第5話 新魔法《エアショット》
空気を圧縮して、前方へ解放する。
第4話の実験で、俺はそれを二度成功させた。まだ威力は小さい。板に浅いへこみができる程度だ。だが確実に衝撃は生まれていた。風ではない。打撃だ。
問題は、安定しないことだった。
同じようにやったつもりでも、威力がばらつく。音が鋭くなるときもあれば、ただの弱い空気の揺れで終わるときもある。魔力の流れが少しでも乱れると、圧縮が崩れてしまうのだ。
つまり今の状態は、偶然に近い。偶然では戦闘では使えない。
だから俺は、もう一度最初から整理することにした。
訓練場の隅にしゃがみ込み、石床に木炭で線を引く。前世でやっていたノート整理と同じだ。頭の中で考えるより、視覚化した方が理解しやすい。
俺は三つの言葉を書いた。
圧縮
維持
放出
「……この順番だな」
まず空気を集める。次に塊を維持する。最後に前方へ解放する。
昨日の爆発は、この順番が崩れたから起きた。圧縮の途中で放出してしまったのだ。
ならばやることは単純だ。三つの動作を分ける。魔力の流れも、三段階にする。
俺は立ち上がり、再び板切れを標的として置いた。距離は四歩ほど。昨日より少し遠い。無理なら距離を戻せばいいだけだ。
手のひらを前に出す。
まず、圧縮。
目の前の空気を中央へ寄せる。ゆっくり、逃げ道を塞ぐように。紙片が震え、砂がわずかに集まる。ここまでは昨日と同じ。
次に、維持。
圧力をこれ以上高めない。崩さないことを優先する。魔力の流れを一定に保つ。見えない球体を手のひらの前に固定するイメージだ。
空気が重くなる。耳が詰まる感覚。昨日と同じ圧力。だが今回は焦らない。
最後に、放出。
俺は魔力の出口を前方へ開いた。すると圧縮されていた空気が一気に前へ飛び出す。
パン、と乾いた音が響く。
空気の塊が板に当たり、鈍い衝撃音がした。板が揺れる。
俺はすぐに走って近づき、表面を確認した。へこみ。昨日より、少し深い。
「……よし」思わず口元が緩む。もう一度試す。
圧縮。
維持。
放出。
パン。
同じ音。同じ衝撃。板がまた揺れる。
俺は目を細めた。今のは偶然ではない。完全に同じ手順で成功している。つまり再現できている。
もう一度。
圧縮。
維持。
放出。
パン。
三回連続成功。胸の奥で、熱が広がる。
「できた……」
完全な魔法とは言えないかもしれない。だが少なくとも、さっきまでの“偶然の衝撃”ではない。空気を圧縮し、解放することで発生する攻撃。仕組みも理解している。
つまりこれはもう、新しい魔法だ。
俺はもう少し距離を取った。今度は六歩ほど離れる。さすがに威力が落ちるかもしれないが、試してみないとわからない。
手をかざす。
圧縮。
維持。
放出。
パン。
音は少し弱くなったが、空気は確実に飛んだ。板が揺れる。へこみは浅いが、攻撃として成立している。
「距離もいける……」
今度は逆に、距離を三歩まで縮める。圧縮の強さを少し上げる。
放出。
パンッ!!
今までより鋭い音が響いた。板が大きく跳ねる。近くにいた生徒が振り向いた。
「今の何の音?」
「さあ?」
だがすぐに興味を失ったようで、また自分の練習に戻る。誰も俺の魔法に注目していない。それでも構わなかった。むしろ都合がいい。
俺は板を拾い上げた。
今度のへこみは、明らかに深い。木の表面が削れている。スライム程度なら十分通じるかもしれない。頭の中で整理する。
魔力消費はそこまで大きくない。発動までに数秒の集中が必要。威力は弱いが、直線的な衝撃が出る。距離は今のところ六歩程度まで。
問題は、溜めが長いことだ。
戦闘中にこの時間を確保できるかは微妙だ。だがそれは後で改善できる。今はまず、魔法として完成させることが大事だ。
俺は板を元の場所に戻し、石床に再びしゃがみ込んだ。そして木炭で一つの言葉を書いた。
エアショット
「……うん」
自分で書いておいて、少しだけ恥ずかしくなる。だが名前をつけることは大事だ。現象が魔法になる瞬間でもある。
空気を圧縮して、弾のように撃ち出す。だからエアショット。
単純だが、わかりやすい。俺は立ち上がり、もう一度だけ撃った。
圧縮。
維持。
放出。
パン。
板が揺れる。成功。これで四回連続。胸の奥から笑いが込み上げた。
昨日まで、俺の魔法はただの微風だった。枯れ葉を揺らすだけの最弱属性。それが今は、衝撃を飛ばす攻撃になっている。
もちろん強くはない。火球魔法の方が威力は上だろう。雷の一撃には到底及ばない。それでも俺には十分だった。なぜならこれは、誰かに与えられた魔法じゃない。
自分で作った魔法だからだ。
研究して、仮説を立てて、実験して、失敗して、修正して、形になった。
それが何より嬉しかった。
俺は訓練場の空を見上げた。夕方の風がゆっくりと流れている。目には見えないが、世界を満たしている空気。その一部を、俺は今こうして弾に変えた。
つまり空気魔法は弱いわけじゃない。まだ誰も使い方を知らないだけだ。
そのとき、遠くで鐘が鳴った。夕方の訓練終了を知らせる合図だ。俺は木炭の文字を足で軽く消し、手を払った。
今日の収穫は十分だ。新魔法、エアショット。
まだ未熟だが、確かに武器になる。
そして学園では、もうすぐ実技演習が始まる。教師が昼の授業で言っていた。
簡単な魔物討伐訓練を行うらしい。弱い魔物だが、学生が実戦を経験するための授業だ。
俺は手のひらを見つめた。さっきまで空気を圧縮していた場所。そこにはもう何もない。だが次に魔力を流せば、また衝撃は生まれる。
「……試すか」エアショットが、本当に通用するのか。
ただの訓練場の実験ではなく。実戦で。




