第三章 祭 十五
十五
姿を見られていないか慎重に後ろを振り返る。人影の無い事を確認し、安堵したようにこそこそと歩を進める。
明らかに挙動不審。
そのうえ取り出した黒い布状の物を頭から被り、顔を隠すとなると怪しい人物以外の何ものでもない。
(好き好んでこんな格好してるわけじゃないさ)
不審人物は心の中で呟く、これも部のためだ。暗示のように何度も呟く。
なんとしてもあの部だけは潰さなくては
襲撃返り討ちなどは序の口、次々に第二、三作戦失敗。その原因も全部あの部のせいだ。しかも自身の部とは関係のなんら無い剣道なんてもので目立って、部員を獲得しようとした。
(断じて許せない)
忌々しい事に評判も注目度も上々。やつあたりとも思える理論を次々に展開させていくが、頭の中なので諌める者もいない。月が聞いたら鼻先で冷笑しそうな言葉次々に吐いていく。
夢中になりすぎて携帯の着信にも気づかなかったほどの熱中ぶりだった。
「見つかったか?」
『はい、二人です。二年の金髪の女子と転校生の茶髪の男子』
「は、男子?!女子いなかったのか!!」
『仕方ないですよ!もう後夜祭寸前でほとんどの生徒外に出てるんッスから!!』
倍くらいの勢いで言い返され、流石に少し黙る。
「わかった。俺が男子の方に行く。今何処だ?」
『渡り廊下です・・・・・・新校舎の方に歩いて行ってて・・・・・・本当にやる――――――』
つまらない事を言い出したので相手に断らず会話を打ち切る。軽く目をつぶり深呼吸を繰り返すした後、目を見開いて剣道部から盗んできた竹刀を握り締めた。
「よし」
気合をいれ、新校舎に向けて足を向ける。階段を静かに下り、角を曲がる。
袴姿の少年の後ろ姿。
ゆっくりと歩いていく少年に出来るだけ音を立てずに駆け寄り、竹刀を振りかぶり――――――
手に痺れを感じた。
何と少年は振り返ると同時に腰の刀を抜き放ち、楽々と竹刀と受け止めてみせたのだ。
にやりとした笑いに寒気を覚え、慌てて引こうとした時にはもう遅い。
次々と襲ってくる剣戟。受けるどころか目ですら追えず、あっという間に竹刀を遠くに飛ばされる。ぺたんと尻餅を着いた時点である事に気づいた。
「あッ」
声が続かない。
「やっと気づきましたか?」
呆れを含んだ声色は、男子として高すぎる音程で。
被り物を脱ぐような仕草で外した茶髪のウイングの下は艶やかな黒髪で。
整った白皙の顔に煌めく眼は薄墨色で。
「私ですよ市川先輩。淡路月です」
剣先で黒衣の覆いを外され、顔を顕わにされる。
横からいつの間にかビデオカメラを片手に現われたのは文芸部部長、海山遊衣。
何故か金髪でチャイナ服を身につけ縛り上げた後輩を転がしながら現われたのは手芸部部長、霜割睦。
後ろから本物の佐保柚と若狭ゆえを含めた他の部員も出てきた。無意識に横に這って逃げようとした所、耳元に響いた鋭い打撃音。
すなわち月が手にした刀を無造作に壁へと突き刺した音。
「多分昨日見ていただいたと思いますが、私剣道やっていまして。ついでに居合道もやっているんですよね」
「じゅ、銃刀法違反だ・・・・・・真剣なはず無いろう・・・・・・」
途端に綺麗に微笑した眼で見下ろされた。
「だから、遺法じゃないですよ。許可とってありますから。居合道やっているって言ったでしょう?」
上機嫌そうに言い放つ。先程から良いとはいえなかった顔色を紙のように白くし、硬直する市川に向けて宣言する。
「真実を、話していただけますね?」
微笑を消した月の顔は、素人にもはっきりわかるほど殺気がかっていた。
校舎の屋上では生徒会長と副会長による『ドツキ漫才』が繰り広げられている。聞いた話では恒例行事と化しているらしい。先程から同情混じりの失笑を盛んにかっている。
その後方では他の生徒会メンバーと十露盤同好会による有志の団体が、死に物狂いで投票結果を集計し表に書き込んでいた。何でも代々会長と副会長には集計が終るまで全校生徒を盛り上げなくてはならないとという、体験者達曰く『非常に過酷な使命』があるらしい。
終了を知らせる花火が上がったのを安堵の表情で見送った二人は、改めてマイクを片手に握り締めた。
「それでは、只今より体文祭結果発表をおこないます!!」
悲鳴に似た歓声が上がる。自由参加にもかかわらず、校庭には開会式とは比べ物にならないほど人数が集まっていた。少なくとも他校の生徒もいるため全校生徒より大いに違いない。
「集計ー、お願いします!!」
声ととも屋上から吊るされ紙がゆっくりと広げられてゆく。
「終ったわね」
「やっとな」
月とゆえはほぼ同時に呟いた。遅れて校庭に出たため、人込みから離れた並木の下に立ったまま喜びの声をあげている友人らの姿を見ている。
遅れた原因は『やられっぱなしは嫌だから反撃作戦!by探偵部部長』こと、変装しての逆奇襲を終らせた所ですでに後夜祭の開始時刻だったので、霜割先輩を含めた他の部員は先に外に出たらどうかと勧め、その後改めて教師を呼んだためだ。
教師達の来る前に自白させた動機は、想像どうり部活を盛り上げようとした事に在ったらしい。まだ正式な処分は決まらないが、当分停学に処せられるとこっそり教えてもらった。
順位の結果は鍛えた月の目で見たところによるとそれぞれ、文芸部は十二位、手芸部は八位、占い同好会は七位という結果。特に手芸部では例年三十番台が続いていたそうなので、喜びは一押しだろう。
続いて行われる個別表彰で再び名前を呼ばれ、手芸部部長が前に出て行く。
「あー、中身の濃い九日間だったわね」
“暑い”“目立つ”との理由から羽織を脱いだ月がしみじみとも洩らした。
「あらゆる意味でな」
「まさに怒涛の文化祭よね」
「そういえば、昨日の試合をやった意味って結局なんだったんだ?」
「ああ、それね」
懐から出した扇子で風を送りながら溜め息をつく。
「今日犯人を返り討ちにするためだったらしいわよ。私が剣道で強いってことがわかれば、白状しやすくなると思ったんだって」
「・・・・・・」
「何か他にも意味含んでるように思えるんだけどね」
遠くに見える先輩は『凝り過ぎで賞』『目立っていたで賞』という、意味の掴みにくい賞のトロフィーを笑顔で受け取り掲げていた。
「最初から真剣で脅して自白させるのも予定だったのか・・・・・・」
悪趣味にも程がある、ビデオにまで撮ってと呟くと、月はいつのも口調でさらりと言い放った。
「違うわよ」
「は?」
「だから、あれ真剣じゃないわよ。普通に売ってる唯の模造刀。いくら許可とっていても試合以外で人に刀向けたらその時点で犯罪成立じゃない」
あの心臓に悪い出来事は狂言だったのか、と本格的に脱力した。
「月、ゆえ!!」
柚が人垣を掻き分け、月に飛び掛るように抱きついく。
「霜割先輩が後夜祭の後に夕飯のごおってくれるって!手伝いのお礼に!!お好み焼き!!部費で!!」
「はいはい。落ち着きなさいよ、柚」
二人ともぐいぐい引っ張られ、人込みへと連れ込まれる。
「ゆえ!確かにいろいろ大変だったし、とんでもない事も多かったけどさ」
耳の近くで笑いを含んだ声で問われる。
「心には残る文化祭だとは思わない?」
「まあな」
ゆえは苦笑気味に答えた。
第三章 『祭』~疾風怒涛の文化祭~ 終
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これにて学園祭編終了です。
本編とはあまり関係のない章ですが楽しんで書けました。
今後は、本編と平行して閑章もアップしていこうと思います。