第四章 旅 二
二
話のとおり最低限しか話さない無愛想な店主の店から出てくると、影はかなり短くなっていた。
「今は正午ぐらいかしらね」
眼を細め太陽で時を量っていた月が、くるりと振り返る。
「お昼ご飯にしようか。何食べたい?」
「あっさりしたものなら、何でも」
「んー、じゃあ宿の食堂にするか」
近いし、と言いつつもと来た道を歩きだす。
宿の一階に造られた食堂兼酒場は、昼食時だけあってなかなか繁盛している様子だった。夜とはまた違った種類のざわめきに溢れている店内を進み空席を見つけると、すぐさま店員が寄って来る。海鮮パスタに似た麺類を注文した後、そういえばとゆえが言い出した。
「地図買う時、何で前の地図と見比べていたんだ?」
「ああ、それね」
温かな湯気を起てる深皿を受け取りながら答える。
「どれが一番正確に描かれているか見てたの。でたらめに描かれた地図だと困るでしょ、だから前の地図と同じ場所がどれだけ正しく描かれているかを見てたのよ。ほら」
机に買ったばかりの羊皮紙を広げ、少女は食器の先で一ヶ所を突付いてみせた。
「此処に一つ前に寄った国『スリジット』が載っているでしょ。この地図はスリジットからオリィコフまでの、川や道なんかが一番正しく載っていた。実際に歩いて確かめんだからこれ以上確かな事はないわ。だからこれにしたの」
ゆえは感心しながらも何かが引っ掛かった。
このような知識一つ取っても三人は旅慣れしているのがわかる――――――少々異常なほどに。
「何年ぐらい旅しているんだ?」
唐突な問いかけに月は海老をつつく手を止め考え込んだ。
「今年で四年目、だったかしら。四人で旅しだしたのは」
「で、ずっとあの『宝珠』とかいうのを探している。何でだ?」
不審そうに問うゆえに月は不思議そうな顔で首をかしげた。
「言ってなかったっけ、命の恩人に頼まれたの」
「は・・・・・・?」
「まあ、詳しくは長くなるからまた今度にするけど、理由はそれよ」
「それだけ・・・・・・って言って良いかわからないけど。手掛りも無いのに」
「手掛り、が無いわけじゃないけどね」
ゆえは目線だけで続きを促す。
「宝珠、別名は宝玉とか珠玉とか言われてるわ。天球の――――――こっちで信仰されている神様の持ち物よ」
「は・・・・・・?つまり」
「そ、実際にあるかどうかさっぱりなの。でも何か理由があって頼んだと思うし、恩人なわけだし」
それに、と少女はいたずらっぽく微笑んだ。
「私達って現実では定住してるじゃない、だから夢想界では旅し続けるのもおもしろそうだと思ってね」
旅を住処とし、じゃないけどと謳うように続ける少女に、ゆえは呆れた目線を投げかけた。
「定住していたほうが、安全だろうか」
しばし考えこんでから、月はゆっくりかいぶりをふった。
「私はそうは思わないわ。定住していたとしても傀儡は来るだろうし、対して危険度は変わらないと思うけど。確かに国の中にいれば傀儡以外の危険は少なくなるだろうけど、人生には適度にスリルがあったほうが楽しいじゃない」
「俺は、人生は平々凡々ぐらいで丁度いいと思うけど・・・・・・」
「そんなのつまらないわよ。だいたい定住したりして、傀儡が大量に押し掛けてきたらどうするの。楽しめるどころのスリルじゃすまないわよ」
想像して、一気に食欲が後退した風情のゆえだった。
「・・・・・・午後は何するんだ?」
「そうね、買い物は終ったし。翔達はまだ帰って来ていないようだし・・・・・・あっ」
思い出したように月はぽん、と手を打った。
「・・・・・・?」
「稽古しなきゃ、稽古。もうすぐ旅立つんだし、武器も手に入ったし」
「念ため訊くけど、誰に」
薄墨色の瞳を持つ少女は、予想したとおり指先を自分に向けた。
部屋に二人に書置きを残し裏庭に移動した後、月はおもむろに口を開いた。
「本当は中国刀を使う闘い方は、剣を腕の延長みたいにして戦うんだけど、まあ自己流でいいかしら」
低い石塀に腰掛けゆえにも向かいに座るよう促してから口を開いた。
「私の剣は剣道を主にしているの。技の基本は『切落』『袈裟切り』『逆袈裟』『右薙』『左薙』『右切上』『左切上』『切上』『刺突』の九つ」
どこを狙うかをとん、とん、と自らの体の部位を指し示しながら、少女は続ける。
「攻撃、防御ともに統べてこれが基本よ。ただしあくまでこれは基本よ。細かい技は他にも五萬とあるわ。挙げ出すときりがないくらいにはね。
例えば、打突動作の中に『左足の引き付け』という技があるの。『打突後にすばやく左足を右足の後ろに引き付けよ』という教えの事よ。だけどね、確かにそのとおりなんだけど・・・・・・打突動作では左足の引き付けがとても難しい技術で、それを意識しないと引き付けがうまくいかないことが多い。
でも、そんな時間の掛かる事やっていたらあっという間に敵に倒される。実践には向いていないのよ」
完璧に覚えてしまえば違うかもしれないけどね、と月は肩をすくめた。
「とりあえずあんたに必要なのは敵から実を守る事。もっとざっくばらんに言えば、複数の敵に遭遇した時に、私達の誰かが援護に迎えるだけの時間稼ぎをしてくれればいい。付け焼刃でもそのくらいなら短時間で覚えられるわよ」
その根拠は何処から沸いてくるのかは不明だが、月はきっぱりと断言した。
「まず、最初は敵の事をよく見て、動きを見定める事。戦っている奴の動きを見るときは、一点に気をとられては駄目。全体を見るの。川の流れを見る時に浮かんだ木の葉だけを見る?見ないでしょ。石なんかがあると流れが曲がるように、全体を見て流れを読むのと同じ――――――動きにはどんなに隠していても向かう方向が自然に現われる。攻撃が向かう先が見えるのよね、それが一番の基本。それが出来なきゃ防御も反撃も出来ないわ」
情報量の多さに混乱する頭でゆえは何とか頷いた。その様子を見透かしたように月は立ち上がった。
「小難しい事はこれで終わり。じゃあ、まず私に斬りかかってみて」
「・・・・・・は?」
我ながら間抜けな声だと頭のどこかで考えたが、それしか浮かばない。
「は、じゃないわよ。ほら早く。ああ、もちろん鞘から剣抜いてね?」
ね、とかいわれても――――――と言われるままに立ち上がり、ぎくしゃくした動きで鞘から剣を抜き出す。
そこで止まってしまった。
鞘から抜いた剣は、これまで持ったどの刃物よりも澄んだ輝きを放ちながら、切れ味のよさをしきりに訴えかけてくる。
「あのさ、まさかとは思うけど・・・・・・私に怪我させないか心配しているわけじゃないわよね」
まさにそのとおりだったが、言うのは憚られた。無用の心配なのはゆえにも過去の体験から十分わかっている。だからと言って実際にやるとなってな話が別だ。
どうにでもなれ、っと捨て鉢になりながら剣先を向けた。
数秒後
あっさりかわされただけでなく、脇腹をしたたかに打たれて咳き込み悶絶するゆえがいた。
「脇あますぎ、覇気足りなさすぎ。これは大仕事ね」
ちょっと待っていて、と涙目の目線を向けるゆえを置いて何処かへと姿を消した。戻ってきた時手には愛刀を持っていたのだが――――――
「何だそれ」
喋れるぐらいには回復していたので尋ねる。刀には厚手の柔らかそうな布地が幾重にも巻きつけられ、革紐できつく縛り上げられていた。
「即席練習用刀。このまま打っていたらゆえが全身あざだらけになるでしょ。じゃあ、今度は私が打ちかかるから、それをできるだけ多く防いで」
こんな調子で付け焼刃の練習は日暮れまで続いた。
「んで、結果がこれか?」
机に突っ伏したままぴくりとも動かない友人に、同情の視線を送りながら翔は指差す。
「ついつい熱が入っちゃってね」
あははー、と渇いた笑と洩らす月。やりすぎたと自覚はあるらしかった。
「かといって俺か柚が替わりに教えるわけに行かないし。まあ、がんばれよ」
「長剣じゃねー、私達のは特殊武器っぽいし。スパルタ教育だろうけどがんばって」
慰めにすらならならない言葉にゆえは、唸るような声で答えた。そしてふとある事に気がつく。
「・・・・・・お前らも戦うんだ」
言った途端本日何度目かの呆れた眼差しが振ってきた。柚が口を開く。
「あのさ。いくら私でも今の素人同然のゆえよりはたぶん強いから」
そう言えば朝にもそんな様な事を聞いた気がする、とゆえは心中で考えた。
「良い機会だし、ゆえにも見せたら?翔と柚の武器」
「そうだな」
翔が答え、懐から短刀を取り出した。
「名前は胡蝶刀、よく似たのに子母刀とか牛耳尖刀なんかがある。これも現実では中国の武器だ、南方系だけどな」
翔が懐から取り出したのは肘の長さほどの片刃の剣だった。昼間月が使っていた物とよく似ていたが、持ち手の部分に取っ手のような細い金属がついている。
「・・・・・・どこが特殊武器なんだ?」
普通の短剣にしか見えないと続ければ、翔はにやりと笑った。
「そりゃ、鳩が出る仕掛けなんかは無いけど――――口で説明するよりやった方が早いな。月」
「ん、わかった」
二人とも立ち上がり、家具の少ない窓辺へと移動していく。二人の行動の意味がさっぱりわからないゆえは眉をひそめた。
「物壊さないでよ二人とも。それからゆえ、早く動いた方がいいよ」
さりげなく飲みかけの容器を持ち、壁に凭れた柚が忠告めいた言葉を投げかけた。いぶかしむ間もなく、移動し終えた月と翔は対峙するように向かい合う。
「・・・・・・まさか」
「そ。そのまさか」
月が鍔に左手をかけ、右手で白銀の刃を抜き放つ。
「じゃ、いくよ」
「おーう」
行動とは裏腹にどこかのんびりとした声。だが次の瞬間部屋に響いたのは澄んだ剣の重なり合う音だった。
硬直するゆえをよそに、月は再び振りかぶった刀を翔にめがけて振り下ろす。手加減無しのなどまるで考えさせぬ一撃だったが、翔は先程の短剣をくるりと手の中で回し、逆手に持ちかえこの一撃を受けとめた。
同時に左手を脇に滑り込ませ、抜き放ったもう一つの刀をぴたりと少女の首筋に押し立てた。
「どう、わかった?」
首筋に剣を押し付けられたまま平然と問うてくる月に向かって機械的に頷く。それを見とどけるとそれぞれあっさりと剣を引き、鞘に収めた。
「心臓に悪いわー」
柚ののんきなぼやき声にゆえは力いっぱい同意したかったが声が出なかった。
「じゃあ、気を取り直して。私のはこれよ」
柚は立ち上がり、片隅の私物がまとめて置いてある区画に歩いていった。ごそごそと袋とある者をとりだし、無造作にゆえに差し出す。慌てて受け取るとゆえはしばし沈黙の後、口を開いた。
「・・・・・・棒?」
それは唯の棒にしかみえなかった。
長さは持ち主の身長より僅かに短く、黄味がかった木製の棒はへし折ったモップの柄と言われても納得しただろう。ちらりと見た袋のほうは、美容師や工事現場の作業員が用いるような細長いポケットがいくつも並んでいる変わった物で所々から金属片が覗いている。
「当たり。私の基本戦法は棒術なの。でもこうすると」
手にとった棒の先端に、先程の袋から手の平ほどの刃の部分のみという不思議な刃物を取り出し押し当てる。部品のはめられる小気味のいい音が響いた。
「槍になるの。そして」
手品のように今度は反対に三本の鉄棒を組み合わせたような刃物を取り出し、はめ込む。
「三叉戟になったりする。名前は万華槍、名前のとおり何種類かの武器にする事が出来るのよ」
「・・・・・・・・・・・・あんたら本当に一般人か?」
三人は顔をしばし見合わせ、異口同音に言い放つ。
「誰が一般人って言った?」
「・・・・・あっさり言うな・・・・・・」
肉体的な疲労の上、精神的な疲労まで増した気がするゆえだった。
「今までの戦陣は私が先鋒、ゆえが主力、翔が後手、柚が奇襲だったけど今のゆえにはまだ主力はきついと思う。だから翔を主力にして、ゆえは補佐でどう?」
「良いんじゃないか。指示はどうする、引き続きお前が出すか」
「私も八割方は翔に賛成。でも、月一人で全員に指示出すのは大変じゃないかしら?」
「そうね。ちょっときついかな・・・・・・じゃあ、ゆえと翔を一組と考えて動いて貰ってもいいかしら、それで足りないところがあれば翔が言っていくってのは?」
「・・・・・・俺にはさっぱりわからないから決めてくれ」
「じゃ、了解ってとこで」
じゃもう夜中だし寝るか、という翔の言葉でその日は現実へ還った(眠る事になった)。
※※※
ゆえ、翔の武器は実在の武器です。
胡蝶刀は名前が可愛いのでいつか女の子にも持たせたい。けどほぼ徒手空拳と併用になりそうな武器です。刃のついたトンファーみたいな武器。
万華槍は創作武器。薙刀が女子でも梃子の原理を用いて戦力になる、と聞いたので採用したのですが…戦闘中に刃の付け替えができるのか?という突っ込みはスルーでお願いします。所詮ふぁんたじーさ!!(便利な言葉)