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夢物語  作者: 矢玉
第四章 旅
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第四章 旅 五

     五


 高くそびえる灰色の城門をくぐり終えた一行は真直ぐ伸びる道を歩いていた。

 森の中に伸びる道の舗装は国を出るところでぷっつりと途切れてしまい、人々が踏み鳴らした剥き出しの土が延々と続いている。昼中から国を出るものはやはり少ないのか、人通りは絶えてなかった。

「・・・・・・国を出るのって、思っていたよりずっと簡単なんだな・・・・・・」

 独り事のようにゆえが呟いた。石造の門はいかにも厳めしく、国の中にいた時はさぞ物々しい警備がなされているだろう、と感じていたが実際はあくびをかみ殺しつつ見張る兵士が二人程いただけだったのだ。

「出るのは入るのよりずっと楽よ。それにあそこはオリィコフだからね」

 目線だけで問うと、月は丁寧に説明を始める。

「あそこの国が商業国だって事。商業が発展しているって事は物と同時に人もたくさん集まってくるわ。それを規制したりしたらお金の流れも、物の流れも滞ってしまう。だからあの国は特に出入国の規制が緩やかなのよ」

「へぇ」

「それに都を出たといっても此処もまだ国内だからね」

「どう言う事だ?」

「此処もまだオリィコフ内だって事よ。本当の国境線はもう少し先の宿場町なの、はっきりとした境は無いみたいだけどね」

 疑問に満ちた眼差しを翔の方に向ける。無言で尋ねる友人に翔は言った。

「おかしな事にさ、この世界の支配者達は土地の支配欲が乏しいみたいなんだ。だから隣国ともほとんどの国々が友好関係を気づいているらしい。表面上は、だけどな」

「それっておかしい事なのか?」

「少なくとも、現実の方じゃありえないわ」

 柚がきっぱりと言い放つ。

「だいたい中世の世の中って言ったら古今東西すべて戦争ばかりのはずなのよ。文化や技術も発して、それに伴って人口が増える。人が増えれば消費される作物だって増えるわ、となれば作物を育てるための土壌が必要になってくる。森や沼地を干拓するより、他人の土地を奪い取った方が手っ取り早い、となれば――――――」

「戦が始るのよ」

 柚の言葉を受け継いだ月は苦々しい口調で続けた。

「嫌な言い方だけど、それが自然な歴史の流れなのよ。だけど、此処はそう言う動きが限り無く少ないの。――――――何かに、干渉されているかのように」

 ふと、ゆえの脳裏にある情景が浮かび上がった。


 苦笑を交えた笑みを浮かべ、彼の人は言葉を紡ぐ。

『――――――だから、わたくし達は―――――に干渉する――――』

 低すぎず、高すぎず、澄んだ音色で発せられる声で。


「まあ、こっちの人はなぜか『戦争は悪だ』って考えているからそのせいかもしれないけど」

「そう考えると仏教的だよね。どうしたの、ゆえ。急に立ち止ったりして」

「・・・・・・え・・・・・・?」

 唐突に浮かんだ情景は、しっかりとつかみとる前に溶けるように消えてしまった。残ったのは懐かしさという感情のかすかな残滓のみ。

「・・・・・・何でも無い」

「どうしたの、立ちくらみでも起こした?」

 笑いを含んだ月の声。反論を口のぼらせようと目線を宙から少女へ移す。

「別に――――――って、お前こそどうしたんだ」

 先程まで笑っていた少女の顔は、緊張に強ばっていた。

「何でも無いわ。こんなとこに突っ立ってないで早く行かないと日が暮れるわよ?」

 いつものいたずらっぽい口調だが、眼は全く笑っていない。さっさと歩き出してしまった後を追う。

「どうみたって普通じゃないだろ。何でも無い訳が―――――」

 不意に立ち止り、その場にしゃがみこむ。

「どうした?」

「靴紐がほどけたの。少し待って」

 月が立ち上がった所で、今度こそ問い詰めようとゆえは口を開こうとする。が、少女の方が早かった。

「つけられているわね」

 小さな呟きに反射的に後を振り返りそうになる。両脇から小突かれた。

「いいかげんに慣れろよ。つけられてる時は後ろ向くな」

 げんなりした様子の翔に、返す言葉もないゆえだった。

「いつ気がついたの?」

「さっきよ。ゆえが立ち止った時に後ろのやつら私達の事追い抜かしていかなかったから」

「じゃあ靴紐も」

「ええ、ほどけてなんかいなかったわ。試したの。三日連続で尾行されるなんてね」

 溜め息混じりの呟き。

「で、心当たりはあるの?」

「あるな」

「あるわね。残念ながら」

 月と翔が即答した。

「・・・・・・やっぱ、あれか?」

「あれって。あぁ、あのナンパ男とカツアゲの事?同じ奴だったっけ」

「違うけど、多分どっちかでしょうね」

「どうする、月」

 翔が真剣な表情で月に尋ねた。しばらく口をつぐみ、考え込んだ末に月は言った。

「顔を隠しているから断言は出来ないけどおそらく狙いは私と柚ね。翔達の相手は此処まで追っかけて来るとは思えないわ」

「どったらどうする?お前ら(月と柚)とに俺達(翔とゆえ)に別れたんじゃ、ちょっときついよなぁ、ゆえ」

「無謀だろ」

 実戦経験どころか二日前まで剣さえ握ったことは無かったのだ。返り討ちに合うに決まっているとゆえは思った。

「でも私達を追ってくるかもしれないわ。柚はどう思う?」

「そうね。多分月と私に恨みのあるやつらでしょ、だったらこっちを追ってくると思うけど。それに訓練された軍隊でもないからきっちり半々に分かれるって事も無いと思うわ」

「なるほど、な」

「じゃあ、だから私と柚が囮になってこのまま真直ぐ行く。翔とゆえはもう少し先にある脇道にそれてあいつらを撒いて。多分こっちよりは少ない人数が行くと思うから。――――――得にゆえは勝とうとしなくていいから」

 緊張を高め、張り詰めていた顔を僅かにほころばせ、月は安心させるような微笑みを浮かべた。

「あんたが、今最優先でしなければならない事は逃げきる事。だからひたすら逃げて」

「わかった」

皆少しずつ、後ろに気取られぬよう気を配りながら戦闘の準備を進めていく。

「あーあ、万華槍を三叉(さんさ)(げき)にしたままだったわ。これじゃ手加減難しいのに」

 ぶつぶつと呟く柚の横で月も顔をしかめている。

「せっかく研ぎに出してぴかぴかだっていうのに。あんなやつらの脂ぎった体何て斬ったらまた刃が痛むじゃない」

 軽口を叩きながらも手は着々と戦闘準備を整えていく。柚が万華槍を包んでいた布を取り払い終えた頃には、森の中にぽっかりあいた脇道の入り口が見えていた。

「じゃあ三数えたら走り出すわよ、一、二、三!」

 男達が気づき焦って走り出した時には、既に互いの影は木々に遮られ見えなくなっていた。

 全速力で走り出したゆえと翔だったが、獣道と大差ないような場所で追っ手を振り切るのは無理があった。転げるように坂道を下りながら、翔は叫んだ。

「この先に少し開けた場所がある、そこで一端止まって迎え討つぞ!」

 頷くことで了解をの意を表わす。脇腹はすでに痛み出し、声を出す余裕が無かったのだ。

 頭上の木々が無くなり、一気に視界が開ける。眩しさのあまり眼を細めたゆえの耳に、騒々しい足音が届いた。

 はっと気がつき振り返ると、追っ手が二人を取り囲むようにしている。対峙している四人の覆面男達を眺め、ゆえは何度目かになるため息をもらした。

「何でこう、次から次へとやっかい事に巻き込まれるんだか」

「まあ、何とかなるだろ」

 薄笑いを浮かべ、互いの背後を守るように背中あわせになりながら、翔は答えた。

「月の読みどおりこっちには少数がきたらしいな。五分もたせてくれ。その間に三人片付けて援護に行く」

 それだけ言うと、愛刀の胡蝶刀を手に翔は敵に切り込んでく。ゆえも慌てて教えられたとおりに抜刀し、続いた。

(向こうは大丈夫だろうか・・・・・・?)

 一瞬そんなことも頭をよぎったが、すぐにそんな余裕は無くなった。




「どう、まだやるの?」

「そろそろ、あきらめたら?」

 少女二人の声が重なる、片方の少女は細身の銀色をした刀を男に向け、もう一人の少女は三椏(みつまた)の槍のような武器を同じように向けている。

 男はそれが信じられなかった。

 華奢な身体つきの可憐とも言える少女二人に、大の男が七人がかりで戦い、あろうことか安々と倒されてしまった事実を。

 思わず後ずさり、足元に倒れこんだ仲間を踏みそうになる。

「ばけもの・・・・・・」

「失礼なこと言ってくれるわね。こんなに弱いんじゃ、練習にもならないわ」

 黒い髪をしたほうの少女――――――月が言い放つ。

「まさかこんな腕で“港一の男”なんて名乗っていたわけじゃないでしょうね、だったら笑いものね」

 男は唸った。あきらかな挑発だったが、これを聞きの流す余裕を完全に奪われていた。しかも此処でこの旅の一行をしとめ損なえば、街で笑いものになるのは目に見えている。

 破れかぶれで獣のような咆哮を叫びながら切りかかったが、するりとかわされ脇腹に刃を叩き込まれる。

 結果、声も出せずに倒れた。

「さあ、向こうはどうなったかしら」

「大丈夫でしょ。四人だし、翔もいるし」

 少女二人はそれぞれの武器を鞘におさめ、少年達と合流するべく、走り出した。




 柚の予想を裏切り、ゆえは苦戦していた。

(しかも、五分たっても誰も援護に来てくれないしなッ)

 計ったわけではないが、もうそろそろ十分は経過しただろう。

 情けない話だが、自分では到底眼前の男には勝てはしないだろう。応戦し受け流すのが精一杯で、いつの間にか森の中に入り込い日も陰っている。

 剣を握り対峙しているのはひょろひょろとした手足の長い男。ゆえよりも確実に身長は高く、陰険そうな眼つきをしていて、本当なら近づきたくない部類の人間。

 奇声を発しながら迫ってくるのに、及び腰にならぬよう意識しながら剣先とむける。

――――――耳障りな金属音が何度も辺りに響く。

 後退しながら何とかさばいていたが、とうとう剣を組まれぎりぎりと上段から押さえ込まれる。

「・・・・・・ッく」

 耐え切れず僅かに身を引いた。するとどんな偶然か、力を入れすぎた男が姿勢を崩した。

(此処だっ)

 守勢が攻勢に転ずる。

 恐怖はみるみるうちに収まり、逆に奇妙な高揚感が湧いてきた。考えるより先に体が動き、相手の脇を狙って刃を下ろす。だが、相手の服を裂いただけ。もう一撃喰らわせようと足を踏み出す――――――が、何を思ったのかわからないが男は大声をあげ剣を捨てて掴みかかって来た。

 驚いた事で対応が遅れ、ものの見事に後ろへ倒れこむ。肺に衝撃が走り息が詰まった。気がついた時には男は眼前で短剣を構えていた。

「これで、終わりだぁ!!」

 剣は踏みつけられて動かせない、背中に冷や汗が流れる。

(・・・・・・・・・・・・ん?)

 無駄とわかりつつ手をかざしていたが、いっこうに斬戟は襲ってこない。恐る恐る腕を解く。

「お前がね」

 涼やかな響きの声。

 にっこり笑った月が、男の首筋に愛刀を突きつけていた。




「上出来ね」

 月は手早く男を昏倒させると、何処からか出してきた縄で縛り上げる。

「・・・・・・俺の、事か?」

「他に誰がいるって言うのよ。防御しか教えてなかったのに、ちゃんと攻撃していたじゃない」

「・・・・・・見ていたのか」

 断言だった。言外に非難を込めて少女を見上げる。月は驚いたように眼を見開き、心外そうに苦笑した。

「あのね私は超人じゃないのよ。柚と一緒に七人も倒してあんた達追いかけて探して、しかも相手に気がつかれないように近づくの、大変だったんだから」

 全く大変そうでない表情で月は言った。疑わしい、といった風情の目を向けてくるゆえに月は肩をすくめる。

「ちょっとは『ゆえが何処まで出来るかなー』とか思わないでもなかったけど」

「やっぱりな」

 呆れた、とでも言いたげな顔をしたゆえに月は手を差し伸べる。

「悪かったって。ほら、立てる?こいつさっさとと運んじゃおう」

「運んでどうするんだ」

「一つに縛り上げて、周りに薬焚いておくの。また追っかけられたら嫌だからね。運がよければ明日の朝くらいに誰かが見つけてくれるわ」

「誰かがって、どうッ――――――!?」

 左足に力を入れた途端、激痛が走った。




「柚、こっちよ。見てあげて」

「痛みはどう、熱いような感じはする?」

「・・・・・押せば痛いけど熱いっていうよか、痺れている感じの方が強い」

「良かった。じゃあたぶん骨に異常は無いはずよ。腫れるかも知れないけど、せいぜい青あざになるくらいね。湿布するから」

 どうやら転んだ際に打ってしまったらしいく、肌の色みるみる変化していき毒々しい赤紫に変わっていった。内側にいくほど赤みが強いが、中央部分は黄淡色。あざは放射線上に広がっているため、毒花の刺青をいれたように見える。

「見た目凄いけど大丈夫よ。二、三日で痛みも引くわ」

「柚の言う事は確かよゆえ。柚は私達の救急係だから、打撲から縫合までお手の物よ」

「もう傷縫うのなんて二度とごめんよ。わかってる、月?」

(・・・・・・?)

 ゆえの不審げな目線に気づいた翔が、苦笑を浮かべた。

「前に、月がへましてさ。八針縫う傷作ったんだよ。ちょうど国や町からも遠い僻地だったから柚が縫ったってわけ」

「あら、ゆえの傷も翔の傷も縫ったこともあるわよ?本当に三人とも気をつけてよ」

 うんざりした顔で大げさに肩をおとす柚にひきつった顔で月と翔が同時に返した。

「努力は、する」

「出来るだけ気をつけるように心がける、わ」

「・・・・・・こんな事が、毎回続くのかよ」

「大丈夫、その分楽しい事もたくさんあるわ」

 疲れたように言うゆえに、月は明るく笑いかけた。


※※※


翔はちゃんと五分以内に全員沈めました。

けどちょうど合流した月に「ゆえの援護は私が行く」と言われ、助けに行きませんでした。

月は助けに行ったもののゆえが善戦してたもんだから、手出し控えて見てました。

弟子の成長具合が気になった模様です。

サド師匠です。

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