第19話 実験開始
空気が、わずかに震えた。
俺が圧縮して固定した空気の塊に、リナの炎が近づく。触れるか触れないか、その境界で、見えないはずの空間が歪む。
「……今、揺れたよね?」
「ああ。反応してる」
想定通りだ。だが、ここから先は未知だ。
燃焼が強まるだけで済むのか、それとも別の現象が起きるのか。
俺は一度、手を軽く振って空気を散らした。
「え、もうやめるの?」
「段階的にやるって言っただろ」
「ちょっと期待したのに」
「いきなり爆発したらどうする」
「それはそれで」
「却下だ」即答する。
リナは少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、すぐに笑った。
「じゃあちゃんとやろうか、研究」
「そのつもりだ」
俺は再び手をかざした。今度は圧縮を弱める。密度を上げすぎない。まずは安全な範囲で、現象を確認する。
圧縮。
維持。
空気の塊が、手のひらの前に留まる。
「これくらいでいい」
「了解」
リナが炎を灯す。さっきよりも控えめな火。そして、ゆっくりと近づける。
接触。ふっ、と炎が揺れる。その瞬間、火がわずかに強くなった。
「……あ、ちょっと大きくなった」
「空気が供給されてるからな」
予想通り。燃焼の強化。ただの風でも起きる現象だが、圧縮された空気ならその効果はより強くなる。
だが、
「これだけじゃ意味がないな」
「うん、普通すぎる」
リナも同じ感想らしい。
「もっとやろう」即座に言ってくる。
「だから段階的にだ」
「ちょっとずつね、はいはい」
軽く手を振る。理解はしているが、明らかに物足りなそうだ。
俺は少しだけ圧縮を強めた。空気の密度を上げる。
今度は、さっきよりも明確に“詰まっている”感覚がある。
「次、いくぞ」
「オッケー」
リナの炎が再び近づく。接触。
次の瞬間。ボッ、と音を立てて火が一気に膨らんだ。
「おっ!?」
「……やっぱりな」
炎の勢いが明らかに増している。色も少し変わった。より明るく、より鋭い。
「これ、結構やばくない?」
「まだ序の口だ」
だが確信は強まる。空気の密度を上げれば、燃焼は確実に強くなる。
問題はその先だ。
「……もう少しだけ上げる」
「いいね、それ」
リナの声が少し弾む。危険な方向に進んでいるとわかっていても、止める気はないらしい。
俺は一度炎を離させ、さらに空気を圧縮する。今度は明確に重い。手のひらの前に、目に見えない塊があるとわかる。密度が違う。
「これ以上は、、、」
言いかけて、少しだけ迷う。まだ余裕はある。
だが、どこで境界を超えるかわからない。
「……ここまでだ」
最終ラインを決める。
「本当に?」
「一回目だ。様子を見る」
「了解」
リナもさすがに少しだけ真面目な顔になる。
炎を構える。俺は魔力の制御に集中した。
圧縮。
維持。
逃がさない。崩さない。その状態を保ったまま、合図を出す。
「……入れてくれ」
リナが頷き、炎を近づける。ゆっくりと。慎重に。
そして、触れた瞬間。ドンッ!!鈍い衝撃音が響いた。
「――っ!」反射的に後ろへ飛ぶ。
空気が弾けた。爆風が広がり、砂が舞い上がる。視界が一瞬白くなる。
「……っは!?」
リナが目を見開く。
「今の、爆発した!?」
「……ああ」
俺はゆっくりと息を整えた。心臓が少し速い。だが頭は冷静だった。
今の現象。圧縮空気に火を加えた瞬間、急激な燃焼が起きた。
その結果、内部の圧力が一気に上がり、破裂した。
「……成功だな」小さく呟く。
リナがこちらを見る。
「成功って……ちょっと危なかったよ今!」
「だから段階的にやってる」
「いや、あれ段階の範囲!?」
「ギリギリだな」
正直な感想だ。だがそれでも、価値は大きい。
ただの強化ではない。明確に別の現象が起きた。爆発。それが再現できる可能性がある。
「ねえ」
リナが少し前に出る。
「もう一回やろう」
目が輝いている。完全にスイッチが入っている顔だ。
「今の、ちゃんと作ればヤバいやつでしょ?」
「……ああ」
否定できない。むしろ、その通りだ。
制御できれば、これは強力な攻撃になる。エアショットやエアブレードとは別次元の威力。
「ただし」俺は手を上げて制止する。
「このままやると危険だ」
「わかってる」
「圧力、タイミング、全部調整が必要だ」
「それをやるんでしょ?」即答だった。
迷いがない。そしてその顔には、不安よりも期待がある。
俺は少しだけ笑った。
「……ああ、やる」
これは研究だ。危険はある。だが、それ以上に価値がある。
俺は再び手をかざした。今度はさっきよりも慎重に。もっと精密に空気を圧縮する。
リナが隣で炎を構える。
「次はどうする?」
「爆発を“制御”する」
「いいね、それ」
その一言で、方向性は決まった。
空気と火。その組み合わせは、ただの強化じゃない。爆発という新しい魔法になる。
俺はゆっくりと息を吐いた。次の一手を考えながら。
「……これ、ちゃんと作れば」
「うん」
「とんでもないことになるぞ」
リナが楽しそうに笑う。
「それ、最高じゃん」
その言葉に、俺も小さく頷いた。
危険だ。だが、面白い。そしてそれは、確実に“強い”。




