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夢物語  作者: 矢玉
第三章 祭 
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第三章 祭 二

     二


 私立遠江(とおとうみ)付属中学校は丘の上にあり、眼下には(あかつき)町が広がっている。

 本州の真ん中より少しだけ北よりに位置するこの地域は、江戸時代は脇街道の支道が通る旅籠町として栄えていた。だが明治になり、新道開通により街道そのものの時様が減ると、それに伴いその賑わいはじわじわと減っていくことになる。

 そうやって潰れていった旅籠町など五萬とある。そう危機感を強めた当時の住人が一計を案じて試みたのは『異人向けの避暑地』を作るという事だった。

 冷涼な気候だけでなく地理的にも港へと続く川がある事も、成功の一端だったのだろう。

 異国の客人達が別荘を次々と建てる町として暁は賑わっていき、戦前には居住者すらいたと伝えられている。

 夏季と冬季では人口が激しく変わり、現在でも永住者のほとんどが観光関係の仕事をしているこの町では街の雰囲気も何処と無く不思議な感じが漂っている。



 セピア色に時が止まったような古びた空気。


 江戸に敷かれた石畳と、明治に敷かれた煉瓦畳が、無秩序に混在するのに調和が取れている不思議さ。

 

今も明治の名残を感じさせる建物が残り、時期はずれには閑散とした別荘地街。


 西洋と東洋が調和しあい、どこか異国を想わせる懐古の趣を残す町――――――それが暁という町だった。



 そんな観光を主とする町なだけあって通りにも一風変わった名がつけられている。

 ブロンズの像と共に通りの入り口に並んでいるのは『女王(クイーン)の道』『小人(ドワーフ)の道』『一角獣(ユニコーン)の道』といった妙に童話めいた名前達だ。

 観光に力を注ぐ町としては賞賛されるべきがも知れないが、通りによって売っている物まで違う――――――女王は高級ブティク街、小人は宝石専門街など――――――となると、徹底ぶりに呆れれば良いのか、感心すれば良いのか反応に途惑うだろう。

 その冗談のような名前をした通りの一つ『妖精(フェアリー)の道』で、ゆえは顔に何とも表現しにくい面持ちを浮かべ『ハベトロット-服の事なら何でもお尋ねください-』と描かれた看板の掛かった店にいる。

「どうしたの、ゆえ?」

「いや、此処って・・・・・・」

「柚の家よ。前に話さなかったっけ?最近決まった私のバイト先でもある、服屋さん」

「いや、それは聞いたけど」

 何とも言いにくそうに、妙な声になった。

「何ていうか・・・・・・此処って本当に普通の服の店か?」

 自分の面錯覚でなければ、目の前にはウエディング・ドレスがある。それだけならまだ良い。その奥に、何だかわからない着ぐるみが置いてあり、さらに奥には制服が明治風の礼服と共に整然と掛けられている。

「誰が普通の服の店って言った?」

 にっこり笑われたが、どこか凄みのある微笑みに見えるのは気のせいではあるまい。

「それはさすがにひどいんじゃない?」

 苦笑する柚に、月は肩をすくめて見せただけだった。

「じゃあ、他に何て言うのよ。コスプレ作り専門店?貸衣装店?映画衣装店?オーダーメイド服の店?ブライダル店?特殊美容室?」

 わざわざ御丁寧に指を折りながらスラスラと答えていく。

「まあ、要するに服の(よろず)()ってことよ」

 要するにになってない、ゆえは思ったが口には出さなかった。言ってもしょうがないような気がしたからだ。困惑しているゆえの心情を悟って、助け舟代わりに月が言った。

「そんなことより、柚。さっさと決めようよ、ゆえの衣装」

「そうね、それが目的でゆえにもわざわざ来てもらったんだし。しかし出し物の趣旨が変わったからと言って、ゆえまで仮装するとは思はなかったわね」

 口では意外そうなことを言っているが、実はゆえを仮装させる事は柚としては本当はやりたくてたまらなかった事なのだ。美少年とまでは行かないとしても、容姿がそれなりに整っている者を着飾らせるのは楽しい、と柚は思う。

 けれど、多分そんなことを言えば月もゆえも嫌がるだろうし、もしかしたら逃げてしまうかもしれない。だから、努めてはしゃぎ過ぎないように言う。

「武士とか、きぐるみとかあるけど・・・・・・何がいいかしら?」

「いっそインパクト狙うなら、女装何かの方がいいんじゃない?」

「ちょっと、それは・・・・・・」

 すっかり蚊帳の外に置かれたゆえもそれはいくらなんでも嫌だと声を上げる

「大丈夫よ。ゆえ、演劇部なんて男女逆転劇やるんだから」

「は?」 

「だからあんたが思ってるほど目立ちはしないって」

 大丈夫じゃない上に論点がずれている。この暴走は止められないと思いながらも、心底そう言う問題ではないと思うゆえだった。




「女装でも良かったのに」

 歩きながら月が言った。

「絶対、着ない」

 流石に、恥ずかしすぎる、と言うゆえの必死の抵抗でなんとか『女装』の案は消え、変わりに羽織袴の着物に決定した。柚が言うには新撰組の衣装だそうだ。 

「それにしても“秋の日は釣瓶落とし”とはよく言ったものだわ、本当にすぐに日が暮れる」

 午後六時を指す時計の針を軽く睨むように月は見る。

 柚の家と丘陵荘は位置的にはわりと近くに建っている。しかし通りが違い結果として距離があるため、辺りはほとんど真っ暗になってしまい、規則的に一定間隔で立っている古風な街路灯の灯だけがぼんやりと道を照らしていた。



 そしてどこか古風な雰囲気を持つこの町は、夕闇時更に神秘的に映る。



 もし目の前を妖精がふわふわと飛んでいても気付かないのでは、などという世迷言まで頭に浮かぶ。

 そんな道を月とゆえは時折思い出したように会話しながら黙々と歩いて行く。ゴミバケツのある角を曲がると、少し先に曲がり角が見える、此処からなら二人の住む丘陵(きゅうりょう)(そう)まで五十メートルも無い。

 だが――――――

「このまま進んで」

 突然、緊張した月の小さな声が耳に届いた。

「は?」

「いいから」

 行き成りそんなことを言われても・・・・・・などとゆえが考えていると、なおも目で進むよう合図してくる。そして、自分は家と家の僅かな隙間の部分に身を隠す。

 訳のわからなかったゆえも、ここでやっと理解した。


 月は感じたのだ、気配を。


 こういう時の月の行動には必ず何か意味があるのだ。少しとはいえ夢想界ですごした経験上、何回かこういう事があった。とりあえず、できるだけ普通に先に進み、もう一つの角をゆっくり曲がる。

 『誰かに尾行されている時には、絶対に走ってはいけないの。バレたとわかって攻撃してくる場合もあるし、逃げられる可能性もあるからね』

 以前、月が冗談交じりに言った言葉が耳元にこだまする。

 『もし捕まえたいのなら――――――まがり角まで待つ。そして反撃』

 予想は当たった。何かをぶちまげたような音と、鈍い、重い打撃音。

 はじかれたように、振り返り、走り出した。今、曲がった角の壁に張り付き、月の方を伺う。そこで見たのは――――――

「もう出て来て大丈夫だよ、ゆえ」

 普段は長い三つ編みにしている黒髪を、少しだけ乱した月だった。

「何だったんだ、いったい・・・・・・」

「さあ良くわからない、最初は傀儡かと思ったけれど、叫び声出したから違うと思うし」

「叫び声って・・・・・・何やったんだ?」

「しょうがないじゃない、正当防衛よ。行き成り鋏突き出して人の髪切る、妖しげな黒い布かぶった奴がいたら、私じゃなくても攻撃するわよ」

「・・・・・・・・・・・・普通は叫ぶとか逃げるとかすると思う」

「まあ、良いじゃないたいした怪我も無かったんだから。」

 本当に、怪我一つしていない。おそらく、反撃するときに使ったと見える鞄と傘を持ち上げ、周りをうかがっている。ここまで、無傷だとかえって攻撃した方が可哀想に思えてくるのはなぜだろう。

「ねえ、ゆえ、ちょっと見て!」

 考えに夢中になっていたゆえは月の大声によって呼び戻された。珍しく慌てたように上ずっている声を不思議に感じながら振り返る。

「何だよ?」

「良いから、ちょっとこれ見てよ」

目の前に色々な切り抜きが貼ってある紙が突きつけられた。



   体文◇祭ノ出し物ヲ中シセよ、お前達の部は必ず失敗スル



「・・・・・・なんだよ、これ」

「さっきの奴が落としていったみたい。まあ、一つだけ言えるのは今回の事は、完全に夢想界は関係無いってことね」



***


月は傘の買い換えスパンが短そうだな、と思います。武器利用するから。


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