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夢物語  作者: 矢玉
第一章 初
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第一章 初 三

     三


 一番最初に、『異変』に気がついたのはゆえの五感の内“嗅覚”だった。

 部屋の中では絶対ありえない、沢山の瑞々しい木々の香り。

 二番目は“感覚”だった。

 ベッドに寝ていたはずなのに、手から伝わってくる感覚は間違いなく草だったその下に硬い地面の感覚もある。体の上に載っている軽い物――――――たぶん落ち葉だろう。まで感じられた。

 三番目は“聴覚”だった。

 葉の擦れ合う音。木々のざわめきや小鳥の声。

 最後は“視覚“。

 起き上がったゆえの目に映ったのは林の朝だった。林と言ってもさほど大きくも無い様子で、少し先までいくとその先は道になっていて行き交う人々の姿が見え、声が響く。

 茫然としているゆえの頭の中を、全く当たり前の個性がないセリフがぐるぐる廻りだす。『ここはどこだ』という疑問系の言葉。しばらくその言葉は廻り続けたが、ただ座っているだけでは能がないと判断し、のろのろと立ち上がる。

 体の上の落ち葉を払いながらまた、妙な点に気がついた。

 服装である。歴史の教科書で見たフランス革命前の平民と貴族の中間のような服。青い上衣を革のベルトを締め、その下には黒い細身のズボンが覘いていた。上着と帽子、それに銃があったなら西部劇のようにも見えたかも知れない。

 さらに困惑しながらも、とりあえず森を抜け道に出る。

 そこは朝市の真っ最中らしかった。女も、男も、老人も、子供も、売り手や買い手になり夢中で自分の利益を得よう必死になっている。

「おい。そこのあんた。あんた旅人だろう?この辺じゃ見ない顔だちだし。うちの干し肉どうだい?味がいいし何より日持ちがするから、旅にはもってこいだよ!」

 どうやら自分に話し掛けているようだったと思い、ゆえは目線を声のほうに向ける。声をかけた中年の女性は、砂漠に住む民族のように目元以外は布を被った衣装をまとっていた。

「あの。ここ、どこですか?」

 女性はさも当たり前のように誇らしげに答えた。

「何だ知らないのかい?オリィコフの港町さぁ、ああそうか。あんたは陸から来たんだね。それなら知らないの無理はないさ。ここは、夢想界一の港町なんだよ!」

 “夢想界”っという、言葉を聞いてゆえの頭に閃くものがあった。

 確かあの手紙にそういう言葉があったではないか。寝る前に聞いた留守電のメッセージにも。

 すると、どうなるのだろう――――――確かあのメッセージの続きは――――――

「おばさん!!時計塔ってどこにあるっ!!」

「へ?!と、時計塔?あ、ああそれなら五つ目の角を曲がってすぐの広場にあるけどそれがいったいどうしたんだい?」

 それだけ聞くとお礼もそこそこには、勢いよく走り出した。茫然とそれを見送った女は隣の店の主人と顔を見合わせた。

「なんだったんだろう、ねえ?」

「さぁな」




 ゆえは、何かに急かされるように走った。途中で何回か、籠に荷物を詰め込んだ人物にぶつかり、一人には危うくつかみかかられそうになったが、何とかうまく逃げ仰せた。

 無茶な走り方に加えそんな事を繰り返していたので、建物の先から時計塔が見え隠れする頃には完全に息があがっていた。

 目的の時計塔は水晶の原石のような六角形型の建物。上の方に妙な文字でかかれたやたら大きい文字盤が目立ち、針が朝陽を受けて銀色に輝いている。

 その時計塔の下にゆえの直感どおり、少女がいた――――――長い黒髪を細く三つ編みにした、薄墨色をした瞳を持つ少女。

「おかえり、ゆえ」

 淡路 月は独り言のように、そう告げた。




「流石に今日中だとは、思わなかったわ」

 月は驚いたような声で言ったが、それほど態度と表情に表れてはいない。

 平然と『まあ、これるとは思ったから教えたんだけど』などと呟いている。対してゆえは息を整え、一番不思議に思っている事かつ、半分ほど確信していることを言ってみた。

「もしかして夢想界って・・・・・・ここの、事?」

「あれ?良くわかったね」

 ゆえが半信半疑で口した言葉に月はきわめてあっさり答えた。余りにも普通に言われた。確信していた事とはいえ余にもあっさり言われたのでゆえその意味がすぐに理解できなかった。

「突っ立ったまま説明するのも難だし。歩きながら説明するわ」

 ゆえが走ってきたとは、逆の方角――――――おそらく西の方を月は指差す。

「夢想界っていうのは、此処の事。まあ、こっちで一般的には、現実の方の言い方でいう『世界』って言う意味で良く使うわ。普通は眠った状態で夢想界(ここ)に来るの。だから私達は異世界のような場所だと解釈してる」

「普通の夢とどこが違うんだ?」

 まだ動揺しているゆえは当然の疑問を月にぶつけた。月は、ちらっと微笑を浮かべ答える。

「毎日まったく同じ不思議な夢を観ていても、普通の夢と言い切れる?自分の同じような人が何人もいても」

 聞けば聞くほど常識からは必然的に外れるようだった。まあ、ゆえ自身もそこにいる以上認めないわけにはいかないのだが。

 ふと少女の服装にも妙な点がたくさんある事に気が付く。

 緋と表現するのが相応しい色合いのズボン。真っ白い長袖のシャツに、変わった――――――片方の肩紐に碧色の飾石が付いた、ズボンと同じ緋色の短甲を身に付けている。それだけでも十分変わっているのに、腰には銀と白金の中間のような色合いのをした細い剣を下げているのだ。自分の服装も十分『変』だと思うが、少女の服装は『変』という物を通り越して『妙』という感じさえした。それこそ『異世界』や『異邦』と言うのが正しいような――――――

「ねえ、聞いてる?」

「は?」

「ああもう。ちゃんと聞いててよ、唯でさえ知ってる奴に説明してるようで変な気分なのに。柚に聞かれたら、大笑いされそうだわ」

「あ、悪い」

 どうやら、ゆえが一人で考えている間も説明していてくれたらしい。謝ると一瞬きょとんとして、次の瞬間声を立てて笑った。

「あ、あいつらがその言葉を聞いたら。あの『鉄面皮のゆえ』がこんな奴になってるの見たら。どんな顔するのか、見物だわ」

 いたずらを仕掛けた子供のように笑む月を見ながら、ゆえはさっきから、聞き忘れていた事に気づく。

「“あいつら”って事は、ほかに誰かいるのか?」

「あ、うん。二人いるよ。今それも言ってたんだけと。そこから聞いてなかったの?」

 薄い瞳をあきれたように瞬かせた。

「柚と翔。あ、翔はわかるよね今日も話してたんだから。二人とも仲間よ」

 今日話した“翔”と言えば一人しかいない。

「・・・・・・もしかして・・・・・・それって・・・・・・武蔵 翔の、事?」

「うん。」

「俺と同じ学校の?」

「うん。」

「俺と同じクラスの?」

「うん。」

「本当・・・・・・・・?」

「うん。私も今日から同じクラスになったんだけど、ね」

 ゆえはおもむろに自分の頬に手をかざし、軽く叩く。夢か現実かを確かめる、まったく古典的なほど使い古された物である。


 答、痛いイコール少なくとも、普通の夢じゃない。


 迷信だと言うことすら気づかず、当分 “常識”という言葉と、分かれる決心をした、ゆえだった。




「あ、着いたよ」

 今、目の前にある建物はどう見ても明治の建築物だった。煉瓦建ての三階あまりある建物に理解不明の文字の看板が掛けてある

「・・・・ここ、あんたの家?」

 民家にはまるで見えない建築物を見上げながら、恐る恐るゆえが尋ねる。

「そんなわけないでしょうが?ここは宿屋。泊まっているだけよ」

 この世界の常識はまったくわからない。驚いた事に中は木造建築風だった。一階を通り抜け、ぎしぎし軋む階段を登る。古風なホテルのような廊下に出たところで、遠くから罵声が聞こえた。

 今日何度目かのいぶかしむ表情のゆえをよそに、声を聞いた月はうんざりした様子に廊下を進む。そして罵声の発現地である部屋のドアを無造作に開けた。

 中には二人の人間がいた。一人はゆえの予想したとおり――――――武蔵 翔。もう一人は、見知らぬ明るい金の髪をした少女。

「だ、か、ら!私は知らない、って言ってるでしょう!」

「そんなこと言ったってこの部屋に朝から居たの、お前一人だろ?月は、明け方出かけてるし」

「だから私のこと疑うの?!」

 少女は足を踏み鳴らし、怒りに藍の瞳を煌めかせていた。

「誰もそんな事、一言も言ってないだろ!“誰がやったか見てないか”って聞いてるだけで誰もお前がやった何て――――――」

 言ってない、とでも翔は言いたかったのだろうが、続きは進み出た月によって遮られる。

「はいはい。スットップ、スットップ。今度は何?」

 日常茶飯事なのかはわからないが、慣れた様子で割って入り事情を聞き始める。どうやら、少女の部屋に置いてあった翔の鞄が勝手に開けられ、中にあった物――――――主に食べ物、が荒らされていたらしい。

 そこまで聞くと月が思い出したように言った。

「そういえばここのおかみさん、言ってなかった?『この辺り野良猫多いから、へたに部屋に食べ物置いたまま窓開けておくと、中に入ってきて荒らされるよ』って」

「え?」

 少年と少女は同時に呆けたような声を出した。

「昨日暑かったから夜から窓開けっ放しだったし」

 月は鞄の中を探る。微笑んでつかみ出した手には赤茶の短い毛が握られていた。

「犯人は猫に決定ね」

 月が満足げに言った。翔はすぐに我に帰ると、まだぽかんとしている少女に謝っていた。

「あの・・・・・」

 ゆえは思わず声をかけた。忘れられているような気がしたからだ。

 今まで部屋についたは良いが、それから部屋のなかに入るに入れず、入り口で立ち往生して口喧嘩の行方を聞いていたわけだ。

 効果はあった。数秒間の沈黙の後、掠れるような小さな声がもれる。

「ゆえ、か?」

「そう、ゆえよ。それに私達と同じ学校のゆえでもあるわ。それに付いては、ちょっと複雑だし驚く事もあるだろうけど、最後までちゃんと聞いてね」

 眼を見開いたまま、沈黙している二人に言い訳するように月が言った。




「という訳だったらしいの。わかった?」

 月の説明は丘陵荘でのゆえの話と、時計塔からこの宿までの月の話を混ぜ合わせて一つにしたような話だった。時折、ゆえには理解不能な単語を挟みながら、話はどんどん進んでいき語り終えた時には結構な時間が過ぎていた。

「あの、さぁ。全部本当の話だよな?」

 明らかに疑いを含んだ声で、翔が訊く。

「間違いなく、全部本当の話」

 きっぱりと自信を持った声で、月が答える。翔は少し考え込んでから、眉と眉を寄せ合わせ、机にへたり込んだ。嘘だろ、という声を発しながら。

「さっきまで、現実で普通にいた奴に、行き成り夢想界のゆえだって言われてもなぁ。正直実感わかないんだよ」

 ゆえも全く同じ事を考えていた。行き成り謎の転校生が現われて自分の事を仲間だと言い、変な異世界にまで来てしまい、揚句の果てに自分の友達まで出てきた。

 もう、小説、御伽話、ファンタジー、夢の世界である。

「そんなこと言ったって本当の事だもの。だいたい、翔。あんなに近くにいたのに何であんたが気づかなかったの?」

 月は小馬鹿にしたように言い放つと、むっとしたようの翔が眉を寄せた。

「これでも始めは疑ってたんだよ。でも、あいつとゆえじゃ三百六十度見た目も性格も違うだろ。だいたい何で俺だけに言うんだよ。柚も同じ条件だろうが」

 何とか言った翔の反撃は、月のひと言ではね返される。

「柚はクラスが違うでしょうが。それにあんた達、友達でしょ?」

「・・・・・・話の途中で悪いんだけど、『柚』って誰?」

 突然、ゆえが口を挟んだ。そういえば、学校の図書館でも聞いた名前のような気がする

「あ、私の事。佐保(さほ) (ゆう)っていうの同じ学校よ、隣のクラスだけど」

 くるくると波打つ明るい金髪に藍色の瞳を持つ少女――――――柚は、初めまして?で、いいのかな、とつけくわえ微笑んだ。

「外国人・・・・・・?」

「ううん。クウォーターなの、おばあちゃんが英国人。四分の三は日本人よ」

「信じられないでしょ、見た目ほとんど西洋人なのに血は四分の一だなんて。この前だって同国人だと思われて、外国の人に話し掛けられてあたふたしてたんだから」

「そんな事言ったって、しょうがないじゃない。英語苦手なんだから」

 柚は可愛らしくぷう、と頬を膨らませ怒って月に喚いてるが、相手は適当にあしらってお茶の準備をし始めた。それを眺めていたゆえは、ふと思いあたった。

「そういえば、ここが“宿”なら、“家”はどこにあるんだ?」

「無いよ家なんて。私も、月も、翔も、ゆえもこの世界では孤児だもの。まあそれだけの訳で旅してないけどね」

 何やら含みのある言い方である。ゆえがどういう意味かと、尋ねようと口を開きかける。

「翔、呼んでもいないのにお客さんみたいよ。それもすっごく招かざる客」

 窓を覘いた月が今までとは全く違った、鋭い声で言い放つのが聞えた。

 ゆえはさっぱり意味がわからなかったが、翔と柚の顔色を変えた様子を見て唯らぬ物を感る。

「嘘でしょ?一昨日に来たばっかりじゃない!」

「本当か?あれだけの数叩きのめしたのに」

「流石に数は少ないけどね。見てみなよ。玄関の辺りでうろうろしてるから」

 月の言葉で三人とも通りに面している窓を覘く。さっきの露天の女性のように黒の布と頭から被っていた。

「あいつら、今日学校にいた・・・・・・」

 顔が見える訳ではない、ただ雰囲気が似ていた。あのぞっとする異質な物の雰囲気に。

「ああ、そういやいたな。今日学校に」

「どうするの、月。また窓か裏口から逃げるの?」

 柚が心配そうな声で問う。僅かな沈黙の後、月はきっぱり言い放つ。

「ここで逃げても、たぶん直に次が来るだろうし、階段で下りればその分あいつらに近づいてしまう。ここ三階だから飛び降りた衝撃で怪我をする可能性も低くない。だからいっその事返り討ちにしてやるわ。幸い向こうも少人数だし」

「わかった」

「じゃ、一応念のために荷物まとめておいて」

「ちょと、待て。これから何が起こるんだ」

 何が何だか訳がわからず、硬直していたゆえは月に言う。

「ちょっと、これから喧嘩するの」

 “散歩にでも行くの”、というような口調だ。

 その時、階段を登って来る音がした。しかも一人の人間がだしたような音ではない。少しずつ廊下を通る足音が大きくなってゆく。

「もう、来た」

 顔を顰め舌打ちをしながら柚が言うのが耳に届く。

 月は三人に無言で後ろに下がっているように合図し、自分は一歩前に出て、白銀の鞘に収まった腰の剣を抜く――――――拵えは洋刀だが、現われた刀身は間違いなく日本刀。

 そして素人のゆえにもわかる、手なれた無駄のない滑らかな手つきで構える。


 そして――――――すべて一瞬の出来事だった。


 ドアを突き破るように開けた黒服の一人目が月に斬られ倒れ込むのも、

 刃渡りの長い見ただけで痛そうな刃物を振りあげて来た二人目が胴を斬られるのも、

 不意を衝こうとした攻撃があっさりかわされ三人目が肩から切り裂かれるのも、

 そして、三人ともの体が霧のような白い気体を出し、黒い布のような服だけを残して消滅してしまうのも――――――すべて一瞬の出来事だった


「ご苦労さま、意外と簡単にかたづいたわね」

 柚は拍子抜けしたようにねぎらうと、月は剣を鞘に納めて言った。

「まあね、弱かったし」

「前は、『私だから倒せたんだ』って鼻高々に言ってたのに」

「いつの話よ」

 軽口を叩きながら息一つ乱していない。

 度肝を抜かれたゆえは、今日すでに何度目かになる硬直状態を体験していた。しかし眼だけは、お願いだから、わかるように説明してくれ!!、と語っている。視線に気がついたように月が口を開いた。

「私、昔から剣道習っていてね。まあ教室何かできちんと習った訳じゃないから型なんて滅茶苦茶だし、正式な資格も持ってないけどそれなりに剣は使えるの。

 こいつらは傀儡(かいらい)って呼んでる敵さんがこっちを倒すために送り込んで来る刺客。人間じゃない事はひと目でわかるんだけど、それ以上は良くわかんない」

「敵って・・・・・・あんた達何やってるんだ?」

「『宝珠』っていうのを探してる。まだ色々よくわからないけど、私も、翔も、柚も、ゆえ――――――あんたも宝珠探しの同士なのよ」


 夢の少女。淡路 月は歌うような声で言うと綺麗に微笑んだ。


 こうしてゆえ達四人の不思議な異世界――――夢想界での前途多難であての無い“宝珠”探しの旅はここから、初まる。


否、このツヅキからハジマリを迎える。


     第一章 ツヅキノハジマリ 完


※※※


とりあえず一章、完です。

かれこれ10年前からこつこつ書き溜めている小説で…久々に見ると登場人物が初々しいですね(苦笑) 加筆もほとんどしてないですのでお見苦しい点多々あると思いますが、感想いただけたらありがたいです。

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