【第三章】第17話 火魔法の少女
実技訓練場に立った瞬間、空気の質が少し違うと感じた。
いつもの演習よりも、人の密度が高い。視線も多い。理由はわかっている。昨日の演習、エアブレードの一件で、少なくとも“無視される存在”ではなくなった。
だがそれは、評価されたというより様子を見られている状態だ。
「今日はペアでの連携訓練を行う」教師の声が響く。
「属性の異なる者同士で組め。単独での戦闘ではなく、相互補完を意識しろ」相互補完。つまり、組み合わせ。
その言葉に、少しだけ思考が引っかかる。空気魔法単体でも、ここまで来た。
なら、他と組み合わせたらどうなる?そんな考えが頭をよぎったとき、周囲ではすでにペアが決まり始めていた。
「じゃあ俺、あっち行くわ」
「お前火と組めよ、相性いいだろ」
自然と、人気のある属性同士が組まれていく。
火、水、土、雷。“強い”とされる属性が優先される。
結果、残るのは、「……あれ、また余った?」軽い声が横から飛んできた。
振り向く。そこにいたのは、赤い髪を後ろでまとめた少女だった。腰に手を当て、こちらを覗き込むようにしている。
距離が近い。目が合う。ぱっと見て、すぐにわかる。
火属性。しかも、かなり強い。周囲の空気がほんのり熱を帯びている。
「空気魔法、だよね?」確認するような口調。
「そうだけど」
「やっぱり。珍しいなって思ってたんだよね」軽く笑う。
その笑い方に、悪意はない。ただ純粋に“興味がある”だけの顔だった。
「弱いって言われてるやつでしょ?」ストレートに言ってくる。
「まあ、一般的にはな」
「でもさ」
少女は一歩近づき、少しだけ声を潜めた。
「昨日のやつ、見たよ」
やはりか。この空気の正体はそれだ。
「空気で切ってたよね?」
「……見てたのか」
「バッチリ」にっと笑う。
「めちゃくちゃ面白くない?あれ」その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。
驚きでも、否定でもない。純粋な興味。しかも、肯定的な。
「普通は“変だ”とか“あり得ない”とか言うと思うけど」
「だってさ」少女は軽く指を振った。
「切れてたじゃん。事実でしょ?」あっさりしたものだった。
理屈ではなく、結果で判断する。
感覚型。だが、それが妙にしっくりきた。
「……まあ、そうだな」
「で、どうやってんの?」
「長くなるぞ」
「いいよ、時間あるし」即答だった。迷いがない。
その様子に、思わず苦笑する。
「……簡単に言うと、空気を圧縮して、魔力で形を固定してる」
「形?」
「刃の形にしてる」
「へえ……」少女は顎に手を当て、少しだけ考える素振りを見せた。
だが次の瞬間、ぱっと顔を上げる。
「それってさ」目が輝いている。
「他の魔法とも組み合わせられるんじゃない?」
その一言で、思考が一瞬止まった。
「……組み合わせ?」
「うん」当然のように頷く。
「空気って、どこにでもあるんでしょ?」
「まあな」
「じゃあさ」少女は指先に小さな火を灯した。
ふわりと揺れる炎。
「これと合わせたら、どうなると思う?」
火。
空気。
その組み合わせ。
頭の中で、すぐにいくつかの可能性が浮かぶ。
燃焼。
酸素。
火力の増加。
そして、爆発。
「……」無意識に、視線が炎に吸い寄せられる。
ただの火ではない。魔力で生み出された、高密度の熱。
それに空気を加えたらどうなるか。理屈としては、簡単だ。だがそれを魔法として成立させるとなると話は別だ。
「……やってみない?」少女が、少しだけ楽しそうに言った。
「何を?」
「だから」
一歩下がり、軽く構える。
火が少しだけ大きくなる。
「魔法の組み合わせ」その言葉に、胸の奥がわずかに熱を持った。
一人でやる研究とは違う。誰かと組む。それも、属性の違う相手と。未知の領域だ。
だが「……面白そうだな」自然と口に出ていた。
「でしょ?」少女が笑う。
その笑顔は、迷いがなく、まっすぐだった。
「じゃあ決まり。私たちペアね」
「いいのか?火魔法ならもっと」
「強い人と組める、って?」言葉を遮る。
「それ、つまんないじゃん」あっさりと言い切った。
「強いのは最初からわかってるし」
「それよりさ」少しだけ身を乗り出す。
「わからない方が、面白いでしょ?」その一言に、思わず笑ってしまった。
確かにその通りだ。未知だからこそ、試す価値がある。
「……名前、聞いてもいいか」
「あ、そういえば言ってなかったね」軽く頭をかく。
「リナ。火魔法」
「……よろしく、リナ」
「こちらこそ」
手を差し出される。少しだけ迷い、握り返す。温かい。魔力の熱だけじゃない。性格そのものの温度だ。
そのとき、教師の声が響いた。「ペアが決まった者から準備しろ!」
周囲が動き出す。だが俺たちは、まだその場に立っていた。
「でさ」リナが小声で言う。
「さっきの話の続きなんだけど」
目がまた輝いている。
「空気と火、合わせたらどうなると思う?」
その問いに、俺は一瞬だけ考えた。
理屈はすでに頭にある。だが、それを言葉にするよりも先に、「……やってみた方が早いな」そう答えていた。
リナは満足そうに笑う。「それそれ。そういうの好き」
その瞬間、確信した。この相手とは、いい実験ができる。理屈と感覚。真逆のようで、噛み合えば強い。
そして何より、面白い。
俺は軽く手をかざした。空気は、どこにでもある。火も、ここにある。
ならその二つを合わせたとき、何が起きるのか。答えはまだない。
だがそれが、次の研究になる。
「……試すか」呟いた言葉に、リナが力強く頷いた。
新しい実験が、始まろうとしていた。




