3 ドカタン
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野球を知っていればなあ……などと考えていたらつま先に痛み。
そんで、転けそうになる。
整備テントの床に横たわっていたバタ角(丸太じゃない四角い木の棒)につまずいてしまった。
「つう、お前じゃ大きすぎてお呼びじゃない」
バタ角をにらみつけ後に、野球バットくらいの垂木とその半分くらいの垂木を見つけた。
俺の手にはソフトボールくらいの丸っこいゴム珠。
別にバット代わりの木の棒と、ボール代わりのゴム珠があるからといって野球をしたりはしない。
メンツもエリッタの爺ちゃん合わせても三人しかいないしな。
長い棒と短い棒をエリッタに持たせる。
「さてさて問題です。この床に置いたゴム珠を棒っきれをおもいっきり振り、ぶっ叩いて遠くへ飛ばそうとするなら、エリッタは長い棒と短い棒どちらを使いますか?」
セリフ通りゴム珠を置いて、屈む俺は目の前のエリッタへ問うた。
「タクミくん、エリッタをバカにし過ぎのような気がします。試さなくてもわかるのです。ゴム珠が一番遠くへ飛ぶのは長い棒で叩いた時です」
「正解。なんで長い棒?」
「えっと、論理的なことはわかりません」
「うむ、素直なエリッタは可愛いぞ」
「タクミくん。どうして、長い方が遠くへ飛ばせるんですか?」
「詳しいことは、理科の先生に聞いてください。俺先生は長いバットの方がボールがよく飛ぶ。その論理です」
ま、これがエクステの攻撃威力が増す理由で、
「次に、善し悪しの悪しの説明をします。はい、棒っきれはその辺に置いて、エリッタは手を出して下さい」
エリッタの小さな両手を取って、水をすくうようにして胸元でお椀を作らせる。
「いいか、今からエリッタの手の上にゴム珠を置くから、その位置で受け取るんだぞ」
「はい、了解なのです!」
そっと、そこそこに重たいゴム珠をエリッタの手の上に乗せる。
「上手く、乗りました」
「はい、よろしい。では……」
俺はゴム珠が乗るエリッタの両手を自分の方へ引く。
すーとエリッタの腕が伸び、今はぴん、と真っ直ぐに伸ばす両手の先にゴム珠が乗る。
「いいか、俺、手ー離すけど、この位置で支えるんだぞ」
エリッタの手の甲から俺の手が離れた瞬間、ストンとエリッタの腕が下がり、こぼれたゴム球は床をゴロンゴロン。
エリッタの腕がゴム珠の重みに耐え切れなくなった結果だった。
「同じゴム球でも手元と先じゃ重たさが全然違うだろ? エクステつけると遠へ攻撃できるけど、先の物へは力が入りづらくなるんだよ」
「なるほどお。腕が長ければ良いというわけではないのですね」
「振ったりの打撃力は上がるけど、押したり持ち上げたりの地力は下がるんだ」
俺がエリッタに講釈を垂れていると、そろりそろりお爺ちゃんリスが寄ってきた。
「ほうほう、伸ばし腕の講義かな」
「そうなのです。お爺ちゃん。タクミくんはやっぱりジュウキに詳しい来訪者さんだったのです」
「講義ってほどのものじゃないですけど」
「ジュウキ乗りには儂ら『ドカタン』と違って、経験から得ている知識が豊富じゃからのう。エリッタは鍛冶士としてもまだまだ見習いじゃて、タクミくんからたんと知識を盗むんじゃぞ」
「了解なのです」
祖父へ、ピっとこめかみ辺りにつける挙手。敬礼はあるらしいこの世界。
家族間でどうなのかは置いといて、エリッタの爺ちゃんの『ドカタン』は少々萎えるなあ……。
「エリッタ、ドカタンって言ってみ?」
「ドカタン」
ふむふむ。さすがは半分以上、キュートでできている獣っ子、全然違う。
ただの整備士を指しての用語なのに、なんでこんなに心が踊るのだろう。
しかし、『ドカタン』の語源が土方で→土方ん→どかたん、だから、ちょいちょい土方の兄ちゃん達の姿が過るのが難点だな。
本職は鳶さんなんだろうけれど、あのニッカポッカ(ダフダフしたズボン)をこよなく愛する人達ね。
小学生の頃、親父の従業員からよく弄ばれていたからあまりイメージが良くない衣装だ。
うむ、払拭せねば。
「エリッタ、もう一回お願い」
「ドカタン」
「変化をつけてっ」
「どかたん?」
「更に変化をつけてっ」
「ドカターン」
「もう一声!」
「どっかた~んんん」
脇をきゅっと締めて、言葉尻の「ん」が『><』な目で一生懸命なエリッタ。
「グッドだ。よくできました」
こうして俺は、次の準決勝の重機バトルへの英気を養った。
もちろん、相手のエクステ重機の対策などまったく考えてない。
当たって砕けろ。これが重機バトルの真髄である。
重機バトルの円形の闘技場は、二種類のバトルフィールドで構成される。
一つは、中央のコンクリフィールド。
実際にコンクリートなのか分からないが、白くて硬い大きな円の台が埋まっている。
上っ面だけのぞかせる面の広さは、10tクラスの重機が間合いを取って対峙しても、十分に戦えるくらいはある。
もう一つは、そのコンクリフィールドを囲む円状の土フィールド。
闘技場外まではかなり距離があり、とにかく広いのであるが、天候によってコンディションが激変するのが難点だろうか。
そんなこんなで準決勝開始直前、中央のコンクリフィールドを挟み、互いの入場口に白に銀を混ぜる品の良い重機と、年季の入った古めかしい色の重機が睨み合う。
「タクミくん、『ジェル』注入しますのですよ」
操縦席のドアの向こうからエリッタのくぐもった声。
その後、ドアの小窓がパカっと開いて、外からホースの口が接続される。
んで、透明の液体がドボドボドボドボ、ほぼ四角いコックピットへ流し込まれていく。
最終的には、完全に重機乗りを包み込む『ジェル』。
この『ジェル』と俺らが呼ぶ魔法の液体がないと、操縦者は大概バトルで死んでいるだろうな。
簡単にこの液体の役割は、重機乗りの生命を脅かすような衝撃をすべて吸収してくれる。
だから、たとえコックピットが重機の直接攻撃を受けても、フレームが凹むくらいで、ぐしゃっと潰れることはない。
窓の役割をする前面と横を取り囲む透明板も、滅多に割れたりもしない。
それと、揺れは吸収しないので、外からの声は伝わるし、機体の体調(揺れ)も図れる。
とにかく素晴らしくすぐれものの、純水のように透明な魔法液体、それが『ジェル』。
ただまあ、衝撃を吸収してくれる前は、液体なのかも分からないくらいに無色透明、肌触りもほとんどなく少し冷たい空気のようなものであるが、これが衝撃を蓄積し始めるとスライム化していく。
要はドロドロのネトネトの気色悪い感じになって、色もだんだん濁り、最終的には赤色に変色し、コックピットが視界ゼロの真っ赤っ赤になる。
こうなってしまうと戦闘が不可能になって、負けを宣告される。
俺らはこれを”ジェルレッド”とか、赤目ちゃんとかと呼んで、そうならないために、なるべくコックピット直へのダメージは受けないようにしたり、機体を殴られ過ぎないようにする。
「はあ、この吸う瞬間が慣れないんだよな……」
もうアゴ付近まで満たされた液体。
酸素を供給する魔法の液体だから、肺に入れても問題はないのだが。
「すううう、吸え、吸うんだ俺っ。かっ、うごぼ……」
気体のように液体を”吸う”って、なかなか根性がいるのである。
キュラキュラと足を鳴らし、敵方ドラグショベルと俺のドラグショベルが間合いをじわじわ詰めていく。
既に闘技のゴングは打ち鳴らされている。
お約束というか、闘技場内の一番外から闘いがスタートするので、大概はゴングとともに中央のコンクリフィールドを目指してお互い歩を進める。
始めはゆっくり、低速ギア。
ギアと表現するも、車やバイクのようなマニュアルギアとは違う。
異世界仕様で超高速を設ける重機もあるが、基本、低速のカメと高速のウサギ、この二つ間の前後レバーしか備わっていない。
そして、自動車と決定的に違うのは、速度だけを上げるギアではなく、出力を上げるギアってところかな。
ギアを上げると、キャタの回転はもちろん馬力、旋回や腕の動作など”動き”そのもののスピードが向上する。
また、一般的なドラグショベルだと、ウサギのペダルベタ踏み全力前進でも、人が走るくらいの速度くらいなのだが、異世界仕様のウサギは普通乗用車ともタメを張れる。
そんなわけで、出力レバーをカメからウサギへフルスロットルっ。
キュラララララぐいーんで、軽いGが固定される俺を、更に座席へと押し付ける。
ぐんぐん迫る白銀の重機。
相手の――、サラの愛機は『ブレッド』とかパンみたいな名前だったか。
対戦相手も出力最大ウサギのようである。
「おおお、らっ」
交差すれば、闘技場を湧かす一合の鉄の響き。
互いの下部機体は直進のまま、上体機体をぐるんと回して旋回打撃。
挨拶代わりの殴りが終われば、機体を滑らしながら足を逆回転。
今度は後進方向による前進で、白銀重機と間合いを詰めていく。
サラはファンタジアの人間で、女子だ。
しかも、お嬢様ステータスを持つ金髪美少女にカテゴライズされる。
あと、年齢も俺と近く、愛想もいいから話しやすいし、強いて言わなくても心トキメク相手なのだから、なかなかにお近づきになりたい女子だ。
しかしだ、サラ。俺の求める先には、多種多様の美少女たちが待っている――。
「顔馴染みだからって容赦はしねかんなっ。俺には魂を賭してでも負けられない理由があるっ」
白銀と古ぼけた色が合わさる。
今度は、組み合う二機の重機。
下部旋回と上部旋回をこなし、アームの打撃を繰り出して本格的な闘技を始める。
会場の声援が一気に高まった。
重機が熱を帯びれば帯びるほどに、観客たちの体も熱るようだ。