第三章 祭 一
第三章 祭 疾風怒涛の文化祭 一
すぐそこに冬の気配を感じさせる冷たい澄んだ風が吹き、空を眺めればあたりの風景が不自然に、浮いて観えるほど綺麗すぎる青い秋空が広がっている。
遠江付属第二中学校には『体育祭および文化祭』略して『たいぶん祭』なる行事がある。
名前の通り、体育祭と文化祭を同時に開催するのだ。だが、実質体育祭の要素はなく、やたら気合いが入った文化祭となっている。
そんな行事を一週間後にひかえた校内はどこも陽気で雑然とした雰囲気につつまれている。
授業も短縮され放課後がやたらに長く、その放課後はほとんど準備に使われる。浮足立った空気に生徒の陽気な活気が感じられる午後。ゆえは廊下を走っていた。
さて、その『たいぶん祭』には、一風変わった規則がある。
『文体祭開催時には全生徒何等かの形で一人二つ以上の行事に参加する事』というのがそれだ。
大体の生徒は自分のクラスの主催する物と部活動で主催する物で事足りるのだが、何らかの形で部活の入り損ねた者や、面倒がって帰宅部を自称する者などはどこかの部活の手伝いや、学年の違うクラスの出し物などに助っ人として借り出される事となる。
ゆえは部活に入っていない。前者に入るため、つまり遅れて入学してきて入りそこねたのだ。
それを聞いた柚は、その青い眼を輝かせた。
自分の入っている部活で手が足りていないので、是非とも手伝ってほしいと。
同じような立場だった月も話を持ちかけられすぐに了承したため、なんとなく一緒に参加する事にした。
だが、すぐに柚の部活が何か聞かずに決めたことに後に後悔することになったのだが。
というのも、金髪の少女の所属する部活というのが『手芸部』だったのだ・・・・・・。
女生徒ばかりの部活など気まずすぎると思い逃げようとしたのだが、逃がすものかと言わんばかりの輝く笑顔で捕まった。
最後のあがきで、男子が手伝える事なんてないんじゃないかと言ったのだが、
「大丈夫、男手が必要な作業いっぱいあるから!!」
と断言されてしまった。
最終的には、クラスで知られるようなへまさえしなければいいとため息をつき、諦めた。
***
教えられた手芸部部室は旧校舎の一室だった。
旧校舎は、一部の美術室や応接間などの特別室をのぞき、多くは部活の部室として使われている。ぎしぎしとなる床板を歩き、たどり着いたその部屋の前で声を上げる。
「すみません――――――」
返答はいくら待っても無い。
『手芸部』と書かれた可愛らしい札の掛かる木扉を恐る恐る開ければ、ゆえの眼に飛び込んできた光景に絶句した。
緋色の生地で仕立てられた振袖を着た長い黒髪の少女。それに、演劇で使われるような目の覚めるような黄色のドレスを着た金髪の少女が並んでいる。
「あ、ゆえ。ごめんね、手伝わせて」
山吹色のドレスを両手で絡げながら柚が近づいてくる。
「・・・・・・手芸部の出し物って、なに、やるんだ・・・・・・?」
「見てわかんない?お化け屋敷よ」
わかる訳が無いだろう、とゆえは心の中だけで呟いた。
「・・・・・・この衣装は?」
「西洋人形と日本人形、だって」
流石に、と月も呆れを隠さず言った。つまんで見せた緋色の袂を、ぱたぱたと振る。
「私も初めて柚に『お化け屋敷やるの!』って言われた時は想像付かなかったけど。それでもこれはさらに斜め上をいってるってかんじよ」
「驚いたというより呆れているって感じだな」
「なんか言った?」
「・・・・・・別に」
「じゃあ、部長に紹介するから」
さりげなく二人の会話を無視し柚は、恐ろしく早く正確な手つきでミシンをかけている三年生の前へとゆえを連れて行った。
「ゆえ。こちらが、我が手芸部の部長の霜割 睦先輩よ。で先輩こっちが助っ人の若狭ゆえです」
文芸部長はそこでやっと手を止め、視線を上へと上げた。作業のほうに夢中になりすぎたらしく、眼鏡の奥から見える目は焦点が合ってない。
「ああ、あなたが、若狭君ね。柚から聞いてます。これから数日間おもに雑用だろうけど、助っ人よろしくお願いします」
ペこりと頭を下げると返答の暇さえ与えず作業に戻ってしまった。
「何かね最近、かなり煮詰まってるらしいわ。私の紹介の時もこうだったわよ」
隣から月が小声で話し掛けてきた。
「柚の話では、普段は明るくて優しくてお喋りな人らしいけど」
「しょうがないわよ。うちの部活人数少ないんだもの」
自嘲ぎみに柚が笑う。
「部員獲得のためにも何とか上位に入らないといけないからがんばらないと。と、いうわけでゆえ早速だけどお仕事。場所取りの抽選の結果聞いてきてくれる?」
「え?あ、ああ、わかった。どこに行けばいいんだ?」
「職員室」
あっさりと言われた。
が、しかしここは旧校舎を利用して使っている部室棟の三階。職員室は新校舎の二階にあるのだ。しかもそれだけでもかなりの距離になるのに旧校舎と新校舎は、一度一階に行かないと互いに行き来できない作りになっている。
「がんばってー」
月の言葉を背に、またゆえは嫌々ながら走り出した。
(流石に・・・・・・疲れた・・・・・・)
こころの中で愚痴めいた言葉を吐き、職員室を通って校長室に入る、手芸部の代表だと伝えると
茶封筒をくれた。
「その中に入っているからね、判定基準と結果用紙。まあ、第一希望が通らなくても、良くあることだから」
少々引っかかる言い回しに顔をあげると校長は眉を下げて妙な具合に笑っていた。
もともと、この校長はあまり生徒の受けがよくない。
理由は笑いが嘘くさい、話がつまらない、存在感が薄い、出没率が学校一低い、顔覚えていない、など多々あるらしい。それに何かと生徒の要望に難癖をつけたり、それでいてはっきりとそう述べずのらりくらりと話をそらす、など散々に言われている。
反対に明るくさっぱりとした理事長先生は好かれているが、姉妹校の理事も勤めているため、あまりこの学校にはいない。
「失礼しました」
いぶかしみながらも校長室を出たゆえは、また遠い手芸部部室だ。
がらり、と音を響かせ扉を開ける。
「おかえり、ゆえ」
緋色の着物が目に入る。視線を上げれば薄墨色の瞳に行き当たった。
「疲れた顔してるわね。おつかれさま」
「足が重い・・・・・・」
「大丈夫?」
「まあ、なんとか」
しかし、たぶん明日は筋肉痛だろう。唯でさえ今日は体育の授業か長距離走だったのだから。そう考えるとかなり憂鬱だが。
ん、と封書を少女押し付けると月はきょとんとこちらを見た。
「読めって?」
「頼む」
「わかった。えーと皆さん!耳だけこっちに注目してください。今回のブース場所のは個人の部室と中庭の通路!だそーで、す・・・・・・」
よく通る月の声が、だんだん濁っていく。
部屋の中の全員の動きが奇妙な形で止まり、こちらを一斉に見つめる眼に二人はたじろいだ。
「・・・・・・何事だ」
「・・・・・・知らないわよ」
***
「問題は場所よね」
手芸部部長の霜割先輩は、眉と眉の間に皺を寄せながらさつきからうなっている。余談ながら後に月は、殺気立っていたと、表現していた。
どうやらこの場所は手芸部の希望と激しく違うらしい。
「よりにもよってこんな場所になったんだろ・・・・・・」
柚も金の細眉をよせ同じようなしかめっ面でうなる。
「体育館横よりまだましなんじゃないんですか?あそこ寒いし、人も通らないし。此処なら人通りだけは抜群ですよ」
なだめるような月の言葉。
「だけど、こんな狭いところでできるのか?お化け屋敷」
思わず言ってたしまったゆえの言葉で、場は見事にそして更に重苦しいものへと変化を遂げる。月の呆れた薄墨の視線が痛い。
「本当は何処を希望していたんですか?」
助け舟のように出された月の疑問の問いかけに、部長は単語ひとつで応えた。
「理科室」
いらだちを抑えるように、目頭をもむ。疲れからか重たい眼が、頭の痛い問題の不愉快さを増加させている気さえする。
「しかも科学部に取られた。最近何かとうちの部の邪魔してくるのよ、あそこの部」
「そんなに場所が問題なんですか?」
たかが学園祭なのに。場所ぐらいどおって事ないのではないかと思うのだが。さすがにこの空気ではそんな事は言えないが。
「大ありよ。」
先輩は又もや即答した。
「折角の部費をかせぐチャンスなのよ!それに入賞が出来れば多くの新入部員も期待できるし」
「入賞ってなんですか?」
「え?」
柚は今、気が付いたように口を開く。
「ああ、そっか。月とゆえは知らないんだね。去年いなかったから。 あのね、この学校文化祭の事をたいぶん祭って言うのは知ってるよね?それには、昔体育祭と文化祭を合同でやろう!って事にしなってから付いた名前らしいんだけど・・・・・・今じゃ、ほとんど文化祭になってしまっているの。一部を除いては」
「一部?」
ゆえと月の声が重なる。
「そう、出し物が面白かったりした部に賞が贈られるの!文化祭が終った後で発表されるんだけどね」
「不思議とその上位に入った部は次の年にたくさんの部員が入るの。まあ、他校生も見に来るんだから当然といえば当然だけど」
部長が後を引き継いだ。
「だから皆力が入っているのよ。・・・・・・しかたない!この衣装無駄にしないような代案が考えるしかないわ」
嫌な沈黙が部屋の中に漂う。そんなに簡単には代案なんて考えつかない!、と文芸部十一人プラス助っ人一人が思っていた。
「あの」
しかし、沈黙に押されつつも月は小さく挙手をしていた
「『人間宝捜し』ってどうですか?そのままだと真似になっちゃいますけど」
「何それ、淡路さん」
教壇に立つ教師のように霜割先輩は訊く声にすらすらと月は告げた。
「何年か前にどこかの遊園地で開催したゲ-ムです。確か遊園地内のどこかにいるコスプレした人を探すゲームだったと思うんですけど」
「それがどうしたの?」
「いや、それが応用できないかな、って思ったんです。みんなで衣装を着て校内を自由に歩き回って、この衣装を着た人、例えば着物を着た人に会えたら、十点と言う風に得点をつけて合計点数を競うゲームとか」
部員全員、なかなかの案だと思ったらしい。頷きあったり、小声で話したりしている。しかし最終決定を下すのは部長だ。誰もが心配そうな不安そうな視線を部長の方に向けた。
数十秒間、思案し霜割は笑みを浮かべた。
「衣装も活かせるし、場所が中庭通路でもゲームの受付だけなら場所も取らない。これでいきましょう!!」
さっきまでの暗い雰囲気とは打って変わって明るい声がいくつも上がった。
「時間が無いわ、お化け屋敷用に衣装全体が暗い感じにまとめてあるから、できるだけ明るい感じになるように取り替えれるところは交換して。しかもできるだけ早く!!やることはほかにもたくさんあるよ!!」
活気が満ちた部室を見ながら部長が叫んだ。そしてくるりと後ろ――――――月の方を向くと満面の笑みで言った
「代案をありがとう淡路さん!」
そして、作業をするべくどこかに走っていった。
「よかったな」
ゆえが言った。実は一人だけの男子でやる事がなかったりする。
「うん、こんなに賛成してもらえると思わなかった。適当に言った事だし」
目が点になった。
「テキトウ・・・・・・?」
「遊園地の出し物の事も本当だけど。本当は、漫画の文化祭から思い付いたの」
「マンガ・・・・・・?」
「うん」
自信を持って頷かれた。ゆえが何とも表現し難いような表情に気付かず、柚が勢い良く月の首に抱きついた。
「月、本当に良かった、ありがとう!」
喋っている三人に部長の、手を動かしなさい!手をっ!!、というお叱りの言葉が飛んだ。
※※※
最初は外伝のつもりで書いていたのにあまりにも長くなったため、めでたく章へと繰り上げになった『祭』。学園祭のドタバタ劇をお楽しみください。
当時「現実もこんな学園祭だったら楽しいのに!」という思いを詰め込んだ話となっています。
やたらとキャラの衣装がかわるのは作者の趣味です。
何度衣装変えするか数えてみても面白いかもしれません!(やけ)
長いので、少しずつ更新していきます。