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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第四話 廃屋の地下に作った小さな錬金工房

マリシアの診療所は患者でいっぱいだった。

火を使う錬金術を、病人の隣で続けるわけにはいかない。

レイヴンは貧民街の端にある廃屋を借りた。

地下室の戸口に立った大家は、薬品の匂いに顔をしかめた。

「火事を起こしたら、隣の家まで燃える」

レイヴンは契約書に署名する前に炉の位置を変え、壁に水桶を二つ並べた。

薬を作る権利は、隣人の眠りを奪う権利ではない。

家主は穴の空いた屋根を指さした。

「十年も空き家でね。雨の日は桶が五ついる」

「地下室は使えますか」

「湿っているし、排水溝も古いよ」

地下へ降りると、壁の隙間から冷たい風が吹いていた。

床の一角に澄んだ水が染み出し、レイヴンの指先に規則正しい魔力の脈動を伝える。

「この水の周期……古代文献にあった三重の円と似ている」

家主は一か月の家賃猶予を認めてくれた。

ただし、火を使うなら近隣の家に危険を及ぼさないことが条件だった。

大工は排水溝の詰まりを見つけ、

「本当は先に直すべきだ」

と忠告した。

レイヴンは見積もりを聞いて唇を噛んだ。

修理代を払えば、薬草を買えなくなる。

雨が続かないことを願って、まず作業場を整える決断をした。

レイヴンは市場で古い銅釜と瓶を買い、近所の大工に作業台を頼んだ。

リーナの母親が床を掃き、子供たちは木箱を運ぶ。

マリシアは診療所から秤を持ってきた。

「立派な研究所になったわね」

とマリシア。

「雨漏りする研究所ですが」

大工はレイヴンの火傷だらけの指を見て、薄い革手袋を作った。

「薬を作る前に、自分の手を守りな」

レイヴンは礼を言い、薬瓶を置く棚の高さを調整した。

最初の仕事は普通の回復薬だ。

伝説のエリクサーより先に、家賃と材料費を稼がなければならない。

夕方、診療所の患者が一本を買っていった。

大工の妻だった。

初めての売上を帳面につけたとき、地下の壁を雨が叩き始めた。

地下室の壁には、浸水した高さを示す線が残った。

レイヴンはそれを塗り隠さず、排水口の点検表を横に掛けた。

マリシアは

「失敗の記念碑?」

と笑ったが、彼は首を振った。

「次に水が来たとき、ここで止めるための目印です」

乾いた床を踏み、二人は修理した器具を一つずつ棚へ戻した。

夜半、排水溝から泥水が逆流した。

床の原料箱が浮き、銅釜が傾く。

「瓶を上へ!」

レイヴンは棚に手を伸ばした。

しかし階段の下から家主の叫びが聞こえた。

「隣の子が、地下室に取り残された!」

水を見に降りた子供が、倒れた戸板に足を挟まれていた。

レイヴンは高価な蒸留器を置き、戸板を持ち上げた。

大工が駆けつけ、二人で子供を階段まで運ぶ。

背後で蒸留器が割れる音がした。

「薬を守るために、人を危険にさらすのか」

大工の問いに、レイヴンは首を振った。

「いいえ。人を先に」

住民たちは手桶を回し、マリシアは避難した人々の怪我を診た。

土嚢で工房だけを守ろうとすると、隣家に水が流れ込む。

大工が泥の地面に線を引いた。

「二軒まとめて逃がす排水路を掘ろう」

夜通し働き、朝には水が引いた。

蒸留器は壊れ、原料の一部も失われた。

だが、取り残された子供を含め、誰も怪我をしていなかった。

家主は壊れた地下室を見て言った。

「契約は取り消してもいい」

「直します。今度は排水路からです」

大工は新しい溝の勾配を測り、子供たちは小石を運んだ。

リーナの母親は乾いた布で棚を拭いた。

工房が再び使えるようになったのは三日後だった。

レイヴンは入口に小さな札を掲げた。

『危険なときは、薬より人を先に』

マリシアは修理代の帳面を見て眉を寄せた。

「安く売るためにも、まず工房が続かなきゃ駄目よ」

「分かっています。原料代、燃料代、家賃……排水路の維持費も入れましょう」

地下水を小瓶に採り、泥が混じっていないことを確かめる。

淡い光は、雨の前と同じ周期で揺れていた。

レイヴンは新しい研究課題を記した。

『地下水の魔力周期を測定すること。

安全な取水方法を確立すること』

リーナが泥のついた木箱を抱えて笑った。

「工房って、一人で作るものじゃないんだね」

「そうだな。だから、ここで作る薬も一人の手柄にはしない」

工房を再開した日、初めての患者がやってきた。

大工の妻だった。

数日前に買った回復薬が効いたので、今度は隣人のために一本欲しいという。

レイヴンは代金を受け取りかけ、彼女の手に古い包帯が巻かれているのを見つけた。

「あなたの傷は?」

「大したことないよ。あの晩、桶を運んで擦っただけさ」

マリシアが傷を確かめ、洗浄と手当てをした。

薬を渡すだけでは、救えないこともある。

レイヴンは次から薬瓶と一緒に、使用方法と注意事項を書いた紙を渡すことにした。

「読めない人もいるわ」

とマリシアが言う。

「では、絵にします」

リーナが机に座り、瓶を傾けて飲む絵と、異変があれば診療所へ戻る絵を描いた。

線は曲がっていたが、伝えたいことは誰にでも分かった。

「これなら私も手伝えるね」

「大事な仕事だよ」

リーナは胸を張った。

大工は新しい排水溝の脇に木杭を打ち、次に雨が降ったときの水位を測れるようにした。

家主は自分で見回りを引き受け、マリシアは避難先の診療所に毛布を置いた。

災害をなかったことにはできない。

けれど、次に同じ危険が来たとき、違う選択はできる。

レイヴンはそのことを、研究の失敗を記録するときと同じくらい大切に思った。

廃屋の地下に作ったのは、薬を生み出す場所だけではなかった。

知識のない人も、金のない人も、自分にできる役割を見つけられる場所だった。


数日後、レイヴンは割れた器具を机に並べ、使える部品だけを選んだ。

大工は銅釜の取っ手を直し、家主は階段に手すりを付けた。

リーナの母親は薬瓶を煮沸して乾かす場所を決めた。

前より立派になったものはほとんどない。

それでも、危険なとき誰が何をするかは、誰もが知っていた。

「また水が来たら?」

とリーナが聞いた。

「まず全員で外へ出る。それから、直せるものを直す」

「じゃあ、薬は?」

「薬はまた作れる。命は作り直せない」

リーナはしばらく黙り、入口の札を指でなぞった。

そこにはレイヴンが書いた『危険なときは、薬より人を先に』という文字があった。

売上の残りから、レイヴンは排水路の修繕費を家主に渡した。

次に買ったのは高価な実験器具ではなく、火を消すための砂箱だった。

工房の進歩は、黄金色の薬液だけで測るものではなかった。

窓の外で大工が排水路の蓋を閉めた。

水は静かに流れ、地下の灯は消えなかった。


翌朝、雨の予報を聞いたレイヴンは、研究を始める前に排水溝を見に行った。

水は淀まず、静かに流れている。

大工と目が合うと、二人は言葉を交わさず頷いた。

以前なら薬液の色だけを確かめていたはずだ。

今は、工房を支えるものすべてが研究の一部に見えた。

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