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夢物語  作者: 矢玉
第六章 藍
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第六章 藍 四 最新話はこちらです!

 現在時刻、七時五十二分。

 文字盤を寝起きでぼやけた目で見つめ、ゆえは飛び起きた。

「はぁ?!」

 思わず声に出して叫んでしまう。だが、いくら叫ぼうが喚こうが事態は変わらない。

 ゆえの住むアパートである丘陵荘は暁町のややはずれに建っており、学校からは近い。近いといっても自転車で十五分程度である。

 そして朝のホームルームの開始時間は八時ジャスト。

 つまりは寝坊である。

 跳ね起きた勢いのまま布団を蹴飛ばし、制服に手をかける。

 時間割など確認する暇などあるわけも無く、昨夜のままの鞄を引っつかみ玄関口へ投げ落とすと、洗面所へ直行した。

 数秒後飛び出すとそのまま鍵を引っつかみ革靴に足を突っ込む。

「ゆえ!!!」

 飛び出した廊下に、少女の澄んだ声が響き渡った。

「ごめん!自転車後ろ乗せてッ 坂、押すから!!」

 こちらも必死の形相の月が、長く艶やかな黒髪を背中に流したまま鍵を回している。

 頷くだけで首肯し、二人は競うように階段を駆け下りた。

 朝の冷たい秋風を頬に受け、二人は暁の町を自転車で疾走する。宣言どおりに校門前の、もはやお約束じみた長い坂で月は自転車から飛び折り荷台を押した。

 その時点で響き渡る本鈴。遅刻決定だった。

 嫌になるような四階分の階段を駆け上がり二人は教室へとたどり着いた。

 上手い具合にホームルーム後の休み時間に滑り込めたのか、教室は雑然としていたためそれほど注目は集めなかった。黒板で確認すれば一限目は担任の現国。出欠の確認はそこで何とかなるだろう。

 教科書類も無い物もあるが幸い何とかなる範囲だった。

 数分後、相変わらずどこかふわふわとした担任が教壇に立ち、くすくすと笑った。

「あら、淡路さんに若狭君は登校したのね。三人とも昨日は夜更かししたの?」

「え?」

「武蔵君も遅刻なのよー、気をつけてね?」

 言われるがままに翔の席を見れば、目立つつんつん頭はいなかった。

 遅刻の罰として二人が交互に教科書を朗読させられていると、廊下に豪快に響き渡る足音が徐々に近づいてきた。

「すません!!寝坊しました!!」

 いつも以上のぼさぼさ髪で現われたのは仲間の少年に、二人は同時に思った。お前もか、と。




 四人そろった昼食時、柚もぐったりしたように弁当箱を抱えなおした。

 足元には少し色褪せかけた芝生。校庭へと下る坂の途中に座り込み、四人は円座を組んでいた。少し肌寒いが、ゆえ、月、翔の三人はともかく、柚は他クラスのため仕方ない。

「もー、朝から疲れたわよー。酒盛りなんか途中で抜け出して、さっさと寝ればよかった」

「疲れたって言っても、お前俺の二ケツの後ろ乗ってただけだろ。俺なんか朝から正拳突きされた上、自転車で猛ダッシュだぞ」

「・・・・・・誰にやられたんだよ」

「姉貴に。姉貴、空手有段者。昔は剣道も習ってた」

「・・・・・・すごいな」

「ちなみに習っていた剣道場が月んとこ」

 驚きの表情を向けるゆえに、月は苦笑して手元のサンドイッチにぱくついた。こちらは本日は弁当を作る余裕は無く、本日は購買部で購入の品である。

「おじいちゃんが死んじゃってからは閉めちゃったんだけどね。昔は剣道場やってたのよ。悪がきどものたまり場って感じだったけど」

「面白かったよなー、師範の剣道稽古。ほとんどチャンバラだったし」

「うんまぁ剣道じゃなくて性格には古来剣術だしね。うちの道場」

「・・・・・・どう違うんだ?」

 んー、と月は目線を空へむけた。秋空は雲ひとつ無く、透明に澄んでどこまでも高い。

「まずは、防具付けないことかな」

「は?!」

「うん。初心者は流石に付けるけどね。師範代以上は常に防具なし。あと竹刀じゃなく木刀。本式の場合は。たまに真剣も使うけど」

「・・・・・・それは危険じゃないのか?」

「危ないわよ?簡単に指ぐらい落ちるし。私も流血したことたびたびあるし。でも実戦なら当たり前でしょう?夢想でも、模擬刀なんて使ってないじゃない。

 あとは日本剣道協会入ってないこととぐらいかな・・・・・・基本的に他流試合禁止だし。何なら入門する?ゆえ」

 薄墨の瞳がおもしろそうに銀に光る。そのさまは、興味を引かれた猫を連想させた。

「本当は稽古つけるのだって、門下生じゃなきゃ禁止なのよ。だからゆえの稽古もこれ以上高度なこと教えようと思ったら門下生になってもらわなきゃ。私、師範代だし」

「えええええ?!」

 驚きの声は三人分響き渡った。ぱちくりというに相応しい風情で月は小首をかしげた。

「ゆえはともかく柚と翔には言ってなかったっけ?」

「聞いてねーよ!!うわ!師範代試験受かったのか?!」

「凄いわ!月、おめでとう!!」

 抱きつかんばかりの柚の金の頭を撫で、月は照れくさそうに微笑み瞳を伏せる。

「ありがとー、もう一年くらい前だからちょっと、なんかタイミングずれてるんだけどね」

「それは教えない月が悪いのよっ、お祝いだってしたのに。しかたっかのに!」

「そんな大げさな」

「お前だって二年ぐらいずっと挑戦して駄目だったじゃんか。すげごいよやっぱ」

 おいてきぼりをくらうゆえに、翔があわてて言った。

「師範代試験の内容、すごいんだ。師範から三本勝負で一本以上。しかも真剣を用いての勝負」

 動揺からおにぎりをおとしそうになったゆえに、無理は無いだろう。わたわたと地面へとダイブ寸前だった鮭握りを受け止め、ゆえは固まった。

「・・・・・・は?」

「すげぇよなー、今は現代だぜ現代。何時代だよ戦国かよって話だよなー」

「だから剣道じゃなくて剣術なの」

 さらりとそうまとめられたが、ゆえは茫然としたままだった。

 そんなゆえをよそに、月は四人を見渡した。

「で、そろそろ集まった目的果たさない?」

「あ、そうだった。どうする?霜祓祭の当日。平日だったら今日みたいに遅刻必須よ?」

「徹夜で踊り明かすんじゃね、詳しい日にち聞いて、現実の土日かどうか確認する前に引き受けたのはうかつだったわね」

 したり顔の柚に、翔も同意を込めて頷き、ついでうな垂れた。背中に哀愁が漂う

「うちじゃ土日でも九時以上寝てたら姉貴の鉄拳制裁だぞー・・・・・・こういう時はいいよなお前ら一人暮らし」

「あ!じゃあこうすればいいじゃない!霜祓祭の前日から月とゆえのとこ泊り込むのよ。そうすりゃ遅刻しても、最悪欠席でも親にばれない!」

「いや、欠席確認いくから親にはばれるんじゃね?」

「まぁばれても、前日お泊りではしゃぎすぎたって言い訳して。だめかな、月」

「欠席は勘弁して欲しいけどね。最悪その手でいきますか」

 ぽんと手を叩き、話はまとまったとばかりに柚は立ち上がり、スカートをはたいた。枯れた芝がはらはらと地面に落ちていく。

「そうときまればごちそうさま。月!髪結ってあげるよ。そのままじゃ動きづらいでしょ?」

 月はきょとんとし、次いで苦笑した。朝寝坊のため三つ編せず下ろしたままの髪の先は、地面をやさしく擦っている。

 生き生きと顔を輝かせる。その藍の瞳に浮かぶのはいっそ星の煌きとも言いたいほどの喜色。

 櫛やらピンやらを賭しだしたところを見れば、いじりたくて仕方ない様子は良くわかった。幼馴染の少女は、自分よりよほどこの黒髪を愛している。

「月の髪はやわらかくてしなやか過ぎて結い上げるのに向いてないんだけど、絹枝姉からいい方法伝授してもらったの!」

「まぁじゃあお願いしようかしら」

「やった!あ、サンドイッチ食べてていいよ。後ろ回るから」

 うきうきと月の背後に座った柚は、心の底から嬉しそうに月の黒髪に櫛を通した。櫛目のはっきりと残る美しい緑の黒髪を何度も梳る。自分のふわふわと巻いた金髪も嫌いではないが、やはり絹糸で作られた日本人形のようなこの髪は大好きだ。

 鼻歌でも歌いだしそうなくらい嬉しげな柚に月は苦笑しか出ない様子だ。

「そんなに好きなら柚ももっと伸ばせばいいのに」

「これでも十分長いよ?くるくるしてるからセミロングに見えるだけで、伸ばせば腰とは言わないけど、背の真ん中くらいまではあるし。それに、自分の髪じゃそんなにいじれないじゃない。月こそもっと色んな髪型ためしたら?」

「それこそ嫌よ。面倒くさい。ただでさえ朝大変なのに」

「そうなのか?」

 男子二人の疑問の視線を受け、月は重々しく頷いた。その間にも頭上では柚が櫛と格闘し、その頭を華やかに飾りつけるのを続けている。

「なにせ髪の始末しないと顔も洗えないからね」

 ため息混じりにそう呟くことからも、少女が決してその作業を好きで行なっているわけではないとひしひしと感じられた。

「・・・・・・なんでそんな苦労してまで長く伸ばしてるんだ?」

「や、なんかもう習慣というか、えっと大昔の約束?」

「・・・・・・約束?」

「うん、大昔にね。明日華さんが髪切ったときに“明日華さんのかわりに私が髪を伸ばす

“って約束して・・・・・・・それで今に至るわけ」

 少し、うつむきながら、ほのかな微笑とともに言われた言葉には、言葉にした以上の出来事がありそうだが、ゆえはそうかと答えただけだった。

「で、今日集まった本題だけど。どうするんだ?祭の前座」

「そうだったわね、それ決めるために集まったんだったわ」

 翔の言葉に、月も続いた。

「里の人たちの期待には応えないと・・・・・・あんなに期待されちゃ、ね」

 月の躊躇いがちな言葉通り、里人達の期待というか熱意は半端なものでは無かった。依頼を引き受けたことを一瞬後悔するほどの熱狂的とまで言える喜びには、四人とも若干弾き気味だ。特に音楽に対して苦手意識の強い翔は、気が重くて仕方がない、といった風情が色濃い。

「俺、曲なんてほとんど忘れたぞ・・・・・・?」

「歌はもっと壊滅的じゃない。何なら翔が柚と舞う?」

「冗談だろ。マジ勘弁。それなら軽業見せたほうがまだマシだ」

「じゃあやっぱり翔が曲で、私と月が舞い手でないとだめじゃない。はいけっていー」

「こら柚おっ前人事だと思って?!」

「人事じゃないわよー、だって翔の演奏で私たち舞わなきゃならないんだもの。軽業はその前座ね」

「そっちもやんのかよ!!」

 ぎゃあ、ぎゃあいつものようにもめ始めた柚と翔を無視し、月は言った。

「曲は、そうね。闇花時代のものがいいかしら、現実の曲のアレンジでもいいけど。でもやっぱ闇花の曲のほうが舞いと馴染みがいいかしらね。まあ翔の笛は前奏ぐらいを期待して、あとは歌いながら舞えばいいか。ゆえには太鼓叩いてもらうから」

「え?!俺も何かやるのか・・・・・・?」

 ゆえのこの台詞には少々呆れた視線をもらってしまった。

「あたりまえでしょ?私たちは四人でひとチーム。仲間なんだから、ね」

 薄墨の眼で微笑まれ、返答に窮したゆえだった。

「で、お取り込み中悪いけど。柚、あの子の声は何とかなりそうなの?」

「えぇ?何?」

「だから。昨日あの後、勢いで引き受ける事になった薬師の件よ。クコの声、よくなりそうなの?」

 そうなのだ。

 宴の席でうっかり柚が自分は薬に詳しいともらしたため、里人がその話に勢い良く喰いついたのだ。その場の勢いに押され、クコの喉の治療まで引き受けるはめになったのは、流石の柚も困惑したのだ。

「うーん、ちゃんと診てみないとなんとも言えないけど。でもあの川原であの子助けた時に、喉も扁桃腺も特に異常無かったのよねぇ、だとしたら手ごわいと言うか、厄介かも」

 三人の視線に促され、柚は月の髪を弄りつつ応えた。

「風邪や、舞の練習で声の出しすぎ何かなら私にも治療のしようがあるけど、うん、もしかしたら心療性のものだったりしたら・・・・・・・私には手の施しようが無いわ」

「心療性、というと」

「聞いたこと無い?何かショックな出来事があって突然声が出なくなる事例が、あるにはあるのよ。そういう場合だったら、どうするか。ちょっと後で図書館行って調べてみるつもり」

「そう。何か手伝えることあったら言ってね」

「うん、遠慮なく頼るわ。さ、月、出来たわよ!」

 すかさず取りだした柚から鏡を受け取り、月は鏡をのぞき込んだ。

 全体を左に流し、左耳の上あたりにお団子がつくってある。前髪の上辺りに編みこみを施しそれでお団子部分の根元に巻きつけてあるのがアクセントになり、凝った風情に仕上がっている。

「うっわぁ、すっごいわね」

「でしょでしょ?意外と簡単にできるのよ。月、前にまとめ髪覚えたいって言ってだじゃない。今度教えてあげるわね。あ、このお団子部分にコサージュつけても華やかになるのよ」

 うきうきと解説しだす柚に月はまたねと苦笑した。

「じゃあ私は図書館いくから、お先にね」

「あ、そうだ柚、お前英語の教科書今日持ってきてるか?」

「うん、一限にあったから。なぁに、もしかして忘れたの?」

「しょうがねぇだろ!!朝から殴られるわ遅刻だわでそれ何処じゃなかったんだよ!」

「仕方ないから貸してあげるわ。もしかして当たるの?」

「つくづく勘がいいなこーゆー時は、いいから貸してくれ」

「悪かったわね!他は鈍くて。ノートは貸さないわよ、翔なんて自力で訳せばー?」

「英語のノートだけはお前に期待してないから大丈夫だ」

「そ、そんなこというと教科書他の子に貸しちゃうわよ?!月、貸したげよっか?!」

「ちょ、柚、おま、やめろッ」

 相変わらずな二人に月はひらひらと手を振った。

「持ってきているから大丈夫。二人とも、あんまりじゃれてると図書館行く時間も、英文訳す時間もなくなるわよ?」

 二人は顔を見合わせると、慌てたように荷物を掴み、そのまま言い争いながらその場を後にした。その様子を笑いをかみ殺しながら見送った後、月も立ち上がりスカートを払った。

「さて、私たちもそろそろ行く?寒いし」

 もう秋も深まってきたわね、そんなことを言いながら眼を細める月の肩を、ゆえは思わず掴んでいた。驚いたように見開かれる薄墨の瞳に何故だが逆に動揺してしまい、逆にぱっと手を離す。

「その、聞きたいことが、あって」

「ええ。何?」

「昨日聞いたんだ。天球?とかそのあっちの世界の神とかのこと」

「うん、こっちとずいぶん違うわよね。どこの国でも同じ神々様信仰してるし」

「そうなのか?」

「聞いてないの?ええ。そうよ。夢想じゃどの国でも――――――と言っても今のところ私達が訪れたことのある国はって意味だけど。どの国でも天球の神々を奉っているの。個別に名前がついていることもあるし、姿形もばらばらだけど、“天球にいる”って概念は同じみたい。こっちじゃ国単位で違う神様がいて、そのせいで争いまで起きているのに不思議よね」

 それで、訊きたい事は、それじゃないでしょう。そう薄く微笑まれ、ゆえは言葉につまる。

「『“私は”会ったこと無い』って。聞いた。だから・・・・・・」

「鋭いわね」

 銀の色に変わった瞳を面白げに煌めかせ、少女は微笑した。

「そう、前に話したでしょ。わたしはあの時のあの人を天球人じゃないかと思っていた。昔はね。――――――今も、かもしれないけど」

 もしかしたら、とすこしはにかんだように続ける様子は、御伽話じみた子どもっぽい発想を自嘲しているからかもしれない。

「天球の神々が、何かの理由で無くしてしまった大切な物――――――その宝珠を捜すのを、私たちに頼んだんじゃないかって」


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