デコだっちゃねェ〜‼︎
流行り廃れの世の中で、不動の人気を得ていると、信じていた。
猫界のペルシャとシャムだ。
犬界はまあ、柴犬ぐらいかな。
オッドアイといわれる、左右色違いの眼の色をしても、売れ残ってるなんて、予想外。
丸くて可愛い感じが、流行り。
餌も嫌い。
で、ガリガリ。
長毛種では無いシャムが、痩せこけると、すごい事になる。
まず、子供が嫌う。
その上、エメラルドとトーパーズの瞳が、かなり怪しい。
痩せるぐらいなんだから、毛艶も最低。
安いブラシから毛が半分抜けた様な容貌に変身している。
1番狭いゲージに押し込められ、陽の光もささない隅っこに追いやられ、猫だって自分の立場がわかる。
放り出されるならまだしも、処分対象になりつつあったのだった。
まだ、1歳にもなってないのに。
こんな扱いを受けていたら、ひねくれ出すのも仕方ないだろう。
機械的に替えられる水とシートの隙を狙って、ゲージから飛び出す。
途端に、入って来た客に抱えられてしまった。
ネズミも取らず、仲間とも戯れ合わない、ゲージ暮らしのシャムは、手足をダランとしたまま、捕まった。
店長って、凄い。
オマケをつけて、その客にシャムを押し売りしたのだ。
「優しくしてあげてくださいね。」
お前らだろうが、と吠えるがニャアとしか出ない。
とにかく、ここから生きて出られそうだった。
おまけの嵐の中、本猫より高いゲージごと、車の後ろに押し込められた。
横に、帰ってくるなって書いてありそうな、食べた事の無い高そうなドライフードと見た事も無いオモチャや猫用トイレとそれ用の紙砂までが、積まれた。
七対三ぐらいの大盤振る舞いのおまけたちだ。
シャムはどう見ても三の方だった。
あまり鳴かない性質なのだがさすがに、ニャアニャアと鳴く。
「大丈夫だよ。
僕ンチには、昔シャムがいたから。」
なんのなぐさめか。
昔って、どれぐらい前。
猫の寿命だと、3世紀前ぐらいか。
鳴くのを止めた。
えづき出したのだ。
下を向くと、ゲーッと水が出た。
餌なんか喰わないから、水と少しの毛が、足元のシートに広がる。
車が止まり、仕方ないかと、言われた。
シートの上に、もう一枚シートを引くと、ゲージは閉じられ、車が又走り出す。
山道らしく、カーブが多い。
ゲージの角に腰を預けて、カーブごとに揺れる。
ムカムカするが、さっきよりスピードが落ちているし、もう吐くものもないので、どうにかこのドライブをやり過ごしていた。
ガリガリの上に吐いたので、印象は、最悪だったろう。
車から降ろされ、汚れた身体を洗われた。
臭かったのは、吐いたからじゃ無くて、ほっておかれたからなのだが、伝える術がない。
情けなくニャアと鳴くしかなかった。
洗われて、手足をブラブラさせたまま、居間に連れて行かれた。
古い民家で、デカいコタツのある、見た事のない世界が広がっていた。
ペットショップとゲージが世界の全てで、生まれおちた場所や親なんかは、遥か彼方の幻想の世界だったのだ。
つまり、忘れた。
畳に降ろされ、オマケの首輪に指を引っ掛けて、逃げない様にされて、ドライヤーを、かけられたが、慣れてるから、動じない。
アッと言う間に乾くと、タオルでもう一回ゴシゴシされた。
やはりオマケのリードに前脚と頭を通され、紅く鈍く光る柱にくくりつけられた。
雑に新聞紙が引かれたのは、畳のせいだったが、元々性格的にいじけていたので、ムカついてバリバリ引っ掻いてやった。
「オッ、元気でたな。
ヨシヨシ。」
爪を出してるのに、構わずガジガジ撫でられた。
いつの間にか、水とドライフードが出されてるが、見た事のない皿だった。
プラスチック的なのしか、見たことがないので、瀬戸物の器は、なんか変。
ニャアと鳴くと、又ガジガジ撫でられる。
「食べて良いんだよ。
名前、つけなくちゃな。」
ガジガジされるたび、眼が細くなり、頭が左にかたむく。
出ていた爪も引っ込む。
目の前にフードの入った入れ物が差し出された。
食べてみる。
一口食べて、ニャアと鳴く。
「ヨシヨシ、お食べ。」
このまま水と餌を残して、ゲージの掃除や、車に積みっぱなしの物を片付けに行ってしまった。
フードからは甘い肉の匂いがする。
破れた新聞の匂いを嗅ぎ、下の畳に、鼻をこすりつける。
三口四口食べて、水を飲む。
水が美味しい。
タップリ水を飲んでから、久々にお腹いっぱい食べた。
食べ過ぎて、立っていられず、ペタンと尻もちをついた。
腹がゆれて、かたむく。
そのまま、横坐りから、寝転ぶ。
手の先と口の周りを舐めとる。
柔らかい日差しが、障子の桟を染めながら、夕焼けを映し出していた。
遠くに硫黄の匂いがしてる。
渓谷の温泉街のそばらしいが、まだ外の世界は知らない。
ウトウトしながら、柔らかい手に運ばれ、フワッと寝床に置かれたらしい。
人間の尻にひかれていたクッションが、ゲージの中にひかれていて、そこに寝かされていた。
柔らかい布に耳や顎をこすりつけてから、身体を伸ばし起きる。
水のボトルが、取り付けてあったが、トイレがない。
普段、シートにしているが、あまり好きじゃないのだ。
ニャアニャア鳴くと、人間があわられた。
「ヨシヨシ、落ち着いたかな。」
ゲージを開けてくれた。
おっかなびっくり、へっぴりごしで、ゲージを、出る。
部屋を見回し、匂いをかぐ。
あのトイレだ。
一目散に駆け込み、終了。
ケタケタ笑われてるが、構わず膝を、探す。
立ってる人間に、前脚を伸ばして、軽くひっかくと、手が優しく抱えてくれた。
あいかわらず、手足はダランだ。
胸元まで抱き上げられると、落ち着く。
人の首や耳のあたりの匂いがすきなのだが、あのペットショップでは、この行為は嫌われた。
しばらくして、肩に乗る。
元々シャムは、屏の上や梁を渡って歩くのが好きなのだ。
肩に乗せられたまま、周りを観察。
しっかりつかまっているが、爪はたてない。
爪なんかたてなくても、天性のバランス感覚はさすがに猫なんだから。
「ここが好きなら、このままでいようか。」
ニャアと鳴いて同意。
そのまま、さっきのコタツのある居間に移動。
ふすま一枚のことだったが、安心する。
あの柱が立っている。
「あれ、そんれが猫かい。」
しわくちゃな婆さんがコタツに入っていた。
「シャムに縁があってさ。
この子、オッドアイなんだよ。
綺麗な瞳してるっしょ。
時々、見てたし。
名前、つけなくちゃ。」
座ったようなので、肩から膝に降りると、コタツ布団だった。
ほんのり温かみが違う。
丸まって、落ち着く。
「これは、前の猫より、デコだっちゃね〜〜。」
婆さんが、豪快に笑うが、気にしない。
耳を回しただけ。
「あははは、デコ、出てるよね。」
テレビが何か喋っていたが、無視。
コタツ布団の温もりと柔らかさに、天国にいるようだったが、目覚めると、デコと、呼ばれるようになっていった。
ご飯をちゃんと食べるようになって、毛艶も良く、身体も堂々としたシャムになったが、名前どうり、おデコが、少し出ていた。
どのみち、あの婆さんが居るから、《デコ》以外の呼び名はつかなかっただろう。
今では、デコと呼ばれたら、肩に乗ったまま、ニャアと鳴いて答えてやってるのだった。
今は、ここまで。