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夢物語  作者: 矢玉
第一章 初
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第一章 初 一

内容はさほど変わりませんが、表現など大幅改稿しました。(2014.7)

 霧の中だった。

 伸ばした指先さえ霞む程、視界は濃厚な乳白色に染まっている。


『――――――ゆえ』


 高すぎず落ち着いた、それでいて澄んだ綺麗な声。


『――――――わたしが、月よ』


 不意に彼方から声が響く。


『――――――私達――――――仲間ね』


 唄うように、声は告げる。


『お願い早く――――――』


 逢いに、来て。


***


 奇妙ないらだち。



第一章 初 ツヅキノハジマリ 一


 耳障りな電子音が耳に入り若狭(わかさ) ゆえはうっすらと目を開けた。寝乱れた薄茶の髪は柔らかでやや長く、不機嫌そうにしていても端正な顔立ちによく似合っている。

 無造作に髪をかき上げて起き上がり、音源である携帯のアラームを止める。

 表示された日付は九月一日。全国の学生の大多数が来るなと願う日である。

 だが、ゆえが不機嫌なのは今日が夏休み明けである事ではなかった。先程まで視ていた光景が脳裏に浮かび上がる。


 霧の世界

 不意に届く綺麗な声

 そして、その言葉。


 綺麗な声色なのに、今のゆえには耳障りに聞こえる。そして、意味のわからない言葉。

(仲間・・・・・・ってどういう意味だ?)

 この悪夢とも吉夢とも判断のつけがたい奇妙な夢を、ゆえはあの日から毎日見続けているのだ。毎夜必ず追い掛けてくる不可思議な夢。

 月という名前の人物にも心あたりは無い。

 だが、いつも目が覚める瞬間まで、知っているかのような気になっているのだ。当たり前の事実として、常日頃呼んでいた名前のように。

 知っているのに、重しをつけられそれに蓋をされているような感覚。それが目覚めた後も漂い、毎朝ゆえをいらだたせていた。



***


 暦の上では秋でもまだまだ残暑は厳しく残っており、頭上から容赦無く照りつける太陽は、炎のかたまりのような風情で真夏のそれと相違ない。秋だと言われると『嘘だ!』と絶叫したくなる気候である。

 踊り場で深い息を吐き、ゆえは口の中で悪態を呟いた。自分の教室である四階まで残りの階段は後僅か。それを見上げて再び走り出す。

 教室の前に着く頃には息はすっかり上がっていた。口が乾き喉が痛む。

 軽く息を整えてから戸を開けると、始業三分前の教室はほとんどのクラスメイトが揃っているようで、夏休み明け特有のざわついた空気が流れている。

「遅かったなゆえ。ぎりぎりだぞ」

「嫌がらせか、(しょう)・・・・・・どけよ」

 ゆえの席に座っていた少年は肩をすくめて横の空席に移った。

 硬質の黒髪につり目がちの眼、明るい気風を持つ武蔵(むさし) (しょう)という少年は、愛想皆無であるゆえの唯一の友人だった。なれなれしくはあってもべたついた所のない翔は付き合いやすく、無口なせいでクラスに浮きがちなゆえを自然ととけこませてくれている。

「そういや今日転校生来るって話、聞いたか?」

「いや、別に」

「相変わらず無感動だよなぁ、お前もう少し何か反応示せよ」

 普通はそういう物なのだろうか、内心ゆえは首を傾げた。

「・・・・・・で、その転校生がどうしたんだ?」

「まあ、体した事じゃないけどそいつ小二の頃までこの辺に住んでてさ。急に戻ってきたんだよ」

「知り合いなのか?」

「幼馴染みたいな感じだな、それで――――――」

 がらりと戸が開けられ、担任が口を開いた。

「みなさんおはようございます、自分の席に戻ってくださいね。もう、みなさんのほとんどの人が知っているようですが、今日は私達のクラスにお友達が一人入りますよ」

 呆れの目線が集中するが、担任である佐藤先生はにっこり笑っただけだった。昨年まで小学校の教師だったせいか、はたまたただの天然か――――――大半の生徒は後者だと思っている――――――どうかはわからないが、常にこの口調なのだ。いい加減気付いて欲しい、との願望は今日も届きそうにない。



 そんな脱力気味の空気が、少女が現れた途端一新した。


 まず目につくのは長い(つや)めく黒髪。三編みにしても毛先は腰まである事から、背中に流せばかなりの量となるだろうと知れる。対照的なほど白い肌、それに映える切れ長の双眸(そうぼう)

 やや古風顔立ちと合間って、胡粉塗りの日本人形を連想する容姿。だが、まとう凛とした空気は、少女が人形などではありえないことを証明している。

 そんな和の印象から唯一瞳だけが異なった風情をたたえていた

――――――神秘的な、銀とも灰色とも白とも言いきれない、真昼の望月のような淡い薄墨の色彩を宿す瞳。

 何とも謎めいた、不思議な印象を醸し出す少女に、クラス中の人間が気圧されたようにささやきあう。

 そんな中ゆえだけは少女本人ではなく、担任によって書かれた少女の名前を凝視していた。

 担任に促され、少女が口を開く、放たれた声は高すぎず落ち着き、それでいて澄んだ声色。

「初めまして第一遠江から来た、(あわ)() (つき)です」

 よろしく、おねがいします。一礼と共に黒髪い三つ編が肩から滑り落ちる。

 ゆえの心臓がどくん、と強く奇妙な鼓動を打つ。

 クラス全員の視線を受け、少女は綺麗な微笑みを浮かべた。




 視線の先では、校長が比喩と装飾語の限りをつくし熱弁を振るっている。体重のほとんどを椅子の背もたれに預け、ゆえは深いため息を着いた。演説台の校長の話を完全に無視し、ゆえは教室での回想を始めた。

 自己紹介が終った後の事だ。ゆえの耳に親しさのこもった声で転校生が友人を呼ぶ声が届いた。

「翔!」

「よう。月、引っ越し済んだのか?」

「ぎりぎりね、明日華(あすか)さんが引っ越しの車出してくれるよう頼んでた人が渋滞で遅れたの。昨日は貫徹よ」

「だから昨日はいなかったのか。そういや明日華さんはもう日本発ったのか?今度は海外だろ」

「そろそろ飛行機乗った頃だと思う。引越しも終ったわ、荷物は先に現地に着いてるはずだし。って言ってもあの人が持ってく物なんて限られてるけどね、今度も現地調達!っとか言ってたし」

「変わんないなあの人も。あっそだ、こいつ前言ってた若狭ゆえ」

 翔は近くにいたゆえの肩を叩く。ゆえは話は聞いていたものの、いきなり話し掛けられて内心かなり動揺した。

「あの、こんにちは」

 言ってから後悔した。普通こういう時は“初めまして”というものだろう、と。

 だが、声まで似ている。あの夢にでて来る少女に。

「ゆ、え君?」

 転校生が素早く目線で翔に問掛けたのにゆえは気づいた。翔が軽くかいぶりを振る。

「変わった名前だね。どういう字書くの?」

「・・・・・・平仮名なんだ。中国語からとったらしくて・・・・・・」

 一瞬少女から表情が消えた。だがその表情はすぐに消え、何事も無かったように笑顔を向けられた。

「よろしくね」

 その後集会のため移動となったので、それ以上話はしなかったが。どうにも気になって仕方がない。

(同一人物・・・・・・?)

 まさか、と浮かんだ疑問を自分で否定する。

 同じなのは下の名前だけ。似ているのは声色だけ。

 そんな非現実的な出来事、あるわけがない。それともこれは正夢とか、そのたぐいのものなのだろうか。

 後五分で式終了の時刻だというのに、校長の話は終りそうにない。退屈と煮えそうな頭から意識をそらすため、視線を巡らせる。すると、妙な物を見付けた。

 始め、それは黒いロングコートを身に付けていると思った。夏のような気候の日に、どんな物好きがいるんだか、そう考えた時点でおかしな事に気付く。

 その男、なのだろうおそらく。その輪郭がにじんだようにぼやけているのだ。よくよく見れば身に付けている物もコートなどでなく、黒い布を頭から被っているだけである。

 あまりの異様さ首を左右にふり、あたりを見まわすが、誰も不気味な存在に気づいた様子が無いのだ。誰も彼もが暇を持て余し、退屈な眠たげな眼をしているだけ。不審者を発見すれば即座に動く教師すら、見えていないようにふるまっている。

 ゆえはおそるおそる視線を再び黒衣の男に戻してみる。

 見たくないのだが、目をそらした所で気になる事には変わり無い。ゆらゆらと不安定に揺れる姿は逃げ水のよう。ひときわ揺れが大きくなり、姿が歪んだ。

「なッ・・・・・・!」

 すると、ゆえが見つめる中それはまるで気体のように無散して消滅した。

「どうした、ゆえ。終ったぞ?」

 不思議そうな声で我に返れば、周囲には人がおらず皆入り口へと集まっていた。がしゃがしゃと、パイプ椅子を片づける騒音が耳に届く。

「・・・・・・何か、幽霊見た、って言ったら信じるか?」

 翔の目におもしろがる光が宿る。

「ふうん、どんな」

「黒い服着た変な男。あの外への入り口に立ってて、消えた」

「お前・・・・・・見えた、のか?」

 黒々とした見開かれた翔の瞳に絶句する。

 軋んだ音が、聞こえた気がした。それは何かが壊れる、音のような。




※※※


オリジナル自前サイトからの二重投稿です。感想を聞かせていただきたいと思い、投稿してみました。なので気軽に感想などお寄せいただけると嬉しいです。一言でも、酷評でもかまいません!


物語は序章の序章。手元では七章まで(うち六章は未完)連載しているので、ストックが尽きるまで連続更新を目指したいと思います。よろしくお願いします!

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