1 重機は獣騎
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高校生活を棒に振った俺が今いる異世界の空は、高く広く青い。
高層ビルが建ち並ぶわけでもなし、たまにワイバーンなる飛竜を見かけるが、飛行機が行き交うわけでもなし、とにかくは大空だ。
その大きな空の下では、鉄と鉄とがぶつかり合い火花を散らす、熱い熱い魂の闘技が繰り広げられる。
闘技場の周りを取り囲む斜度のある観戦席。
そこから、大勢の観客たちに熱気ある声援を送られる。
中央にコンクリ、その外を硬い泥が覆う闘技場。
土煙があがる土壌では、異世界人の人間が獣騎と称する重機を、俺が駆る。
俺の愛機『ユンボー』は、日本でパワーショベルとかの呼び名が馴染みの、ドラグショベル=異世界仕様。
むろん、闘う相手も同じく異世界仕様重機。
足元にあるペダルを踏み込む。
何枚もの鉄の板を繋ぐベルトがギュルルルと唸り回る。
キャタピタの足を持つ下部は10 t近い躯体を軽々、そして一気に最高速へと押し上げる。
猛突進する俺を、相手のドラグショベルはアームを使い受け止める。
上部躯体の主な機能であり、ドラグショベルの象徴とも言える一本の太い”腕”。
その先端の平たいバケットが壁になり、俺の体当たりは防がれてしまった。
「こんにゃろっ」
両手で操る操作席のレバ―を――ガッと入れるっ。
ぐるんと、360度回転可能な上部躯体を旋回して、俺もアームを使い相手の”手の甲”を薙ぎ払う。
そして、ブン殴り&ブン殴られ。
形容し難い重い音を打ち鳴らし合う。
空気を割るような衝撃音が止まれば、俺の方がパワー負けしたのか、片方の”足”が浮き上がり、機体が斜めへ傾く。
「ぬおおお、やばやば」
重機バトルの試合ルールは至ってシンブルで、戦闘不能になる、だ。
ドラグショベルは一度倒れてしまうと自分の力では起き上がれない。
だから相手は、重機を地面へ転がそうと叩いて押す。
簡単に、相撲だな。
しかし、相撲と違うところは――。
上部機体を旋回し、地面へ手をつく。
自分を押し戻す。ドシンッ! と重々しい音を立てて、転倒回避。
「うらばっ」
揺れる操縦席。『ジェル』があってもなかなかに重みのある揺れはシンドい。
相撲では負けとなる手をつくことで、再びレベル(平って意味)に戻った俺は、すかさず反撃にでる。
グオン、と後退し間をとったら、ジャキンとアームを前方へ突き出す。
地面すれすれに伸ばす、腕先に尖らせる三角鉄箱のバケット。
イメージは槍だ。
「全速突撃!」
相手の懐――というか、股下に、押し突くようにして手先を挿入。
気分的には望ましくないが、対戦相手が男なので変な遠慮は無用。
ガリガリ、ガッ、と相手ドラグショベルの履帯――二つある帯体の『=』の間に、重機の”腕”が潜り込んだ。
つまり『≡』な状況。
結果的に一つしかない腕を、股で抑え込まれた結果となり、相手からは殴られ放題となるのだが。
「ユンボーっ。ここが勝負どころだっ。ブースト行くぞおおっ」
我が愛機の名をきっかけに、レバーの際に備え付ける丸ボッチをぐいっと引く。
駆け巡るパワーの息吹!
一時的に重機の出力が増々状態になるっ。
「ぬおおおおお――」
地面を支えにして、手先から巻くように起こしてしてゆく。
腕を引き上げてゆく。
キャタピラを高回転で回しながら、ぐりぐり、押してゆく。
それによって、浮き上がってゆく相手の機体。
「一撃いいい必倒おおお、股ぐら返しだおらっ」
バー―ダンっと土煙を上げて相手ドラグショベルが転倒した。
この時点で俺の勝ち。
会場の音声拡大機から、俺の名で勝利宣言がなされれば、大喝采が起こる。
異世界人は、重機バトルが大好きだ。
俺がこの喝采を浴びることに不満はない。けど、生きがいにはできない。
俺は何がなんでも、家に帰らなくてはならない。
次の闘技のため、相手のドラグショベルを引き起こしてから整備テントへ向かう。
キュラキュラ足を鳴らし、操縦席を囲む透明の板の一枚(窓)を引き上げた。
操縦者を包み込む透明の液体『ジェル』から、そこそこに良い男の顔をのぞかせる。
あえてボサる髪を、撫でてくる風が気持ちいい。
そして、見上げる空は日本と同じ青さを持つ。
「はあ、もう『スピアX』発売されてるよなあ……」
やっぱり、俺は何がなんでも日本へ戻らなければならない。
なぜなら、異世界にはないエロゲが、俺を待っているのだから。