第67話 新部隊
扉の向こうから入ってきた空気は、さっきまでの室内とは質が違っていた。
硬い。そう感じたのは、気のせいじゃない。
流れは整っているのに、どこか張り詰めている。無駄が削ぎ落とされている分、わずかな揺れでも強く伝わる。
その中を、三人の魔導士が静かに歩いてきた。
足音は揃っているが、意識して合わせているわけではない。それぞれが自分の最適な歩幅で動いているのに、結果として揃っている。
訓練の積み重ねが、動きに染みついている。
一人は重装の男だった。肩から腕にかけて厚い装甲をまとい、腰には短剣がいくつも差してある。
盾は持っていないが、その代わりに全身が防御に寄っている。
視線が鋭い。こちらを一瞥しただけで、評価が終わったような顔をしている。
二人目は、細身の女だった。装備は軽く、余計なものがない。
だが、その分だけ目が鋭い。視線が空間をなぞるように動いている。
こちらを見ているようで、見ていない。空気の流れを読んでいる。そう直感した。
三人目は、やや後ろに立つ男だ。装備は控えめだが、杖を持っている。
魔力の流れが安定しているのが、遠目でも分かる。支援型だろう。だが、ただの後方ではない。全体を見ている。
「お前が例の研究者か」最初に口を開いたのは、重装の男だった。低い声。
確認というより、事実の提示に近い。
「……ああ」短く返す。余計な言葉は、今はいらない。
男はそれ以上深くは踏み込まなかった。代わりに、視線だけで測ってくる。
戦闘員として使えるかどうか。それだけを見ている。
「今回の任務は共同だ」今度は後ろの男が口を開いた。
声は穏やかだが、内容は簡潔だ。
「我々は王国直属の実戦部隊。君は臨時編入という形になる」
臨時。その一言で、立場がはっきりする。外様だ。
「指揮系統は俺だ」重装の男が言う。
「戦闘中は指示に従え。それが前提だ」
否定の余地はない。当然のルールだ。
「……了解した」そう答えると、男はわずかに顎を引いた。
それで終わりだ。形式的な確認は済んだ。だが、それで信頼が生まれたわけではない。
空気は、まだ固いままだ。
「一つ確認する」細身の女が、初めてこちらを見た。
その視線は、やはりどこか焦点がずれている。人ではなく、その周囲を見ている。
「あなたの魔法。空気を操作するって聞いてる」
「そうだ」
「どの範囲まで?」
質問は具体的だ。興味というより、実務的な確認。
「条件が揃えば、半径数十メートルは制御できる」言いながら、少しだけ間を置く。
「ただし、安定性は環境に依存する」その補足に、女は小さく頷いた。
理解が早い。
「乱流があると崩れる?」
「完全ではないが、精度は落ちる」
「……そう」それだけ言って、視線を外す。
評価が終わった。そういう動きだった。
「なら前には出るな」重装の男が言う。
「後ろで準備していろ。前線は俺たちが持つ」
その言葉は、正しい。実戦の動きとしては、合理的だ。
だが。「それだと意味がない」口に出していた。
男の視線が、わずかに強くなる。
「何だと」
「前に出ないと、魔法が成立しない場面がある」
言葉を選びながら続ける。
「距離が離れると、制御の精度が落ちる。特に今みたいな環境だと」
さっきの戦闘を思い出す。
乱された空気。成立しなかった真空。後方からでは、さらに条件が厳しくなる。
「……だから前に出ると?」男の声に、わずかな圧が乗る。
試している。そのまま押し切るかどうか。
「状況による」即答する。
「無理に出るつもりはない。でも、必要な位置には行く」
曖昧に逃げるのではなく、条件で答える。
その方が通る。数秒の沈黙。やがて、男は息を吐いた。
「勝手な動きはするな」
「しない」
「指示が優先だ」
「分かってる」
短い応酬。それでひとまず、衝突は収まった。納得ではない。保留だ。
「……面倒なタイプだな」小さく呟く声が聞こえたが、あえて反応しない。
事実だからだ。
「出るぞ」指揮官が踵を返す。それに合わせて、他の二人も動く。
無駄がない。俺もその後ろに続く。
廊下に出た瞬間、空気の質が変わる。施設内とは違う、わずかな揺らぎ。
外へ近づいている。足音が重なる。四人分。だが、まだ揃っていない。
リズムが微妙にずれている。それが、今の関係性をそのまま表していた。
外に出ると、空が開けた。風がある。一定ではない。場所によって流れが違う。
実戦の空気だ。
「今回の対象は小規模集団だ」歩きながら、指揮官が説明する。
「だが、訓練されている。前回と同系統と見ていい」その一言で、背中にわずかな緊張が走る。
前回。つまり、あの敗北の相手。
「同じ相手か?」思わず聞く。
「断定はできない。だが、動きは似ている」
それで十分だった。胸の奥が、少しだけ熱を帯びる。
悔しさとは違う。今度は違う形で戦う。その前提がある。
「……いい」小さく呟く。
今度は、一人じゃない。その事実が、思考の形を変えている。
前に三人。後ろに俺。距離は近いが、まだ繋がってはいない。
このままでは、また同じになる。そう分かっている。
だからこそ。歩きながら、空気の流れを読む。
四人分の動きが作る微細な変化。足運び、呼吸、魔力の揺れ。
それらが、まだバラバラだ。
「……揃ってない」無意識に漏れる。
「何がだ」前を歩く女が振り返らずに聞く。
「動きのリズム。呼吸。魔力の流れ」
言いながら、自分でも整理されていく。
「全部、微妙にずれてる」
一瞬、足が止まりかける。だが、誰も止まらない。
代わりに、女の声が返ってきた。
「当たり前でしょ。初めて組むんだから」
正論だ。だが、それだけじゃない。
「……合わせられる」自分でも、はっきりと分かる。
「空気で、繋げる」その言葉に、三人の動きがわずかに変わった。
止まりはしない。だが、意識がこちらに向く。
「できるのか」指揮官が問う。
「やってみる」確証はない。だが、方向は見えている。
前に進みながら、魔力をわずかに広げる。
攻撃ではない。圧縮もしない。ただ、空気の層を整える。
四人の周囲に、緩やかな流れを作る。呼吸のタイミングを、ほんの少しだけ近づける。
足運びの抵抗を、わずかに揃える。強制ではない。誘導だ。
「……」数秒。変化は小さい。
だが、足音のリズムが少しだけ揃った。完全ではない。
だが、さっきよりも明らかにズレが減っている。
「今の……」後ろの男が小さく呟く。
「気のせいじゃないな」指揮官も気づいている。
女は何も言わない。だが、視線がわずかに変わった。
評価が、一段だけ上がる。その感覚があった。
「戦闘に入る」
前方に森が見える。風が強くなる。空気が乱れる。ここから先は、実戦だ。
「後ろで見てるだけなら、いらない」指揮官が言う。
試すような声。
「分かってる」短く返す。
今度は迷わない。一人で勝つためじゃない。戦場を整えるために、動く。
「……繋ぐ」小さく呟く。それが、今の自分の役割だ。
森の中へ足を踏み入れる。空気が変わる。だが、今度は分かる。
乱れも含めて、読むことができる。前の三人の動きも、さっきよりは見える。
まだ足りない。だが、ゼロじゃない。
戦闘が始まる前の、わずかな静けさ。その中で、はっきりとした確信があった。
今度は、前とは違う戦いになる。




