリの上を滑り、外側の土フィールドまで押し出された。
俺の耳をつんざく、大歓声。
「……ブースト切れたのか!?」
手元を見れば、点滅する赤いランプ。
限界があり、強制的に解除されたブーストはしばらくは使用不可。
「最大出力状態でも押し切れなかったからな。どうすっか」
目の前の透明板越しに見据えた白銀のブレッドは、私が勝者だと言わんばかりに、悠然とキュラキュア足を鳴らす。
俺はまだやれる、と上部機体を旋回し、腕試し続行をアピールする。
するとサラは、長さを活かした最大打撃を行うべく、アームを再びシャキーンだ。
加えて、一度の360度旋回で仕留めようとは思わなかったのか、足を進めながらに上部旋回を開始した。
一回、二回と白銀のアームが通過すれば、最大速度の横薙ぎが俺を襲う。
再び起きた激しい衝突。
刹那の金属の大声。そして、その声は悲鳴となる。
腕が折れた。手首辺りから折れ、土壌の上に吹き飛ばされていた。
鉤爪バケットがつく白銀の腕が、無残にも転がる。
つまり、腕先と腕先が衝突した際に、俺の方が叩き折ったことになる。
俺は操縦席に掛けてあった四角いマイクを手にする。
『あー、あー。マイクのテスト中』
外へと拡声される自分の大きな声を、つまみをいじりながら調整する。
今、俺と向き合うサラの機体は、”手首”を失う。
そして、俺の方はアームの手首付近まで埋め尽くす、”土”を今盛り積むバケット。
機体傍に掘られた穴がある。
俺がバケットを突っ込んで土をすくったからこの穴があるわけだが、特にルール上なんの問題もない。
だって、重機バトルだから。
俺は”長さ”の威力に、”重さ”で対抗した。
バット理論に対して、石を握り締めたパンチは威力が上がる理論。
拳は痛むが、重さ×気合いで破壊力抜群になると言われている。
よって、土を握るバケットの打撃力は、俺感覚比で通常の三倍となり、相手の手首を破壊するまでに至ったのだ。
『サラっ、ドラグショベルの本質は掘削だ! 土を知る者がドラグを知る』
なんか決め台詞っぽいことを言いたいがために無理したら、自分で言っててよく分からんものになった。
けどま、結果良ければすべて良し。
一方的に殴られ続けられるのが嫌で、申し込んだ『腕試し』だったが、腕が折れてしまえばもう闘えまいて。
『それで、どうするサラ。続けるか?』
ブレッドの操縦席にて、金髪の長い髪が揺れ、白くて綺麗な手が操縦レバーから離れた。
向こうもマイクを手にするようだ。
『いいえ。白熱した獣騎闘技だったと思います。私に悔いはありません。タクミに、そして、この良き闘技を導いて下さった神キリシアに、感謝を捧げたいと思います』
会場にサラの晴れやかで綺麗な声が響き渡れば、大勢の観客からは拍手が贈られ、その後俺の名が勝者として告げられた。