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夢物語  作者: 矢玉
第六章 藍
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第六章 藍 三 最新話はこちらです!

注! ファンタジー世界での未成年の飲酒がありますが、あくまでファンタジー世界です。そして度数もそれほど高くなく、甘酒程度を想定しています。

 彼らは現実では飲酒しませんし、したこともありません。


 木々の影をくっきりと浮かび上がらせる盛大な篝火。近づくにつれ、濃厚な人気を感じさせた。入り口と思しき丸木の門の前には、若い夫婦が佇んでいる。それを取り囲む、幾重にも重なる人、人、人。おそらく里中の者が集まっているのだろう分厚い人垣。

 若い夫婦の顔を見つけると、クコは顔をくしゃくしゃにして駆け出した。危なっかしい足取りに一瞬ひやりとしたものの、四人はそのまま見送る。おそらくあれが少女の言っていた両親だろう。クコを抱あげた男性は安堵したように微笑んでいるし、その横の女性は目に涙をためクコの茶色の髪を撫でている。

 そんな人垣の中から、一人の初老の男性が歩み出てきた。

「おお、皆様がコルルの言っていたクコの恩人の旅人殿ですかな?」

 好々爺然とした豊かな白い眉の老人の前に月は一歩踏み出した。

「そんな、大げさです。偶然居合わせて、人として当たり前のことをしただけ」

「いやいやいや、まことに、まことにありがとうございました。この子が無事だったことも、もちろんですが、また舞人の身に何か起こったら、と思うと・・・・・・いや、まことによかった」

 差し出された手を取ろうとした月はぎょっと息を呑んだ。

 老人の手は、染め抜いたように青かったのだ。肘から爪先まで手袋を嵌めたように、青より深く濃い紺色に染められている。人体ではありえぬ色に息を呑む。

「ああ、驚かせてしまいましたかな」

「いえ、失礼しました」

 引きかけた手を追いかけるようにして伸ばし、月は握手を受ける。老人はそれにかすかに驚いたように目を見張り、頬をゆるませる。

 里長は持ち上げた青い腕をいとおしむように撫でさすった。

「わしらのこの手は、長年その染料を扱ったことによるものなのですが・・・・・・昔から、病や呪いのたぐいや何かと間違われることが多くありましてな。いつぞやの時代からこのとおり、染物を生業(なりわい)とする一族の者たちだけで集落をつくり始め、今では里とまで呼ばれる大きさになったのです」

 その言葉に反応したのは柚だった。かすかに金の眉に皺を寄せ考え込んだ後、唇を動かす。

「“青い手と藍の里 アリユタ”・・・・・・耳にしたことがあります。その里はとても高度で貴重な染物技術を持っているため多くが謎につつまれた隠れ里だと」

 隠れ里、という言葉に里長は梟のさえずりを思わせる笑いで答えた。

「我らは隠れても潜んでもおりませぬ。ただ、村の成り立ちゆえにあまり外の人間が訪れることが少ないというだけでありましてな。この村には月に数度、布を買い付けにくる行商も沢山立ち寄りますし、楽師を招くこともある」

「里自身が里を隠しているんじゃないならむしろ、行商人が上等な布地の仕入先を隠すために噂を広めまいとしているということですか?」

 呟きを聞きとめた里長は、再び梟声の笑い声をあげた。

「そういうこともあるかもしれませぬな。わしらもそのようによそ者を大いに歓迎するという気質でもありませぬし・・・・・・いやいやいや、御方々のことではございませぬよ」

 少し慌てたように言葉を継ぐ。その様子は素朴な実直さを感じさせるものだった。

「御方々は我が里の子の命の恩人じゃ。わしらにとってもっとも大事な客人。宵も更けておるので対したもてなしも出来ませぬが、今宵は是非とも我が家にてお休みください」

 里長の提案を四人がありがたく受け入れたのは言うまでもなかった。




 素朴な茅葺の屋根に、土を叩いた広く大きな土間。間口の大きな里長の家は、現実で言えば昔話に出てくるような田舎の民家だった。

 桶の水で手足の汚れを落とし、進められるまま囲炉裏へ侍る。家族か女中かは分からないが、すぐさま女衆が料理の入った大きな鉄鍋と、串に刺した魚を持ってきた。

 鍋は天井から吊られた自在鉤に下げられ、魚は囲炉裏の灰に刺される。ぱちぱちと温かな熱と光を振りまく薪のおかげで、しばらくすると香ばしい香りが天井に上っていた。

 手のひらほどの器に注がれた濁り酒を、ゆえはおそるおそる口に含んだ。口いっぱいに広がる酒粕の香りは癖が強いが、酒精はさほど強くないらしい。

 一方一気に杯を干した月は、酒器を受け取り里長へと返杯している。その仕草は堂々としており、実年齢を感じさせないものでゆえは密かに眼を見張った。

 囲炉裏端に集まったのは里長の一家だけでなく、それぞれの家の家長が集まっているようだ。二十人ほどで組まれた楕円の円座の宴は、安堵と疲労からか、穏やかに、和やかに始まった。

 味噌に似た調味料で煮込まれた野菜汁は、ぴりりとした香辛料が聞いており美味だった。野性味の強い根菜ととろとろに煮込まれた芋が夜風に冷えた体に染み渡る。少量とはいえ酒を呑み、温かい物を口にした所為か体の芯からぽかぽかとしたぬくみが広がったのが心地いい。

「ほう、貴女方はそんな幼い時分から旅を・・・・・・いやはや、わし等にとって旅人は、行商か芸人くらいしか知らぬのですがな」

「その真似事をする事もあります」

「ほぉ」

 豊かな顎鬚をしごく里長の相手は、月が一人で勤めていた。残る三人は大人しく料理に舌鼓をうったり、里長と似たり寄ったりの質問をしてくる人々の受け答えをしている。特に容貌の華やかな柚は、愛想がいいため赤ら顔の男達から沢山声をかけられていた。

「しかし舞人がまた姿をくらましたと聞いた時にはまったく肝を冷やしたものですが・・・・・・いやはや、御仁らには感謝してもしきれません。そう、舞人を助けてくださったのだから、この里の恩人といっても過言ではありませぬな、長」

 男のこの口ぶりには流石の月も驚き、薄墨の眼を小さく瞬かせた。

「先程から皆さん口にされていますが、舞人とはクコのことですか?」

「もちろんです。あの者こそ今、村で最も尊い今年の『霜祓』の舞人のひとり」

「クコのお姉さんにも聞きましたが、この村では『霜祓祭』と呼ばれるお祭が近くあるそうですね、一体どのような祭事か伺っても?」

「おお、もちろん結構です。この時季は昔から忘れ霜が降ることが多くございましてな。折角芽を出した蒼葉木の新芽を枯らさぬために、夜通しかがり火を焚き、冬の精霊を去らせ春の精霊を呼んでくださるよう、天球(てんきゅう)に住まう尊い方々に祈りの唄を捧げるお祭なのですじゃ」

「というと、天球人(てんきゅうびと)を祀るお祭ですか?」

「いかにも」

 知らない言葉が飛び交い、ゆえは一人怪訝なさまをうかべた。それを眼にした金の髪の少女にちょいちょいと手招きされそばに寄れば、声を潜めて説明してくれた。

「『天球人』ってのはね、夢想で信じられている神様みたいな存在のことよ。それをこちらでは天球に住む神々、とか。天球に住む尊い方、とか。そんな言い方をするわ。『天球』はいわゆる神様のいるところで、現実で言えば天国とかかしら。他にも月天球って言い方もあるわ」

「月に住んでいるのか?」

「さぁね。雲の上だとか、天上だとか色々言われているけど。そういう風に言う人達もいるわ」

 私は会ったこと無いしね、という呟きを残し柚は肩をすくめてみせた。こそこそとした会話をよそに、里長と月との談話は進んでいた。

「舞人に選ばれるのはなにものに染まらぬましろき幼子。ようは、まだ一度も藍壷へと手を入れたことの無い子どもでかつ、女にならぬ幼子だけなのですじゃ」

 ここでもゆえは首をかしげ、今度はそっと月に耳打ちする。

「前者はわかるが後者はどういう意味だ?」

「女性特有のアレがまだきてない子ってこと」

 照れも口ごもりもせず月は言ったが、尋ねたゆえの方は顔に熱がたまるのがわかった。うつむくゆえの様子など気付いた様子も無く、里長の朗らかそうな声が宵闇の空気をゆらす。

「わが一族では藍壷は子どもの手を嫌うと言い伝えられておりますのでな。子どもに藍壷を触らせることはありませぬ。干しなどの作業を手伝わせることもありますが、まぁ、あまり子どもの手を青に染めるのはいい事ではないのですよ。そこで藍の染めをやり始めさせるのは、子どもでなくなったものからなのです」

「なるほど」

「だいたいは、十を越えた女児から四人、選ぶのですがね・・・・・・」

 そこで口髭を蓄えた里長はふと黙り込んだ。赤ら顔がわずかに曇り思案に沈んだような沈黙が落ちる。

 月がそれを見とがめ、口にする前に横に座していた酔った男が大声を出し、立ち上がった。

「舞人、それに楽師!それこそが霜祓祭にかかせぬもの!!長!!どうです、これもなにかの(えにし)、今年の楽師は、この方々にお願いいたしませぬか?!なあ、どう思う皆の衆!!」

 男の言葉にあっけに取られたように場は一時静まり返った。だが、ざわざわと会話が再開されると其処に含まれているのは賛同の意が多いようだ。

「まぁ待て、ヨタク。まずは旅人殿に伺ってからが話の筋だろう」

 きょとんとした四人を横目に、里長のいさなめる声が高い天井に響く。それにちょっ鼻白んだもののヨタクと呼ばれた男は、翔の肩を掴んだ。

「お宅さん達は、楽器はできますでしょうかな?」

 翔の口元が引きつった。よりによって俺に聞くか、という風情が三人だけに感じ取れる声色で、ええ、まあなどと返答する。

「それでは、舞などは?!」

「一応。えっと話が見えないのですが、里長殿?」

 翔の問いに白い眉尻を下げ、申し訳ないと里長は応えた。

「話す順序が逆になってしまいましたな。これ、ヨタク。お主は呑みすぎじゃ、もうそろそろいとま乞いをすべきじゃろう。

 ええと、どこまで話しましたかな。ああ、毎年霜祓祭に、我が里は楽師を招いているのですが・・・・・・・・それが今年はとんと姿を見せませんで。いつもは半月前には姿を見せ、舞人の稽古や、音合わせをしてくれるのですが・・・・・・祭もあと数日ということになり、今年はどうしたものやらと、途方にくれていた次第。恩人であるあなた方にお頼みするのは何やら申し訳ないような気もいたすのですが、どうでしょう?祭の楽師をやっていただけませんでしょうか?もちろん、それなりの礼はさせて頂きます」

 薄墨の眼がすばやく瞬かれ、つかの間の思考をする。

「私たちは楽師として働いたこともありますが、何分最近のところはあまりその道で稼いではいないのです。笛と、舞が少々。あと簡単な太鼓ぐらいしか用意できないと思いますが・・・・・・・それでは満足して頂けないのでは?」

「いやいや、この際贅沢など言っていられませぬ。何せ里の人間がにわか楽師として務める話でまとまりかけていましたからな。本職のかたに引き受けて頂ければ、十分でございますよ」

「少し・・・・・・・・少し、皆と相談しても?」

「おお、これは気が聞かぬことで。ええ、どうぞ」

 囲炉裏端から立ち上がった四人は、部屋の隅で頭をつき合わせる破目になった。

「で、どうする?」

 月の薄墨の瞳が問えば、翔の黒い瞳が苦笑で歪む。

「断れる雰囲気じゃーねーよ、な?」

「まぁね。ここで断っちゃ気まずいわよねぇ」

「・・・・・・というか、こっちの意見無視でもはや決定事項と化してないか?」

 ゆえの言葉に、四人の視線が囲炉裏端へと向かう。そこではめでたいめでたいと口走りながら、宴もたけなわといった盛り上がりをみせていた。

「朝イチでずらかるか」

 翔の真顔の宣言に、柚は頭を一つはたくことで応えた。

「気が進まないのはわかるけど、それは得策じゃないわよ。逆に考えればいいチャンスよ?稼いでおけるとこで稼いでおくにこしたこと無いもの」

「相手が音楽じゃなきゃもう少し前向きに検討しましたとも!!」

「個人的な好き嫌いの意見は却下。ゆえはどう思う?」

「・・・・・・俺も楽器演奏しろって?」

 ゆえの困惑を月は軽く請合った。

「大丈夫よそんな高度なこと求められているわけじゃないから。せいぜい現実の夏祭のお囃子程度ね。大丈夫、ゆえに無理はさせないから」

「俺はどうなんすかね月さん」

「あんたは付きに付いた錆を落とすいい機会なんじゃない?」

 翔の何やら全力で訴えかけてくる視線を無視し、ゆえは言った。

「いいんじゃないか、引き受けても」

「ちょ、おま、ゆえ!空気読めって!!」

「空気読んだからでしょうが。いい加減あきらめなさい」

 柚が翔の頭上に手をあて、押しつぶすようにその黒髪の頭を抱えこんだ。ぐえ、などといいながら潰れる翔にかまわず、颯爽と立ち上がった月が里長に了解の意を伝えれば、宴はますますの盛り上がりを見せ、俗に言う呑めや歌えやの騒ぎへと巻き込まれていった。





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