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6話 追悼の迷路(2)



「これがねー、パパ。こっちがみのり。」


「えー!かわいいー!」




リビングではしゃぐ子供2人の声を聴きながら、俺は故人の部屋を物色する。

まるで墓荒らしのような気分でいたたまれないが、違う。

これはヘヴンズ・レターに必要なものを探すためであって、むしろ遺品整理の一種だ。

そう思うことにした。

美也子さんはあの後、俺たちにこう提案してきた。



『もしお時間がよろしければ、実乃里をみててもらえませんか…?』と。



初対面の、しかもこんなおっさんがいるのによく娘を預けられるものだ、とは思ったが、

篤子さんも同席の元で、ご自宅にお邪魔することになった。

とはいっても、元々この後、美也子さんは短時間のパートがあり、

篤子さんに実乃里ちゃんを見ててもらう予定だったそうだ。

そんな訳で心置きなく(?)資料になりそうなものを篤子さんと探している。

…そう、篤子さんと。



「…ほんと、手伝わせてしまってすみません。」


「いえいえ、頼んだのは私ですし…。それに…。」



開け放った扉から聞こえる声の方へと俺たちは視線を向ける。



「実乃里ちゃん、和織くんに懐いてるみたいですし。」


「ほんっとすみません…!あいつ、遊んでばっかで…。」


「ふふ、いいコンビなんですね。」


「…いやぁ、どうですかね…。」



はは、と乾いた笑いを浮かべながら気まずさを取り繕う。

家に入ってすぐ、飾られた赤ちゃんの写真に反応した和織に嬉しくなったらしい実乃里ちゃんが、

アルバムを数冊持ってきてご丁寧に解説付きで和織に見せている。

当の本人はこっちのことは気にせずニコニコと話を聞いていた。

俺としては篤子さんと何を話せばいいかわからなくて、全力で人見知りが発揮されていてしんどい。

…早いとこ資料を見つけないと。


恐らく仕事の資料であろうノートと、承諾を得て見させてもらったパソコンからアウスタのアカウントは確認できた。

これで筆跡と本人の文体はおおよそ推測ができる。

ただ、前回の時と違い、今回は個人に宛てた手紙だ。

その人だけへの書き方や話し方があるだろう。

結婚記念日とか、そういうタイミングで何か贈りあったりはしてたのだろうか?

アウスタをざっくりと見たが、ほとんどが病院からの投稿ばかりで、

病院食や病院の庭、お見舞いの品の写真ばかりだった。

…闘病生活が、長かったんだもんな…。

机に飾られた家族写真を見れば、まだまだ若い男性の姿。

もっと、子供の成長も見たかっただろうな。

そう思うと、自分の事のように胸がきゅっと詰まるようだった。



「…弱ってる姿って、見られたくないものですよね。」


「え…?」


「ああ、いえ…。私の父は、どちらかというとそういうタイプだったので。見栄っ張りというか…。」



たしかに、篤次郎さんは弱みを見せるタイプではない気がする。

実際に会ったことはないが、人の上に立つべくして立った者ってイメージが強くて、

弱った姿を見られることは嫌いそうだ。



「確かに、見舞いに来てほしいとは言うタイプではなさそうでしたね。」


「そうなんです。だから、体が悪いって言われても、実際どのくらい悪いのかもわからなくて…。」



親子という立場もあるのかもしれない。

親である以上、子供に弱みを見せたくなかったのだろう。

それが自分の為なのか、子供の為なのかはわからないが。

…じゃあ、美也子さん達は、どんな家族だったんだろうか?


ひとしきり探し終えて、一度リビングへ戻ることにした。

和織はまだ写真のエピソードトークをされており、助けを求めるような目をしていたが、俺は自業自得だとスルーした。

散らばっているアルバムの1つに、少し雰囲気の違うものが紛れていて俺はなんとなく手に取った。

やけに大人っぽいデザインで、高級感のあるアルバムだ。

中を見れば、結婚式の写真集だった。

幸せそうな美也子さんと旦那さんが笑顔で映っており、

先ほど見た家族写真よりも、旦那さんの顔色が良かった。

ページを次々とめくれば、最後に白い封筒が挟まっていて、俺は開いて中から手紙を取り出した。



『美也子へ

俺と結婚してくれてありがとう。

料理や家事はできない俺だけど、一生懸命働いて、

これから産まれてくるであろう子供と愛する妻の3人で、

笑顔いっぱいの暮らしを目指します! 堅一』



…これだ。

美也子さん宛の手紙。

思わず和織の方を見れば、和織もまた、違う手紙を持って神妙な顔をしていた。

見たことのない表情と指先の震えに、少し緊張が走る。

俺たちが戻ってきたことで、実乃里ちゃんのターゲットは篤子さんに切り替わり、その隙に俺は和織に近づいた。



「手紙、見つかったぞ。あと筆跡がわかるノートとか。」


「…うん。」



手紙を見つめたまま、放心状態に近い返事に違和感を感じて覗き込めば、

『たんじょうび おめでとう』と書かれた手紙。

筆跡からして、どうやらパパが実乃里ちゃんに宛てた手紙のようだ。

もしかしたら、入院中で直接言えなかったのかもしれない。



「あのさ、桜太郎さん。手紙、もう1つ増やしてもいい?」


「…あ?…もしかして、」


「必要としてるのは美也子さんだよ。でも、実乃里ちゃんも、…遺族なんだよ。

お願い、僕が考えるから、校正だけ、してくれない、かな…。」



悲しそうに訴える和織は、どこか自分の事のような必死さがうかがえた。

…普段図々しいくせに、人の痛みが絡むと一気に臆病になるのか。

ほんと、奔放で、面倒で、放っておけない子供だ。



「あのなぁ…、何のために俺がいるんだよ。」


「………え?」


「お前が必要だと思うなら、必要なんだろ。」



そもそもこの手紙を始めたのは和織だ。

会社で言えば和織が社長で、俺もそれを認めている。

つまるところ、和織が右を向けと言えば右を向くし、

書けと言えば書くわけで。

子供の扱いは上手いけど、大人の扱いはまだ難しいようだ。

こんな俺からでも学べることがあるのならば、教えたい。

何事にも真っすぐで、全力な姿を見ているうちに、

いつの間にか自分も影響されてきていた。

今回の手紙は2通。

それぞれの想いを汲み取って丁寧に綴ろうと、俺はもう一度、手紙を読み返した。


美也子さんが帰宅してから、俺たちは思い出話を聞きだした。

結婚式の前日まで、ウェルカムボードの作成や準備に追われていたこと、

準備を何も手伝わない旦那さんと喧嘩をしたこと、

当日は旦那さんからサプライズで曲のプレゼントがあったこと。

思い出を語る美也子さんの目はとても優しくて、楽しかった日々が語られる。

その後、実乃里ちゃんが生まれて、2年後。

旦那さんに肺がんが発覚し、抗がん剤治療を続けるも、副作用により体調はみるみる悪化。

頼みの治療も一時的な抑止で、進行を止めることは出来なかったそうだ。

散歩すらも満足にできない身体の堅一さんが働けるはずもなく、

家計も育児も、すべてを美也子さんが支えていた。

それも踏ん張れたのは、家族を愛していたからだろう。

だからこそ、堅一さんが亡くなり介護が終わった後の"解放"が"苦痛"になった。

美也子さんの身体は楽になったはずなのに、それを喜べない。

"堅一さんの死"を重く受け止めているからこそ、美也子さんは息が吐けないでいる。

急に光を失ったような目で話す美也子さんは痛々しく、

それを遠くから見る実乃里ちゃんもまた、僅かに顔を歪ませていた。

…小さいとはいえ、パパの死がわからない年ではない。

ママが悲しいからこそ、自分が元気づけようとしている健気な姿勢が見て取れる。

和織はきっと、これに気づいたんだろう。





「いらっしゃーせー。」



5時を知らせるアナウンスが聞こえ、俺たちは美也子さん達に別れを告げた。

俺たちがいたんじゃ、夕飯の支度が出来ないだろう。

コンビニに寄って、値下げシールの貼られた牛丼を入れれば、上からオムライスが乗せられる。



「…おい?」


「え?」


「何普通に夕飯一緒に買ってんだ。子供は帰る時間だろ。」


「えー、いいじゃん。うち夕飯ほとんど用意されてないんだよ。」



そう聞いて、オムライスを戻そうとした手を止める。

てっきり裕福な家だから豪勢な夕飯が用意されてると思ったが、どうやら偏見だったらしい。



「…いつも飯買ってんのか?」


「ほとんどねー。たまーに作ることもあるし、

お父さんが早ければご飯用意されてるけど。」



お父さんがいないと夕飯が用意されない…?

そういえば、前に母親は亡くなってるって言ってたな。

ということは、仕事が忙しいからお金だけ渡して、夕飯は自分で済ましてくれってことか。

まぁ、高校生くらいじゃ珍しくもない…のか?

自分が学生の頃は、無断で友達と夕飯を済ませて、怒られたことがあったし、

家でご飯を食べない子もいるよな。



「あ、あとアイス買いたい。」


「…それ、俺が奢る感じ?」


「まっさかぁ~。なんならおじさんに奢ってあげれるくらいのお金は持ってるよ。」



ケラケラと笑う姿を見て、俺の懐事情は知られているのだろうと察した。

まだ前回の報酬は残ってるし、先月より生活は厳しくない。

前回の焼肉で結構使ってしまったけど。



「コンビニご飯も、結構美味しいよね。」


「ありゃ人類の英知だからな。」



レジ袋をぶら下げて、玄関の鍵を開けて入れば、何のためらいもなく和織は入ってきた。

遠慮というものを知らないし、図々しい。

今に始まったことじゃないから、もう突っ込む気も失せてしまった。

テーブルにある物を端に寄せて、雑に片づければレジ袋が置かれる。



「あ、アイス冷凍庫に入れていい?」


「…普通、それ聞く前にお邪魔していい?とか聞かないか。」


「お邪魔します!」


「…いや、もういいけど。」



結局突っ込んでしまい、溜息をついて受け取ったアイスを冷凍庫に放る。

ついでに冷蔵庫から麦茶を出して、コップに2つ注いだ。

テーブルにコップを置いて、温めてもらった弁当をレジ袋から出す。

家に電子レンジはあるが、腹が減ってたので先に温めてもらったのは正解だったかもしれない。

いい具合に少し冷めた牛丼の蓋をあけて、俺は割りばしを取り出した。



「んじゃ、いただきます。」


「いただきまーす。」



もぐもぐと目の前の肉を箸でつつきながら、今日の事を思い返す。

篤次郎さんの時もそうだが、俺には子供もいないし、配偶者もいない。

"故人の想い"は俺の想像に過ぎないのだ。

けれど、文章から伝わる人柄や感情から、確かに浮かぶ言葉がある。

それが遺族にとって救済の言葉になるのかは、わからない。

少なくとも残された家族を苦しめることを、良しと思う故人はいないだろう。

…そうであると思いたかった。


『ヘヴンズ・レター』というものの、そもそもの発起人。

オムライスを頬張る目の前の少年もまた、必要としているのだろうか?

天国からの手紙を。






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