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5話 追悼の迷路(1)


篤子さんに指定された日は日曜日の14時。

場所が隣町の公園だった。

珍しく学生服ではなく、シンプルな装いの和織と合流して、今回はバスで向かった。

バスの車内、隣に座る和織をチラリと盗み見る。

綺麗な顔、サラサラの髪。

背もまぁまぁ平均くらいだろう。

同年代の女子が放っておくはずがないのに、興味がないのだろうか。

学生時代まったくと言っていい程モテなかった俺からしたら、うらやましい限りだ。

モテるってだけで単純に自慢ができるし、ステータスの1つとして埋められる。

けど、どうやらこの少年にとっては何のステータスにもならないようだ。

学校に行きたくないらしいし、私服を見て気付いたが、ファッションにも無頓着だ。

いや、今の流行りだと言われてしまえば、俺には理解できていないだけなのかもしれないが、

サイズのあってなさそうな恰好は、街を歩いてすれ違う若者とはちょっと違う気がする。



「ふぁ……。」



人目も憚らず欠伸をした和織と目が合った。



「ん?着いた?」


「え、あ…、いや、あと少しだ。」


「そ。」



あと少しと聞いた和織は目を閉じる。

……普通、あと少しって聞いたら寝なくないか…?

俺は軽い溜息をつきながら、電光掲示板を眺めた。



バス停から10分ほど歩いて着いた公園は、想像よりも大きく、運動公園となっていた。

うろうろと歩き回っていれば、砂場の近くにあるベンチに座った篤子さんが見える。

向こうもこちらに気づいて、軽く会釈をした。



「篤子さん、こんにちは。」


「こんにちは。すみません、こんな所に呼び出してしまって…。」


「いえいえ、大丈夫です。それで、電話で聞いた話なんですが…。」



早速用件を促せば、篤子さんの視線は戸惑いがちに砂場へと向いた。

つられて砂場へと顔を動かせば、山を作って遊んでいる親子が1組。

30代くらいだろうか?

少し覇気のないお母さんと、幼稚園生くらいの女の子。

…まさか。

俺は篤子さんの電話を思い出して、ヒクリと顔が引きつったのを感じた。

それに気づいたのか、和織も俺の服の裾を引っ張り、小声で尋ねた。



「子供の依頼者って…、あの子?」


「…はい、そうです。」



声が聞こえたらしく、篤子さんが無常にも答えてしまった。



「あの子のお母さん、橋場美也子さんと言います。私と同じ職場で働いてた人だったんですが…。」



橋場美也子さんと実乃里ちゃん。

先日、3年間入退院を繰り返していた旦那さんが亡くなったらしい。

入退院といってもほとんどが入院で、美也子さんは入院費を稼ぐための仕事や、

旦那さんの介護の為、病院に通ったり、実乃里ちゃんの育児に追われ、

身体も精神もギリギリの状態で生活していたようだった。

勿論、篤子さんと同じ正社員の方が収入は安定していたが、

休むことが多くなって、会社に居づらくなり自分から退職し、

パートを複数掛け持ちで働いていたらしい。

旦那さんが亡くなったこと聞き、篤子さんが家を尋ねると、

包丁を持った美也子さんが自傷する寸前だったそうだ。


その時、実乃里ちゃんは寝ていたそうだが、

一緒にいるお母さんが、どこかツラそうなのが伝わっていたのだろう。

何回目かの訪問時、篤子さんに「おかあさん、どこかいたいみたい。びょういんでなおしてあげて。」と

実乃里ちゃんが言ってきたそうだ。



「不躾だとは思いますが、私が美也子さんと話すので、実乃里ちゃんと話してくれませんか…?」


「…わ、わかりました。」



そうは言っても、子供の扱いには不安がある。

兄妹もいないし、親戚に小さい子供もいない。

なんなら怖がらせてしまうのでは…?

砂場へと言ってしまう篤子さんを見ながら、俺はだんだんと手汗がにじんだ。

美也子さんが篤子さんに誘導されて、反対側のベンチへと移動する。

アイコンタクトを受けて、俺たちは砂場で遊ぶ実乃里ちゃんに近づいた。



「こ、…こんにちはー、実乃里ちゃん。」



声をかけられた実乃里ちゃんは無表情で俺を見る。

子供は感情がストレートに出る。

最初から愛想など振り撒かない。

だからこそ、わかりやすくもあるが、扱いづらい。

実乃里ちゃんの見る目は、どう見ても不審者に声をかけられた女の子の目だ。



「こんにちはー、山つくってるの?」



和織が後ろから顔を出す。

実乃里ちゃんの近くへ行ってしゃがみ、目線を合わせた。



「……うん。

おにいちゃんたちは、あつこちゃんのともだち?」


「そうだよ。おかあさんをたすけにきたんだ。」


「……ほんと?」



不安と期待の入り交じった目で和織を見つめた。

その視線を受けた和織は、柔らかく微笑み返した。



「うん、僕たちはどうすればいいのかな?」


「あのね、ママね。パパいなくなったからかなしいの。

みのりもかなしいけど、ママ、おこるみたいにかなしんでるの。」



悲しいのに、怒るみたい…?

…子供の話は分かりづらい。

情報が飛躍するし、どこかしらの文法がなかったりする。

それでも、依頼主がこの少女である以上、無視していい言葉ではない気がする。

ここは和織に任せた方が適任だと感じた俺は、篤子さんと美也子さんの方へ向かった。



「…こんにちは。」


「こんにちは…。篤子さんのお友達、ですよね?橋場 美也子と申します。」


「河目 桜太郎です。えーと、グリーフケアの一環みたいなことをしてまして…、

よかったらお話だけ聞かせてもらえませんか?話せる範囲でいいので…。」


「…はい。」



美也子さんは篤子さんを見て、恐る恐るといった様子で語り始めた。

篤子さんから聞いていた話がほとんどだったが、

美也子さんの吐露した心情は、想像を絶するものだった。



「私、夫が亡くなった時、………安心してしまったんです。

介護、も入院治療費も、もういいんだって…。

愛する夫を亡くしたのに…!

酷い妻でしょう…!?こんなんじゃ、妻として顔向け出来ないの…!!

毎日のように遺影写真に話しかける娘にも…!

こんな母親…、いていいわけ、…ないのよ…っ。」



それは心の内側にあった悲痛な叫びで、俺には感じたことのない感情に思えた。

頭では理解できる。

生活や治療費の為に必死で働いて、仕事が終われば育児と介護。

きっと体も心も疲れ切ったことだろう。

治療が終わったことで、背負っていたものが1つ……いや、きっといくつも下ろされたはずだ。

それで一息つくのは、当然のことなのに。

愛する人を失った悲しみが、それを正当化させてくれない。

どんなに苦しい事だろうか。

それでも、これでは自分で自分を苦しめているのと変わらない。

美也子さんは、いないはずの夫の亡霊に、縛られているように見えた。



「…それは、誰かに言われた言葉ですか?美也子さん。」



静かに聞けば、涙を浮かべた美也子さんが顔を上げた。

篤子さんも、少し驚いた顔を見せる。



「違いますよね?実乃里ちゃんも、誰もそんなこと言ってない。」


「あ、…あの子は、…言わないけど、きっと内心、思って…。」



口籠る美也子さんに、俺は確信した。

彼女は、本当はわかってるはずだ。

娘にも、夫にも、誰にも、罪悪感を背負う必要などないのだと。

介護が足りなくて、旦那さんは亡くなったわけじゃない。

人それぞれ寿命があり、酷な話だが、病気で亡くなるのも自然の摂理だ。

偲ぶことはあっても、罪の意識を背負う必要など、どこにもない。

俺は2人の方を真っすぐ見ながら、軽く拳を握った。

一度だけ、ゆっくり目を閉じて息を整える。



「俺、受けます。この依頼。」



美也子さんは何のことかわからず、不思議そうな顔で俺を見る。

依頼者は実乃里ちゃん。

手紙の主はお父さん。

宛先は…、お母さんの美也子さんだ。



「改めまして…、『ヘヴンズ・レター』の河目 桜太郎です。

今日は、娘さんからの依頼で来ました。」


「…実乃里、の…?」


「美也子さん、旦那さんからのお手紙…、受け取ってもらえませんか?」





「それでー、パパはいつもがんばってるね、ってみのりをほめてくれるの。」


「うんうん、実乃里ちゃんはえらいねぇ。」


「でしょお!」



砂場の方へと戻れば、和織と実乃里ちゃんが随分仲良く遊んでいるようだった。

一生懸命、自分の知り得る限りの言葉で話す子供は可愛い。

意味は伝わらなくとも、不思議と伝わる感情がある。

それが歯に衣着せるようになるのだから、大人とは面倒なもんだよなぁ。

砂場のフチに腰掛けてボーっとしていれば、和織がこちらに気づいた。



「どうだった?」


「…ん、まぁ、大体状況は理解したよ。後は依頼主の話と、物が必要だな。」


「おっけー。」



右手の親指と人差し指で輪っかをつくって見せると、和織は実乃里ちゃんに声をかけた。



「ね、実乃里ちゃん。篤子ちゃんからお手紙の事、聞いてる?」


「パパのてがみ?もらえるかもってきいたから、おねがいしたよ。」


「それね、お兄ちゃんたちが預かってるんだ。」


「…ほんと!?」



実乃里ちゃんの目が一際輝く。

…お願いだから、プレッシャーがかかるようなこと言うなよ…!



「それでね、お手紙間違ってないか確認したいから、

お兄ちゃんたちに、パパの話とか、パパの字とか見せてくれないかな?」


「…パパの…?あ、パパのアウスタみる?」


「アウスタ…?」



聞きなれない言葉に俺が顔を顰めていれば、和織が返事を返した。



「SNSのアプリだよ。写真をネットにあげたりするやつ。」


「…へぇ。」



わかったような、わからないような…。

学生の頃ブログをちょこっとしか書いた経験のない俺には、難しそうな世界だ。

多分最新版のブログみたいなもので、コミュニケーション用のアプリなのだろう。



「僕見てみるね。実乃里ちゃん、パパのアカウント…、名前って何かな。」


「パパのなまえは、けんちゃんだよ。

ママのスマホでパパのアウスタみれるよ?」



まだパパの名前がわからないなら、アカウント名なんてわからないだろう。

わざわざ美也子さんに聞くのも気が引ける…。

篤子さん経由で調べられたりしないだろうか。

そう考えを巡らせていれば、実乃里ちゃんが何かを思いついたように大声を上げた。



「あ!みのりのおうちくる?」



お父さんの部屋を見せてもらえるならば、それは話が早いけど…。

普通に考えて美也子さんが嫌がるだろう。

知らない人を家に上げたくないだろうし…。

どうするかと悩んでいれば、実乃里ちゃんはいつの間にか美也子さんの元へと走っていった。


「ママ―!!おにいちゃんたちとおうちであそぶー!」


この行動力…、誰かさんを思い出させる。

俺は横目で和織を見たが、相変わらず状況を気にして無さそうな表情をしていた。

こちらを見た美也子さん達が視界に入り、俺は急いで首を横に振った。

実乃里ちゃんの言い方だと、まるで俺たちが誘ったみたいじゃないか…!

いよいよ不審者扱いになるのが怖くなり、必死に否定しようと近づけば、美也子さんはそろりと右手を挙げた。



「あの…。それだったら…、」



と、驚くべき提案をした。

俺が少し戸惑って返事に迷っていれば、いつものごとく、

和織が手を挙げて呑気に了承したのだった。




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