第三章 祭 四
四
「もう、八時か」
学校から短縮授業の代償かのように出された大量の課題を片っ端からかたずけ、やっと八割方終らせた時。ゆえは初めて長針が、記憶にあるより二周以上も進んでいることに気がついた。
その途端に思い出したように沸いてきたのは、空腹感。
今にも音に出して空腹を訴えそうな腹に苦笑しながら机の上を片付け、1Kの狭い台所にむかう。背丈の半分ほどしかない冷蔵庫の前にかがみ込み、二十秒ほど中を眺め、扉を閉めてさらに十秒ほど考えた後、メニューをミートソーススパゲッティに決定する。
(明日、買い物行かなきゃ飢え死にするかな・・・・・・)
するわけが無い。
しかし、ゆえの心情的にはそんな気がしてしまうのだ。
朝食はいつも食べないし、平日の昼食はほとんど学校の食堂でとる為、必然的に家では夕食しかとらなくなってしまった。そのためか、冷蔵庫の生身がやたら乏しくなる。しかもその事に気づくのが夜の場合が多いのだ。
尚悪いことに、この近所は今時珍しいぐらいにコンビニ戦争に無縁で、深夜まで営業する店が皆無なのである。その結果いつも、若狭宅の冷蔵庫はやたら涼しいのだった。
持っている鍋の中で一番大きな鍋の中を湯で満たし、火にかける。それから上にある戸棚から、大量に買いだめしてあるスパゲッティソース缶詰を取り出した。
缶切りってどこに置いたっけ?と考えた時、突然携帯電話の着信音が鳴り響く。
どうせ悪戯電話だろうと思い、放って置いたが鳴り止む気配がない。しぶしぶ部屋に戻り、充電器から携帯を取り上げる。ちらりと見た液晶画面に映ったのは見慣れぬ携帯の番号。
無言電話だったら嫌だなと、思いながら決定を押す。
「もしも・・・・・・」
『夜遅くにごめん!私、月だけど。今空いてる?時間ある?できたら、時間無くても出て来て欲しいんだけど』
「はぁ?」
『あーごめん。主語話してないね私。ええっと、実は私も良くわかってないんだけど。さっき柚と翔に電話もらってね『出来るだけ人数集めて学校に来て』って言われて。どうやら、又学校でトラブルがあったみたいなの。もし、暇ならゆえも出てきてくれないかな?』
「別に、用って程の事は何も無いけど・・・・・・」
『出て来れそう?』
「まあ、少しぐらいなら。あんたはどこにいるんだ?」
『悪いね。私は今妖精の通りの交差点で信号待ちよ、もう少しで学校が見えてくると思う』
「わかった。十分ぐらいしたら追いつく」
言いながら片手で鍋の火を消しガスの元栓も締める。携帯の通話を切ると、薄手の上着と自転車と家の鍵を掴み、慌しく玄関を閉め階段を駆け下り、自転車に乗った。
(やっぱり乗せられやすいんだろうか・・・・・・?)
そんな疑問が頭をよぎったのは、言うまでも無い。
「ゆえ、こっちこっち!」
月に追いついたのは、学校が目前に迫った曲がり角だった。
「流石。十分ぴったりね。やっぱりあんた、A型?」
「ABだ」
「あ、それっぽいかも」
「どういう意味だよ。それより、あんた徒歩なのか?」
すらりとしたジーンズと臙脂色のTシャツ姿で息を整えている月を見ながらそう訊く。
「急いでたからね。焦っちゃって、バスもあるかどうかわからなかったし、待ち時間が勿体無い気がしたから。まあ自転車は持ってないしさ」
「え?」
「前の家から移すのが面倒だったから人にあげたの。学校だってそんなに遠くないから早めに家を出れば十分だと思ってたんだけど・・・・・・こんな事になるとはね」
「そもそも、何でこんな事になったんだ?・・・・・・しかも、そういえば、何であんたが俺の携帯の番号知っているんだ?」
担任や、ごく一部の友人――――――具体的に言えば翔一人――――――にしか教えてないのだ。
「翔に聞いた。緊急事態だから教えてもらったの。前の質問は私で無く翔達に聞いて、私もわからないから。ただ電話だと、部活荒らしが入ってとか、また黒い変人が出たとか言っていたけど。興奮すると早口になるから聞き取りづらいのよね」
「また、あの妙な奴が出たのか」
「そうみたいよ。よほど暇人なのか、よっぽど部活自体に恨みがあるのか。それとも全く別の目的があるのか。どれかしら?」
「さあな、どこに行けばいいんだ?」
「わかるような所にいるって、行けばわかるって言ってたけど」
軽く薄墨色の瞳を細め、闇を見透かすように目を凝らしながら、独り言のように呟く。次に月が口を開いたのは校門をくぐった時だった。
「いた。部活棟の前。霜割先輩と、あとたぶん海山先輩もいるよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんたの眼は猫の目か?」
そこいらにいる猫よりも色素の薄い、薄墨の瞳をおもしろそうに丸めながら、月は振り向いた。
「私はただ夜目が利く体質なだけよ」
「ただの体質だけで、暗闇で二百メートル以上離れたところまで見えるか?」
「さあね、見えるものは見えるんだから良いじゃない。眼の色素が薄いのも関係あるのかもしれないけれど」
「特技、か?」
「んー、そう言いきるのは難しいわね。極端に光に弱いから眩しいと大変でさ。それより、早く行こう。先輩達もこっちに気づいたみたいだし」
そう言い終えると、チカチカと光るペンライトに向けて走る、ゆえも慌てて自転車を押していく。
集まっていたのは、全員で十数人ほどだった。知らない顔の生徒もいることからおそらく他の部活の生徒も集まっているようだ。
「あー、月さん、若狭君ごめんなさいね。こんな夜遅くに呼び出して。ご両親とか大丈夫?」
「いえ、別に良いんです。私の家も、ゆえの家もわりと放任主義で好きにやらせてくれるんで、このくらいの時間なら何でも無いんです。ねぇ、ゆえ」
「へ?あ、ええ。別に、どうって事ありません」
「本当?そう言ってもらえると気が楽だわ。でもあなた達に電話した後うちの部員にも、声かけてみたんだけれど、全然集まらなくって・・・・・・当たり前よね、時間が時間だし余計に申し訳なくってね」
先輩が何度も謝るので逆にこちらの方が、何だか気恥ずかしくなって来た。顔を見合わせた後、月が困ったように笑う。
「いえ、本当に私達暇だったから出てきただけなので、全然気にしないで下さい。それに、ほら、悪いのはその黒服達でしょ?月並みな表現になりますけど、先輩たちだって被害者じゃないですか」
「・・・・・・月並みって言うより、どっちかって言うとくさいな」
「・・・・・・うっさいわね。わかって言ってるんだから。あんたも何か言いなさいよ」
僅かに頬が朱に染まった月は小声で言い返してきた。そんなやりとりを見ていた先輩がため息と共に呟く。
「今回は、もしかしたら加害者は私と遊衣かもしれないわね・・・・・・」
「は?」
「あー、つまりね。最初から話すと長くなるんだけど・・・・・・」
*
普段は気にもとめない時計の音がコチコチと響く。
当たり前かもしれない、いつものこの部室はざわざわとして活気があるが、今は自分一人なのだから。放課後残っていた部員も一人、又一人と帰っていった。
古風なぼぉん、っという独特の振り子時計の音が木霊する。
はっと顔を上げた霜割睦は外が真っ暗である事に気が付いた。他の部員はもう一人もいない。上の空であいさつに答え、見送ったのは何時だったろうかと記憶を巡らせた。
(えーと、確か最後に柚で・・・・・・帰ったのが、六時過ぎだったから・・・・・・?)
ゆうに二時間は経っている。今日のノルマは達成しているしそろそろ帰り仕度をした方が良いようだ。
(それにしても、良かった)
家に持って帰る生地を手に取りながら、顔から自然に笑みを浮んでくる。
(助っ人引き受けてくれただけでも、ありがたいのにアイデア出してくれるし、月さんと若狭君。何かお礼考えた方が良いわよね)
帰宅が遅くになることが多いため常備してあるペンライトをつけ、部屋の明りを消した。
部活棟として使われている旧校舎の玄関はとっくに鍵が閉められている。だがこの階の部屋にはテラスのようなベランダ付いていて、そこから非常階段が繋がっているため玄関以外からでも出入りが可能なのだ。教師陣も黙認している。
流石に夜八時すぎまで残っている生徒はいないらしく、静寂とした空気に自分の立てる足音だけが響く。
しかし校庭の中ほどまで歩いた時だった。遠くの方からパリンッという硝子のわれるような音が聞こえた気がした。
「っえ!?」
音につられて何気なく見上げた校舎に、薄ぼんやりした光が灯っている。蛍光灯ほど明るい光ではなく、せいぜい懐中電灯ほどの光。そこに映し出されているのは、いつか見たあの黒い布を被った妖しげな存在。そこまで見た時点で無意識のうちに携帯を取り出し、一瞬ためらった後、ある携帯の番号を押した。
*
「で、どうしてこういう事態になったことの説明に繋がるんですか?」
「あ、つまりね・・・・・・何を血迷ったか私、あの時こんなやつに電話しちゃったのよ」
こんなやつ事、海山先輩は興奮が抑えられないような様子だった。
「夜の学校、不可思議な怪人、集まる生徒~~~~~~最っっっ高!!新作はこれに決定ね!!さあ、行くわよ!怪人を倒しに!!」
「こら!遊衣、何言ってんのよ!こんなに人集めておいて」
「やっぱり、あの時に睦が電話してくれたのはこういうことを期待してたのよ!無意識に」
「・・・・・・なんでこんなやつの幼馴染なんだろう、私」
「こういう場面に必ず呼んでくれる、睦の事私は大好きよ」
「はいはい」
「此処に来るまでに作戦考えておいたのよ!まず、睦に確認するけどあいつを見たのは科学部室の前あたりだったのよね?」
「ええ、たぶんね」
「だったら、一階の角部屋だから・・・・・・地図でいくとこのあたりか、文芸部の真下になるわね」
「ちょっとまって。今どこから地図出した?なんでそんな物常備してるのよ」
「七つ道具は普段から持っているから七つ道具って言うんじゃない!!」
「いつもの事だけど、説明になってないから。まあ良いわ。そんなことより、早く作戦とやらの説明してよ」
「そうね。名付けて『眼には眼を、闇討ちには闇討ちを作戦!!』っていうんだけど
まず、今現在一階の階段付近に敵がいると思ってね。一階の端から電気をつけていくの、もちろん目標から一番遠い教室から。そうしたら忍びこんで部室荒らしを働こうとしている連中なんて奴は、心理的に光から遠くに行こうと階段を上がるわけ、二階のときも同じように電気を付けて行くの。そして三階に上がって油断したところ一気に叩く!!それでね・・・・・・」
「あの、すいません。一つ質問しても良いですか?」
ここまで誰も両部長のやりとりに入れなかった、もしくは突っ込みが入れられなかったが、月が丁寧にも右手を挙げて発言をした。
「とりあえず作戦はわかりました。でも、それよりこうなった場合自分達だけで解決しようとする方が無理なんじゃないですか?警察か先生方を呼ぶなりして、おおやけにしてしまった方が良いのでは」
「そうしたいのは山々なんだけど、そうも出来ないわけがあるのよ」
「はい?」
異口同音で皆が尋ねる。霜割先輩はこめかみに軽く指を当てて言いよどむ、頭が痛いらしい。
「あのね、本当は学校の校則でいくと午後六時ぐらいまでに部活動は終らなきゃいけないの。まあ、文化祭期間中だし多少は見逃してくれるだろうけど、二時間も過ぎていれば・・・・・・いうまでもないわね。必ず問題になるのよ。だからね、もし仮に私が『部活荒らしを目撃しました』って言っても、『何故早く家に帰らなかったのか?』って逆に責められちゃうのよ、しかもあの校長――――――」
「校長先生が?」
数日前見た校長を頭に描きながらゆえが言った。どちらかというと、無知無害な感じだ。
「言い方は悪いですけど、わざわざ揉め事起こすようなタイプには思えませんよ?」
「でもね、校則には人一倍厳しいの。それが悪いわけじゃないけど、あのセンセイはどうしてもね・・・・・・この学校の卒業生じゃないからか、部活に対する理解力が乏しいのよね。まあ多少、熱が入りすぎているといっても、否定は出来ないけど」
(・・・・・・多少?)
いくらかの生徒は心の中で呟いた。
「まあ、少しぐらい不安でも自分達で解決するしかないってわけ!じゃあ、役割分担と行きましょうか!」
満面の笑みで海山先輩が締めくくった。
「いま、学校にいる生徒は十三人。で、柚さんと翔くんとうちの後輩の安部と岡田と榊に入り口見張ってもらっているから残り八人。私と睦が指令統として外から指示出すから、引いて六人。だからひとつの階につき二人ずつで割るから――――――あ、ちょうど部活ごとで割れるわね」
「部活ごと、ですか?私もゆえも所属してる部活なんてありませんよ」
「うん!だから、文芸部で一組、手芸部で一組、助っ人で一組、どう完璧でしょ!?」
「・・・・・・はあ」
「見張り役から、私の携帯に連絡がきたら作戦開始だから!あ、月さんの携帯の番号教えてもらえる?それで連絡とるからね!」
「・・・・・・わかりました」
「じゃあ、皆。ここが正念場よ!がんばっていきましょう!!」
※※※
花火先輩は本当にキャラを食うのでこまりm