第6話 最弱魔法の初戦果
学園の演習場は、校舎から少し離れた森の中にあった。
自然の地形をそのまま利用した広い訓練区域で、背の低い木々と草地が広がり、所々に人工の石壁や簡易バリケードが設置されている。危険な魔物が入り込まないように結界が張られており、内部には学園が管理する低級魔物だけが放たれているらしい。
今日はその場所で、新入生向けの初めての実戦演習が行われていた。
「今回の演習は簡単だ!」
実技担当の教師が声を張り上げる。
「この区域には弱い魔物しかいない。主にスライム系だ。班ごとに行動し、発見次第討伐する。危険を感じた場合は無理をせず教師を呼べ!」
周囲の新入生たちが頷く。
緊張と興奮が入り混じった空気だった。
初めての実戦。
もちろん命の危険があるような場所ではないが、それでも“本物の魔物”と戦うのは今日が初めての者が多い。
俺もその一人だった。ただし俺の緊張は、少し種類が違う。魔物が怖いわけじゃない。
問題は、エアショットが本当に通用するのか。
訓練場ではうまくいった。板には確実に衝撃が伝わっていた。
だがそれはあくまで実験だ。実戦で同じことができるかは別の話だった。
相手は動く。距離も一定じゃない。何より自分の集中が保てるかもわからない。
「それじゃあ、班ごとに散開!」
教師の合図で、生徒たちが森の中へ入っていく。
俺の班は五人だったが、正直言って戦力として期待されている気配はなかった。空気属性という時点で、俺はほぼ数合わせ扱いだ。前衛は土属性と火属性の男子、後ろに水属性の女子が二人。俺は最後尾だった。
「スライムくらいなら楽勝だろ」
「火で焼けば終わりだしな」
前を歩く二人が軽く笑う。
俺は何も言わず周囲を観察した。
森の空気は少し湿っている。草の匂い。風の流れ。木々の隙間から日差しが差し込む。こういう場所では、魔物の気配もわかりやすいと教師は言っていた。
数分ほど歩いたところで、前を歩いていた土属性の男子が足を止めた。
「いた」
小声で言う。
俺も視線を向ける。
木の根元に、青いゼリー状の塊がうごめいていた。直径は膝ほど。半透明の体の中に、淡い核のようなものが見える。
スライムだ。この世界では最も弱い魔物の一つとされている。
「俺がやる」
火属性の男子が前へ出た。
手のひらに赤い光が集まり、小さな火球が生まれる。次の瞬間、それがスライムへ飛んだ。
ぼっ、と炎が弾ける。スライムの体が揺れる。だが、完全には消えなかった。
「ちっ、外したか」
火球は表面をかすめただけだったらしい。スライムがゆっくりこちらへ這ってくる。動きは遅いが、近づかれれば体液で装備が溶けると聞いている。
「もう一発」男子が再び魔力を練ろうとした。
だがスライムは意外に素早く横へ滑り、木の陰へ隠れる。
「うわ、めんどくさ」
班の動きが一瞬止まった。
その隙にスライムが進んでくる。距離は、三歩ほど。
俺の胸が一度強く脈打った。
今だ。エアショットの射程。
実験ではこの距離が一番安定していた。
だが同時に、不安もよぎる。本当に撃てるのか?失敗したらどうなる?もし暴発したら?その迷いは、一瞬だった。
逃げれば終わりだ。空気魔法は弱いと言われたまま、何も証明できない。
俺は一歩前に出た。
「俺がやる」
班の連中が振り向く。
「は?」
その声を無視して、俺は手を前へ出した。
深く息を吸う。頭の中で、手順をなぞる。
圧縮。
維持。
放出。
まず空気を寄せる。
目の前の空間に魔力を流す。見えない空気が中央へ集まる感覚。紙片が震えたときと同じ反応が、今は肌でわかる。
次に、維持。
圧力を保つ。焦らない。崩さない。手のひらの前に見えない塊が生まれる。
スライムがさらに近づく。距離、二歩半。
そして、放出。魔力の出口を前へ開く。
次の瞬間。パンッ!!
乾いた破裂音が森に響いた。空気の塊が一直線に飛ぶ。それがスライムの中心へ当たった。
ぐしゃ、と鈍い音。スライムの体が大きく揺れる。
そして次の瞬間、体の中心が潰れるように崩れた。ゼリー状の体が地面に広がり、核が砕けて光を失う。スライムは、そのまま動かなくなった。
沈黙。
数秒。
班の全員が固まっていた。
「……え?」
水属性の女子が声を漏らす。
「今の、何?」
火属性の男子が俺を見る。
「空気魔法……?」
俺は手を下ろした。腕が少し震えている。集中の反動だろう。だが確かな手応えがあった。
当たった。しかも、倒した。エアショットはちゃんと通用した。
「……まあ、そんな感じ」
できるだけ平静を装って言う。だが内心では心臓が暴れていた。
成功した。実戦で成功した。
それだけで胸の奥が熱くなる。
班の連中はまだ状況を理解できていないようだった。
「空気魔法って攻撃できるのか?」
「いや、でも今の衝撃……」
「風じゃなかったよな?」
俺は地面のスライムの残骸を見た。中心が潰れている。板に残ったへこみと同じだ。
つまりエアショットは、ちゃんと打撃になっている。
俺は小さく息を吐いた。空気魔法は最弱じゃない。少なくとも、何もできない魔法ではない。
そして、これはまだ始まりだ。圧力をもっと高めれば威力は上がる。発動を早くできれば実戦でも使いやすくなる。連続で撃てるようになれば戦術も広がる。
つまり、まだ強くなる。
俺は空を見上げた。森の上を風が流れている。どこにでもある空気。
誰も気にしない、当たり前の存在。だが今、その一部を俺は武器に変えた。
班の生徒たちがまだ驚いた顔でこちらを見ている。その視線を感じながら、俺は静かに手を握った。
空気魔法。
最弱と呼ばれた属性。だが、研究すればまだまだ面白くなる。




