第14話 実戦テスト
実技演習の空気は、いつもよりわずかに張り詰めていた。
訓練場の奥、簡易ダンジョンを模した石造りのフィールド。壁には魔石灯が埋め込まれ、淡い光が揺れている。数十人の新入生が班ごとに分かれ、順番に魔物と対峙する形式だ。
教師が前に立ち、淡々と説明を続けている。
「本日の演習では、初級を一段階上回る個体を出現させる。油断するな。連携を意識しろ」
初級を一段階上回る。つまり、スライムより上。嫌でも、あの名前が浮かぶ。
ゴブリン。
俺は軽く息を吐いた。エアショットでは厳しい相手だ。だが今回は違う。頭の中に、あの感覚がある。
圧縮。
制御。
形状固定。
そして放出。
エアブレード。まだ完全ではないが、確かに成立した魔法。それを試す機会が、今ここにある。
「次の班、前へ」教師の声に、俺たちの班が前に出る。周囲の視線が少しだけ集まる。理由は単純だ。
「おい、あいつ……空気魔法だろ」
「最弱属性の?」
「何するんだよ、今回」
小声だが、しっかり聞こえる。もう慣れた反応だ。驚きでも、期待でもない。ただの興味本位。変わったやつを見る目。
俺は何も言わず、前を見た。余計なことに意識を割く余裕はない。
今回の相手は試験相手だ。俺の魔法が通用するかどうかを確かめる。それだけだ。
「開始」教師の合図と同時に、床の魔法陣が淡く光る。
次の瞬間、空間が歪み、影が形を持つ。現れたのは、やはりゴブリンだった。
背丈は人の腰ほど。だが筋肉は無駄に張り、目はぎらついている。手には粗末な短剣。数は三体。思ったより多い。
「くっ……来るぞ!」班の一人が声を上げた。
ゴブリンは躊躇なく距離を詰めてくる。動きは速い。直線的だが、油断すればすぐに間合いに入られる。
「俺が前出る!」土魔法の生徒が前に出る。地面から石の壁を立ち上げ、進路を遮る。ドン、と鈍い音。
ゴブリンがぶつかる。だが止まらない。回り込む。
「くそ、速い!」その隙に、火魔法の生徒が詠唱を始める。
「燃えろ」だが詠唱が長い。ゴブリンがその間に距離を詰める。
短剣が振り上げられる。間に合わない。その瞬間、俺は前に出ていた。
判断は一瞬だった。エアショットでは遅い。威力も足りない。
なら、使うしかない。新しい魔法を。
「下がれ!」短く叫ぶ。火魔法の生徒が反射的に一歩引く。
その前に、ゴブリンが踏み込む。距離は三歩。十分だ。俺は手を前にかざした。
圧縮。
空気を集める。
維持。
逃がさない。そして同時に、魔力を細く流す。
一本の線。まっすぐに。ぶれずに。その中に空気を閉じ込める。形状固定。
揺れる。一瞬、崩れかける。
「……っ」集中を強める。焦るな。急ぐな。魔力を見る。流れを整える。刃を作る。薄く、鋭く。
そして放出。スッ。音はなかった。風の感触だけが、わずかに残る。
次の瞬間。ゴブリンの動きが止まった。
そのまま一歩、二歩と前に出る。そして、ずれるように、崩れた。
「……え?」誰かの声が聞こえた。
ゴブリンの胴体に、細い線が走っている。
血が遅れて滲む。完全な切断ではない。だが致命傷だ。動きは完全に止まっている。
「今の……何だ?」別の声。
だが考える暇はない。残り二体がすでに動いている。
一体が右から回り込み、もう一体が正面から突っ込んでくる。
さっきの一撃で、確信は得た。通用する。だが、まだ安定していない。連続で使えるかはわからない。
「……もう一発」小さく呟く。距離は近い。迷っている時間はない。再び手をかざす。
圧縮。
維持。
魔力を細く。さっきより速く。だが精度は落とさない。線を作る。空気を閉じ込める。
わずかに揺れる。不安定だ。だが押し切る。放出。
スッ。今度はわずかに空気が震えた。
ゴブリンの腕が弾かれる。完全な切断ではない。だが攻撃は逸れた。その隙に、土魔法の生徒が石の槍を突き出す。貫く。
残り一体。最後のゴブリンがこちらを睨み、低く唸る。だがもう遅い。
俺は三度目の魔力を流した。今度は落ち着いている。感覚を掴んでいる。
線。刃。維持。そして放出。
スッ。今度は完全だった。
ゴブリンの首元に細い線が走り、そのまま力を失って崩れ落ちる。
静寂。戦闘が終わった。
「……終わった、のか?」誰かが呟く。
俺はゆっくりと手を下ろした。心臓が少し速い。だが頭は冷静だった。
今の結果。
一撃目は成功。
二撃目は不完全。
三撃目は安定。
つまり、まだ不安定だが、戦闘で使えるレベルには達している。
「……切れたな」思わず小さく呟いた。
その声が聞こえたのか、周囲の視線が一斉に集まる。
「おい、今の……」
「空気魔法、だよな?」
「いや、でも……」
ざわめきが広がる。驚きと困惑が混ざった声。無理もない。
これまでの空気魔法は、ただの風だった。だが今のは違う。目に見えない刃。
それが確かに存在していた。教師がゆっくりとこちらへ歩いてくる。
倒れたゴブリンを一瞥し、次に俺を見る。
「……今の魔法、名前はあるのか?」短い問い。
俺は一瞬だけ迷い、すぐに答えた。「エアブレードです」
教師はわずかに目を細めた。「空気で……切断か」その視線が、ほんの少しだけ変わる。完全な評価ではない。だが、さっきまでとは違う。
俺はそれを感じ取っていた。そして同時に、胸の奥で確信が固まる。
通用する。この魔法は、戦える。最弱なんかじゃない。ただ、使い方を知らなかっただけだ。
俺は倒れたゴブリンを見下ろした。細い切断痕。それが、すべてを証明していた。
そして頭の中には、すでに次のことが浮かんでいる。
もっと速く。もっと安定させる。もっと強くする。
エアブレードは、まだ完成じゃない。
だが確実に次の段階に進んでいた。




