第八章 罠 八
八
「何やってんの、あんた達」
柚がそう言うのも無理はなかった。
なにせ孤児達は、朝も早くからなぜか疲労困憊といったていをさらしていたのだから。汗だくになり寝転がっていたカテクだけが、眼だけで柚を見上げる。
「ああ、ねえちゃん」
だが、そういったきり荒い息をつくのに忙しいように黙り込んでしまう。
それを見ていた周りの子どもが、いっせいに口をひらいた。椋鳥のさえずりにも似た幼い声から、柚が聞き取れたのは二つ。
「『火が』なに?夜の間に『消えた』の?」
そーう、と間延びした返事に、柚は納得したようにうなずき、腰の小鞄に手をやった。しばらく探る事数十秒、つかみだしたのは赤茶けた石と、木片に埋め込まれた鋼鉄片だった。
「火打石よ。貸してあげるわ」
そういって差し出された手のひとつに乗せてやったものの、結局火を付けたのは柚だった。孤児達は使い方をよく知らぬようで、火花が飛ぶたびに歓声を上げるのに急がしそうだったのだ。
「いいなー、俺らも金があればなー」
せっかくがんばって努力していたのに、あっさり火がついたのが面白くなかったのだろう。カテクはわずかながら不満顔だったが、流石にそれを口にするほど愚かではなく、ありがと、とつぶやいた。
孤児達の火熾しの道具である木片と木棒を眺めていた柚は、やわらかく微笑む事で答えた。
「けどこんな方法じゃ毎回大変でしょ。何で火打石使わないの」
「だから、買えないんだよ!物が!!」
いきりたったように、少年は立ち上がった。
「町のやつらは俺らに物を売ってくれない。どうせ盗んだ金だろうってな。だからギョウショウニンぐらいしか相手にやがらないが、あいつら吹っかけてくるんだ」
柚は静かに少年の激昂を受け止めた。
遠い日に、同じ経験をした少女はすっと藍の瞳を上げる。
「じゃあ作れば」
「ッって、はぁ?なにいってんの」
怒りを困惑に移り変えた少年に、柚は足許から拾い上げた小石をみせる。ごつごつとした赤黒い石肌をつるりと光らせているそれを白い手の中でもてあそび、くるりとまわした。
「火打石の原石よ。これはちょっとこぶりだから使いにくいでしょうけど、ここに転がってるって事は近くに崖かなんかないかしら。そこでもっと使いやすい大きさの石を見つければいいでしょ。打ち鉄の方はそれこそなんでもいいわ。古釘でも、車輪の残骸でも。出来るだけ錆びてないやつの方がいいけどね」
赤錆は手に刺さるし、脆いと折れて手を石に叩きつけるなんてことになりかねないし、とすらすらと述べた少女をカテクはぽかんと眺めた。
「ねえちゃん、ってさ何者なの?」
「ねえカテク。自慢じゃないけど私、いえ私達ってばしゃれにならないくらい極貧生活おくっていたのよ。こういう知恵なら呆れるくらい知っているわ」
くしゃり、と髪を撫でても、今度は文句は飛んでこなかった。
「それを全部あんたに伝授してあげる。じゃあまずは森歩きね。これだけの森ならこの季節でも食べられる物なんていっぱいあるわ」
少年の顔が見る見る輝きだす。手早く朝食を終えた後、さっそく孤児達を引き連れ、森歩きが始った。
目にとめた紅い果実に手を伸ばし、白い手がそれをもいだ。
*
目にとめた黄色い果実に手を伸ばし、白い手がそれをもいだ。
「もう、そろそろいいんじゃないかな?」
「そうだな。これ以上食べれば、体を冷やす」
そうですね、と月は答え黄褐色のその実を幼い子どもに持たせてやった。上目使いに顎を引き、子どもは果実に白い歯を立てる。指を伝う汁を、ノロスが優しく拭った。
寝覚めたノロスの妹は二人の見知らぬ人間にあからさまに怯え、声も出さずに震え出した。ノロスが慌ててあやして言い聞かせた結果、大分落ち着いたがそれでもずっと無言で通している。
人見知りが激しいの、と苦笑気味にノロスは行ったが、ジェイドはあからさまにミンネを避けていた。どうやら小さい子どもに対する免疫がないらしい。
「で、これからどうします?ああ、ジェイドさんナイフを貸して下さい」
果実の汁をたんねんにぬぐった後、月はドレスの裾に刃を当てた。慎重に動かし、紐飾の部分だけを器用にも切り取り、ほどいたそれで髪を結わう。
「金目の物があれば良いのだがな・・・・・・まさか歩いても元の町に戻れまい」
「ねえ、月」
ノロスの視線は、月の細い首筋に注がれていた。
「それ、耳飾りよね。売れないかしら」
露になった耳朶に、小さく輝く星のような銀の光。今更ながら思い出し、盗られなっかったことに安堵する。
それは本当に小さな、小指の爪ほどの銀細工の耳飾りだった。花の種ほどの白い月長石を花芯に銀の花びらが重なっているその細工は本当に精緻で可憐で、思わず見惚れてしまう。
「そんな品、良く取られなかったものだな」
「ええまあ。これの留め金にも細工がしてあって、嵌め殺しのようになってるんです。実際は外せますが」
そういって耳に両手をやり、簡単に外してしまう。ころりと転がる銀の小花を、ノロスはうっとりと眺めた。
「本当に綺麗。仙人掌の花みたいだわ。あれも信じられないくらい綺麗な花を時々つけて」
脱線しかけた事に気づき、慌て少女は顔を引き締めた。
「でなくて。これだけ綺麗な品なら、宝石商あたりが高値で引き取ってくれるはずだわ。ね」
いいでしょう、といいかけた少女の声はのどの奥に落ちてしまった。
うっすらと微笑み、月は銀の瞳をふせた。
「残念ですが。これは、どうしても手放せないんです」
ひやりとした眼差しに、ぞくりと戦慄が走る。深く問いただす気力も無くし、二人は頷いた。
「第一、街に出ればまた追い掛け回されるだけでしょう。少なくとも隣町まで行かなくては。服を古着屋で取り換えて差額を換金するという手もありますが、それだってどっちみち店は街中ですし」
もとどおりに銀花をつけ終え、月はそうひとりごちる。ジェイドもうなずく事で同意する。
「では外に出ると言う事で決まりだな。道はどうする?このままこの林を抜けるのか」
その言葉どおり、いま四人がいるのは娼館の裏手から続く林の中だった。木漏れ日が落ちかかるそこは居心地が良く、こんな時でなければ眠りこんでしまいそうなほど清々しい風に満ちている。
「そうした方が良いじゃない?歩きにくいけど、歩けない訳じゃないし。見つかるよりましでしょ」
「そうですね。食料を探しながらあれから結構な距離を歩いてきましたし、もう少しで町外れだと思うんですが」
「あら。そうなの?」
「ええ、もともと娼館自体が幸運な事に西側よりに建ってるんですよ。確か――――――どうしました、ジェイドさん」
月の声が緊張を帯びる。暗緑の眼に緊張を走らせた女は、無言で音もなく歩み始めた。続こうとするノロスを身振りで制し月も後に続く。
気配を極力断ち、足尾を忍ばせ耳を澄ます。徐々に明るくなる視界に、数人の男達の姿を見とめたのはすぐの事だった。追っ手かと体を強張らせた月は、男達の風貌を目にし奥歯を強く噛み締めた。
二の腕に巻かれた、緑と黒の文様の描かれた布。
それを意味するところは、一つしかない。
目線で戻ろうと伝えるが、ジェイドは薄く微笑んだだけだった。そしてあろう事か、足音も高らかに男達に近づいていく。
月は本気で狼狽しかけた。
相手の腰に帯びた大刀や脚絆、そして革鎧などの装備を見れば、相手がどのような素性かわかるはず。その上文様の描かれた緑と黒の腕章は、近隣に知れ渡るほど有名な紋章が染め抜かれている。
つまるところ、追っ手よりも危険な相手なのだ。
変に因縁をつけられても現状では非常に困るし、客引きだと思われたらさらに困る。だが、いま身につけているものは、そう思われてもしかたがないような扇情的な服装なのだ。
本気で頭を抱えたくなる月をよそに、ジェイドはつかつかと歩み寄るとどすの聞いた声を発した。
「おい」
「っちょ、ジェイドさん?!
「親父はいるか?」
屈強な男達は一様に目を見開き、間抜け図らをさらした。
「お嬢?!!」
※※※
耳飾りのネタようやく出せました。
これ、結構重要なエピソードなんですよ。
まあ伏線回収ははるか先の予定ですがね!!(ヤケ)
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