繋いだ手のその温もりは
女の子が来るというから、総出で出迎えたのだが―
「はじめま…」
「嫌ぁぁ、私に触らないでぇっ!!」
「な、何だってんだよっ!!俺は何もしてねーじゃんっ!!」
カタリナに挨拶をしようとただ握手をしただけなのに、トビアスは思いっきり突き飛ばされてしまった。
「トビアスは無粋なんですよ…レディ、どうされたんですか?」
女の子受けがいいニコラスが、微笑みながらしゃがみ込んだカタリナの肩に手を置いたのだが…ものすごい勢いで払いのけられてしまった。
「は、半径1.5m以内に近寄らないでくださいっ!!私、ダメなんですぅぅぅぅっ!!」
そう言って助けを求めるようにカタリナが抱きついたその人は……立派な男の人だった。
今日も私は極限の中で闘っています。
そこらじゅうにいる『彼ら』には負けません。
だって私は皇立天涯騎士団のエリートなのですから。
確かに『彼ら』は私にとって最大の敵、撲滅したいくらいの存在です。
そんなことをしたら世界が滅んでしまうのはわかっているのですが、どうしても『彼ら』と仲良くなれるとは思いません。
ブリーフィングルームの中に微妙な緊張が走る。
自分以外を敵対視するクライスと難癖大魔王のトビアス、意外と負けず嫌いのフェビアンの三竦みに加えて援護射撃は準備万端とばかりのニコラスに能天気ながらもシビアなマイケル。
士官学校の同期であり仲間でありながらチームワークのかけらもないこの5人は、ぶっちゃけ第二空挺団第十六後方支援小隊の悩みの種だ。
というよりもむしろ彼らの隊長の胃痛の種といえようか。
とにかく、隊に配属される前から配属されてしまった今日まで問題なくブリーフィングを終えたことがない5人…いや、常に臨戦態勢でありながら沈黙を守るカタリナを入れた6人は、今日もまたぎゃいぎゃいと他人の揚げ足を取ることに熱中していた。
猪突猛進、魔導戦闘機のコックピットに座ると二重人格、スピード狂、えげつなさ…etc。
とにかくありとあらゆる言葉で罵り合い、一向に話が進まないのだ。
「あ~あ、もう折衷案でいこうぜ?言い合うのも疲れたし」
ウンザリした声をあげてギブアップのポーズをとるマイケルにそれもそうだと賛同するトビアス。
何か言いたそうなフェビアンは眉を寄せたものの何も言わず、クライスにいたってはイライラがつのってか資料で折り紙を折る始末である。
ただ一人、真面目なニコラスだけが不満の声を漏らしたが疲れきってしまった彼らにはもうどうでもいいことであった。
誰が殿に回るかなど、今さら話し合っても仕方がないのだ。
結局はなるようになるのだし、長射程砲をうまく扱えるトビアスかカタリナあたりがやってくれるだろう。
つまるところ問題なのは特攻上等なフェビアンとクライスとマイケルなのであって、それさえもがよく考えたらどうでもいいことであった。
彼らの技術はルーキーとは思えないほど高く、何の問題もないのだから。
「じゃあ、それでいいですか?みんなで特攻して、しばらくしたらトビアスとカタリナさんが後ろに下がって援護、僕は斥候隊を撃破、マイケルは敵をすべて堕としたかどうかの確認、フェビアンとクライスは戦艦を破壊」
ニコラスがなんとかみんなの言い分をまとめると、しぶしぶながら了解の声が上がった。
そして顔をうつむけ小さく「了解」と答えたカタリナに向かって優しく言う。
「ということで、ブリーフィング終了ですよ」
カタリナはその言葉を待っていたとばかりに、即座に資料を片付けて席を立つとわき目も振らずに部屋から飛び出していってしまった。
事情を知らない人が見たら変に思うかもしれないが、もう慣れっこになってしまった5人にとっては日常のことである。
これでも進歩したのだ。
最初は今にも気絶しそうなカタリナ相手にブリーフィングルームにこもって話し合いなどできなかったのだから。
そう、カタリナは男嫌い。
それも極端な男嫌いであったため、会話そのものが成立しなかったのである。
いまだに5人と隊長以外の男性と話すことはおろか、まともに直視することができないのだ。
何故そのようになってしまったのかはカタリナが話してくれないのでわからないが、心配といえば心配である。
パイロットの技術には問題はないがコミュニケーションがとれないとあっては、いささか危ないだろう。
だが、自分たち5人の関係もうまくいっていないのでは何も言えない。
「カタリナちゃんもずいぶん俺たちになれたよな~」
初対面で突き飛ばされたトビアスがしみじみと述べる。
「トビアスは怪しいオーラがにじみ出てるんだよ。クライスなんかは女性に対して聖人君子だから拒否反応がなかっただろう?」
「そうそう、思いっきり抱きつかれてたもんな~」
いいな~を連発するトビアスとマイケルを尻目に、資料でできた折鶴の羽を器用に広げていたクライスは黙して語らずを決め込んでいるようだ。
それもそのはず。
クライスとて男、可愛い女の子に抱きつかれたことは嬉しかったのだが…その理由が気に入らない。
毎度、クライスがこの話題になるとむっつりと不機嫌になるには理由があったのだ。
女と間違えられた。
誰にも話していないのだが、カタリナはクライスを女性と間違って抱きついてきたのであった。
クライスはかなり美形の部類に入る。
フェビアンやニコラスも中性に見えなくもないのだが、クライスほどではない。
口を開けば明らかに男とわかるとはいえ、クライスは黙っていればきつめの美女でもいけるかもしれない。
冗談じゃないっ!!
女と間違えられるなど、男の沽券に関わる大問題だ。
小隊唯一の十代であるニコラスでさえ、初対面で男と判断されたというのに。
まあ、そのおかげでカタリナの庇護者的位置づけとなったのだから満更でもないのだが。
カタリナに対して比較的普通に接することができる男は、この小隊の中ではクライスただ一人だけであった。
今日もがんばった!!
45分間も男の人と一緒の部屋にいることができたなんて。
猛ダッシュで自室に駆け込みながら、カタリナは天にも昇る気持ちだった。
しかも会話をすべて聞き取ることができたのだから、努力した甲斐があったというものだ。
それもこれもクライスさんのおかげです!
カタリナが初対面の時に女性だと思って助けを求めたのは立派な男、クライス・ニールセンだった。
あの後、へなへなとくず折れてしまったカタリナを医務室に連れて行ってくれたのはクライスで、その時にクライスが男であるということが判明した。
クライスがあまりにも綺麗な顔だったのでカタリナの男嫌いも影を潜め、ひたすら謝り続けたのだ。
今でもクライスに対しては初対面の時のイメージが強いのか、拒否反応が出ることがない。
まあ、それでもあまり近寄りたくはないことにはかわりがないのだが。
「わ、私、幼年期から女ばかりの家庭に育って、あの、幼年学校からずっと共学の学校には通ったことがなくって」
クライスから一定の距離だけ離れたカタリナが必死になって話す生い立ちをクライスは黙って聞いていた。
「だから士官学校では虚勢を張って…」
背中に冷や汗が流れているのだが、クライスは近寄ってくる様子もないし顔が中性っぽいのでなんとか説明できそうだ。
「男の人とどうやって接していいかわからなかったんです」
この世の半分が男という性別で占められる世の中にあってよく生きていかれたものだと感心する。
「そ、それは大変だったな…」
そんなんでよく士官学校を卒業できたものだと思ったが、ここで何か言葉を発したらトビアスの二の舞になるのではないかと危機感を抱いたクライスはただカタリナが話すことを黙って聞いてあげた。
「関わらなければなんとかできると思って、極力避けていたんですが、その所為でますます収拾がつかなくなってしまって」
自分でも異常だと思うのだが、どうやって克服すればいいのかわからなかった。
別にトラウマになるようなことをされたのではなくって、ただ単に異星人と話しているという感覚だ。
同じ人間だというのに、まったく違う生物としてカタリナの頭にインプットされてしまったらしい。
「本当にごめんなさいっ!!」
深々と頭を下げるカタリナだったが、本当に謝らなければならないのは突き飛ばしてしまったトビアスと手を振り払ってしまったニコラスに対してではないのだろうかとクライスは思った。
そもそも、ニコラスはともかくとして女性に見境のなさそうなトビアスに近づけるのかどうかが怪しいところだ。
「あ、俺のことはいい…が、これからどうするんだ?うちの部隊はほとんど男しかいないからな」
『ほとんど男』という言葉に顔面蒼白のカタリナを目にしたクライスは言葉を切った。
「ま、魔導戦闘機に乗っていればだ、大丈夫です」
か細い声で主張するも、ずっと魔導戦闘機に乗っているわけにはいかないことはわかっているので自信なさそうだ。
まあ、よくあることでカタリナも魔導戦闘機に乗って操縦桿を握ると性格が反転するたちらしい。
それを利用できないだろうか。
アンダーにパイロットスーツを着込むとか、常にバイザー着用とか・・・・・。
そう考えてから、常にバイザーをつけたカタリナの姿を想像し、クライスはげんなりした。
常にバイザーを外さない人物がうろうろしていたら十六小隊は奇人変人の集まりだとかいう噂が立つかもしれない。
「じゃあ男をすべて魔導戦闘機と思えばいいんじゃないか?」
そういう問題ではないような気がするが、クライスにはいい案など思いつかなかったので苦し紛れの案を出した。
「そ、それは思いつきませんでした。戦闘機ですか…いいかもしれません。戦闘機、戦闘機…男は戦闘機…」
納得するな、突っ込めよ。
そう思ったクライスであったが、真剣に考えているカタリナを見ていると馬鹿らしいとは思えなかった。
きっと本人にとっては深刻な問題なのだ。
自分たち十六小隊としてもカタリナの男嫌いは多かれ少なかれ問題になるだろう。
何故自分が何とかしなければと思ってしまうのかわからなかったが、悩んでいるカタリナを放っては置けない。
「今のように距離さえ離せば大丈夫なのだろう?俺も協力してやるから、とりあえず他のパイロットと整備士たちに挨拶に行かなくてはな」
悲壮感漂う顔ですぐに拒否されたのだが、いつまでもこもっているわけにはいかないのだから仕方がない。
カタリナが可哀想になってきたクライスは気休めにでもなればと付け加える。
「任務だと思え。パイロットと整備士のところに行って挨拶をするのは任務だ」
「任務……任務ですねっ!!」
任務に私情を挟むことは許されることではないし、何があっても遂行すべきことだと士官学校で叩き込まれている。
任務だと切り替えれば、一事凌ぎにはなるだろう。
その後、今にも人を殺しそうな表情のカタリナが十六小隊で同僚になる隊員たちに自己紹介する姿が目撃されたのだか…それからカタリナが男嫌いだということが広まってしまい、からかい半分にカタリナに近づいてくる男が絶えなかったのだが、クライスがことあるごとに追い払ってくれたので何とかやっていけている。
クライスのおかげというのはそういうことなのだ。
何故なのかはわからないが、クライスはカタリナの面倒を見てくれる。
カタリナが男嫌いを直そうと相談すると、クライスは協力すると言ってくれたのだ。
まずは話すことから、魔導戦闘機の整備、訓練規定、一緒に食事。
クライスは辛抱強く付き合ってくれ、その甲斐あってかずいぶんと男嫌いの拒否反応が緩和されてきた。
それでも緊張するし、狭いブリーフィングルームで男性に囲まれることにはまだまだ慣れないカタリナであるのだが。
このまま男嫌いとおさらばできる?
自室のベッドに勢いよくダイブしたカタリナはあれこれ想像しては心をときめかせる。
つい何ヶ月前までは考えられなかったような変わり振りであろう。
昔からの友人が今のカタリナを見たら何と言うだろうか。
友人たちの恋話を泣きそうな顔で聞いていた人物とは思えないくらいだ。
密かに恋愛に憧れていたものの、現実の男性に近寄れないカタリナには夢のまた夢だったがそれももう終わり。
計画を実行に移すのは今しかないっ!!
もしこれができたら、すべてうまくいくような気がする。
自分も素敵な恋をするのだ。
そのためにはこれを突破しなければならない。
ぐずぐずしていたらせっかくの決意も鈍ってしまうので、ボルテージが高まった今を逃せば今度はいつ決心できるかわからない。
そうやって決意を固めたカタリナは計画を手伝ってもらうためにクライスのところに行くことにした。
頭の中が春めいているカタリナをよそに、ここに悩む男が一人。
カタリナの庇護者、クライス・ニールセン。
どうやらカタリナは自分を男とは認識していないらしいと考え始めたのは最近のこと。
初対面のイメージが定着してしまったようで、「クライスさんは綺麗ですね」と言われたときには思わずズッコケてしまった。
男に『綺麗』だと?俺が『綺麗』だとぉ!!
ショックだ。
カタリナは男嫌いなので気付かなかったのだが、クライスが協力すると言ったのにはわけがあった。
実は一目ぼれ。
情けないことに、初対面で抱きつかれた時にときめいてしまったクライスはカタリナの脱・男嫌いに協力するという格好のチャンスに飛びついたのである。
トビアスのことをとやかく言える立場ではないなと自嘲気味に考えるも、カタリナは真剣に取り組んでいるのだ。
そのがんばりがまたクライスに好印象を与えているとは知らないカタリナは、ますますクライスを魅了しているのであった。
どうしたものか。
カタリナは男連中に密かに人気があるため、クライスは気が気ではない。
いつか、カタリナが誰か他の男を好きになるかもしれない可能性もあるわけで。
かといってカタリナをどうにかしないと先に進めないのであって。
恋に落ちた男の葛藤は不毛な道をたどるのであった。
もんもんと悩み続けるクライスの元にその元凶がやってきたのはその時だった。
「なんだカタリナ、お前がこんなところに来るとは珍しいな」
トビアスがいるかもしれない(というかクライスとトビアスは同部屋なので高い確率でいる)クライスの部屋に訪ねてきたのはカタリナ本人。
「クライスさんに手伝っていただきたいことがあって…あの、今いいですか?」
いつもならばトビアスがいないことを確認してからでないと入ってこない部屋に飛び込んできたカタリナはなにやら興奮したように話す。
「ああ、何かあったのか?」
クライスはいぶかしみながらもカタリナを自室へと迎え入れた。
男の部屋に何の疑問も持たずにノコノコと入ってくる男嫌いというわけのわからない構図である。
「クライスさん、私…男嫌いが克服できそうなんです!!」
クライスは部屋にあるただ一つの椅子をカタリナにすすめたが、カタリナは座ることすらもどかしいというような勢いで聞き捨てならない言葉を口にした。
あり得ない人の口からのあり得ない言葉。
男嫌いが、克服できそう?
「…それはよかったといいたいところだが…お前、今日も冷や汗垂らしていただろうが」
先ほどのブリーフィングで45分しか耐えられなかったのに、何を言うのだろうか。
クライスはカタリナの突拍子もない発言にいささかあきれた。
「うっ、でも、これで大丈夫になるんです!!」
いつもとは考えられないような前向きなカタリナにクライスは面食らった。
大丈夫になるとはどういうことなのだろうか。
なにかとんでもないことを考えていそうなので怖い。
「俺に何を手伝えと?…接近戦でもやるのか??」
それだったら断りを入れようと思ったクライスだったが、カタリナは首を横に振ってなんとも可愛らしいことを申し出てくれた。
クライスとしてはある意味チャンスともいえるカタリナの男嫌い克服方法…それは。
「私と手を繋いでください!!」
ふざけているのかと言いたいくらいだが、本人は大真面目で言っているのだろう。
カタリナはその自信に満ち溢れた大きな目でジッとクライスを見つめてくる。
手を繋ぐなんて可愛いじゃないか。
カタリナと手を繋ぐなど、やったことはない。
一緒に食事を取れるようになっても不必要に…というか絶対にカタリナに触れることはしなかった紳士クライスはカタリナの方からこんなことを言われるとは思ってもいなかった。
いづれは普通にハグぐらいはできるようになってもらいたいと思っていたが…。
「手って、俺とか?」
「はいっ!!そうしたら、もう大丈夫な気がするんです」
切羽詰ってショック療法を試みるというわけではないようなので安心したものの、大丈夫なのかという心配がむくむくと湧いてきた。
「お願いできますか?」
手を繋ぎたくないわけじゃなくむしろその反対なのだが、手を繋ぐ宣言をして繋いだことがないので柄にもなく照れる。
いや、これは好機だクライス。
カタリナとの新たな関係を築く突破口なんじゃないか?
手を繋ぐぐらいなんてことない。
むしろそれ以上の行為でも大丈夫なくらいだ。
「わかった…じゃあ、右手を出せ」
握手するわけではないんだ。
手を繋ぐんだぞっ!!
といっても、握手と変わりはないんだがな。
くっ、なんでそこで目を瞑るんだっ!!
俺の方が緊張してきたっ!!
カタリナの差し出した手をクライスがゆっくり握る。
脈という脈が拡張と収縮を繰り返してどくどくと煩いのだが、カタリナもクライスも手を繋いだまま固まってしまった。
何だか変な感じ……繋いだ手が熱い
クライスの大きな骨ばった手に包まれた自分の手がジンジンとする。
でもどこか気持ちが良くて、懐かしくて、カタリナもおずおずと握り返した。
こんなに小さな手だったのか。
自分の手にすっぽりと納まるカタリナの華奢な手は小動物のように震えている。
かと思えば、その手がクライスの手をゆっくり握り返した。
「だ、大丈夫か?」
「は…い、変な感じですけど、心地いい…です」
心地いい……そうか、よかった。
気持ち悪いと言われなくて良かったと思ったクライスだったが、カタリナはまったく別の何かを想像していたようだ。
「幼い頃、父に手を繋いでもらっていたことを思い出しました!!」
…………父親って、何だよ。
なんだか泣きたくなってきたクライスだったが、カタリナの穏やか表情を見ておやっと思った。
穏やかなのに泣きそうな、嬉しそうな、すべての感情が入り混じったような。
「お父さん…」
ポツリと呟いたカタリナは遠い昔に想いを馳せる。
クライスの手の温もりは今はもう会うことが叶わない父親の手の温もりと同じだ。
「もうしばらく繋いでいてもいいですか?」
「ああ、気の済むまで」
「男の人の手は、父みたいな手だったんですね!」
満足するまでずっと手を繋いでいたカタリナが感想を述べる。
「そりゃ、お前の父親も男だから当然だろう」
初めて手を繋いでときめいたというよりも、何だかどっと疲れが押し寄せてきたクライスはベッドに沈み込むようにして腰を下ろす。
どうやら自分が男であるという認識は持ってもらえているようだが、父親と同格とは。
「そんなことより、どうなんだ?男嫌いは治ったのか?」
「それはクライスさんは大丈夫ですけど…やっぱり他の人でも試してみないとダメなのかな?」
右手を握ったり開いたりしながらカタリナは思案顔でちらりとトビアスのベッドを見た。
「トビアスはやめとけ、どうせならニコラスにしろ」
「そ、そうですよねっ」
慌ててトビアスの居住スペースから視線を外したカタリナが身を震わせた。
よし、次はニコラスね…任務、任務…とつぶやきながら手を見つめているカタリナにクライスはそこはかとなく不安になった。
果たして、父親認定?されてしまった自分に勝機はあるのか。
クライスの苦悩はまだまだ続きそうである。
果たして今回、カタリナの男嫌いが治ったのか否か。
それはカタリナにもわからないが、クライスと手を繋いでみて懐かしいという温もりの他に感じたことがあった。
心臓がドキドキして、嬉しくて切なくて、しばらくはこの手を洗いたくないとか思ってしまったのは何故?
カタリナの青春はまだ始まったばかりである。