【第一章】第1話 最弱属性、空気魔法
魔法は、生まれ持った属性で価値が決まる。
炎なら攻撃、水なら回復、土なら防御、雷なら高位戦闘職への道が開ける。希少属性なら、それだけで貴族や騎士団から声がかかることもあるらしい。
この世界では、それが常識だった。
そして、そんな世界の中心にあるのが、王立魔導学園だ。
「すご……」思わず声が漏れた。
白い石で築かれた巨大な校舎は、朝日に照らされて淡く輝いている。尖塔の先には魔力を流すための青い結晶が埋め込まれ、風に揺れる旗には学園の紋章が刺繍されていた。門をくぐる新入生たちも、皆どこか誇らしげだ。
そりゃそうだろう。ここは、選ばれた者だけが入れる場所だ。
……いや、俺だってその一人ではあるんだけど。
「ついに異世界の魔法学園か……」
小さく呟きながら、俺は胸の奥に渦巻く高揚を押さえきれなかった。
前世の記憶を思い出したのは、五歳の頃だった。
熱を出して寝込んだ夜、夢でも見るみたいに、まるで別の人生が頭の中に流れ込んできた。高い建物が並ぶ街。車。電気。スマホ。学校。教科書。理科室。黒板に書かれた数式。目に見えない法則を、仮説と検証で解き明かしていく世界。
こっちの世界にそれはない。あるのは魔法だ。
けれど俺は、魔法を見たとき真っ先に思った。
これも現象なら、法則があるんじゃないか?
才能だけで決まると言われている魔法も、観察して、比較して、試していけば、何かわかることがあるんじゃないか。
そんなふうに考える俺は、この世界では少し変わっているのかもしれない。
だが今日だけは、そんな理屈よりも単純に楽しみだった。
自分がどんな属性を持っているのか。どんな魔法を使えるのか。
炎ならわかりやすく格好いいし、雷なんて当たりだったら最高だ。欲を言えば珍しい属性も悪くない。いや、さすがに高望みしすぎか。そんなことを考えながら、俺は大講堂へと入った。
中にはすでに大勢の新入生が集まっていた。
壇上には、長いローブを纏った教師たち。中央には、適性検査に使うらしい透明な水晶柱が置かれている。床には複雑な魔法陣が刻まれ、淡い光を放っていた。
「今から属性適性検査を行う!」
白髪の初老の教師が声を響かせる。
「諸君らの魔力は、いずれこの国の力となる。己の資質を知り、誇りを持って学園生活を送るように!」
講堂の空気が引き締まる。順番に名前が呼ばれ、生徒たちが前へ出ていった。
最初の方から、歓声が上がる。
「レオン・バルディア――火属性、適性高」
水晶柱の中に紅蓮の光が渦巻き、赤い火花が散った。おお、と周囲がどよめく。呼ばれた男子生徒は口元を上げ、得意げに席へ戻っていく。
「ミレイア・フォルン――水属性、適性高」
今度は澄んだ青。水の膜のような光が柱を包み、女子生徒の友人たちが嬉しそうに顔を見合わせていた。
土、風、雷。
属性が判定されるたびに、会場の空気は大きく揺れる。
強い属性ほど、反応も大きい。
教師たちも露骨だった。珍しい属性や高適性が出れば、「期待しているぞ」「将来有望だ」などと声をかける。
俺はそれを見ながら、無意識に唾を飲み込んだ。
緊張する。いや、そりゃするだろ。
この世界では、ここで出る結果がほとんど人生を決めると言ってもいい。
入学後の扱い、受けられる授業、周囲の期待、将来の進路。すべてに関わってくる。
「次。アルト・エルセイン」
呼ばれた。心臓が一気に跳ねる。
俺は立ち上がり、視線を集めながら壇上へ向かった。足元の魔法陣の中央に立つと、教師が淡々と告げる。
「水晶に手を当て、魔力を流し込め」
「はい」
深呼吸を一つ。手のひらを冷たい水晶に触れさせ、意識を集中する。
体の奥にある、熱とも光とも違う感覚、魔力。それを水晶へ流し込むと、柱の内部に淡い光が灯った。
頼む。せめて、せめて普通でいい。そう願った次の瞬間だった。
柱の中で、白にも見える透明な揺らぎがふわりと広がった。炎のような派手さはない。雷のような鋭さもない。ただ、そこに“何かが流れている”としか言えない、曖昧な反応。
教師のひとりが眉をひそめる。
「……空気属性」
ざわ、と会場の空気が変わった。一拍遅れて、ひそひそ声が広がっていく。
「空気?」
「そんな属性あるのか」
「いや、あるにはあるけど……」
「最弱じゃん」
「生活魔法向けのやつだろ?」
「換気とか乾燥とか、その程度だって聞いたことある」
その言葉が、講堂のざわめきに混じって嫌にはっきり聞こえた。
最弱。生活魔法。戦闘では役に立たない。
教師も困ったように咳払いをし、事務的に告げる。
「空気属性は珍しいが、戦闘適性は低い。基礎制御をしっかり学べば、日常補助では役立つだろう」
日常補助。つまり、戦えないと言われたも同然だった。
胸の奥が、すっと冷たくなる。期待していた分、落差がきつい。
異世界に転生して、せっかく魔法学園まで来て、授かったのが最弱属性。雷だの炎だの派手な力に憧れなかったと言えば嘘になる。むしろ、かなり期待していた。……俺だって、強い魔法で活躍してみたかった。
席へ戻る途中、何人かの視線が刺さる。同情、失笑、興味の薄い無関心。全部わかった。
着席して、俺は膝の上で拳を握る。悔しい。普通に悔しい。
だが、そこで終わらなかったのは、たぶん前世の記憶があったからだ。
空気属性。
教師は言った。空気を少し動かす程度の、日常補助向けの魔法だと。
でも、待て。空気って、そんなものか?
空気はただの“何もない空間”じゃない。前世の知識が正しければ、空気には重さがあり、流れがあり、圧力がある。目に見えないだけで、世界を満たしている物質のはずだ。
風が吹けば木がしなる。圧力差が生まれれば物は動く。振動すれば音になる。燃焼にだって関わる。
それが、ただの生活魔法?そんなはずがない。
たしかに今の俺は、この世界の魔法理論なんてほとんど知らない。空気属性の魔法が本当に弱いのかもしれない。俺の考え違いかもしれない。
けれど、少なくとも一つだけ、はっきりしていることがあった。
俺はまだ、自分の魔法を何ひとつ確かめていない。周囲が勝手に「弱い」と決めつけているだけだ。だったら、まずは自分で見なければならない。
何ができるのか。どこまで動かせるのか。本当に弱いのか。それとも、誰も使い方を知らないだけなのか。
壇上では次の生徒の判定が始まり、今度は雷属性が出たらしく、講堂のあちこちで歓声が上がった。
けれどもう、そんなことは耳に入らなかった。俺の意識は、たった今手に入れた自分の属性だけに向いていた。
空気魔法。最弱と笑われた属性。
だが、もし。
もし俺の考えが正しいなら、それは本当に“最弱”なんかじゃないのかもしれない。
講堂の高窓から差し込む光の中で、わずかに埃が舞う。見えない風が、それを静かに運んでいた。
俺はその小さな動きを見つめながら、心の中でつぶやく。
「空気って、本当にそんなに弱いのか?」答えは、まだ誰も知らない。
なら、確かめるしかない。この世界の誰よりも先に、俺が。




