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夢物語  作者: 矢玉
第二章 想
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第二章 想 二

     二


 横になり、瞳を閉ざす。そうすればしばらくすると体の中心が沈み込むように、意識が闇へと飲み込まれていく――――――だが、ゆらゆらと水をたゆたうような意識は、そのまま沈みきってしまわず決まっていつの間にか浮かび上がっていくのだ。

 薄目を空けて、ゆえはぼんやりと瞬きを繰り返した。

 視界に広がるのは電灯を消した闇ではなく、やわらかな朝陽に照らされた素朴な壁。

 光に眼をしばたたかせ、ゆえは起き上がった。

 体が軽い。それどころかしっかり眠った後のような気さえする。それが不思議だった。ここが“夢の中”だとするならば、わずかも眠らずに新しい一日を始めたような気がするのではないだろうか。

 試しに衣服整える手を止め、手の甲を抓んでみれば、それなりに痛かった。

 混乱しかかった意識を停止させ、部屋を出る。向かったのは居間として用いている部屋だ。

 三部屋で一室になっている宿はそれぞれ、居間、男子部屋、女子部屋というようにいつも使っているらしい。お金ないと一部屋ずつ消えてくけどね、と金髪の少女は肩をすくめて教えてくれた。

「ああ、ゆえ。おはよう」

 無人だと思っていた居間には黒髪の少女いた。胡坐をかいて窓際に座り込み、剣を鞘から抜き何やら眼を凝らしている。

「・・・・・・何やってるんだ?」

「点検。切れ味が落ちてきた気がしてね、やっぱ砥屋に出さなきゃ駄目かしら」

 慣れた仕草で鞘に収めるとすっと立ち上がった。

「ゆえもうご飯食べた?」

 無言で首を振ると、少女の顔が輝いた。

「ねえたまには外に食べに行かない?連日部屋にこもりっぱなしじゃ退屈でしょう」

 月の言ったとおり、ゆえはあれからほとんど宿から出ずに過している。特に理由は無い。しいて言えば性格といえるのだろうか。

 未知に遭遇すると大抵の人間は動揺すると同時に好奇心も覚える。この年頃の人間の中で特に。だがゆえは例外だった。初めのうちはかなり途惑っていたが、慣れてしまえば何もしなくなった。

 別にそれに不都合は無い。今は特に用事も無く、みな思い思いに生活している。だがその様子はあまりにも物憂げで気だるそうで、傍から見ていると妙な不安を覚えるのだ。

「部屋で硬いパンをかじるよりもずっと楽しいわよ」

 有無を言わさず月はゆえの腕を引っ張り、外へと連れだした。




 昇った日を背に、西へと二人は歩いて行った。並びはぜず、少女の数歩後を少年が気乗りしない様子で歩いている。

 だがそれも市へと着くまでだった。

 市場の有り様に自然とゆえの眼は驚きに見張はられる。初日以上の賑わいを見せる市場は、処々に花や房飾が飾られ華やかさに一層磨きがかかり、露店から食欲をそそる匂いさえ特別な気がしてくる。

「今日は祭の日みたいね」

 耳元にささやかれた言葉にぎょっとすれば、いたずらっぽい薄墨の眼とぶつかった。

「そうだな」

 答えた自分の声色があまりに嬉しそうで、思わず口元を抑えていた。いつのまにか浮き立っていた心にゆえは動揺する。始めは決して来たいとは思わなかったはずなのに、なぜなのだろうと考え込んでいた。

(・・・・・・あいつのせいか?)

 視線を受けた少女はそんなゆえの様子にかまわず、次々と露店をひやかしながら進んでいく。店番の少年と話しこむ姿をゆえは目で追っていた。

 自分は打ち解け易い性格ではないはずだ。どちらかといえば警戒心の強い方だという自覚がある。にもかかわらず、月という少女に抱いていた警戒心は今ではほとんど薄れてしまった。

 それはやはり、覚えていなくても長年一緒にいたからなのだろうか。

 伏せた顔の前にぬっと白い手がかざされた。そのままひらひらと扇ぐように動く。

「暗い顔してどうしたのよ」

「・・・・・・別に」

 不愛想な対応だったにもかかわらず、月は小さな笑い声を響かせた。

「そう。ならこれあげるわ、おいしいわよ?」

 目の前に差し出されたのは木の皮包まれた揚げ物だった。肉や野菜を小麦でからめ香辛料がかけられている。礼を言って受け取ると、再び月の表情が微妙な物へと変化した。

 ――――――昼間に現実で見た、途惑ったようでもあり、苦笑したようでもあり、何とも色々なものが込められた表情。

「あんたこそどうしたんだ?」

 ゆえの困惑顔を目にしてごまかすことを諦めた月は、苦笑しながら告げた。

「まさかゆえからお礼が聞けるなんて新鮮だな、って思っただけ」

 呼吸が止った気がした。間接的にとは言え、月が昔のゆえの様子を語ったのはこれが初めてだった。

 自分の記憶にまつわる類いの事は、ゆえにはどうしても聞く気になれない。それを敏感に悟ったのか三人ともそう言った話を振ることは無かった。

 例え訊かれても、“どうして憶えていないのか”などと訊かれても、答えられるはずが無い。

「あんたには、俺はどう見えてるんだ」

「どういう、意味かしら?」

 さまざまな事柄が渦巻き、ゆえは口を噤んだ。


 ――――――姿を消した自分

 ――――――記憶が無い自分

 ――――――以前と変わった自分


 それをどう思っているか聞きたいはずなのに、言葉にはならない不安が口を閉じさせる。

「ゆえは、ゆえよ」

 やわらかな声に、ゆるゆると視線を上げれば月が微笑を浮かべていた。桜色の唇がゆっくりと動き笑みを形作り、薄墨の眼には慰めるような暖かな光がやどる。

「その他は、私にはどうでもいいの。あの日ゆえが消えてから色んな事を考えたわ。最悪の事態も覚悟してた。けど、ゆえはもう一度私の前に現われてくれた。どんなに変わっても、私は“ゆえ”に会えて嬉しいの」

 そんなに簡単に思い切れることでは無いだろうとゆえは思うが、薄墨色の眼は偽りの蔭は見当たらなかった。

 ゆえの心境の変化を読み取ったように、月は明るく言い放った。

「さ、行こうよゆえ。これだけじゃ朝ご飯足りないでし、何か美味しそうな物を探しましょうよ!」





 ゆえは視線を感じて身を起こした。

 手はこれまでに買った軽食や飲み物で溢れている。なんせ今覗いている屋台は実に十番目なのだ。口に運ぶ間も無く次々と少女は買い求め、それをゆえに渡していく。

 少女にとってはゆえのあまりの交渉の下手さを見かねて変わりに買っている、という感覚なのを知らずゆえは溜息をつく。

(よく金あるよな・・・・・・)

 そういえばこの資金はどこからきているのだろうかと今さらながらの疑問を浮かべる。保護者もいないこの世界で生活する資金をなど、他の誰かに与えられたわけでもなく――――――何らかの方法できっと稼いでいるのだろうが。そのあたりのことはまったく聞いていない。

 機会があれば訊いてみようと微妙にずれた結論を出し、ゆえは目を彷徨はせ視線の主を探す。おそらく柚か翔のどちらかだろうというゆえの予想は裏切られた。

 無意識の内にあとずされば、迷惑そうに押し返された。その拍子に壁に腕を擦られゆえは我に返る。

――――――ゆえの視線の先にいたのは、滑るように歩く黒い影のような存在。

 自分ではどう対応して良いのかわからず、必死に少女の姿を探すが見当たらない。その間にも黒服は着々と距離を縮めてくる。

 生理的な嫌悪に駆られ、逃げだそうと結論付けると強く腕を引かれた。弾みで落とした荷を拾う暇をさえ与えられず、気づけばゆえは駆け出していた。

「馬鹿ね」

 耳にたしなめる口調で言葉を落とされた。人込みから外れた頃になってやっと月は手を離したが、歩調は緩めようとせず依然としてかなりの速度で進んでいく。

「傀儡に出くわしたらとりあえず逃げなさい。ぼけっと眺めていたら見つけてくれって言ってるようなものよ」

 言われた内容には憤慨したが、少女の気迫に圧されそれを述べる事は出来ない。腰の銀剣に手を当てて走る少女の姿は軽口など赦さない緊迫感に満ちていた。

 闇雲に路地をすり抜け、ひた走る。空気に潮の匂いが混じり始める頃、月は唐突に足を止めた。息を整えつついぶかしみながら少女の顔を窺えば、口の端を曲げた笑みを浮かべていた。

「囲まれたわ」

 驚いて四方を見回せば、後方には二人、前方には三人の黒服達が滑るように近づいてくる。

 朝日を浴びた波止場は金色に染まり、そこをひたひたと進んでくる黒衣の傀儡達には不気味な威圧感がある。思わずゆえはたじろいだように後ずさった。その怖れが色濃く現れた顔を眼にした月は、軽く息を呑み、そのまま吐き出した。

(完全に頭を切り替えなきゃね)

 ――――――自分の傍らにいる少年は、かつての彼では無いと。

 自分に言い聞かせながら、右足を踏み出し腰を捻りながら白刃を抜く。

――――――戦いなど知らない、普通の少年なのだと。

 しっかりと柄を握りしめ、正眼にかまえる。

 ――――――ゆえは本当に忘れてしまったのだと。

 見た目はかつての同胞とまったく同じ少年へと視線だけを向け、慎重に口を開く。

「ゆえ。そのまま壁まで下がって、そのまま壁で背中を守ったまま待機してて。いいわね?」

 ――――――自分が、守るしかないのだと。

「傀儡は全部私が倒すから」

 その言葉が言い終わるらないうちに、月は動いていた。

 眼前の黒服に薙ぐように切り捨て、後の者へと踊りかかる。間髪いれずにそれを倒し、斬りつけられた所を剣で受け止め、それを引く事で体制を崩させ、隙を突く。

 輝きを色にしたような金色で染め抜いたよう暁の波止場、対照的に差し込んだ影のような傀儡。 その間を緋色の少女が走り抜けるさまは、闇を払う燈のようだった。

「終わったよ」

 ゆえがその言葉をきいた時には、すでに黒衣の化生はすべて消滅し、ただの布の塊となっていた。重なり合ったそれらを見ていると、先ほどの情景が嘘ではないかとも思えてくる。だが少女の手にある真剣の鋭い輝きが、現実である事を告げていた。

 助けを求めるような視線を向けるゆえに、月は鮮やかな笑みで答え、言った。

「ゆえ、握手しよう」

「は?」

 冗談かと思ったが、どうやら違うらしい。笑って入るが少女は真剣な目でこちらを見ている。困惑顔のまま動かないゆえの手を取り、引っ張るように握って月は言った。

「これから、よろしく」



     二章 想  過去の残影 完


※※※


地味めな話ですが、二人の心境の変化が現われていてわりと気に入っています。

後から書いた話なので、後日のネタがちらほら仕込まれている、という。

次回は打って変わってドタバタ話です!

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