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夢物語  作者: 矢玉
第七章 罠 
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第七章 罠 五

     五


「で、あなたの治療費を稼ぐために随分前からその兄って人は人攫いを続けていて?月もそれに巻き込まれた、と」

「そう、です」

 仏頂面の柚の言葉に恥じたように目を伏せ、消え入らんばかりの風情で少女は答えた。ランプの光を受け、長いまつげがくっきりと影を落とす。少女達に眼をやりながら、ゆえはそっと壁にもたれかかる。

 あれから場所を店内へと移し、三人は少女から事情を聞いていた。だがそれは常識では、もとい普通では考えられないようなものだった。

「で、月はあなたが手枷まではずして逃がそうとしたのに、それを断ったと」

「あの、こんな立場ですから、とても、信じていただけないのは、わかっているのですが」

 ため息をつく少女に、翔は優しく笑いかけた。

「ミュリネさん。あなたのことを怒ってない何てとてもじゃないが言えないが、俺達にはそれ以上に怒りたい相手がいるんですよ。こいつが殺気立ってるのもそのせいなんで、気にしないでください」

「は、はぁ」

 何ともいえない沈黙が舞い降りた。

 柚は据わった眼で何言かを呟いているし、翔は普段ではありえない奇妙な笑顔を浮かべているし、ゆえはいつもの無表情ながらも目元にあきれの色を滲ませている。

「あ、あの!私お茶入れてきます、から!」

 急いで立ち上がった少女の背を見送り、柚は徹底的に据わった目で背後の翔を振り返った。

「お人よしってレベル超えてない?超えてるわよねぇ?!」

「同感だ」

 人前、ということで控えていた感情が一気にあふれ出てくる。涙眼をこすり柚は続けた。

「人にどれだけ心配させれば気が済むのよ、あの馬鹿月はッ。人に、ほんと人の、気も知らないで」

 伏せた顔を覆った手の間から、一粒、また一粒と雫が落ちる。うろたえたように顔を見合わせる少年二人に、柚は顔を上げて怒鳴った。

「これは!!悲しくて泣いてんじゃ無いからね!!腹立たしくて泣けてくんのよ!」

「わかったから。わかったからちょっと声の高さ下げてくれ」

 その後もいろいろな事を持ち出し二、三度叫んだ後、柚は深く息を吐いて涙をぬぐった。

「でもこうなったらもう確実に私の予想は的中って事ね」

「ああ、聞こうと思ってたんだ。何がわかったって言うんだ?」

「この一連の事件。全部つながってくるのよ」

 ランプの光を受けほのかに輝く金髪に指を絡め、柚は口を開いた。

「『人攫い』も『神隠し』も『病気』も『値段の高い卵』も。全部ね」

 すっと翔が手を上げた。

「質問」

 目線で続きをうながす柚に、翔は頷いてから口を開いた。

「前の三つはともかく、最後の卵は何なんだ?『神隠し』の真相が『人攫い』で原因が『病気』だろ」

 つながらないじゃないかという翔の言葉に、ゆえも頷くことで同意した。それを見ていた柚は眉間の皺を深くする。

「よく考えて見てよ。伝染病でもこんな都合良く広まるわけ無いでしょ。しかもこの病気ってどうやら家族の中でもかかるものとかからないものがいる。こんな作為的で、都合の良い病気。聞いたことがないわよ」

 ようやく飲み込めた翔も物騒な笑いを返す。

「じゃああれか、わざと『病気』を作り出し金に困った奴らに『人攫い』を提案するそしてそれがばれないよう『神隠し』のうわさを流す。真相を知っている人間は、病人がいるという弱みがあるから口噤んだままってわけ、か」

「卵ってのが考えたものよね。へたに毒物使うよりリスクが少なくてすむ。まあ、たぶんそれだけじゃないんだろうけど――――――どうしたの、ゆえ」

 眉間に皺寄せて、という柚にゆえは真剣な目を向けた。

「なあ。さっきの人、ずいぶん遅くないか?」

「そういえばそうねー、お茶入れてくるって言ってそのままどっかいっちゃったし」

 けどそれが、と首をかしげる少女に、ゆえはためらいがちに続けた。

「さっきのあんた達の話だと、あの人もその『病気』の患者ってことだろ?だったらもしかして――――――」

 二人は同時に椅子を蹴り倒した。

 そのままの勢いで走り出し、先を争うように廊下を駆けていく。

「ミュリネさん?!どこにいますか?」

「ってかこんだけ騒いで出てこないんならやばいんじゃないか?!」

「じゃあなおさら急がなッ――――――っとここじゃない?ミュリネさん!」

 金髪が消えた扉を追って少年たちが入り込んだ部屋には、食器が散乱した床に倒れこんだ少女と助け起こす少女の姿があった。少女の瞳孔を確かめ、柚が叫ぶ。少女の顔色は変色し、その全身にどぎついほどの赤い斑点が浮かんでいる。

「翔!!私の鞄持ってきて。ゆえ、湯を沸かして!」

 頷くことで返答とし二人が動きだそうとした時、扉から青年が姿を現した。

「ミュリネ?!」

 叫び声を上げた青年は黄色い髪の簿間から、怒りのまなざしを向けてくる。

「お前ら、何を――――――」

「翔」

 柚の鋭い声が響いた。

「それ、とめて。口は利けるように」

 その声を受けすっと少年の体が動いた。

 無造作につかんだ手を背に捻り上げ、首元を抑える。そして身動きが取れなくなった青年の体をそのまま机に押し付けた。

 軽く手を当てているはずなのに青年は声すら出せずに押さえつけられている。

「ゆえ!早く鞄と湯!!」

 少女の罵声を聞き、慌ててゆえは動き出した。

 その間も柚は少女の袖をまくりあげ、髪留めとして使っていた革紐で二の腕を縛り上げた。細い手首を力を込めて押しながら静かに目を閉じる。数秒の後見開いた眼には激しい焦燥の光があった。

「血圧が低い。この人、小さい頃に蜂にさされたことありませんか?」

「何を・・・・・・」

「答えて!!」

 いつの間にか咽元の手が外されているのにも気付かず、黄色い髪の青年は呆気に取られたような顔で呟いた。

「昔・・・・・・森の中で、地面に巣を作る、大きな蜂に刺された事が」

 ある、とまで言わせずに、柚は鋭く叫んだ。

「緑の袋と、茶の袋に入っている薬煎じて。早く!時間がない!!」




 扉から姿をあらわした少女の顔は疲労の形相を露にしていた。少女は一口水を含み、ひび割れた唇を動かす。

「峠は越したわ」

 それを聞き少年達は安堵をの表情になる。青年が部屋を出て行くのを見送り、少女は崩れ落ちるように椅子へと座った。

「ご苦労だったな」

 翔の労いの言葉に、ん、と呟くだけに留めた柚は眼を閉じ薄く長い息を吐いた。

「ひとつだけ喚いていい、翔」

 ああと答える少年の腕を掴み、少女は鋭い藍色の眼をむけた。

「ねえありえなくない?あーりーえーなくない?!何でこの状況で加害者側助けてるのよ私達!!」

 勢いよく机を叩き、その手で金髪を強く掴む。

「もう私やだこんな馬鹿ばっかで」

「間違い無くその中に俺も含まれてるよな」

「含まれるわよ!その手が何よりの証拠で・・・・・・あーもう!」

 こんな事言うはずじゃなかったのに、と口の中で呟き柚は机につっぷした。

「だめ、今の私ぐちゃぐちゃだわ。今日はもう寝る。此処まかせていい?」

 どうせ今眠っても現実で未明に起きてしまう事になるが、少しでも高ぶった意識を沈めたかった。

「ああ寝てこいよ。容態も安定してるなら大丈夫だろ」

 俺も多少なら医学知識あるしなと言う翔に、感謝の笑みを向けてから柚は部屋を後にした。

 急に静かになった部屋に、どこからか梟の声が聞こえてくる。音につられて窓に顔をむければ蝋燭の光を受け鏡のようになった窓硝子が、ゆえの姿を歪めて写していた。

「どうかしたのか」

 困惑と疑惑がまぜこぜになったような顔をしていたゆえは、翔のその一言に弾かれたように顔を上げ、傍目にもわかるくらい迷った末に口を開いた。

「なあ、翔。ひとつ教えてくれ」

 薄茶色の髪が蝋燭の炎を受け赤みをおびる。ゆえはそれをくしゃりと手で掻き混ぜた。

「あいつがこんなにも『人を守る』ことに執着しだしたのは――――――過去に俺が消えた所為もあるんだろ」

 翔はただ真っ直ぐな眼差しでゆえを見た。否定も肯定もしなかった。それが答えだった。

「・・・・・・そう、だったんだな」

「まあな。ただこれだけは言っとくぞ、あいつが『人を守る』事にこだわる事になった大元の原因はお前じゃない。まあ、加速した要因の一つって程度だ」

 慰めているのかけなしているのか微妙に判断のつかない事を言い、翔は背もたれに体重を預けるよう座り直した。

「月から両親の話聞いたか?」

「・・・・・・多少」

「どのくらいだ?それによって話せる事もかわってくる」

 その時の翔の目線は、ゆえがこれまでどんな場面でも見た事が無い程鋭いものだった。

「まあ本当は全部あいつから話すべき事なんだろーけど、あいつが話すの待ってたらいつになるかわかんないしな。で、どこまで聞いた?」

「・・・・・・旅行中に両親が火事で死んだのと、その後引っ越した事ぐらいだ」

 一瞬の逡巡の後、翔は言った。

「両親が死んだ時から月は自分の回りから親しいやつが消えるのを、ひどく畏れるようになったんだ。だからそれを回避するため――――――守るために自分が強くなろうと思ったんだろうな」

 私は強くならなきゃいけないのに、そう呟く幼い少女の姿が脳裏に蘇える。言い聞かせるように、戒めるように繰り返し言うのを始めて聞いたのは、まだ自分が九歳の頃。

「・・・・・・一人助かった負い目、か?」

「たぶん違うな。しいて言うなら“置いておいかれた孤独”だ」

「置いていかれた、孤独?」

「そう。好きだった人が、一気に消えていなくなる。小二の九歳児でだぞ?その、孤独感は俺なんかが簡単にわかるなんて言えないだろうが・・・・・・・」

 瞳を伏せた翔の顔は、ひどく歪んでいた。声も無く瞳をさまよわせるゆえに、翔は力なく笑った。

「悪い。お前の親御さんも亡くなったばっかりなんだよな」

「いや・・・・・・・俺は」

 憶えて、いないから。ぽつりと零すようにそういうと、ゆえは窓を見上げた。

 空には、少し陰をおびた白い月が、真っ暗な空にひとつ、浮かんでいた。


※※※


大変長らくお待たせしました。

結構自サイトから改稿してますので、よかったら両方の違いを楽しんでみてください。

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