第15話 評価の変化
演習が終わった直後の訓練場は、いつもよりもざわついていた。
本来なら、魔物を倒して終わり。それぞれが結果を報告し、解散するだけの流れだ。だが今日は違う。視線が、集まっている。それも、明らかに俺に。
「なあ、さっきの……見たか?」
「見た見た、ゴブリンがさ……」
「でも空気魔法だろ?あんなのあり得るか?」
ひそひそと交わされる声。驚き、疑い、戸惑い。そのすべてが混ざった空気だった。
俺は何も言わず、倒れたゴブリンの方へ目を向けた。胴体に残る細い切断痕。さっきの一撃が確かに現実だった証拠だ。
だが、それをどう評価するかは別の話だ。
「……偶然、じゃないよな?」班の一人が、少し距離を置いたまま尋ねてきた。
「一応、狙ってやってる」短く答える。
「一応って……いや、あれ普通に強くないか?」
「さあな。まだ安定してないし」
事実をそのまま言っただけだが、相手は少し驚いた顔をした。無理もない。
結果だけ見れば、明らかに今までの空気魔法とは別物だ。だが俺自身は、まだ“完成した”とは思っていない。
再現はできる。だが精度にばらつきがある。
戦闘中に完全に信頼できるかと言われれば、まだ難しい。
「……もう一回、見せてみろ」低い声が割り込んだ。
教師だ。腕を組み、こちらをじっと見ている。
「さっきのは一撃目と三撃目で精度が違ったな。偶然ではないのはわかるが、再現性を確認する」淡々とした口調。
だが目は鋭い。見られている。評価されている。
その感覚が、はっきりと伝わってくる。
「……わかりました」俺は軽く頷き、再び前に出た。
標的として、訓練用の木製人形が立てられる。距離は同じくらい。条件は問題ない。
周囲が少しだけ静かになる。さっきまではただの興味だった視線が、今は“確認”の目に変わっている。
俺は手をかざした。
圧縮。
空気を集める。
維持。
逃がさない。そして同時に、魔力を細く流す。線。まっすぐ。ぶらさない。
揺れる。一瞬、制御がぶれる。
「……っ」ほんのわずかだが、乱れた。
そのまま放てば不完全になる。俺は一瞬だけ判断を遅らせた。
整える。魔力を見ろ。流れを修正する。細く、均一に。その中に空気を閉じ込める。
形状固定。今度は崩れない。いける。放出。
スッ。やはり音はない。
次の瞬間、木製人形の胸に細い線が走り、わずかにずれる。
切れている。完全ではないが、明確な斬撃。
教師がゆっくりと歩み寄り、断面を確認する。
「……再現はできる、か」短い評価。
だがその一言で十分だった。
周囲の空気が変わる。
「やっぱり偶然じゃねえ」
「空気魔法で……切ってる?」
「どうなってんだよ」
ざわめきが、今度は明確な驚きに変わる。俺は手を下ろし、軽く息を吐いた。
今の一撃。途中で乱れたが、修正できた。つまり、まだ不安定だが、制御は可能。技術として成立している。
「ただ、発動に時間がかかるな」教師がぽつりと呟く。
「戦闘中に安定して使うには、もう一段階制御精度を上げる必要がある」
「……はい」俺も同意する。
威力はある。だが速度と安定性が足りない。それが今の課題だ。
教師はそれ以上何も言わず、次の班の準備を指示し始めた。だが去り際に、ほんの一瞬だけ視線を向けてきた。
さっきまでとは違う、少しだけ興味を含んだ目。
それだけで十分だった。
完全な評価ではない。だが、無視される存在ではなくなった。それは確かだ。
俺が後ろへ下がると、班の連中が近づいてくる。
「おい、あれどうやってんだ?」
「空気ってあんなことできんのか?」
「てか普通に強いだろ今の」
口々に質問が飛ぶ。
だが俺は苦笑するしかなかった。
「理屈はあるけど、説明は長くなるな」
「は?いや聞きたいんだけど」
「そのうちな」軽く流す。
まだ整理しきれていない部分もあるし、そもそも簡単に真似できるものでもない。
これは“研究”の積み重ねだ。すぐに共有できる類のものじゃない。
そのときだった。少し離れた場所から、視線を感じた。何気なくそちらを見る。
一人の男子生徒が、こちらをじっと見ていた。
背は高く、姿勢がいい。装備も他の生徒より一段整っている。雰囲気からして、実力者だとわかる。
風がわずかに揺れる。彼の周囲の空気が、ほんの少しだけ違う。風属性。
しかも、かなり精度が高い。
目が合った。ほんの一瞬。だが、その視線にははっきりとした色があった。
興味。そして、わずかな対抗心。
すぐに彼は視線を外し、何事もなかったかのように次の演習へと向かった。
「……なんだ今の」班の一人が小さく呟く。
「さあな」
俺はそれ以上何も言わなかった。
だが、わかる。ああいうタイプは、ただの傍観者じゃない。いずれ関わることになる。そんな予感がした。
俺はもう一度、さっきの戦闘を思い返す。エアショットでは届かなかった領域。
エアブレードで届いた。だが、それでもまだ足りない。
速さ。精度。安定性。課題はいくらでもある。
それでも「……空気魔法、悪くないな」小さく呟く。
最弱と呼ばれていた魔法が、ここまで変わる。なら、この先はどうなる?
その答えを考えたとき、自然と口元が緩んだ。まだ、始まったばかりだ。




