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夢物語  作者: 矢玉
第三章 祭 
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第三章 祭 十三

   十三


 紺の袴に白の稽古着。髪はいつものように三つ編みにする時間が無かったため、飾りを外しうなじの辺りでひとつにくくってある。

 そんな凛々しい姿に目を細め、自称探偵部部長は言った。

「良くきてくれたわね、月さん」

 言われた少女は心の中で溜め息を漏らした。

(なんでこの人が出てこない時点で不信に思わなかったの、自分)

 不信には思っていた。が、確信が持てずにいたため何もしなかったら、こんな事になってしまったのだ。

「剣道部の鹿嶋先生には私から話が通っているから。大丈夫よー」

「そうですか」

 そう言われたもののあいさつぐらいは言おうと武道場を見渡す。先程まで剣道部がデモンストレーションをしていたためか中二階の観客席には多数の生徒の姿があり、しかもいなくなる気配は無い。

 うんざりと視線を一階に戻せば、顧問を発見した。

鹿嶋(かしま)先生すみません。急に変な事言い出して――――――」

 そこまで言って、不審ぎみに先生の顔を覗う。いつもは超然としていて近寄りがたく厳しいと評判の体育教師が、口をぽかんと開け自分の後ろを見つめている。

「明日華、先輩」

「あら、鹿嶋じゃない。元気だった?」

 顧問はみるみる顔を高揚させ、嬉しそうに瞳を輝かし興奮気味に話し出した。

「明日華先輩じゃないですか!?いつ日本に帰ってきたんですか?て言うかなんでここに」

「昨日ベトナムから帰ってきたのよ。此処には月を見にきたの」

「え?じゃあ、淡路って明日華先輩のお子さんですか」

「いいえ、今日華の忘れ形見よ」

「あぁ、・・・・・・すみません」

「気にしないで、もう何年も前の事だし」

 一方生徒達は厳しい顧問が少女のように顔を輝かせ、嬉しそうに笑っている光景に驚愕を顔に貼り付けて硬直していた。

「あの先生。この人誰ですか?」

 代表して部長が恐る恐るといった風情で尋ねれば、とどこか得意げに顧問は答えた。

「中学と高校の私達の先輩。あの永井姉妹の一人、永井明日華さんよ」

「ええっ!?」

 輝きに満ちた顔で明日華に羨望の眼差しを送る部員達。それを見て月と柚は顔を見合わせた。

「そんなに有名だったの、明日華さんって」

「私も聞いた話だけど、高校時代に弱小部だったうちの剣道部で全国まで言ったって剣道部員から聞いたことがあるよ。当時今日華さんと一緒に『遠江の双璧』って言われてたんだって。それで今でも伝説になっているらしいわ」

「何よ、それ」

「だから。全国行って決勝戦で姉妹で戦う事になったとか、そういう逸話が多いのよ。剣道部の伝説って言うか憧れの存在なんだって。今でも大会前になると、真剣に二人の写った写真に願かける部員もいるらしい」

「もういいわ」

 げんなりした様子の月に心外そうな顔の柚。

「何よ、私の創作じゃないわよ。信じれないなら部員に聞いてみれば良いじゃない」

「そう言うわけじゃないけど。どんどん聞いてるとやる気が抜けてくる気がして」

「無理だと思うよ。明日華さんすっごいのり気じゃない?」

 指差した先には育ての親と体育顧問の楽しそうに雑談する姿がある。

「そういうわけで少しだけ場所貸して欲しいのよ、悪いけど」

「いえ、全然気にしないで下さい!むしろうちの部員の目の保養になりますよ。先輩もいつでも遊びに来てくださいね、稽古つけていただきたいぐらいです」

 二人を眺め月は大きな溜め息をついた。

 そんな姿を見て柚どころかゆえですら月には同情しながらも、好奇心が押さえられない。何と言っても四人の中でも髄一の腕前の人物とその師匠の対戦である。特にゆえは本気になって戦う月を見た事が無かったため、否が応無しに観戦にも力が入る。

 防具をつけずに試合をすると言う二人に、顧問を含め周りが呆れを通り越し感嘆している中で二人は向き合う。

「いくら抜き打ちだからといって、手加減はしないわよ」

「した事ありますか、私に」

 赤毛の女性は確かに、と呟くと凛とした声を響かせた。

「面と突き以外は有効。どれだけ軽くても。これで良い?」

「ええ」

 言葉を交わし、二人は立会いの間合いに立った。

 提刀の姿勢で立祈、刀を抜くような仕草で竹刀をかざし、踞蹲姿勢の後に構える。月は中段に、明日華は下段に。

 同時にざわざわとしていた観客の声が徐々に小さくなっていく。声を出してはいけないように、ふと口を噤みじっと二人に視線を向ける。

「――――――始め」

 最初に動いたのは月だった。

 すっと動いたかと思うと、竹刀の先は明日華の篭手を狙って打ち下ろされる。が、明日華はこれを簡単にさばき、月の胴を狙って踏み込む。

 床が割れんばかりの踏み込みの音。

 竹刀が打ち合う音に、時に鋭い声が混じる。試合は少しづつ、しかし確実に白熱していく。

 素人目にはどちらが有利なのか全く判断がつかないが、どちらかが一方的に攻め立てる事はなく激しい攻防が続く。激しく動き回り、時に短くにらみ合っては、破裂音にも似た澄んだ音――――――竹刀と竹刀を打ち鳴らす音が静かな道場に響きわたる。

「はぁッ」

 月の身体が僅かにしずんだように見えた。

 片足を踏み出し右胴を狙って竹刀を振り下ろすが、明日華の竹刀に乾いた音が木霊しただけ。隙を与えず、左斜め後ろに身体を引き小手を狙う。

 鈍い音がした。

「――――――まいり、ました」

 弾む息の間に月の静かな声が響くと、見物人の間からからは歓声とも悲鳴ともつかない声が上がる。

 打たれた右小手を庇いながら足元に転がる竹刀を拾いあげた月は、弾んだ息を整えつつ相手を睨んだ。

「どうして、右胴狙うってわかったの?」

「あんたの癖でしょまだ直ってなかったの。苦しい時にすぐに右胴狙うの止めなさいって言ったのに」

「苦しくなるのが、明日華さん相手の時ぐらいだから成長しないのよ!」

「そんなんじゃいつまでたってもこれ以上強くならないわよ。よかったら剣道部に入って鹿嶋に鍛えて貰えば」

 冗談交じりに言った明日華に、鹿嶋先生はひどく真剣に頷いた。

「是非そうして。淡路なら何時でも大歓迎だから」




 ほぅ、とゆえの口から息が漏れた。夢中になって観ていたため、息を停めていたらしい。

 試合を終えた二人のもと行こうとゆえは歩きだした。観客席から階段へ降りよとした所でどん、と衝撃が体に伝わった。肩が触れた程度だが相手がかなりの勢いだったので、よろめく。

「すみませ・・・・・・」

 言い終わる前に立ち去られた。

 階段を下る音が響くなか、自分の注意力を叱咤すると共に少々むっとする。ちらりと視界に入った横顔から記憶をめぐる。

(・・・・・・どこかで見た気がするけど)

「科学部部長?」

 名前は出てこないが昨日月達と見た人物。

(何であんなに急いでたんだ?)

 この時ゆえは同じ人物を眺め、勝ち誇った顔をした人物が居たことなど知るよしも無かった。




 元のスーツ姿に戻った明日華は、思い出したように柚に紙袋を渡した。

「柚、はい。頼まれてたお土産」

「わー、ありがとうございまっす!開けてみても良いですか?」

「ええ、良いわよ。感想聞きたいしね」

 袋から出てきたのは木綿地の膝丈チャイナドレスだった。空色の布地には、薄桃色の小花がいくつも刺繍されている。

「本当はサテン地のやつも可愛いかったんだけど、それだと普段着れないでしょ?これなら後ろから見たら普通のワンピースと変わらないし、いつでも着れるじゃない」

 明日華は満足げに微笑むとくるりと姪の方へと向き直った。

「あ、もちろんちゃんと月の分もあるから」

「行く前にいいって言ったでしょうが。チャイナドレスなら、もう三着もあるし」

「そう言うと思って今回はアオザイ。サイズあってるといいけど、あんたあれから背伸びた?」

「伸びたよ。どうするの?着られないんじゃ」

「よかった。柚にサイズ確認しといたのよ」

「いつのまに」

「抜かりはないわよ」

 得意げに目を細めて明日華は言う。

「しっかし、またあんた腕が落ちたわね。さぼってたでしょ稽古」

 妙に子どもっぽく顔を顰め、月は明日華を見上げた。

「仕方ないじゃない。場所無いんだし」

「そりゃあ本格的な稽古は無理だろうけど、基礎的な練習なんかはできるじゃない。持久力も落ちてたし」

 見抜かれている――――――心の中で月は舌打ちを漏らす。

「じゃあこれからランニングでもするわよ」

「そうすることね。娘がこんなに弱くちゃ天国の今日華に会わせる顔が無いわよ。顔はそっくりだっていうのにねぇ」

 泣き真似をする叔母にうんざりした一瞥を送り、溜め息混じりにこぼす。

「二卵双生児にそっくりといわれても」

「あら、気づいてなかったの?あんたの面差し、ますます今日華に似てきたじゃない。久ぶりに会ったら、思わずドキッとしたわ」

 明日華は軽く月の髪に触れる。

「大きくなって、まあ」

 いきなり憂愁の含んだ眼差しをむけられて月は困惑した。いつも元気に飛び回っている叔母がたまにこういう事を言うと、自分はいつも慌ててしまう。

「そういえば明日華さんまだ言ってなかったよね。こいつが前話してた若狭ゆえよ」

「・・・・・・はじめまして」

「あら、前居場所がわからなくなっていた、ゆえくん?ペンフレンドの」

(・・・・・・?)

 疑問の視線を月に向けたが、含みのある一瞥をされただけで反応はない。とりあえず話を合わせる事にする。

「引っ越したんです。けど、いろいろ家の方でごたごたがあって、住所伝え忘れていて・・・・・・」

「あらそうなの。月が引っ越す前に大騒ぎしてたのよ、『私まで住所変わっちゃったら、音信不通になる』って」

「そうなんだよね。そうしたら、隣に住んでたんだもの。あの時はびっくりしたわ」

「隣?」

「うん。ゆえも丘陵荘だったの。しかもA―二葵だから横なの」

「へぇ」

「ねぇ、月」

 柚の声が響いた瞬間、月は非情に嫌な予感がした。そのまま全速力で逃げた方がいいと警戒音が鳴る中ちらりと視線を向ければむければ、柚のきらきらと輝く眼上目遣いにぶつかる。

「明日の手芸部の売り子の時って私達着る物無いじゃない。演劇部に衣装は貸し出しちゃうんだし。これ着ようよね!」

 柚は空色のチャイナ服を握り締め、一見異性が見たらうっとりするような可愛らしさで力説した。しかし幼馴染の少女には、その瞳が獲物を見つけた猫の目そっくりに映ったという。


※※※


剣道シーンは剣道入門書を片手に書きました。本当にやっている人からみたら変かもしれませんが、お目こぼしを!!

明日華さんを相手にすると月が幼くなる、というか年相応になります。

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