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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第八十四話 世界を救うには、薬だけでは足りない

帰還したレイヴンは、各国の代表に古代炉の構造を説明した。

炉を爆破すれば汚染は止まるかもしれないが、地下水の循環も失われる。

王国の農地と帝国の鉱山町が、同時に干上がる危険があった。

炉を止めれば水が失われると聞いた農夫は、会議室で立ち上がった。

「病で死ぬか、飢えて死ぬか選べというのか」

レイヴンはすぐには答えられなかった。

代替水路を作る時間を稼ぐため、薬の増産と工事を同時に進めるしかない。

誰もが満足する答えがないことを、初めて皆の前で認めた。

レイヴンは机に置かれた迂回路を、もう一度最初から見直した。

数行の文字の向こうに、眠れない家族や、名前も知らない職人の夜がある。

計算を間違えれば、苦しむのは数字ではなく人間だった。

彼は書き込みを急がず、確かな事実と推測を別の色で記した。

マリシアが隣に立ち、無言で新しい報告を差し出す。

「結論を急がないで」

と彼女は言った。

「急ぐのは、助けるための準備だけでいい」

その言葉にレイヴンは頷いた。

会議は紛糾した。

汚染地域を封鎖する案、装置を壊す案、薬だけで耐える案。

どれも誰かを切り捨てる。

レイヴンは地図の上に二本の線を引いた。

汚染魔力を分離し、清浄な流れを維持する迂回路だ。

会議の周囲には、いつしか大勢が集まっていた。

肩書のある者ばかりではない。

水を運ぶ者、道を知る者、壊れた器具を直す者。

それぞれが自分にできることを申し出た。

以前のレイヴンなら、迷惑をかけまいと一人で抱え込んだだろう。

けれど今は、助けを求めることも仕事の一つだと知っている。

ゴルバが

「手を動かす人間に、ちゃんと休憩を取らせろよ」

と言い、張りつめた場に小さな笑いが生まれた。

避難所の寝台で、十歳の少年が母親の手を握っていた。

少年の熱は薬で下がった。

だが避難所の井戸水を飲むたび、また症状が戻る。

母親は薬瓶を見つめて言った。

「効くのに、治らないんですか」

レイヴンは返事に詰まった。

目の前の薬が無力なのではない。

薬の外側に、病を作り続ける原因があった。

ゴルバは小型の制御弁を設計したが、古代炉の圧力には耐えられない。

エルナは結晶を吸着する薬草繊維を提案する。

ベルクは処置中に患者が増える場合の医療計画を組み立てた。

トーマの母は、薬瓶を二本並べてリーナに尋ねた。

「これを飲めば、明日は学校に行けますか」

リーナは頷けなかった。

熱は下げられる。

しかし汚染された井戸水を飲めば、また倒れる。

「今夜は薬を使います。明日の水は、私たちが運びます」

治療班の馬車を一台、清浄水の輸送に回す決定に医師たちは反発した。

リーナは名簿を開き、再発した患者が同じ井戸の周辺に集中していることを示した。


三日後、少年の熱は戻らなかった。

母親が礼を言うと、リーナは薬瓶ではなく新しい給水樽を指した。

「あの樽を守る人たちにも伝えてください」

リーナは安全弁を見つめたまま、幼い日のことを思い出していた。

薄暗い診療所で息ができず、母親の声さえ遠くなった夜。

レイヴンが差し出した一瓶は、彼女にとって世界そのものだった。

今では自分が別の誰かに手を差し出している。

だからこそ、できないことをできると言いたくなかった。

彼女は深呼吸し、患者に説明する言葉を何度も練習した。

「怖いことも、まだ分からないことも、ちゃんと伝えます」

それが今の彼女の誓いだった。

レイヴンは初めて、自分一人の能力では計画を完成できないと公言した。

かつて王宮では一人の成果を奪い合った。

今は不足を隠さず伝えれば、別の国から答えが届く。

マリシアは患者の移動を提案し、リーナは井戸の周囲に立入禁止の縄を張った。

避難所の責任者は反対した。

「この井戸を閉じれば、明日の飲み水がない」

レイヴンは薬を増産する案を引っ込め、各国の技師に浄水装置と給水車を求めた。

治療を続ける医師と、水を守る職人が同じ地図を囲む。

少年の母親は一晩だけ、息子の寝台を離れて給水所の列を整理した。

エルナは共同計画の進み具合を確かめる前に、働く人々の顔を見た。

無理な計画ほど、最初は立派な数字に見える。

だが畑は命令では育たず、人の体力も無限ではない。

彼女は作業を一日分減らし、代わりに交代要員を増やした。

誰かが

「間に合わなくなる」

と不安を口にすると、エルナは首を振った。

「今日だけ成功して、明日倒れたら失敗よ」

レイヴンも同意した。

続けられる仕組みこそ、彼らが築いてきた革命だった。

リーナは患者の家族向け説明会を開いた。

地下炉の停止に失敗すれば停電や断水が起こり得ることも隠さなかった。

母親の一人は

「怖い。でも何も知らずに待つよりいい」

と言った。

戸口で、レイヴンは治療台帳を持ったまま立ち止まった。

「明日の朝も同じ方法でできるでしょうか」

医師が視線を上げる。

一度きりの成功を喜ぶ声が止まり、手順を見直す人々が集まった。

レイヴンは避難所の人々の顔を思い浮かべ、決定の理由を一つずつ伝えた。

反論も聞いた。

すぐに正解は出なかったが、責任を分け合う方法だけは決まった。

次の日、別の担当者が同じ結果を出した。

レイヴンは会議で二つの作戦を分けた。

汚染源を止める作戦と、止まるまで患者を支える作戦だ。

「炉が止まっても、すでに病気になった人は治らない」

医師団は治療所を維持し、農業技師は安全な水路を確保する役目を引き受けた。

王女エレオノーラは国庫を開き、帝国皇帝も鉱山技師を派遣した。

敗北を認めた皇帝が、自国の資材を他国の計画に預ける。

レイヴンはその署名を見て、少しだけ世界が変わったと思った。


三日後、少年の熱は再発しなかった。

彼は水差しを持ち上げ、

「これ、飲んでもいい?」

と尋ねた。

母親は安全確認の印を見て、ようやくうなずいた。

レイヴンは治療記録の欄外に書いた。

『薬効だけで回復を判断しない。

水と住まいを確認する』

次の患者へ向かう前に、少年は彼の袖を引いた。

「先生、井戸も治せるんだね」

夜の見回りで、ゴルバは安全弁の具合を確かめた。

何度も修理した痕が残っている。

弟子の一人が

「新しい物に替えましょうか」

と尋ねると、彼は首を振った。

「使える物を捨てるな。ただし危ない物は残すな」

似ているようで違う二つの判断を、弟子は帳面に書き留めた。

レイヴンはそのやり取りを聞き、技術は秘密の呪文ではなく、こうした小さな判断の積み重ねで受け継がれるのだと思った。

最終計画は三段階。

患者を守る備蓄、汚染を吸着する中継設備、古代炉の安全停止。

レイヴンは最後の頁に記した。

「成功の条件は、誰か一人の犠牲を前提にしないこと」

その後も会議では議論が続いた。

レイヴンは仲間の意見を一つずつ聞き、反対の理由まで記録した。

全員が同じ答えを持つ必要はない。

違う経験を持つ者が集まったからこそ、見落としていた危険に気づける。

リーナは最後に記録を読み返し、患者の立場から分かりにくい言葉を直した。

夜が深くなっても、誰も自分だけの功績を主張しなかった。

倉庫で、レイヴンは治療台帳を開き、目の前の状況を確かめた。

「帳面に載らない人がいます」

医師が視線を上げる。

配給を受けられなかった家族の名が挙がり、係員は閉じた台帳を開き直した。

反論も聞いた。

夕方には、名簿の外にいた家にも食料が届いた。

会議の途中、マリシアは鉱山町の少女の診療記録を広げた。

エリクサーで熱は下がった。

だが三日後、同じ井戸の水を飲んで再び倒れた。

少女の弟は姉を守ろうと水を飲まず、脱水で運び込まれた。

「薬が効かなかったのではありません」

とマリシアは言った。

「治しても、帰る場所が病気を生み続けているんです」

レイヴンは古代炉の図面に、患者の住む家と井戸の位置を重ねた。

装置の停止計画だけでは足りない。

給水車の手配、井戸の使用停止、浄水設備の仮設、再診の担当を各国に割り振った。

帝国の代表は費用に難色を示したが、マリシアが少女の二度目の診療記録を差し出すと、黙って署名した。


数日後、少女は清潔な水で粥を作る母親の隣に座っていた。

熱は戻らなかった。

レイヴンはその知らせを読み、古代炉の停止を

「勝利」

と呼ぶのは、まだ早いと知った。

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