1-4 閲覧注意
改稿途中です。
はてさて、鈴城家に平穏が訪れた同刻唯川家では険悪なムードが部屋全体を覆っていた。
そのムードを出している張本人である悠子は部屋の真ん中にあるソファに足を組んで座っている。
正面には手を擦り合わせキョロキョロ視線を泳がす雄大が正座していた。
「あのさ、悠子……今日の晩御飯何が良い? 悠子の大好きなオムライスにする? それともカレーライス?」
「あんたが作ったのなんて食べたくない。出前よ、出前」
か細い声を震わせながら、何とか悠子の機嫌取りを試みた雄大だったが、失敗に終わった。悠子の美しき眉間にはシワが寄っている。
ああ、美しいのに勿体ないという思いと歪めても尚美しいという相剋し思いを胸に場違いの煩悶をする雄大は気を取り直して、他の機嫌直しの策を練る。
「じゃあ、お寿司にする? 悠子の好きないくらが入った特上にしよう」
「うちにそんな余裕があると思ってるの? このボンボン穀潰しが」
「ぐっ、ぐふえ……」
悠子の辛辣な言葉に胸を痛め、雄大のじんわりと目尻に涙が溜まる。
端から見れば、悠子が雄大を苛め泣かせてる様にしか見えなかった。
「大体さぁ、何であたしに許可も取らずに就職してる訳ぇ? 妹には普通言うでしょ。普通」
「いや、それは悠子にどっきりサプライズをしようと思って……」
「サプライズでも何でもない。ただの傍迷惑なシスコンの奇行よ。巻き込まないでくれる?」
「シスコンなんてそんな、僕はただ悠子が可愛すぎて周囲の女の子に妬まれないか心配で心配で……!」
「妬む様な女とは二度と近付かないわよ」
悠子は天井を見上げ一人の女を思い出した。
『あんたなんて、死んでしまえば良い』
幼心を弄び傷付けた、忘れもしない赤い弧を描いた唇で構成されたあの言葉。思い出すだけで鳥肌が立つ。
ああ、今はあんな奴を思い出して恐れてる場合じゃないわ。と、悠子は首を振った。
「だから、兄貴が心配する様な事は二度と起きない。起きたとしても空手有段者のあたしが全てブッ飛ばしてやるわよ」
「で、でもさ。女子が男を使って悠子を襲いに来るかもしれないじゃんか。その時は僕が守らなくちゃ」
「あたしも馬鹿じゃないのだから、態々他人に嫌われる様な行動は避けるわよ」
「それ、今までの人生を振り返って言えるの?」
一部、除いてだけど。と、雄大は付け加えた。
確かに、そうだ。
別に悠子としては嫌われる気も好かれる気もなく、我が心の赴くままに過ごしていただけで、中学時代は嫉妬に狂った女子グループと、美貌に狂った男子グループに振り回されてきた。
女子が靴を隠し、男子が庇って靴を貸し、女子が妬んで教科書に落書きをし、男子がポイント稼ぎに我先にと先生に告げ口したり女子を制し、教師が面倒になって元凶である悠子を咎めた。
悠子の意思とは関係なしに形成される負のスパイラルに辟易している。
あくまでも無愛想な態度を取っているというのに、クラスの男子共は恍惚な表情で絡んでくるのだから、悠子には対処の仕様がない。
睨んでも微笑んでも、犬コロの様に尻尾振って追い駆け回してくる相手の始末の仕方なんて分からない。
「――アレは、共学だからよ。過去を懸念して今は女子校なんだから、安全に決まってる」
「僕は、もう二度と、悠子に怖い思いをさせたくないんだ」
「怖い、思いなんて」
嫌だ。
悠子の脳裏には、一人の女性が現れた。人生を狂わせた彼女との過去を思い出すだけで、自然と鳥肌が立ち吐きそうになる。
もう乗り越えたつもりだったのに、と悠子は自身に呆れた。
「あの時も僕は悠子の一番近くにいたのに、悠子の苦しみに気付けなかった。過ちを繰り返したくない」
「……過ちだなんて、誰にも分からない様に隠してたから気付かなくて当たり前だったのよ」
「それでも!」
高ぶった感情が声を大きくさせた。雄大の表情には、憂いと怒りが込められている。
「それでも、気付いて助けてやるのが兄の務めなんだよ。なのに、僕は。悠子を見殺しにして……」
張り詰めた空気は何処へ消えたのか、プツンと何かが切れたかの様に雄大は大粒の涙を落とし始めた。
ひっくひっく、と肩を震わせ自身の為に泣く大人の姿に、流石の悠子も真顔を崩した。
「はいはい。あたしは死んでないから泣かないの」
赤子をあやす様に、頭を包んで抱いてやる姿は兄妹を超えて母子の姿を彷彿とさせた。
「悠子が死んだら、僕も死ぬぅー」
「物騒な事言わないのぉ。金さん銀さんかって言われる位、長生きするんだから覚悟しなさいよ」