表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/9

7話 追悼の迷路(3)



幸いなことに、俺はまだ親しい人を亡くしてはいない。

正確には、父方の爺ちゃんと婆ちゃんは亡くなっているが、物心つく前だったので覚えていない。

薄情な言い方だが、記憶があるときには、もういなかった。

それが当たり前で、悲しむことなどもちろんなかった。

けれど、実家にある置物や倉庫に眠っている五月飾りの兜は、

爺ちゃんと婆ちゃんが俺に買ってくれたものらしかった。

子供の頃は、それを聞いても「ふーん」としか思わなかったが、

今思えば、可愛がってもらっていたのだな、と思う。

顔も思い出せない、薄情な孫だけど。



ヴー、ヴー、ヴー。

スマホの振動で目が覚める。

しまった、マナーモードを解除していなかった。

スマホを掴んで飛び起きたが、画面に表示されていたのはアラームではなく、

和織からのメッセージだった。



『手紙、考えたから読んでみて!


みのりへ


いつもさみしいおもいをさせてごめんね。

パパはびょうきで、そらにいってしまったけれど、

そらから、みのりのことをいつもみまもっているよ。


みのりがわらっていると、パパも、うれしいよ。

みのりはパパの、たからものだよ。

ずっと、だいすきだよ。


パパより


どう??』



「…却下。」



すぐさまメッセージを返せば、1分も経たないうちに抗議の文が届く。

どう考えても下手だ。

なんかこう、言いたいことはなんとなくわかるんだが……、下手だ。

むしろ、何故いけると思ったのか聞きたい。

俺はメッセージの文に頭を悩ませながら、バイトへと向かった。



バイトの休憩中に、昨日ダウンロードしてもらったアウスタを見る。

写真がメインと思われる投稿で、いろんなジャンルが表示されている。

ファッション、アウトドア、グルメ、音楽…日常からイベントごとまでなんでもある。

その中で、このハッシュタグというのを使って、関連したものを見ていくのか。

俺は教えてもらった堅一さんのアカウントを開く。

ほとんどが闘病生活の話で、たまに家族のイベントごと。

ネガティブな内容はほとんどなく、明るい投稿が目立つ。

…わざと明るくしていた?

それとも元々の性格だろうか?



「…ん?」



投稿の一覧画面にずらりと並ぶ写真。

それにどこか、違和感を感じた。

一番最後の投稿は、亡くなったと聞いた日の1か月以上も前だった。

更新することすら、できなくなってしまったのだろうか。

内容は、一時的に退院したということと、メロンの写真。

お見舞いの品…といった感じには見えない。

まるでフリー素材の写真のような、背景が不自然に白い、メロンだけが切り抜かれた写真だ。

かといって、投稿内容にメロンのことが書かれているわけでもない。


その前の投稿は小型犬の写真。

ペットを飼っていた様子はないし、人の犬の写真を使うこともないだろう。

これもフリー素材か…?

最初の頃の投稿は自分で撮ったであろう風景や、人物の写真ばかりだったのに。

さらに前はワニ…。

これも動物園で撮ったようなものではなく、フリー素材っぽい写真だ。

もちろん、どちらも動物の話なんて書かれていなかった。

違和感のある写真を遡っていくと、最新の8枚の写真だけが、異質に感じた。

それより前は病室の写真や、公園の写真など、風景や人物の映りこんだ写真で、

日常を感じられるようなもの。


違和感のある写真を順番に並べると、

ラーメン、ゴリラ、手、ガラケー、貝殻、焼き鳥、ワニ、犬、メロン。

動けなくなって写真が撮れないから?

それにしたって、もっと関連のあるものを探す気がする。

かといって食べ物、動物、ジャンルもバラバラでネット検索で見つかりそうなところ以外、共通点は見られない。

美也子さんならわかるだろうか…?

一応連絡先は聞いているし、後で確認しようと休憩時間が終わる頃に、スマホをズボンのポケットにしまった。


バイトが終わった夕方、俺は早速、美也子さんに電話をした。

和織に聞こうとも思ったが、当事者に聞けるなら直接聞いた方が早いだろう。



「お忙しい時にすみません。河目です。今、お電話大丈夫ですか?」


『あ、はい。大丈夫です。』


「旦那さんのアウスタのことで、…後半の投稿写真に違和感を感じまして…、

何かあったのかな、と。」


『…写真…。…ああ、急にネットで拾った画像みたいになってましたね。』


「失礼ですけど、お写真が撮れる状態でなかったり…?」


『いえ…、亡くなる直前まで、スマホはいじってて、写真も撮っていたと思います。』


「…じゃあ、…あえて、自分の写真を使わなかった…ってことですか…?」



俺の言いたいことが伝わったのか、美也子さんが息を吞んだ。



『そう…なりますね…。』



沈黙が流れ、お互いに画像の意味を考える。

美也子さんも心当たりがないのか…。

もしかしたら意味はないのかもしれない。

ただ単に、使いたい写真がなかっただけとか…。

自分を納得させようと試みるが、

妙な法則のずれは、飲み込んでしまった魚の骨が喉に引っ掛かり、

何度唾を飲んでも取れない、あの気持ち悪さに似ている。

突如、静寂を破ったのは小さい声の主だった。



『ママー、おなかすいたから、おかしたべていい?』


『ちょっと、ご飯前だから駄目よ。』


『じゃあごはん!はやく!』



実乃里ちゃんの声を聞いて、俺は電話を切ろうと声をかけた。



「あの…、お忙しい時にすみません。何かわかったらご連絡ください。」


『こちらこそ、すみません。またご連絡致します。』


「よろしくお願いいたします。失礼します。」



通話を切り、ふぅ、と息を吐く。

電話越しとはいえ、やっぱり人と話すのって緊張するんだよな…。

前回でだいぶ慣れた気がするとはいえ、考えた言葉を出力せず、脳内で整理するのは難しい。

とはいえ、収穫がなかったわけだから、また資料でも見返すしかないか。

そうだ、和織の書いてきた文も添削しないと…。

消したばかりのスマホの画面をまた点けて、朝受信したメッセージを開く。

子供みたいな文章に、思わず口角が上がるのを抑えながら、1行ずつ確認する。


"いつもさみしいおもいをさせてごめんね。"

これは入院しているから考えた言葉だろうな。


”パパはびょうきで、そらにいってしまったけれど、

そらから、みのりのことをいつもみまもっているよ。”

子供に向けた優しい文だ。常套句だが悪くない。


"みのりがわらっていると、パパも、うれしいよ。"

ここは何故選んだんだろう。笑顔=幸せみたいな感じか?


"みのりはパパの、たからものだよ。"

前の文との繋がりが悪いが、子供の喜びそうなことを書くのは上手い気がする。


”ずっと、だいすきだよ。”

ここも子供の承認欲求が満たされで、良い言葉だと思う。

後は、そもそも娘にどう接していたかだけど…。

…あれ、そもそも、俺が見た手紙はこんな感じじゃなかった気がする。

堅一さんの文体とは似ていない。

まさか、本当に堅一さんの手紙ではなく、子供がもらって嬉しい手紙に主軸を置いたんだろうか?

子供……、いや、自分…か?

ふと、和織の母親の事がよぎったが、俺は首を振って考えないようにした。


家に帰って、堅一さんのノートや手紙を眺める。

ペンの跡が少し強く残ったページと、力なく掠れた文字が混ざっていた。

美也子さんにとって言われたい言葉と、

堅一さんの伝えたい言葉が一致するかはわからない。

思いつく言葉を、ノートの余白に羅列していく。

どれも正しそうで、どれも決め手に欠けていた。

介護する側の苦労話はよく聞くけど、介護される側はどうなのだろう?

自分だけじゃままならないことは不便だし、こちらも相当ストレスなんじゃないだろうか?

それでもアウスタは前向きな言葉で埋め尽くされている。

煮詰まった俺は、気分転換にカップ麺でも食べようと立ち上がった。

そこに、タイミングよくインターホンが鳴る。

18時。セールスマンが来るような時間でもないし、宅配も頼んでいない。

居留守でも使おうと思いながら、相手の顔を確認するため、

足音を殺して、ゆっくりと玄関へと近づく。



「おじさーん、僕だけど。」


「…なんだよ、お前か。」



聞きなれた声にすり足をやめて、玄関のドアを開けた。

すぐに開いたドアに驚きながらも、和織は眉をしかめて口を尖らせた。



「っていうか鍵開けてた?不用心だなぁ。オートロックでもないのに。」


「こんなオッサンから、奪えるもんがあると思わないだろ。」


「確かに。」


「おい。」



少しは否定しろよ…とこぼしながら中へ促す。

和織は玄関に入ると、ご丁寧に鍵をかけてからあがった。

手にしてたレジ袋から、弁当を2つ取り出してテーブルに置く。



「ご飯もう食べちゃった?」


「……まだ。これからこれ食おうかと。」



冷蔵庫の上に置いてある非常食ボックスから、まだ封を開けてないカップ麺を見せる。

お湯を沸かしに行く途中だったから、まだ何も手を付けていない新品だ。

すると和織は、「良かったー」と笑う。



「お弁当、どっちも食べたくて買っちゃったんだけど、食べきれないからさぁ。」



テーブルの上を見れば生姜焼き弁当とハンバーグ弁当の2つ。

なるほど、俺に残飯処理をしろってことか。

少し癪だが、食費が浮くのは普通に嬉しい。

俺はカップ麺を元の場所にしまって、冷蔵庫から麦茶とオレンジジュースの缶を取り出した。



「オレンジ飲めるか?」


「え、いいの?」


「バイト先でもらったやつだけど。甘いの嫌いなんだよ。」


「やった!ありがとー。」



「その弁当には合わない組み合わせだと思うけど」と、言おうとしたが、

プルタブに手をかけた和織をみて、口をつぐんだ。

温めてもらったのか、湯気の立つ弁当に箸を入れ、半分に切る。

口を付ける前だから気にしないのだが、箸を逆さにして取り分ける所に妙な律儀さがあった。

家の教えだろうか?

性格は少しガサツなのに、所作だけはやけに綺麗だ。

いいとこのお坊ちゃんなら、マナーは厳しいだろう。

…人の家には遠慮なくあがるけど。



「いただきまーす。」


「いただきます。」



生姜焼きは久々に食べた気がする。

パッケージからしてバイト先のコンビニでないことは確かだった。

ご飯も美味しいし、お弁当屋っぽいな。



「…自炊とかしないのか?」


「…それ、おじさんにも言えるけど?」



完全にブーメランだった。

言い返されて胸に何かが刺さった気がする。

そりゃそうか、向こうは高校生でこっちは成人してる大人な訳で。

むしろ俺がしてないのがおかしいだろう。



「…す、少しはできる。…親子丼とか。」


「カレーとか?」



ふ、と。

少し小馬鹿にしたような笑いが混ざった気がして、俺はむきになって返した。



「おー、カレーだけは牛すじを半日くらいじっくり煮込んだやつ作るぞ。」


「え、何それ。食べてみたい!」



俺のくだらないカレーのこだわりに、和織があっさり手のひらを返す。

そう言われて悪い気はしなかった。



「気が向いたら今度つくってやるよ。」



なんて。

つい、そんな約束をしてしまう。

そんな機会が本当にあるのか、先のことはわからない。

一人きりじゃない食事の時間にも、少しずつ慣れてきた。

気付けば俺たちは、同僚とも友達ともつかない、

言葉では言い表せない関係になりつつある気がした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ