2 タクミの想い
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俺がこの、いかにも剣と魔法の異世界『ファンタジア』へ、来訪者として訪れることになったのは数ヶ月前。
特に招かれたくて招かれたわけではないので、この世界の神様もしくは日本の神様には文句しかない。
あなたの国の民が、よその世界の神から拉致られたよってな。
代わりに感謝する相手といえば、今、ご厄介になっているエリッタとその爺ちゃんだな。ほんと、神様仏様、獣人様だ。
俺は異世界転移なんてものをエンタメで見かけたりもしていたが、まさか自分がその境遇になるとは思ってもみなかった。
んで、てっきり「おお、さすが異世界から呼び寄せた勇者!」的扱いで、混沌とした世界を主人公補正で無双しまくり、世界を救うんだろう展開が待っているかと思いきや、こんな別世界まで来て、「なぜにドラグショベルなんぞに乗らにゃいかん」状態だ。
「タクミくんどうかした? 顔が険しいのです」
簡易テントを張って機体と整備道具を並べるゴミゴミなここに、俺を気遣う女の子の声。
次の闘技までの間、整備テントの隙間を縫ってくつろぐ俺の顔を、子供の獣人がのぞく。
整備士としてここにいるリス系のエリッタは、小柄な体には似合わない大きな革手袋をはめ、スパナを持ち、顔は油汚れに塗れていた。
『ファンタジア』でリスは見た記憶がないが、栗色の髪からピョコっと出る三角の耳と、Tシャツの上に着る、ダボッとしたオーバーオールの尻尾穴から生えるボリューム満点のもふもふ尻尾から、エリッタはリス系獣人と勝手に思っている。
他は特に、俺やこっちの人間の少女との違いはなく、あるとすれば、エリッタに限ったことではないけど、こっちの神様の紋章を身に着けていることだろうか。
エリッタは首飾りにして、彼女のお爺さんはブレスレットとして肌身離さず神の印を持っている。
ま、それはそれとして、エリッタはそんじょそこらの少女に比べたら、素晴らしく可愛いやつなのだ。
気が利くし、謙虚だし、俺を慕ってくれてるし、素直だし、あと爺ちゃん想いのいい子だし。
俺の妹に爪の垢を丸めた団子を食べされてやりたいくらいだ。
うむうむ。本日も健気な顔がグットだぞ、エリッタ。
「そんなことはないない。エリッタを撫でれば俺の気持ちはいつだってパッピーだ」
俺は右手で、よしよしと頭とリス耳を撫でつつ、左手はメインの尻尾へ。
「あ、タクミくん、んっ――んっ。尻尾は、ダメなのです」
「ごめん、ごめん。でもダメと言われれば触りたくなるのが人情ってなものなのだ」
少々顔を赤らめて、我慢するように体をよじらせるエリッタ。
自分に尻尾がないからわからんが、きっとこそばゆいのだろう。
だがしかし、俺のもふもふへの吸着力は衰えないぞ。
この癒され具合。一度覚えたら手放せない。
君が悪いのだ。エリッタがこんな魅惑的な尻尾を持つのが悪いのだ、わっはっはっ。
と、ちょっとした悪代官気分でいた俺に、どわっと湧き起る歓声が届く。
「どうやら、タクミくんの次の相手が決まったようじゃの」
よっこらせ、とエリッタと同じようにオーバーオールを着る爺さんリスが腰を上げた。
「エリッタ。それにタクミくん。敵情視察をしてくるといい。整備の方は粗方片付いておるしの」
そうエリッタの爺ちゃんに言われ、俺とエリッタはテントを出てすぐの闘技場へと向かった。
国民的と冠をつけても差し障りのない、大人気の獣騎闘技、重機バトル。
どこの誰が『ファンタジア』に重機を持ち込んだのか。
さてさてと頭を捻っても、俺が知る由もない。
ともあれ、この世界の救世主キリシア伝承の中に、獣騎士というキリシアを守った英雄たちがいて、そいつらが駆ったらしいヘンテコな馬と現代のドラグショベルのシルエットがなんか似ているらしい。
あと、獣騎と重機で発音も似てるから、受け入れやすかったのかな。
敬虔なキリシア信者が多いこの世界では、もはや重機バトルは昔々の獣騎士の闘いを祭るものであり、尊いものかつ人々が神恩にあずかる神事的な意味を持つようだ。
異文化のとの交流を大切にするキリシアの教えもあり、魔法文化にはない鉄の機械文化は大いに受け入れたようだ。
ついでに、他の建設重機もあるんだけど、大会に出ているのはドラグショベルしか見ない。
そんなこんなで、高校の夏休みに小遣い稼ぎで親父の仕事を手伝おうと仕事現場に行ったら、暗転とともに異世界へ放り出され、路頭に迷っていた俺がこうして生活出来ているのにはこの世界の背景があってこそだ。
大した取り柄もなく、子供の頃からちょくちょく乗っていたドラグショベルを操作できるだけの俺。
たまたま親父が建設会社を経営してて、家に遊べる重機があったからこそ良いが、それすらもなかったらと思うと背筋が寒い。
ほんと、どこの誰がこの世界で重機(獣騎)バトルを流行らせたか知らんが、感謝感謝だな。
でもって感謝といえば、何度言っても足りない、一番でエリッタたちだ。
俺に重機乗りの仕事を与えてくれたのは鍛冶屋のこの二人で、店の経営不振を機に獣騎闘技=重機バトルで一旗あげようとしていた時に、丁度乗り手の俺との出逢いがあったらしい。
こっちでは重機の整備は鍛冶屋が請け負う。
んで、請け負う重機が大会などで優勝すれば、「どの鍛冶屋だ!?」になって名が売れる。
そうするとお店にお客いっぱいの繁盛繁盛となる図式だ。
つまりそうなるためには、俺は勝ち続けなければならない。
しかしながら、エリッタたちの店の宣伝だけで、魂を張っているのではない。
俺はこの大会で本戦のチケットを手に入れ、優勝賞品の『異世界旅行券』を手に入れる目的がある。
副賞の賞金はお世話になったエリッタたちへ。
借金して、今俺が乗っているユンボーを購入しているからな。返済と新しい店の改装資金にでもしてもらえれば嬉しい。
とにかく、『異世界旅行券』だ。
それがあれば、帰れる。
俺が、二十年の時をかけ描かれたシリーズの最後を飾るエロゲ、『スピアX』をプレイするには日本へ帰還するしか手がない。
ちなみに、なんで俺が嫌いな親父の建設現場へ頭を下げてまで小遣い稼ぎに言ったかといえば、このエロゲのためだ。
大きな声では言えないが、俺はまだR18のゲームを購入できる年齢ではない。
となれば、入手ルートは必然裏ルートになる。
仲介役に摂取される手間賃を踏まえると、どうしても一万円が必要だったのだ。
だから、だから、バイトに行ったのに、こんなところに飛ばされちまったよう……うぐう、涙がでるぜ。
闘技場傍、勝者の白い重機が闘技場から撤退をしようとしている。
俺はとりあえず、出そうになった涙を抑えるために、隣のエリッタを呼ぶ。
「エリッタ、もふもふしていいですか」
「ダメなのです。モフモフは一回勝ったら、一回だけなのです」
尻尾を抱きかかえながらに断られてしまう。
いけずなエリッタも可愛いな。うむうむ、ころころしてやりたい。
「それより、敵情視察なのです。タクミくん、ちゃんとサラさんの機体を見てくだい」
「ん? あー、もう観察済み。やっぱお嬢様はお金あるよな、ゼントとか、うちじゃ無理だもんなあ」
次に闘う相手の去りゆく重機は、品の良い白を基調としたカラーリング。
対して、俺のユンボーくんは、古ぼけた色。
型も古いが、俺は旧式のユンボーの中にはブラックボックス的な物が組み込まれていて、いつか覚醒し最新型を凌駕する! なーんて淡い思いを抱いて乗っている。
「タクミくん、ゼントって?」
と、エリッタが問うてきたので、間違えたと言って誤魔化す。
貧乏チームの俺達に、重機全体を塗装するお金の余裕なんてない。
代わりに。
「ゼントは訂正。サラの奴って、エクステつけてんな」
「エクステ?」
「エクステンションって言って、アームの長さを”付け腕”で伸ばしてるってこと。腕起こしてるから、ぱっと見ただけじゃ解りづらいけど、間違いなく伸ばしてる」
イメージとしては”付け手首”だろうか。
エクステを施すと純正状態より、遠くまで手が届く。
「だったら、攻撃範囲が拡張されているってことになるのです」
「だな」
「うむむ。サラさんやりますね」
「まあ、善し悪しがあるんだけどな」
「善し悪し……あ、あれですか、エリッタは、ナガモノは懐への攻撃に対処できないっていうのを聞いたことがあります」
うーん。さすが、日常からモンスターとかに襲われて剣で戦ったり、剣兵で戦争したりしている世界だからそういうのが耳に入るのかなあ。
ま、俺はサムライじゃなくただの重機乗りだから、その辺の剣豪的発想は皆無。
「ちょっとは動作に影響するけど、重機は腕さえたためば、エクステだろうと手前に引けるから、エリッタのはあんま関係ないかな」
そう答えれば、なぞなぞを一生懸命考える子どものように、うーん、うーんと頭を抱える獣っ子。
特に意地悪するつもりではなかったけど、悩めるエリッタも可愛いので、しばらく眺めていた。
「降参なのです。エリッタには腕を伸ばす良いところはわかるのですが、悪いところがわからないのです」
「良いところは、範囲だけでなくて威力もかな、悪いところは……テントに戻ってから話すよ」
「タクミくんは意地悪なのです」
もうと叩いてくるエリッタの攻撃から逃げる俺。
そのまま、整備テントへと戻る。