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夢物語  作者: 矢玉
第三章 祭 
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第三章 祭 十

      十


「あ、良かった。ゆえ、こっちこっち」

 クラス展示を終え部室棟の階段を登り終えると、ゆえは金髪の少女に呼び止められた。

「今この部屋男子立ち入り禁止なの。だから悪いけどこれ男子更衣室で着替えてきてくれる?」

 そう言うと、紙袋を手渡される。どうやら手芸部部室内は女子更衣室と化しているらしい。きゃあきゃあという煩いほどの歓声がもれ聞こえている。

「いいけど・・・・・・着方がわからない」

「大丈夫、大丈夫。一回うちの店に来た時に着たでしょ?それにこれ袴のとこにゴム入ってる『なんちゃって袴』だから。もしどうしてもわからなかったら月の携帯に電話してね、じゃ」

 そそくさと戸の中に入ってしまう柚を見送り、顔をしかめながらも更衣室に向かった。




 更衣室のドアを開けた途端ゆえは硬直し、次いで眩暈に襲われた。ついでに頭痛もした。

 どうやら男子が少数の部員はみんな此処に追いやられてきたらしい。けっして広くない部屋に妙な格好をした男子生徒がごろごろしている。

 パンダのきぐるみを着ている者。ピエロの扮装をしている者。なぜか女子の、しかも他校の制服を着ている奴。ドアの所ですれ違った奴は、胸にナイフが刺さったゾンビの姿をしていた。

 ひっきりなしに眩暈がするのをこらえ開いているロッカーを探す。窓際の端に空きを見つけ、きしむ扉を開けた。

「ゆえ?どうしたお前」

 隣から声を掛けられ何気なくそちらを見れば、飛び上がるほど驚いた。視線の先には、頭から足の先まで覆い隠す黒いローブに身を包んだ――――――

「俺だ、俺。武蔵 翔だ!」

 苛立たしげに、フードを外すと、現われたのは、黒髪につり目の見知った顔だった。

「どいつもこいつも。人をバケモノみたいに見るんだからな」

「・・・・・・紛らわしい格好するんじゃねぇよ」

「紛らわしい、って何と」

 自覚は無かったらしい。着替えを手にとりながら煩わしげに教える。

「似てるんだよ、あの黒服に」

「ああ、それでか。妙に驚いた顔でじろじろ見られると思った」

 納得した顔で頷いている。この時になって、ゆえも所々にビ-ズの刺繍が入っている事に気がつき、ため息まじりに呟いた。

「よりによって、この時期にそんな格好する事無いのに」

「そう言ってもなぁ。この衣装案ができたの七月だぞ?八月に手芸部に依頼したし。途中で依頼の中止なんてできないしな。だからこっちが真似したんじゃなくて、あの黒服のほうが真似したんだよ。絶対に後に考えたんだから――――――ゆえ、それ(あわせ)が違ってるぞ」

「え?」

「それじゃあ、左前になってるだろうが、死装束だろ。右前、つまり右手が入るようにするんだよ」

 慌てて直したゆえが不思議そうにたずねた。

「くわしいんだな、着物」

「まあな、来た事は数えるほどしかないけど、来た姿を見るのは多かったからな。今日も着るだろ月」

「らしい。そんなに着てたのか?」

「そ、明日華さんが正月とお盆になるとこっちに帰って来たからな。その時には必ず着てた、つーか着せられてた」

「へぇ」

「ところでこれからどうするお前。あそこも今は男子立ち入り禁止だろう?でもうちの部のほうが長いだろうな」

 なんせ人数多いからと呟く翔に、ゆえは提案した。

「じゃあ、こっち来るか?禁止が終ってたらの話だけど」

「いいのか?じゃあ月の振袖姿でも見に行きますか」




「似合ってるわね、月ちゃん。着慣れてるし、今は自分で着れる子少ないわよ」

「でも流石に振袖の帯は締めれませんけど、和服は好きですからね。髪と着付けありがとございます、絹枝さん」

 中から少女の声が響いてくる。先程まで貼られていた『只今、男子立ち入り禁止中。のぞくべからず。のぞいたら・・・・・・わかるわね?』と書かれた紙は剥されていた。翔が念のために戸を叩く。

「おーい、男子立ち入り禁止終了か?」

「翔?いいよー、みんなもう着替えすんだから」

 カチャカチャと鍵の開ける音が鳴り、ドアが開いた。立っていた少女の姿を見、少年二人は目を見張る。

 柚が身につけていたのは古風な型の豪奢なドレスだったのだ。

 山吹色の生地をたっぷりと用いふんわり広がった裾。胴周りはフリルとビーズの刺繍で華やかに彩られ、のど元の凝った首飾りが少女の細い首を覆っている。耳にも髪にも揃いの真鍮色のアンティーク風のアクセサリーをつけ、髪は一部を垂らし結い上げて毛先をくるくると波打たせていた。

 その姿はまるで西洋画から抜け出してきたようで。持前の青い瞳と金髪の髪がこれ以上ないほど引き立っていた。

「どお?英国人って感じじゃない」

「ああ、マリーアントワネットみたいだな」

「・・・・・・翔、それあんまり良い例えじゃないから」

「そうよ、せめてポンパドゥール夫人とかじゃない?」

「変わらないわよ、月!」

「あんただってさっき私のこと生き人形だの市松人形だの何だの言ってたじゃない」

 そう言う月も見事に仮装していた。

 いつもはきっちりと三編みにしている髪を背中に流し、両こめかみから細く編んだ三編みをうなじのあたりで結って椿の造花を飾っている。振袖は緋色の地に金銀の蝶が袖と裾のところで舞い踊り、地模様の緻密な銀の帯が粋だった。

 いつも以上に凛とした雰囲気をかもしだしている。どうやら黒のコンタクトまではめているらしく、顔見知り程度の人間なら、気づかないかもしれない。

「ゆえ、紹介するわ。こっちは私の姉さんで佐保絹江(さほきぬえ)。絹姉、こっちが前言ってた若狭ゆえ」

「噂はかねがね。初めまして、ゆえくん」

「どうも」

 唐突な紹介に戸惑いながらもゆえはそう返した。

 年の頃は二十歳ぐらい。無造作に高いところで結った髪はなぜか若草色をしているが、生えぎは薄茶をしているので、おそらく染めていると思われた。瞳の色は黒だが、顔立ちや肌の白さは柚にそっくりで一目で姉妹だとわかるだろう。

「ゆえくん。そんなとこで突っ立ってないで、こっちに来て」

「はい?」

「早く此処に座る!」

 いぶかしみながら絹枝に言われたとおり椅子に座る。

「どうしようかしらね、ウイングつけるほど短くはないし。柚、何か希望はないの」

「何でもいいよ、和風に見えれば」

「じゃあ、ムースで固めて後ろで一つ結びにするわ」

 そう言うと喜々として髪をいじりだした。

「観念した方が良いわよ、ゆえ。今日は一日この人達のおもちゃだから」

「・・・・・・何で俺まで」

 少女の赤い艶やかな唇が呆れに歪む。

「一人だけ逃げられるわけ、無いでしょ」

 口紅までした月を見て、黙った。返答しようが無い。

「これはまた、明日華さんが泣いて喜ぶような格好だな」

 翔が感心したように呟いた。

「だからこの色選んだのよ。明日華さん好きだもんね、月に赤い服着せるの」

「特に和服は、だろ?月」

「私個人の好みでは他にも好きな色はあるのだけど・・・・・・何でかしらね、小さい頃から赤い服着せられてた」

「似合うからでしょ?」

 柚が自信たっぷりに言い切った。

「あんたが着てて一番似合う色だからでしょうが、気づいてなかったの。むこう(夢想界)でも良く着てるのに気づいてなかったの?」

「そうかしら?でも今日着たって、明日華さん見られないから無意味じゃない」

 写真は送るつもりだけど、と苦笑交じりに呟いた月に、妙に嬉しそうな顔で柚は小声で返した。

「さあ、どうなるかしらね?」

 月はどういう意味だと問おうとしたが、がらがらと音をたてて戸が開き会話は中断された。戸の向こうから現れたのは霜割先輩だった。

「じゃあ、俺そろそろ戻るわ」

「あ、翔。たしか出番午後でしょ、後で一緒に観て廻らない?もちろん先約なければだけど」

「別に無いぞ、こいつと行く気だったし」

 絹江から解放されたゆえを親指で指しながら翔は笑った。

「じゃあ、集会終ったら廊下で待っててよ。私も月と行くからさ」

「ん、じゃあな」

 入れ替わりのように近付いてきた睦も翔と同じく黒服だった。だが趣はかなり違う。

「あらあら、若狭君も月さんも似合ってるわね」

「先輩、開会式終ったんですか?」

「ええ、たった今ね。柚も似合ってるじゃない」

「先輩には負けますよ、もう格好良すぎて誰か分からないんじゃないですか?」

「でもこれ、バンパイアから急いで直した服よ?」

 上下黒のスーツに黒に深紅で裏打ちしたマント、黒のリボンをネクタイ代わりに締めた姿は、いかにも颯爽としていて女子生徒とは思えぬほど凛々しさだ。

「ちょうど柚と先輩が並ぶと絵になりますね、西洋の美男美女って感じで」

 美女は満面の笑みで、美男は少々複雑そうにしながら、ありがとうと答えた。

「さあ、ゲームのルールの最終確認をするわよ。こっちに注目!」

 軽く手を叩いて視線を集め、チョークを片手に話しだした。

「タイトルは『WANTED』参加者には受付でこの用紙を渡す事。この時にちゃんと現在時刻を下に書いてね」

 ひらひらと振って見せた紙はB5ほどのサイズで、キャラクターのような人物が描かれている。人物達には部員の着ている衣装を簡略化して描いてあった。

「制限時間は二時間。その間に出来るだけ多くの仮装をした部員を見つけ出し、得点を稼ぐ。稼いだ得点によって一等賞から五等賞までのどれかになる。一等は部への無料依頼券など、二等は食堂の食券一週間分など、三等以下は粗品ってとこね。行動範囲は校内、外には出ないこと。見つかったら各自持っている、スタンプを参加者の用紙に押してね、くれぐれも時間を過ぎてる人には押しちゃだめよ!」

 一旦言葉を切り、恐ろしいぐらい真剣な口調で言った。

「ここが注意点。というか切実なお願い。良い?特に高得点の人は良く聞いてね。一等から二等までがあんまり沢山いると自腹覚悟になるから。あんまり捕まり過ぎないように。いざとなったらとっとと逃げなさい。

 時間交代で受付をしていくからね。それ以外の人はゲームに参加。参加中でも他の展示物内意かも見に行ってても良いから、ただあんまり同じところにいたり、出入りが制限されるような場所には長時間いないこと。トイレとか、使用してない教室とかね。じゃあ、一斑は十時からだからあと十分ね」

 胸元から出した懐中時計を覘きこみ、パチンと音を立てて閉じる。

「じゃあ、気合入れていきましょう。今まで準備したぶん、大いに楽しんで成功させましょうね!!じゃあ最初受付の人は用紙を持って渡り廊下に移動。それ以外の人は校舎に散ってて。じゃあ、解散」

ばたばたと慌しく移動する極彩色の人の中で、三人はゆっくり歩き出した。

「まず何処行くの?」

「演劇行きたい!」

「はいはい。じゃあ、翔の希望が無かったらそこね。ゆえは?どっか行きたい所ある?」

「別に、あんたは?」

「私は特に――――――」

「あ、柚ちょっと来て」

 戸の敷居に足をかけた時、遠くから声を掛けられた。

「何ですか、先輩。あ、じゃあ月達は先行ってて」

「待とうか」

「いいよ、先に行ってて良い席とっておいて」

「了ー解」

 和服姿の二人を見送って、柚向き直った。

「で、何ですか?」

「昨日の放課後に言ってた件だけど。一応剣道部に聞いたら十二時から一時までは昼の休憩で開いてるって」

「良かった、十二時ぐらいには来てくれると思うので、良い時間ですね。宣伝の方は海山先輩が引き受けてくれたし・・・・・・何とかなりそうです」

「でも良いの?本当に月さん達に言わなくても。前もって言っておいたほうがやっぱり良いだろうし」

「そんな事したら断られちゃいますよ。突然言ったら断りきれないだろうし、あの人の方にはもう了承を得てますから」

 自信満々に頷く柚の顔を見て、睦は苦笑を漏らした。


※※※


とうとう学園祭開始です!

何やら色々たくらみも進行中…ばればれかな?(笑)

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