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―皇国暦514年1月21日―
雑踏の中を一人歩く男がいる。
肌は浅黒く、背は頭一つとびぬけて、この都市では短い髪が主流のなか、彼の髪は肩まで伸びつやのある黒い髪が歩くたびにさざ波をうつのが目立つ。
ほりの深い顔にはまるで何かに耐え続けている苦難が眉間のしわとなって彼を年相応と思わせない。
そしてちらと見ただけでもわかるその体はどこからどう見ても何度も戦を乗り越えた証拠であるし、さらには彼の着用しているものは華美な装飾はないものの確実に重く鈍色に光った、鎧であることがわかる。
彼はまっすぐ目的の場所へ歩いて行く。
この都市を幾度となく守ってきた壁だ。
壁の高さは大工が使う梯子を10台足しても届かない。
そしてその厚さは30人がかりで突撃する破城槌をもってしても状況がすぐに変わる戦では意味をなさなくなる。
輝法のあらゆる攻撃でも、この都市全体を守ることのできる輝法をもつ都市長"サラ"が全てを陳腐化する。
よくみるとこの壁には文字が刻まれている。
文字が意味をなす二つの名前が彫られた壁の前にひざまずき彼は祈る。
"皇国暦513年1月21日"
都市長 :サラ・エヴァンス
副都市長:モーリア・ゴルドレイム
この都市で戦死した彼らのほかにも列挙された名前が彫られているが、赤い染料で塗られた彼らの名前は嫌でも目立ち、まるで敵に対しての憎しみをこめろと言わんばかりに何かを語りかけるようであった。
「そんなようなことを、誰が望んだのだ。」
苦いものをかみしめた顔をし、吐き捨てるように言った。
彼らはそのようなことを思わない。
サラはこの都市を守り、モーリアは俺の中で生き続ける。
二人の顔が思い浮かび、心にぽっかりと空いた空洞に懐かしい風が流れ込む。