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夢物語  作者: 矢玉
第四章 旅
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第四章 旅 三

     三



「はい、若狭です」

『ゆえ?私、月だけど。あのさ今日柚と一緒に朝市行く事にしたの。だから起きたら私達いないだろうけど、適当に朝ご飯食べてて』

「わかった。その事、翔は知っているのか?」

『知らないわ、伝えといてほしいの。後買出し分担したメモを机の上に置いとくから、翔と一緒に買ってきてくれない?』

「わかった」

『ありがと。お金は横の財布の分で足りると思うから。じゃあ後でね』

 カチャリと受話器置く音が、静かな部屋に響いた。




「あれ、あいつらは?」

「朝市行く、って現実の方で電話掛かってきた。それよりお前その寝癖どうにかしろ」

 欠伸をかみ殺しながら現われた少年にゆえは冷たく言い放つ。言われた方は首をかしげ、自分の頭に触れた。

「そんなにひどいか?」

 ゆえは無言で鏡を差し出した。

「・・・・・・確かにひどい、か。伸びてきたからな」

 覘きこんだ先に見えた人物の頭は、重力に逆らったようなありさまだった。

「で、今日どうするんだ?」

 頭の上に濡れた布を置きながら尋ねる。

「買出ししといてくれって言ってた。これらしいけど・・・・・・」

 受け取った紙を眺め、翔が露骨に顔をしかめた。

「どうかしたのか?」

「何か、重い物ばっかだな。だから先に出かけたのか?」

「は?」

「だから、俺らが起きてくる前に出かけちまえば文句つけられる心配ないだろ?」

「・・・・・・はめられた?」

「かもな。まあ、値段が安定してるものばっかりだから、もしかしたら違うかもしれないけど。んーでも何か確信犯な気がするなぁ」

 色々言いたい事はあるが、特に一つの言葉がゆえの頭に引っかかった。

「・・・・・・“値段が安定してる”?」

「ああ、柚値切り倒しの名人だから。値切れるのはほとんどの柚が買ってきてんだよ」

「じゃあ、やっぱ気の所為なんじゃないか」

「どーだかなー、まあそれは後で聞くとして。ちょっと湯貰ってくるわ、水じゃ全然効果ない」




 市場は人だらけだった。

 視界を埋め尽くすのは色とりどりの肌や髪で、どこに視線を向けても人間が視界に入らない事は無い。唯一の例外である空を見上げゆえは溜め息を吐いた。出かける前にスリも多いから気を付けろ、といわれたが、自分が財布に手を伸ばすのでさえ困難だというのにどうしろと言うのだろう。

「次はッ」

 耳元で響いた大声に顔をしかめ、下からメモを読み上げる。

「花豆、麺、豆粉、青菜の干し野菜、干飯(かれいい)か餅」

「それもう買っただろ」

「豆はまだだぞ」

「今買ったんだ、いーまーっ」

「じゃあ終わりだな。そんなに怒鳴らなくても聞えてる」

「お前よくこの人込みでそんな冷静に喋れるな」

 うらめしそうな顔で見上げてくる翔に、ゆえは眉をひそめ言った。

「怒鳴ったって変わらないだろう。そんな事に時間かける方がよっぽどイライラする」

「へーへー。買うもん買えたならこの忌々しい人込みさっさと抜けるぞ」

 言い終えるよりも早くゆえの腕をつかんで歩き出す。重い荷物と人込みに足を取られゆえはよろめいた。

「自分で歩けるから、腕をつかむなッ」

 しばらくは互いに口を利かず足を動かし、市の開かれている広場を抜ける事に専念した。やっとの思いで抜けきった先は港だった。喧騒は先程と大差ないが人の数が圧倒的に少ない。日陰では犬や猫が白い腹を見せているのに混じって、座り込んだ人間の姿もあった。

 安堵の息を吐き、道の端に荷物を置き同じように地面に腰を降ろす。袋を下げていたため出来た赤い痕の残る手首を擦っていると、横からぬっと手を差し出された。

「ほらよ」

 礼を言い、ありがたく差し出された飲み物を受け取る。口をつけるとすっと体温が下がった気がした。氷で冷やすほど冷えてはいないが、薄荷の香りがつけてある。

「これからどうするんだ?」

「そーだな。特に予定も無いけど。どうせだからちょっと遊んでいかないか?」

 笑みを浮かべてそう言うと翔は対面を指差す。ゆえが目線を向けたそこには、屋台のような店が沢山並んでいた。的屋(てきや)のたぐいらしく色とりどりの的が掛けられた前で道具を用いる人影が見える。

「何だ、あれ」

射的(しゃてき)だ。やってみるか?」

 足早に道を渡り店員に近づき何やらやら話し掛ける。笑ってこちらに振り向いた時には手に小さな弓矢を持っていた。砂埃を払って立ち上がり近付けば、くたびれた弦が申し訳程度に張られているのが見て取れた。矢もどこと無く使い古した感じだ。

「これで当たるのか」

「このまんまじゃ無理だな。だけど――――――ちょっとこの端押さえててくれ。ん、そのまま」

 ゆえに地面に刺した弓を押さえつけさせ、翔は手早くは弦を締め上げていく。それが終ると次は矢に手を伸ばし、丹念に羽の部分を整え始めた。

「大きな声じゃ言えないが、こういうとこの道具ってわざと当たり過ぎないように手入れしてないんだよ。だからこれで大分変わるはず、だ。ほらよ」

 微調整の終った道具を満足げに眺める。

「さあ、払った三倍は稼がなくっちゃな」

 言葉のとおり、翔の放つ矢はおもしろいように的を獲ていた。

 真横に並んだ客が自分の物を射るのも忘れて見入ってくる頃には、払った額の五倍近く稼いでいた。途中でゆえも何度か射ってはみたが、いっこうに良い的を獲れないため諦めて翔に矢をまわした。

「最後の一矢――――――と。お、なかなか良い所いったな。おっちゃん合計でいくらだ」

「・・・・・・銅貨六十五枚だ」

 突き出すように出された袋ずめの貨幣を得意げに、嬉しそうに翔は受け取る。

「結構稼げたな!」

「声がでかいぞ」

 三白眼をさらに細めた店主の視線を気にしてゆえが返す。

「別にいいだろ?こっちは客なんだしさ。それにしても今日は調子が良かったらなー、なあ、何に使う?やっぱ食物か、それとも何か別に欲しい物あるか?」

「別に無い。それにほとんどお前独りで稼いだだろ、好きに使えよ」

「それじゃつまんないだろーが、やっぱこういう時は一緒に楽しんで、一緒に使うのが醍醐味だろ。じゃあ、剣帯でも買うか?持って無いだ―――――」

「どうかしたのか?」

 急に言葉をきった翔にゆえは眉を潜め目を向ける。

「いや別に。何でも無い」

 口ではそう言いつつも、後ろを気にする気配がする。振り返ろうとするとぐっと服を引っ張られた。

「目線はやるな気づかれる」

「何かつけてきてるのか・・・・・・?あの、例の奴・・・・・・傀儡か?」

「いや、あいつらならこんなに気配は濃くない。どっかの馬鹿だろうけど。・・・・・・まぁ、撒くのは無理だろうな」

 二人とも地理には乏しい旅人だ。口元に手を当てて考え込んだ後、翔は路地裏へと入っていく。

「おい・・・・・・?」

「俺に任せとけって。とりあえず俺が言うまで動くなよ」

 黙々と薄暗い建物の間の路地を歩む。道幅はそれほど狭くは無いのだが、建物の高さがあるため狭苦しい。

「おい、ぼうす」

 不意に後方から声が響く。痩せ気味の男が壁にもたれるように立っていた。

「さっきはずーいぶんと稼いでたみたいだな、あ?」

 顔の造作は悪くは無いのだが、浮かべる表情が台無しにしていた。

「ああ、運がよくって。何か用?」

「ああ、用だとも。その金ちょっと回してもらおうと思ってよ」

 こういう馬鹿には何言っても理屈が通ないんだよな、と内心で毒つくが表面上は笑顔で返す。

「へぇ。それがこの場所の決まりなのか。初めて聞いたな、そんな話」

 言い終わる前に近付いてきた男の腹に強烈な蹴りを入れ、叫んだ。

「走れっ!!」

 黙って二人のやり取りを見ていたゆえは弾かれたように走り出した。どこから涌いてきたのか後から怒号のような男達の声が迫ってくる。後から走ってきた翔が、壁に吊ってあった紐を一線で切り放った。

「お前今何したんだ!?」

「いいから走れってっ」

 その瞬間、異臭をふりまきながら男達の頭上に降ってきたのは、吊るしてあった雑多なごみだった。

 背後からの悲鳴が完全に遠ざかった事を確認してから、二人は走るのを止め汚れた壁を背に座り込んだ。

「おま、え・・・・・・こうなるって・・・・・・わかって、て射的、やった・・・・・・のかよ・・・・・・」

「そんなわけないだろ・・・・・・あー、やな汗かいたな。もう追って来てないよな」

 軽く後ろを振り返って確かめ、大きく息を吐く。

「予想しなかったわけじゃないけど誓って言うぞ、あんな馬鹿共が追って来るのなんて知らなかった。ほんとに治安良くないなこの国。夜出歩かなかったのは正解だな」

「予想できたんなら、次から教えてくれ。頼むから」


※※※


男達に振ってきたのはきっと生ごみ。

ご愁傷様です。

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