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夢物語  作者: 矢玉
第六章 藍
32/46

第六章 藍 一

深く暗い緑の闇に風がかすかな手拍子の音を運んできた。

 音の先には篝火が明々と燃え上がり、霜はちらちらと舞いおり集まった人々肌に溶けてゆく。

 青い手が水面をうねる海藻のように揺らめき、手拍子を刻む。音はゆるやかなうねりを見せ暗がりへと滲んでいく。

 その青く染め抜かれた奇妙な手は驚くほど多く、藍の輪のようにたゆたうその人々の腕の中心にいるのは、ましろな幼子だった。まだ少女とも呼べぬ彼女らの手は、いっそ異端であるがような白。白といってもただ何も手を加えられていないふくふくとした幼子の肌の白さ。その日に焼けぬ肌の白さこそ、それこそがこの場では異端であり、稀なる存在だった。

 青い手が作る踊りの輪は藍色の湖のようで、彼女らはそこに浮かぶのごとく白く光っていた。



~第六章~ 藍 青へと託す願い唄


   一


 ひゅんと音を立てて刃が耳をかすり、ゆえは眼をすがめた。

 暴れだしそうになる動揺を押さえこみ、手の中で柳葉刀を転がした。薄い刃をもつこの剣を始めて握ってから数ヶ月。すでにそれはゆえの手に馴染み、共にある心強ささえ与えてくれるようになった。

 距離をとった所為か相手は様子見のようにこちらをうかがっている。

 そこにはなぶるというほどの悪意はなかったが、力量を測ってやろうとするかのようなのからかいはあるだろうとをゆえは感じる。

 みくびられていると憤慨できるだけの力量は今の自分には、無い。

 唇をかみ締め、ひとつ呼吸をおとす。

 平常心さえ失ってしまったら、自分は対抗することすら不可能だ。相手の猫の目のような瞳が、気をとられたように小さく瞬いたのをきっかけに、距離をつめ踏み込む。

 上段から打ちこんだ攻撃は、斜めにかざした銀の刃に受けられた。がちがちと鳴る二つの刀身越しに相手口殻がにやりと上がる。吊り上げられた唇に、うなじの産毛が逆立つのを感じた。

 あっけないほど簡単にさばかれ、斜めにずらされた刃は嫌な音を立てて滑った。焦って踏み込んだ攻撃は自分で思っても甘く、剣は中途半端な線を描き白い手の甲を傷つけた。

 浮かんだ血が玉を結んで滑り落ちる。細かく散った一粒が、ゆえの頬に跳ね飛んだ。

 それを見たゆえの顔色がはっきりと変わった。手を引くどころか闘志すら霧散してしまったゆえに苦笑し、少女は剣を鞘に納め近づいた。

「悪い」

「かすっただけよ。ほら血も止まったわ」

 傷口のあるのとは反対の手でゆえの頬に手を伸ばし、月はゆっくり微笑んだ。

 飛び散った己の血をこわばった頬から軽く拭う。

「まだ血が怖い?」

「・・・・・・少しな」

 すっと体が冷える。頬に浴びた血は温かいはずなのに、体の芯は奇妙に冷えるのだ。

「悪いことじゃないから。昔が私も明日華さんから剣道を教わり始めた時、言われたわ。『自分のしかけた攻撃は、これから受ける攻撃だと思いなさい』って」

 すがめられた眼は銀に光っていた。

「自らがつけた傷と同等の傷を受ける覚悟があれば、間違えずにすむ」

 そうか、と呟き目を細めた。

 二人の間を涼しい風が吹いてゆく。その心地よさに一瞬目を細め、ゆえは口を開いた。

「のどがかわいたな」

「じゃあそろそろ休憩にしたら?」

 答えたのは月ではなかった。二人が稽古していた空き地へひょっこり顔を出した柚は笑顔で水嚢を振って見せた。

 オリィコフを出て一ヶ月。

 並木林の気候を現実に例えるなら、初夏というより春の陽気だ。夏のように暑かったオリィコフを思うと道を行くにつれ季節を逆に辿るような錯覚を覚える。草花が咲き、新芽を吹いた木々は美しく照り輝き、目を楽しませていたが、疲れまで取れるものではない。

「それ貸して、柚。沢の水汲んでくるわよ、水嚢の水よりずっと冷たくて美味しいし」

「でも汲んできても、飲めないんじゃない?生水だしここの辺りの水が飲んで無事かもわからないし」

「大丈夫よ、さっき近くで見たらすごく澄んで綺麗だったから。念のために入れてろ過して飲むし、いつまでたってもぬるい水じゃ身が持たないわよ」

 受け取った水嚢を手に月は土手を降った。

 確かに目の前に広がる河は澄んで美しかった。かなりの幅があるように思えるのに何処までも碧く澄んで、夕陽を受けてきらきらとを光らせている。流れも緩やかで、遠めには流れがわからないほどで、湖のようにも見えた。

「後どれくらい、今日の宿までかかると思う」

「そうね、さっき蒼葉木があったからあと二時間強ってとこかしら?」

 蒼葉木とはこちらの世界特有の木だと今ではゆえも知っている。それがこの街道には等間隔で植えられており、旅人が距離を測る道標になってくれる事も以前に三人に教えられていた。

 名のとおりの青みがかった特徴的な葉は、どんな場所でも間違えることなく道標に向いていた。

「柚、ゆえ!!ちょっと!ちょっと来て!」

 突如として響いた月の緊迫した叫びに、柚が先んじて駆け出した。月の降りていった草むらに走りこむ。

 川辺で佇む少女は愛刀の柄を握り締めていなかった。戦闘の警戒はないらしい。ちらりと入った視界でゆえはそう思った。先に合流した柚は辺りを警戒しながらささやく。

「どうしたの、敵?」

「違う。けど緊急事態かもしれない」

 月の凝視する視線の先に二人は顔を向けた。

「あれ、なんだと思う?」

 指さす河の先には、白っぽい色の物がぷかりと浮かんでいた。敵を警戒し高めていた緊張の糸を解き、改めて目をやる。しばらくして柚が盛大に顔をしかめながら恐る恐る言った。

「ねぇさ、あれって、土座衛門じゃないわよね?」

 こちらに流れてくるうちにどんどん距離が詰められてくる。

 どうやらあれは、人の形をしているようだ。

「やっぱり人なの?!明るすぎてよく見えないのよ」

 月の色素の薄い薄墨の瞳は、時々明るすぎて物がみにくくなるという。今も水面にきらめく光がまぶしく邪魔をしてくる。

 柚自身も日本人離れした藍色の眼をもつが、こちらはそんなことはないようで眼をこらしてその白いものの正体をつかもうと目を凝らした。

「私的には上流で流してしまった洗濯物希望だけどね。うんでもやっぱり人っぽい。けど、生きているか死ではさすがにこの距離じゃ辛いかも。どうする?」

「確実に死んでいるならもうどうしようもないから放っておくけど。あら?」

「沈みそうだな」

 ゆえの言葉に答えるようにそれはゆっくりと沈み始めた。見る見るうちに湖畔のように澄んだ碧玉の水に沈んでいく。流れが緩やかなせいか泡が銀の鎖のように伸びるそのさままで、三人ははっきり見えた。

 ということは。

「あれ、息しているよね」

 一瞬の沈黙。

「なら助けないと!!!」

 叫ぶが刹那、月は勢いよく革の短甲を脱ぎ捨てた。剣も抜き取り、鞄を柚に向かって放り投げる。

「助けてくる」

「え、あわわわ」

 最後に短靴を脱ぎ、河の中に身を躍らせた。

 視界いっぱいに青とも碧とも付かない色に染まる。流れが緩やかなおかげで追いつくのにはたいして苦労をしなかった。水の透明度も高く、見失う心配はしなくていい。

 ここで初めて月は気がついた。白っぽい衣装の影と蒼白の顔。そしてそこにたゆたう茶の髪の持ち主が、まだほんの子どもだという事に。

 差し出すように目の前でゆれる白い腕。その振袖のように長い衣の端を月はやっと捕まえた。そのまま一気に胴をつかみ手繰り寄せる。息が限界だった。

 渾身の力で水を蹴る。

 頭上に差し込む木漏れ日に似た光を目指して水面に浮かび上がる。ばしゃりと水音を盛大に立てて顔を出せば、むっとする熱い空気に包まれた。

 しばらくは息を吸うことに専念し、深呼吸を繰り返す。

 一通り息が整うとやっと少女の顔をうかがえた。

「ちょっと、しっかりしなさい!」

 抱きとめた顔を覗き込み、意識のない事に気づく。抱えるようにして軽く頬を叩くとうめき声に似た呟きが確かに聞こえた。

「――――――うッ・・・・・・あ・・・・・・・・」

「大丈夫?しっかりしなさい」

 呼びかけてもそれ以上の反応は返ってこなかった。気を失っているが呼吸も弱いが安定している。

 安堵の息を漏らし、月は背負う様に子どもをかつぎ、来た時よりはゆっくり岸を目指した。




「大丈夫か?」

 岸では翔も出迎えてくれた。どうやら自分が飛び込んですぐ、二人が呼んでくれたらしい。

 膝まで川に入り、濡れぼそった少女を受け取ってくれた。軽くなった身で月はざばざばと水から上がり息をつく。

 翔が岸へ上がると柚がてきぱきと指示を出す。丸い石の重なる川原に少女を横たえ、口元に手を当て呼気を確認し、首元に手を当て脈も診る。

「呼吸もちゃんとあるし、脈もゆっくりだけど安定しているわ」

「そう脈も安定しているなら良かった。ただかなりこの水の水温が低くいから、この子もかなり冷えていると思う。だからそっちの方が心配ね。火を焚いてやらないと」

「大丈夫なのか?」

 わずかに寄った眉からゆえの心配を汲み取り、月は微笑んだ。

「ええ、ちょっと息が危なかったけど何とか続いてくれて良かったわ」

「・・・・・・ゆえが聞いてんの、たぶんそっちの方じゃないと思うぞ」

「は?ああ、私のこと?」

 思いつきもしなかった、というような様子に、珍しく男子二人のため息が重なった。

「うんまぁお前も冷えてんだろ。とっとと火に当たんなきゃお前まで体調崩すぞ」

 翔の言葉に答えようとした月が、なぜかそのまま口を閉じた。不思議に思う前に、耳に響く大声が飛び込んみ、強制的に鼓膜をゆらした。

「なら早く口でなく手を動かしなさいよ!!」

 慌てて背筋を伸ばし動き出す少年達に、月が小さく噴き出した。

 薪を集めに少年達の姿が消えると、柚の山形になっていた眉がたちまち谷のように凹む。

「あの、ごめん私、月の鞄落としちゃったの」

 謝る柚に月は苦笑しいいよ、と答えた。

「私が適当に放り投げたのよ。けど困ったわね。着替えがぬれたか」

「私の服着る?」

 柚の申し出に、月は小首を傾げた。柚には十センチほど身長差があるのだ。

「んー、着られるかしらね?この子にも着せる服がいるし」

 とりあえず柚の上着をかけられ、ぐったりと横たわる子どもはやっと十歳ほどに見えた。まだ幼さの盛りにある顔は青白い。たっぷりと布を使った豪奢な衣装がどこか不自然に映る。

「じゃあ、翔かゆえの着替えをぶんどろうか」

「むしろ勝手に借りるわ。ちょうど二人席外しているしね。着替えてくる」


※※※


飛ばした六章を投稿です。

ストックが少ないのでのったり更新ですが、また感想などありましたら嬉しいです

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