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お兄ちゃん卒業  作者: 太郎
第1話 高校デビューと出会い
3/43

1-3

 

 彩は自身の兄に気を取られて、悠子の怒りの隠った眼差しには気づかなかった。


「えー、次は新任の体育教師の唯川先生、お願いします」


 校長よりも一回り程小さい、小柄な男性がピョコピョコ壇上の中心へ移動した。

 彼の歩き方は愛らしい小動物の類いを彷彿とさせ、一瞬で女子の心を掴んだ。一部では可愛いー、と声に出している程に。

 そして、大きく一礼をするとマイクのスイッチを入れた。

 キーン、と特有の嫌な音がするが、てへへという彼の照れ顔に皆、嫌な顔一つ見せない。天性か。


「えーっと、はじめまして。皆さんの体育教師を勤めさせていただきます、唯川雄大(ゆいかわゆうだい)です。体育は専攻教科なので限られた方しか一緒に勉強出来ないのが残念です」


 この一言で、来年の体育専攻者が倍以上に増えたのは言うまでもない。

 あらら、美術の山木先生、可哀想に。と、思いつつも来年は体育を専攻しようかな?なんて考えている彩である。


「僕は、背が小さくてよく生徒と間違えられてきました。頑張って大人らしく仕事するので、廊下で会ったら声を掛けてくださいね」


 彼には、風樹とはまた違った層にファンが出来た。

 雄大は所謂(いわゆる)、ワンコ系統。小さくてわふわふして可愛い好きの女子や、お局様のハートを簡単にゲットだぜ!してた。

 しかし、そんな甘い雰囲気の中、悠子だけはしかめっ面をしていることに彩はようやく気が付いた。

 どうしたの?と、悠子と雄大を見比べる彩。そして、徐々に違和感に気付く。

 フワフワの色素の薄い髪。透ける程に白い肌。垂れた目尻。二人の共通点が沢山見つかるのだ。

 まるで、雄大は悠子を男性にしたみたい、と彩が揶揄した時、悠子は眉間に憎々しさを詰め言った。


「兄貴、……何でいるのよ」


 彩の勘は当たった。

 いや、勘なんて使わなくとも悠子のことを知ってる人なら、全ての人が答えられただろう。

 双子の様に、そっくりなのだから。


「どこのお兄ちゃんも、何故妹がいる高校で働くんだろうね」

「はぁ、本当に意味分からない。アホなのよ」

「そんなにも嫌がらなくて良いしょ。お兄ちゃん嫌いなの?」

「嫌いよぉ、五月蝿いし、お節介だし、猫被りだしぃ」

「本当に?」

「いや、ちょっと嘘かもぉ。でも、さっきの彩の気持ち分かったわ。好きだけど半殺しにしたい気持ち」

「いやいやいや!!?私、そんな残酷な事一ミリも想像してないよ!?」

「えー嘘、彩ならしてると思った」

「わ、私に対する偏見が強いよ……」

「にゃはは。ウソウソ」


 笑う悠子の屈託のない横顔を見て、彩の胸は簡単に射止められた。いやいや、ちょっと待て。乙女よ。

 雄大に女子を魅了する力がある様に、悠子も同じ力を持つのかもしれない。なんて、罪作りな家庭なのだろう、と彩は苦笑した。



 かつてない程に、彩と悠子の内心面に被害があった入学式は、最後校歌で締められた。

 二人は後にこんなにも長く感じた入学式はないと言う。

 けれど、これをきっかけに二人の仲が更に縮まったのは、確かだった。



「お兄ちゃん、どういうつもりであの高校の教師になったの?何で私がいる高校なの?そもそも、教員免許なんて持ってたの?」


 入学式の夜、彩は料理を作る風樹の背中に向かって激しい勢いで、疑問をぶつける。しかし、風樹は落ち着いた様子だ。


「何であの高校の教員になったの?簡単な質問だな。それは、彩がいるからだよ」

「へえ、なるほど。なんてなる筈ないじゃない!私がいるからって教師になる意味が分からない!」

「彩は知らないと思うけど、女子高は想像以上に怖い場所なんだ。だから、虐められてたら助けてあげられる様にって……」

「そんな必要ないわよ!」

「でも、中学の時は友達一人と出来なかったじゃないか」

「ぐ……でも、勉強が親友だったもの」

「ほら、大丈夫じゃない。俺は彩が孤立してしまうのが怖かったんだよ」

「せ、世間一般で妹の高校生活の為に教員免許取る兄なんて変よ。おかしいよ」

「そう言えば唯川雄大君も可愛い妹に虫が付かない様にって、同じく教員になったんだよな」

「ああもう。何でこうも特例ばかりが身近にあるのよ」


 彩はぐったり項垂れた。反論する気も失せ、呆れていた。


「雄大君。中々良い奴だぞ。まあ、彩の婿にするかどうかは別だが」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ。お父さんでも何でもないんだから、口出さないでよ」

「じゃあ、お母さんだったら口出して良いのか?きっと俺は世間の主婦並みに料理してるぞ」

「うわー、もうっ!私が怒りたいのに、口出して来ないでよ!変になるじゃん!」

「ふはははは。それも俺の策略である。弱き娘よ、抗うでない。このスクランブルエッグの様に火炙りの刑に処するぞ」


 風樹は火力を強め、溶き卵を熱いフライパンの上に注いだ。ジュワァァアッという音と共に、蒸気が立ち上がり、悪役の様な言葉を際立たせるコマとして作用した。


「何で急に変な口調になったのよ。頭おかしいんじゃないの?」

「我を愚弄するでない。弱き娘よ、お前の晩餐をアサリとシジミのスクランブル挟みにしてやるぞ」

「どんな料理が出てくるのか分からないけど、怖いから止めて。それに私、貝類ダメだし」

「勿論知ってるよ。冗談、冗談」

「もう……」


 彩は膨れっ面して、机に伏せた。

 口が上手くて、巧みに言葉を返すお兄ちゃんには叶わないや、という苛立ちがあった。

 風樹は幼い頃からそうだった。圧倒的に言い負かすと彩が泣き出すのを理解した上で、敢えてふざけた言葉で怒りの気持ちをなくしてしまう。

 彩はそれが嫌だった。負けてる、という感覚がどこかであったのだ。だから、とにかく風樹の鼻をあかしてやりたかった。


「お兄ちゃんなんて大っ嫌い!もう、彼氏の家に遊びに行っちゃうんだからね!」


 それは禁句だった。

 彩は一度も嫌いだなんて言ったことはなかった。当然今も、つい言ってしまっただけで思ってはいない。

 けれど、重度のシスコンであり、それはもう我が子の様に愛情を持って育ててきた風樹にとっては、鈍器で殴られたかの様な衝撃が走った。

 けれど、怒りに翻弄される彩には兄の動揺する姿も、フライパンから皿に盛り付けていたスクランブルエッグが滝の様にバラバラと溢れているのも分かりはしない。

 ふん、どう返答するのよ。お兄ちゃんが変な言葉を返しても倍にして投げ返してやるんだから。


「…………アホか」


 気の抜けた、力の入ってない風樹の言葉に彩は予想外、と呟いた。

 振り向けば暗い顔を伏せる風樹が、立っている。ただそれだけなのに、哀しみのオーラが全身から溢れて見える。

 な、何でそんな顔してるのよ。べ、別に私はお兄ちゃんの悔しがる顔を見たかっただけで、お兄ちゃんを傷つけたいとは思ってなかったのに。


「何に対して、アホ、なの?」

「彩」

「……何?」


 返事はない。

 暫しの沈黙の後、吹っ切れたかの様に風樹は意地悪な笑みを浮かべて彩の前にスクランブルエッグが乗った皿を置いた。

 スクランブルエッグは卵の数に比べて貧相なことになっていた。


「俺の目が白くなっても、彩は嫁にやらないぞ」

「俺の目が黒い内は、じゃなくて?」

「違う。彩をどこぞの馬の骨かも分からない奴に持ってかれる位なら、心中する程の覚悟だ」

「うっ、重い……」

「それ位の覚悟がなきゃ、兄兼主婦兼父親兼母親を十八歳の頃から続けてこれない。だろ?」

「…………」


 また、彩は負けた、と思った。

 そう。風樹は両親がいなくなってからずっと、彩の親であり、兄であった。当然、彩への愛があったから続けてきてくれた。

 ……それなのに、私はお兄ちゃんを大嫌いだなんて思ってないことを言って傷つけてしまった。


「ごめんなさい、お兄ちゃん」

「何で急に謝るんだ?スクランブルエッグ食べれないのか?」

「うー……お兄ちゃん、大好き」


 彩は風樹の腰に抱きついて頬を擦り寄せた。少し、目頭が熱くなった。


「俺も大好きだよ」


 可愛い妹を見る目で風樹は彩の頭を撫でる。優しく、温かい感情が手越しに伝わった。


「彼氏なんて、本当に出来ないと思う。お兄ちゃんよりいい人なんて現れない」

「それでこそ俺の妹だ」


 彩は、本心だ。

 風樹は上手い具合に彩を調教したのだろうか。いや、違う。複雑な家庭環境が成せる兄妹愛の変わった形なのだ。

 風樹は彩を妹として、彩は風樹を兄として、この上なく熱い愛を注いでいる。

 はずである。



大幅変更中です。

大きく内容が変化している途中ですので、初見でここまで来てしまった方は、次に進むのは遠慮して下さい。

恐らく大きな誤解を生むと思われます。

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