第三章 祭 九
九
教師すらもやる気の無い午前授業をこなし、ゆえはいつのまにか習慣のようになってしまった手芸部の手伝いに向かった。
可愛らしい小物で飾られた引き戸を開けると、柚が『後二日!!がんばろう』と書かれた紙を外し『準備最後の一日、もう間に合わせる事だけ考えろ・・・・・・』とでかでかと書かれた紙を、本来の目的で滅多に使われる事が無くなった黒板に貼り付けていた。
そんなものを作っているくらいなら、作業を進めた方がいいと思うのだが。
部室内はなぜかいつも一番始めにいる霜割先輩と柚以外はまだ誰の姿も無く、妙にがらんとした様子をみせている。
「珍しいな」
誰に言うとも無しに呟く。
昨日までのこの部屋は、どこかのバーゲン会場かそれとも祭の餅投げ開催中の神社、もしくは火事でも起きた建物のようなありさまだったのだ。ひっきりなしに声があがり、阿鼻叫喚に近いかもしれない。鬼気迫る表情で針を動かすさまは、手の中で次々と仕上げられていく品々が可愛らしい物ばかりであったため、いっそう異様だった。
しかもそれは、この部室内だけではないのだ。今では学校中が熱に浮かされたような空気に満ちている。
机に突っ伏していた手芸部部長がむくりと起き上がった。
「若狭くん・・・・・・?クラス展示の手伝いはどうしたの」
「展示がバルーンアートなんで飾り付けは明日の朝に決まって、今日は解散になったんです。それで人数が少ないんですか?」
「そうよ。みんな、クラス展示や発表の追い討ちよ。これまで手を抜いていた分のう・め・あ・わ・せ」
しびれた腕をほぐすようにひらひらと動かしながら睦は言った。
「だから、今日はうちの手伝いも良いわ。もともと最後の追い込みに助っ人の子に手伝わせる方が非常識だしね、仕事もないし。若狭君今までありがとう、まだ文化祭当日があるけど」
「だからゆえ、月にも部員はクラスが終ったら残るけど、先輩が二人はいいって言っていた、て伝えてくれる?」
「それぐらいなら、別に」
「ありがと」
疲労困憊と言った風情の二人を残しゆえは部室を後にした。
肩透かしをくらったようでもあり、ほっとしたようでもある。中途半端な気持ちを抱え、来た道である廊下を戻り階段を降りかける。二階から一階に差し掛かる階段で、黒髪の少女と行き会った。
「あれ?どうしたのゆえ。手伝いは」
「準備最終日だからもう良いらしい。あんたにも伝えてくれ頼まれた」
月は先程のゆえと同じく、気の抜けたように何だと呟いた。
「じゃあ午後が丸々開いちゃったわ。それに柚の家に行って絹枝さんに会おうと思ったのに」
「誰だって?」
「柚のお姉さんよ。今年美容師の専門学校出て今は一人暮らししてるんだけど、ほら明日仮装する時に髪結ったり着付けしなきゃいけないじゃない。頼んで帰って来て貰ったんだって」
「それで?」
「ついでに髪切ってもらおうかと思ってたの。最初に黒服に遭った時、髪切られてそのままだから」
気づかなかったが言われてみれば、少し短くなっているかもしれない。最初に見た時、少女の髪は毛先近くまできっちりと編まれていたが、今は三つ編みの部分が短くなっている。それを伝えると、うなずいて月は答えた。
「三つ編みって所々短いと横から髪の毛がはみ出てきて綺麗にできないのよ。ずいぶん伸びたし少しそろえようと思ったんだけど。柚はすぐに帰るって言ってた?」
「いや、残るような事言っていたぞ」
「なら私も一旦帰ろうかな。柚が家に戻ってから出直せば良いし。ゆえは?どうするの」
「まあ、此処に居てもやることはないし・・・・・・帰るか」
「じゃあ一緒に帰らない?」
と言っても方向どころか家までほぼ同じだけど、と付け足す。わざわざことわらなくても同じ道を行くのだ。ゆえは軽く頷いて同意した。
「やっぱり、ここの文化祭ってやたらと大掛かりだな」
しばらく歩いた後、ゆえはため息をつくように言い出した。
目線の先では大きな看板を設置しようと二十人あまりの生徒が忙しく動いている。美術部の展示らしく綺麗な模様と字体で『遠江第二中学校 体文祭』と描かれていた。
目を向けた月は同意するように微笑んだ。
「そうね、中学で文化祭があるのもこの辺りじゃ珍しいみたいだし。だから親だけじゃなくて、兄弟姉妹まで見に来るのかしら」
本当のところは兄弟どころか、知り合い総出で来るというのも珍しく無い。知っているかはわからないがゆえは頷いた。
「たしか翔も兄弟が来るって言ってたな」
「ゆえは誰か招待する人いないの?親戚とか」
「無理だろうな・・・・・・長崎だし。第一明日が文化祭だってことすら言ってない」
「ナガ、サキ?」
月の眼が丸くする。ゆえは、気がついたように口を抑え決まりの悪そうに言い出した。
「俺が九月に転校して来たっていうのは言ったよな」
「うん。柚たちと話してる時に」
「九月の初めまで、父方の叔父の家にやっかいになっていたんだ。そこの中学から転校してきた」
一つ聞いていい、と月は静かに尋ねた。
「変わっているわね、この学校って基本的に他校からの転校生受け入れてないでしょ。高校ならまだしも中学なら公立に通うことも出来るし」
「まあいろいろあってな」
「言いたくないの」
「いや・・・・・・別にどうでもいいけど。聞きたいのか?」
「教えてくれるなら。言いたくないなら聞かないわ」
薄墨色の瞳がまっすぐゆえに向けられた。
「誰にでも言いたくない事の一つや二つあるわよ。ただ私は以前のゆえも今のあんたも知ってるから気になるだけ。好奇心に限り無く近い感情でね。だから言いたくないなら言わないで」
ゆえは気づかいに感謝すると同時に、申し訳ないような気がしてきた。
「別にたいした話じゃない。そこまで気を使ってもらう必要ないぞ。
春に事故に遭ったのは言ったよな。それで記憶と家族をみんな無くした。三ヶ月入院した後に退院して、それで長崎にいる父方の叔父夫婦に引き取られる事になったんだ。両親とも祖父母はもう亡くなってたし、母方は中国人だし」
「ちょっとまって」
突然立ち止った月に、不思議そうな視線を向けるゆえ。
「どうした」
「いま中国って言った、よね?」
「それが・・・・・・?」
「ということはあんたってまさか、日中ハーフ!?」
「まさかって・・・・・・知らなかったのか?」
これにはゆえの方も驚いた。
「知り合いだったんだろ、聞かなかったのか?」
「知らないわよそんな事!あいつ全然現実の事なんて話さなかったし、つーかその他もろもろ聞いてないことの方が遥かに多いわよ。ああ、だから名前が『ゆえ』なの?」
『ゆえ』とは中国語で月の事。
「聞いた話だとそうらしい。・・・・・・話し戻すぞ。それで、二ヶ月近く世話になったけど・・・・・・何と無くその家にいないほうがいい気がしたんだよ」
「煩わしかった、とか」
「そこまでいうつもりは無い。世話になったのは事実だし、大半が保険金とはいえ仕送りだって毎月貰っているしな。ただ、息苦しかったんだ」
凍りつく会話、ぎこちない気遣い、張り付いた笑み――――――
「いつも気を使ってたし、使われてたと思う。
もともと住む場所が離れてたせいもあって、疎遠になってたんだ。俺も十数回しか会ったことが無いらしい、だけどなんとか記憶を取り戻させようと、たいして無い思い出話を持ち出したり、学校の事なんかも話したり・・・・・・。変な話だけど前の自分と同じに扱われるのがものすごく苦痛だった。
向こうに俺よりひとつ上と下の女の子がいたのも気お使わせてた原因だろうな」
「従姉妹、いたのね。それは気を使うわ」
「だろ。それで叔父夫婦説得して、どうしても取りに帰りたいものがあるから夏休みの間だけ帰りたい、って言って京都の家に戻ったんだよ。結局、前いた土地のほうが思い出すきっかけも多いだろうって許してもらえた。
そこで、始めて遠江の入試受けてたのと、引越しの予定が在ったのがわかった」
「ちょい待ち。何、今引っ越していった?」
「ああ」
「あいつって・・・・・・この町に越してくる予定だったの?」
「正確には隣町の東雲市だけど・・・・・・本当に何にも聞いてないんだな」
「今更ながら何考えてるのかわかんない奴だったからね。それで?」
「まあそれで、引越し先の家には住まないとしても、学校の方はどうするかっていう事になって。学校側に事情説明したら『本校の期末テストでこちらの掲示する点数が取れれば、入学を認める』っていわれて。駄目元で受けてみたら、受かって。まあ渡に船って奴だな、もともと家は出たかったからそれを理由に一人暮らしを始めたんだよ」
「そう、なんだ。ひとつ聞いていい」
「何だ?」
「人から以前の『ゆえ』の事聞くの、嫌なの?私もさんざん今まで話してたけど、聞いているのが苦痛だったなら、これからはやめるけど」
「そうじゃない。聞くのは別にいいんだ、ただ何て言うのか・・・・・・一緒にされるのが嫌だった。記憶が無い以上、俺にとっては他人も同然なんだ」
「そう。何か色々聞いて悪かったね」
「だから別にいいって言ってんだろ。あんたはいないのか?招待する奴、あの・・・・・・」
「ああ、明日華さんの事?たぶん来ないでしょ、言ってないし。三日前メール貰ったけどでベトナムにいるって言ってたから。どうせなら私もしようか、昔話」
帰り道の暇つぶしに、そういって月は軽く笑い話し出した。
「私はね、遠江の姉妹校の第一女子から転校してきたの。明日華さんが海外転勤で――――――って話はしたわよね。じょあもっと前っていうと、明日華さんに引き取られる前かしら?
家族三人暮らしでね。父さんと母さんと近くにおじいさんが住んでて、たまに明日華さんが遊びに来てた。私がちょうど八歳の時だったわ、火事が起きたのは」
「・・・・・・火事」
「そう、火事。マンションでね。いまだに放火なのか不審火なのかわからないらしいわよ、ただ私は旅行に行ってて助かったの」
「旅行?」
「ほらよくあるじゃない。子どもだけ集めて夏ならキャンプ、冬ならスキーとかに連れてってくれるツアー旅行。それに参加してたのよ」
それで難を逃れたの、渇いた笑いをもらし続ける。その顔はどこか虚ろで、瞳のよぎる色は暗い。
「実をいうと私は両親の死をまじかで見たわけじゃないの、ただ思い出すのは――――――黒」
部屋に壁に箪笥に机に椅子に階段に絨毯に服におもちゃに。
慣れ親しんでいた物達に染み付いていた、焼け焦げた黒色。
「それだけだった。ただ、両親はすぐに部屋から逃げだしたらしく遺体は綺麗だったわ、煙に巻かれてしまったらしいけど。かろうじて形見の品もあったし」
詳細はまた今度にするけど、と言い月は叔母に引き取られた後から話し出した。
ゆえは話をわざと飛ばしたような気がしたが、黙って聞いていた。
「おじいちゃんと明日華さんと住むようになったから初めて剣道やったのよ、明日華さんにしてみれば私に他のことに対する興味を持って欲しかったんだろうけど。引っ越してからは近くの道場に間借りさせて貰って。また、手合わせしたいな」
最後は独り言だった。
『はい終わり』という言葉で月が締めくくり、ちょうど丘陵荘の近くに来てたためその日はそのまま分かれた。
同日。
宵闇につつまれた廊下の窓の外は、すでに夜となっていることを知らせている。暗さのため鏡のようになったその窓に妙にはしゃいだ姿を映しながら歩き、自称探偵部部長は目的の部室へと到着した。
「おじゃましまーす――――――ってあれ、月さん達はいないの?」
「何しにきたのよ、遊衣」
「そんな露骨に嫌そうな顔しないでよ」
霜割睦は嬉しそうに笑う幼馴染を無視して、帰り支度を進める。夏とはいえ宵闇につつまれた窓の外は、すでに夜となっていることを知らせていた。
「ちょっと、無視しないでよ」
「したくなるわよ。またしょうも無い事考えてきたんでしょ」
「しょうも無いなんて言わないでよ!今度はしっかり計画立てたんだからぁ」
猫撫で声でしがみついてくる幼馴染を振りほどき、再び帰り支度を再開した。
「先輩ー?明日使わない衣装って衣装ケースに入れれとけばいいんですかー?ああ、海山先輩こんばんは」
「ああ、いいところに。柚さんこっち来て来て」
「来ちゃダメよ柚。オタクがうつるわよ」
「人を伝染病の病原菌みたいに言わないでよ」
「ある意味あたりに与える被害は伝染病以上でしょうが。で、話は何?」
結局聞くあたり、自分もまだまだ甘いな、と小声で呟き、話に耳を傾ける。
「うん。それでね黒服の事なんだけど・・・・・・犯人の目星はついてるのよ。でも肝心の証拠がないじゃない、そこで――――――」
二人の聞き手を相手にしばらく話し続け、こう締めくくった。
「というわけで月さんに頼みたいんだけど、どう?」
「あんたはまた、そう言う事を思いつくんだから・・・・・・」
「あら、褒めてくれているの?」
「褒めてると思うの?」
「んー、思えないわ、残念ながら」
「それより本当にやるのそんな事。第一月さんの相手ができるような人この学校にいないでしょうが」
「いえ、います。というより明日来るんです。うってつけの人が」
「柚?」
「柚さん?」
同時に響く先輩達の疑問の声。柚は楽しそうにある事を告げた。
「しかも、それを月は知らないんですよ。今から言ったら断わられるでしょうから、黙っておいて驚かせましょう」
とっておきのおもちゃを見つけた猫ように、藍の瞳を煌めかせ笑う。
「私も月の勇姿が見たいですしね」
※※※
これにて学園祭準備編、完。
次回からは学園祭本番です。
しかし『餅投げ会場』という比喩は都会の方々に通じるのか…
持ち投げは戦場です。人がなぎ倒され、子どもは泣き、眼鏡は飛びます。