第三章 祭 八
八
妙にテンションの高い部長に連れられ、というか引きずられるように、二人は廊下を歩いていった。
「合唱部と科学部と合唱部行くからね、他は部員にまわって貰うから!先に合唱部行くよ!!」
ここまでくるとまさに『毒を食らわば皿まで』の文字しか抱けぬ二人だったが、その言葉に月は不思議そうに首を傾げた。
「何を聞くんですか?」
「一応アリバイのために昨日の八時ごろは何していたか聞いて見ることにしているの。聞かれた反応を見て何か不信そうなそぶりをしたら、当たりってね。月さんも良く見ててね!」
目指す旧音楽室へ辿り着いた海山先輩は、すぐには引き戸に手をかけようとはぜず、静かに深呼吸した。喧しい声がやみ綺麗なピアノの音が耳に届く中、戸を静かに開け覗き込む。
「すみません、部長さんはいますか」
背後から室内を覗き込むと、どうやら休憩中だったらしく十人ほどの部員が思い思いの場所で座って雑談している。ピアノの演奏者と話していた生徒が戸に近付いてきた。
「あの、私が部長です。何かご用ですか?」
不思議そうに見覚えの無いであろう三人組を見つめてくる女生徒は、肩につくほどの黒髪をした大人しそうな雰囲気をもつ少女だった。
整った顔立ちだが美人というより可愛いという風情。それだけなら何処にでもいる少女だが、はっと目を引く不思議な雰囲気を持っている。よくよく見ればと瞳の色が薄く、茶色より黄色味の強い古酒のような琥珀の虹彩をしていた。
「突然呼びつけて、ごめんね。私は三年一組の海山遊衣。こちらは二年の若狭ゆえ君と、淡路月さん。もし違ってたら悪いんだけど、あなた二組の鈴鹿あゆらさんだよね」
自称探偵部部長は月とゆえが眼を見張るぐらい普通の調子で話し掛けた。人懐っこそうな笑顔まで浮かべている。その豹変振りから演技だと思うが、そんなことを知るよしもない合唱部部長の少女は笑顔で答えた。
「あってるよ。よく知ってたね、クラス違うのに」
「知っているわよ。鈴鹿さん、有名だもの」
「そんなこと言ったら海山さんだって有名人だよ、あの探偵部の部長さんなんでしょ」
微笑みながら答える声に、妙にうれしそうに海山先輩は続ける。
「うん。それでね、今日はその探偵部として事情を聞きにきたの。鈴鹿さんの部も被害に遭ったでしょ、昨日の部室荒らし」
「ううん、違うよ。なぜかはわからないけど、私達の部室は無事だったの。嬉しい事だけど・・・・・・なぜかわからないから部員みんなで首を傾げてるの。前の時は被害にあったのに」
一歩ひいたところで二人を眺める月は、三階に来る前に私たちが追っ払いましたとは言えないはね、と内心で呟いた。
「じゃあさ、誰とは言えないんだけど・・・・・・八時ごろにこのあたりで人影を見たって言った人がいたの、鈴鹿さんも学校にいた?誰かの姿見たりしなかった?もし妙な人を見てたら、特徴を教えて欲しいの」
「その時間なら、文化会館にいたわ。部員みんなで。今年は自由日に演劇部と一緒にミュージカルをやる予定だから、最後の稽古をしにいったの。八時ごろならちょうど音楽室から体育館に移動して、演劇の人たちとリハーサルやり始めた所だったと思うし。八時半まで部員みんなでいたから残念だけど役に立てそうに無いね」
「途中で一旦学校に戻ったりはしなかったの? 一人も?」
「うん、文化会館って学校と離れてるでしょ、家の方向もばらばらで。一旦学校に戻ると反対方向になってしまう部員もいたから。その場で解散したの
それに、人数が少ないからみんな舞台に出なくちゃいけなくて。だれも欠席できないのよ」
苦笑いをしながら答えた。礼をのべ部室を後にししばらく歩いた後、感じのいい人でしたね、と月はぽつりと言った。
「そうね・・・・・・嘘を言っているようには見えなかったし。これは演劇部に行く必要は無いかな」
「そうですね。唯の直感ですけど、嘘をついたり、人を貶めたり、脅したりするような人には感じられません。ちゃんとした、良い人だと思います。ゆえは?」
「・・・・・・犯人には見えなかったな」
黒服を頭に思い描いたが、まるで似てない。
「私も賛成。だいいち文化会館って車使っても十五分ぐらいかかるところにあるし。私達が学校にいたのが十分ぐらいだから犯人がいたのは二十分ぐらいと考えられるでしょ。文化会館から十五分かけて来て二十分学校にいて、また十五分かけて帰ったんじゃ、とうてい『八時に文化会館で練習してました』何て言えないわね」
どんなに短くとも五十分以上いる事になる。そんな間に何人もの目をくらますのは不可能だ。
「一様念を入れて、文化会館まで言って聞いてみるつもりだけど。じゃあ、次は科学部ね」
「あの、どうでもいい話ですけど、さっき海山先輩ってあの先輩の事『有名』って言いましたよね、何で有名なんですか?」
「知らないの!?あの子のお父さんリュウ・スズカなのよ」
「あの画家のですか」
「誰だって?」
驚いたように顔を見合わせる二人を交互に眺め、どうやら自分だけ知らないようだと思い、ゆえは尋ねた。
「鈴鹿竜って言う画家よ。とっても綺麗な幻想的な絵を描く。町にブロンズ像あるでしょ?そのデザイン画を描いたのも確かリュウ・スズカのはずよ。絵の方もこの町のいたる所にあるはずだから、必ず何処かで見てるわよ」
「もしかして、駅の壁画とかか?」
「うん、それも確かあの人だったはず」
月の言葉にゆえは納得したように頷いた。
観光に力を入れる町である暁は、町の景観美化にも力を入れている。洋館など古い建築の保存だけでなく、町全体の雰囲気作りにもそれはおよんでおり、いたるところに、妖精や星座、ギリシャ神話の神々など像が配置され、壁絵が画かれている。ちょっとした看板なども真鍮色をしたしゃれたデザインに、妖精がとまっている、といった凝りっぷりだ。
特に駅の入り口の壁一面に描かれた『払暁の聖霊(The holy of down)』と銘打たれたフレスコ画は町の観光名所になっていて、地元民があの辺りにいると、必ずカメラのシャッターを押してくれと頼まれる。
「鈴鹿って聞いてもしかしてって思ったんですけど。ああ、だから瞳が薄い色だったんだ。確か奥さんがフランスの方だって聞いたことがあるし。柚が好きなんです、あの人の絵」
そういい薄墨の瞳を細めた少女にどうりで詳しいと思った、と先輩は笑い、そして小首をかしげた。
「でも月さんの方が目の色素薄いわよ。あ、もしかしてご両親が外国の方なの?」
「いいえ、違うんです。両親どころか祖父母も純日本人のはずですけどね。なぜか私だけこの色なんです」
薄墨とも銀とも灰色ともいえる不思議な瞳を指さしながら冗談めかして笑う。
「へえ!変わってるわね・・・・・・若狭君も地毛だよね」
「そうですよ」
明るい茶の髪を見つめ、先輩はちょっと気の毒そうに肩をすくめた。
「でも若狭君の髪だと、染めても似たような色になるから服装検査の時大変そうね」
「はあ、まあいろいろ言われますけど」
もう諦めに近いため、別に何を言われても気にならない。
そんな事を話すうちに、科学部の前に着いた。暗幕が廊下に面した窓にかかっていて中は何も見えない。その怪しさを後押しするかのように先輩は声を低めた
「月さん、若狭君。今度は第一容疑者ともいえるから、しっかりとみててね」
「容疑者って先輩――――――」
何て大袈裟なと思ったが、鋭い声は怪談でもするかのように声をひそめられたままだった。
「噂ですべて決め付けるわけにはいかないけど。あんまり評判良くない部活じゃない。聞いたこと無い?」
「まあ、ありますけど・・・・・・」
「何か、用ですか?」
突然横から声がした、振り向けば不機嫌そうに目を細めている男子生徒がいる。背は標準より僅かに高いくらいで、髪は短く刈ってある、何処と無く秀才的な雰囲気を与える顔立ちだ。
「あ、あの私、文芸部部長の海山です。こちらは淡路月さんと若狭ゆえくん。昨日の部室荒らしの事で部長にお聞きしたいんですが」
「部長は俺だけど・・・・・・」
胡散臭そうにこちらを見ていた眼が、止まった。視線をたどった先にいたのは薄墨の瞳を持つ少女。睨みつけるようにじっと凝視された月は、小さく首をかしげた。
「何か私の顔についてますか」
「いや、別に・・・・・」
はっと気がついたように慌てて目線を逸らす。その様子をちらりと横目にし、海山は視線を戻した。
「そこでですね、目撃情報から八時ごろに校舎に入ったと思われるんですが、あなたは八時頃に学校にいましたか?もしいたなら何か見てませんか?」
「何も見てませんよ、八時ごろは校門近くの文房具屋にいってましたから。それでは忙しいんで、じゃ」
逃げるように――――――部室の中に入っていったと、ゆえは感じた。
「あらら」
先輩は呟く。
「何か怪しいわねぇ、じゃあ、その文房具屋まで行きますか!証拠探しに!」
それも付き合わなければいけないのかと、ゆえはげんなりした気分で考えた。
「はい?昨日はやってなかった?」
「ああ、そうだよ。毎週水曜日は定休日だからね。本当は遠江が文化祭だからやろうと思ったんだけどねぇ、急に用事が入っちまったもんでさ、いつもどおり休みにしたんだよ」
雑貨屋兼文房具屋のおばさんは朗らかにそう答えた。
「ここの学校の文化祭は盛大で良いね。がんばりなよ、あんたたちも」
「はい、ありがとうございます。がんばります、もし良かったら是非見にきてください」
店を出た後、月はおもむろに呟いた。
「どういうことですか」
「どうも、こうもないわ。嘘ついてるのよ、市川元が」
「市川っていうのがあの」
「そう。さっきの科学部部長よ。となると益々あやしいわね」
「犯人、って事ですか?」
月がおもしろそうに微笑んだ。その目の輝きは、おもちゃを見つけた猫科の動物を思わせる。
「わたしも気がついたんですよ、あの人の不審な点」
「本当!?聞かせて!でも此処じゃ場所が悪いわね。お茶でも飲みながら話しましょ」
「いいんですか。まだ学校途中なのに抜け出したのに・・・・この上喫茶店なんかに入って」
「いーのいーの知り合いのお店だから、今日つき合わせちゃったお礼に私が奢るよ!」
つき合わせたという自覚はあったんだなと、月もゆえも思ったが口には出さなかった。
海山が二人を連れて向かったのは文房具屋から二件隣の『葉月』という喫茶店だった。学校が近いせいか野外にも丸テーブルがいくつもならび、明るくポップな雰囲気の店内とあいまって学生でも入りやすい様子だった。
カラリと木鈴が素朴な音を立てて扉が開くと、痩せ気味の男性がカウンターから出迎えた。
「いらっしゃい、おや、遊衣ちゃん。学校もう終ったのかね」
「おわってないけど、抜け出してきちゃったの。授業じゃないからさぼりじゃないわ、見のがしてー。で、マスター今日のおススメは?」
その言い草に店主は目じりのしわを深め、笑って答えた。
「檸檬草のハーブティーかな。今日は寒いからよくでてるよ」
「じゃあ、私はそれで。二人とも好きなの頼んでね」
月は同く檸檬草ハーブティーを頼み、ゆえは珈琲を頼んだ。
「それで、月さん何に気づいたの?」
「腕のあざです。さっきの人の右肘のあたりに大きな青あざがあったでしょう?それが私が殴ったところとほとんど同じなんです」
「殴ったって・・・・・・あ、第一事件の時!?」
「そうです。はさみを持ってましたからね、思いっきり傘でてて叩いてやりました。それにあの人やけにじっと私のこと見たでしょう?想像でしかないけど、私たちに仕掛けてきたのはあの人じゃないかな」
「そういえば、今気づいた事けど・・・・・・第一の時、科学部だけ四人だったよな。あれって被害に遭ったんじゃなくて、返り討ちにされたんじゃないか?」
「ありえない話じゃないわね。私もコピー機の利用者数と使用枚数調べたんだけど、科学部の名前があったわ。しかも用紙が明らかに五百枚ぐらい足りないのよ」
「五百・・・・・・も?」
「あそこの上って、五百でひとまとめになってるじゃない。半端になくなるより、目立たないと言えば目立たないわね。となるとますますあの部が犯人に近くなるか・・・・・・一様合唱部のアリバイ確認のために文化会館へ――――――」
「何が文化会館なんですか、部長」
地獄から響くと言うか、怨念の込められたとしか言いようの無い声が、入り口から響いた。
そちらに眼をやると、女子生徒が立っていた。顔は知らないが胸元のリボンは赤なので、おそらく同学年の二年。
「唯でさえ忙しいこの時期に部室からは抜け出すは締め切りは守らないわ、揚句の果てに校外にまで出て何でお茶飲んでるんでるんですかぁ!」
「あーあ、見つかっちゃったか」
「“ちゃったか”じゃありませんよ!今日は印刷屋さんに頼んでおいた冊子が届くから絶対に手伝うって言ったじゃないですか!それなのに目を離した隙にいなくなって」
「ちゃんと、亜衣がやっておいてくれると思ったから出てきたのよ。それなのに向け出してきて大丈夫?」
「人のせいにしないで下さい、あなたが抜け出すから私が追いかける目に遭うんじゃないですか!もう部室は猫の手も借りたい状態ですよ!!即っっ効で帰ってください」
「はいはい。じゃあ若狭君に月さん今日はありがとうね」
そう言うと足早に立ち去っていく。その後ろ姿を見送った女子生徒はこちらを振り向き言った。
「騒がしくして、ごめんなさい。私は文芸部副部長の藤沢亜衣です。まあ、副部長って言っても仕事の半分はあの人の捕獲係ですけど」
「私は二組の淡路月です。あの、捕獲係って?」
「あの人すぐに糸の着れた凧みたいに飛んでくでしょう? 飛んでくならまだしも、所構わず人を巻き込むんだから、まったく」
あながち大袈裟ともいえないため息を漏らし、続けた。
「淡路さんも若狭さんもあの人に巻き込まれたんですね?睦さんにあの人が部室に出たって聞いて追いかけてきたんです」
「あの、何で俺の名前・・・・・・」
「知ってますよ、若狭君達有名だから。転校生ですっごい美形の二人組みだって」
そろって思わず脱力した。
「目立ちたいわけでも・・・・・・無いんだけどな・・・・・」
「同感よ」
※※※
サイト版からやや書き換えが多い回になりました。といっても間違い探しレベルですが。
作中でてきた合唱部部長は別の話で主人公予定ですが、またそれは違う話ということで。(まだ書いていない話です)