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3話 効力のない遺言書(3)


鷹羽邸を訪れてから、3日が経った。

軽快なメロディが客の来店を告げる。

客が来たら、商品をレジ打ちして、決まった時間になれば商品を補充する。

日記を思い返しながらでもこなせる作業で良かった。

そう思いながらレジにカゴが置かれれば、口が勝手に「いらっしゃいませー。」と動く。

客の顔を見ることもなく、カゴの中にある商品のバーコードをスキャンしていけば、

目の前の客が話し始めた。



「そんなんじゃ対応悪いんじゃないの?」



その声は咎める言い方でも、嫌味を言う話し方でもなく、ただ呆れたように笑った。



「…か、和織…!?」


「ここでバイトしてたんだねぇ。通っちゃおうかなー?」



ぜひとも止めてほしい。

ニヨニヨと揶揄うように口角を上げた和織を無視して会計を促した。



「980円でーす。」


「はいはい、現金で。…ところで、」



レジの機械に千円札が吸い込まれ、ボタンが押されると20円のおつりが吐き出される。

そのおつりをしまいながら、和織は少し声を潜めて聞いた。



「手紙どう?書けそう?」


「…まぁ、おおかた暗記出来てるくらいには読み込んだからな…。」



書けなきゃ困る。

そう呟けば、和織は満足そうに頷いてレジ袋を受け取った。



「今日何時まで?」


「17時。」


「オッケー。じゃあこの前のファミレスの裏にある喫茶店で会おうよ。」


「…え、」


「もし残業ならメッセージくれればいいからさ、じゃねー!」



ひらひらと手を振って店を出ていく。

それを見てた仲良くもない同僚から「…息子さんじゃないっすよね?」と

不思議がられたが上手な返しも思い浮かばず、「ゆ、友人です…。」とだけ返した。


急遽、和織に会うことになった。

と、いうことは、手紙を進めなければならない。

俺は休憩時間にノートを広げて、篤次郎さんの感情を思い浮かべ、思いつく限りの文章を羅列する。

寂しさ、苛立ち、不甲斐なさ、様々な感情が交錯し、ふと、手がとまる。

…俺が受け取った感情の中に、子供たち個々へ向ける想いはあっても、

子供たち間で協力するだとか、仲良くという感情は存在しない。

やっぱり、わざと遺言書を依頼しなかったんじゃないだろうか。

公的な書類として作ってしまえば、裁判でもしない限り異議を唱えることは出来ない。

大半は、遺言書に従うしかなくなってしまう。

半ば強制的にだ。

けど、こうやって粗のある遺言書を見れば、どうにか自分たちに利がいくようにと考える人もいる。

今回のケースは篤妃さんだ。

理由がわからなければ、納得のできない人が騒ぐのは明らかだろう。

その納得できる理由の裏付けとして、篤次郎さんの日記が隠されていた。

見えるところにあれば、誰かに破棄されたかもしれない。

だから、暗号というヒントを残して、何があるとも知らせずに隠した。

私利私欲関係なく、気になった人が見つけ出してくれるように。

そして、この日記を子供たちに見て、自分の行いに気づいてほしかったのかもしれない。



「…書ける。」



篤次郎さんの想いに触れることができた気がした。

ノートをめくり、今度は文章を整えていく。

家長として残す言葉、伝えたいこと、言葉が脳に浮かんで、滑るように腕を流れていく。

ペン先のインクから言葉が溢れて、落書きのような汚い線が系譜の様に紡がれる。

夢中でペンを走らせ、気づけば休憩中いっぱいまで文章を綴っていた。


今日は特に忙しくもなく、予定通り定時でバイトは終わった。

約束の喫茶店へと向かえば、既に和織がジュースを飲んで待っていた。



「お疲れ様。」


「ん、お疲れ。」



近くに通りかかったウエイターにコーヒーを頼んで、俺は日記を取り出した。

そのまま和織へと手渡せば、彼はすぐに手を伸ばし、パラパラと読み始める。

届いたコーヒーを飲んで読み終わるのを待っていれば、和織は気難しい顔をした。



「んんー…。」


「どうした?」


「なんだろ、僕にはこの日記、難しいや。」



そう言って、日記を閉じる。

ジュースを一口飲んでから、和織は話した。



「日記…にしては、不自然じゃない?あんまり自分のこと書いてないっていうか…。」


「…多分、"自分の為に書いた訳じゃない"…からだと思う。」


「え?日記なのに?」


「篤次郎さんは、"子供の行い"を日記としてつけてたんだと思う。」



何それ?と言った和織に、俺は推測したことを説明した。



「まず、本来の相続権は長女の篤妃さんと篤子さんのみ。」


「うん。…あれ、そういえば婿さんは?」


「亜紀さんに聞いたが、篤妃さんの旦那は婿であって、篤次郎さんと養子縁組はしていない。

…つまり、正式に子供となったわけじゃないから相続権はないんだ。」


「ふうん…?」


「だが、篤次郎さんは顔も見に来ない娘たちより、自分の面倒を見てくれた亜紀さんに感謝し、遺産を渡したいと思っていた、…はず。」



うんうん、と頷く和織を視界に入れながら、俺は頭を整理して話す。

手紙を書く時とは違う、第三者からの視点。

視点を変えてみても、不自然なところがなければ俺の推測はおおよそ当たっているはずだ。



「その事情もろくに知らないであろう娘からすると、遺産が減るのは勿論面白くない。

じゃあ、どうやってそれぞれの行いを、事実として伝えるか。」


「……それが、この日記…ってこと?確かに自筆だし、過去に娘と言い争いをしたとか、

仕事のごたごたとかも書いてあった…!」


「そう。篤次郎さんは、この日記を全員に見せて、自分たちが納得したうえで分配してほしかった。

そして、………これが手紙だ。」



俺は一枚の手紙を、机の上に置いた。

和織は持ったままだった日記を机の上に置くと、手紙を手に取り、ゆっくりと開いた。

彼の目が右から左へ文字を追う毎に、店内のBGMや周りの話声が聞こえなくなる。

暑くもないのに、膝の上で作った拳の内側が、じわりと汗ばむ。

…俺は、篤次郎さんの気持ちを代弁出来ているだろうか?

彼の、和織の期待に、応えれているだろうか?

何回か読み返しているのか、静寂が長く感じた。



「ーーーすっっっごいね!!!桜太郎さん!!!」



勢いよく手紙から顔をあげた和織は、普段と変わらない目の色なのに、一段とキラキラして見えた。

顔の周りに星のエフェクトでも飛んでいるかのように、感極まった様子。

俺は予想だにしていなかった反応に、面を食らった。

てっきり、「わかんないけどいいと思う!」とか「ありがとー!」とか、軽い反応が来ると思っていた。

何の裏もなく、ただ純粋な誉め言葉。



(ああ、ちゃんと届いたのか、俺の言葉は。)



そのことに、何よりほっとした。

まだ、俺の言葉は死んでいない。

誰かに伝えることができる。



「よし…!次は僕の番だね。」



和織は日記と手紙を鞄にしまい、力強い目で俺を見た。

そうだ、俺の紡いだ篤次郎さんの気持ちは、篤次郎さんの文字となって亜紀さん達に伝わるんだ。

届かないはずがない。

俺はゆっくりと息を吐いて、返事をした。



「任せた、和織。」


「任された!」



親指をぐっと立てて、和織は口角を上げる。



「ま、とりあえず今日はここで夕飯食べちゃうね。腹が減ってはなんとやら。」


「…はいはい。」



ペースを乱されたが、自分の腹から催促が聞こえてきたので、

俺も一緒に夕飯を食べることにしたのだった。




翌日の夕方、和織から電話が来た。

火葬場から帰る時に無理やり連絡先を交換されてから、

なんだかんだで、よくメッセージのやり取りをしている。

ちょうどバイトが終わって帰宅している途中だったので、電話に出た。



「もしもし?」


『おーたろーさん!!手紙!できた!!』


「早ぇな…。」



そう返しながら、そういえば行動力の塊だった、と思い出す。

なんなら昨日、家に帰ってからずっとやってたかもしれない。

彼にとって真似するのは難しくはない様だったが、

手紙にバランスよく書くのはそれなりに難しいだろう。



『でさ、じっくり見てほしいんだよね。』


「お、おう…?」


『今からおじさんの家行くね。』


「はぁっ!???俺、今バイト終わって帰ってる所だし…、

そもそもお前、俺の家知らな…」


「…もう着いてたりして。」



電話越しではない声が聞こえる。

視線を地面から声のした方に向ければ、アパートの前に和織がいた。



「……俺じゃなきゃ警察案件だぞ。」


「わー!ごめんって!この前連絡先交換した時にGPSアプリ入れちゃった…!」


「あ!最近、電池の減り早くなったと思ったらそれか!

っつか何勝手にGPSアプリ入れてやがる…!」


「ごめんってばー!!」



両手を顔の前で合わせて謝る和織にため息をつく。

ってことは何か、俺の行動は監視されてたということか。

…まぁ見られて困るような行動はしていないし、

どちらかといえば家でダラダラしてる大人で情けないという気持ちがある。

いや、そんなしょっちゅう見るもんでもないか…?

和織の方をじろりと見れば、眉を下げて視線をそらした。



「そ、そんな…、たまにしか、見てないし…。」


「ははーん、俺のバイト先知ったのはこれだな?」


「そうです…。」



どおりで都合よく見つかると思った。

しかし、GPSアプリねぇ…。

便利なものではあるんだろうが、監視されてると思うとどうにも息苦しい。

浮気を疑われている世の男はこういうのされてるんだろうな。

…俺は意味合いが違う気がするんだが。

ペットか何かと思われてないか?



「…ちなみに、これ、俺も見れんの?」


「見れるよ?…貸して。」



俺にも画面が見れるように、隣に来た和織が操作する。

元々入ってた使わないアプリをつっこんだフォルダに、

見覚えのないアプリがあり、それをタップした。

なるほど、使わないフォルダに紛れ込ませてたってわけか。

そりゃ気づかない訳だ。

暫くすると、現在地のマップが画面に広がり、人のマークが2つ現れる。



「この赤い方が自分で、黒いのは僕ね。」


「はー…、すげぇな。っつか、お前は見られてもいいの?」


「…え?うん。別にいいけど。」



ジュネレーションギャップなのか、和織だからなのかはわからない。

今時はこれが普通なのか…?

小説を書くのにも、こういった情報はアップデートが必要かもしれないな…。

そう考えれば身近に若者がいるのは良い勉強になる気がする。



「…ま、いいか…。家入るんだろ?」


「うん!」



鍵を開けて、玄関に放ったままの靴を足でどかしながら、スペースを作る。

人が来ることなど想定もしていないから、布団も朝起きた時のままだ。



「ちょ、ちょっと片づけるから!そこで待機!」


「はーい。」



和織を玄関で立たせて、俺はせっせと部屋を片付ける。

洗濯して放ったままの服を押し入れに押し込み、布団をたたむ。

テーブルの上に散らばっていた缶チューハイやペットボトルも、まとめてゴミ箱とキッチンの流しへ移動させた。

なんとか座れるスペースを確保して、和織を呼ぶ。



「悪い、待たせた。こっち座ってくれ。」


「気にしないから大丈夫なのに。」


「俺が、気にするんだよ!」



和織は案内されたテーブルの前に座ると、スクールバッグから書類ケースを取り出す。

中には便箋と封筒が入っており、いよいよ手紙が見れるのかと、俺は年甲斐もなくワクワクした。

本音を言えば書いているところも見たかったが、それはまた今度見せてもらおう。



「じゃあ…、どうぞ。」



恐る恐る差し出された便箋を、ゆっくりと受け取る。

息を呑んで、俺は一字一字の造形を確かめるように読み進めた。

……一瞬、自分が考えた文章だということを忘れていた。

それほどまでに、本物感がある。

パソコンのフォントや、印刷されたものでは味わえない手書きの文字。

紙に滲むインク、1つとして同じ形のない文字。

これだけで妙な説得力がある。

手紙を読み終えて、目を閉じ、息を吐く。

……うまく言葉が出ない。

胸のあたりで言葉がつっかえているようで、開いた口から音が出なかった。



「…ダメ、だった…?」



不安げな声に顔を向ければ、和織がこちらの様子を伺っていた。

違う、そうじゃないんだ。



「俺…は、」



脳裏で浮かんでは消えていく言葉を必死にかき集める。

率直な感想を言えば素晴らしい出来栄えだと思った。

けど、そんな見た目の話をしてるんじゃない。

これが、本物にしか見えないことを伝えたい。



「俺には、この手紙が…、篤次郎さんの手紙にしか、思えなかった。」



まっすぐに見つめて出た言葉は、なんとも月並みな誉め言葉だったが、

和織は安心したようにへにゃりと目尻を下げた。



「……良かったぁ。」



緊張していたのか、体を脱力させると、ラグの上へと大の字に寝転んだ。

深く息を吐いて、なんとも清々しい顔をしている。

まるで一仕事を終えた職人だ。

いや、実際職人技みたいなものか。



「これ…、亜紀さん達に読んでもらえるかな…。」


「…読んでもらうさ。」



それが依頼で、その為に書いたのだから。

空を仰いだ和織の頭に、俺はそっと手を乗せた。





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