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2話 効力のない遺言書(2)


俺たちは亜紀さんの案内で鷹羽邸に足を踏み入れた。

高そうな調度品が置かれた、恐らく応接室であろう部屋へ通される。

皮張りのソファの前に立ち、亜紀さんが戻るのを待ちながら、和織に視線を向けた。



「そういや、なんで名前名乗んなかったんだ?」


「天砂の名前は…、…使いたくないんだよ。」



苦々しい顔をして答えた和織を見て思考をめぐらす。

金持ちの家だもんな。

親の事業と関わりがあると思われても厄介ってとこだろうか。

いや、親に迷惑がかかるとか、知られると困るってとこか。

1人で納得をしていればノックの音が響いて、亜紀さんがノートを持って戻ってきた。



「お待たせ致しました。どうぞおかけになってください。」



促されてソファに浅く腰を掛け、机の上に出されたノートを見つめた。

少し年季の入った大学ノート。

表紙には達筆な文字で遺言書とだけ書かれていた。



「…見てもよろしいですか?」


「はい、どうぞ。」



拝見します、と断わりを入れて中を開く。

1ページ目は何も書いておらず、2ページ目から亜紀さんに見せてもらった内容が書かれている。

それ以降は白紙が続いており、まるでメモ書きのようだった。

そもそも遺言書として、このノートは成立するのだろうか。



「ちょっと、失礼しますね。」



俺はノートを机に戻し、スマホのインターネットで遺言書について調べる。

先日、長女の篤妃さんが"この遺言書には法的な効力がないと抗議している"と言っていた。

確かに、"公証役場で作成した以外の遺言書の効力は弱い"と、どこのホームページにも書いてある。

会社や不動産を持っているような人なのだから、誰が見たって遺産相続で問題が起きることは予想できる。

篤次郎さんのような上の立場の人が、それに気づかない訳がない。

何故、ちゃんとした遺言書を用意しなかったんだろうか。

前々から体調が良くなかったのなら、事前に用意する時間はあったはずだし、お金に余裕があるなら然るべきところに依頼だって出来たはず。

もう一度ノートを手に取ってペラペラとページをめくると、最後のページに何かが書いてあった。



「…?」



大きなマス目に稲妻。

その隣には下から上へのびた矢印。

それと謎の四角が並んでいた。

落書き…というより、何かの暗号だろうか。



「亜紀さん、これ…。」



ノートを開いたまま亜紀さんへ渡すと、彼女は驚いた顔をした。

どうやら気づいていなかったらしい。



「…な、なんでしょう。これ…。」


「何かの暗号かと思ったんですけど…。」



どうやら思い当たるものはないらしく、頬に手をあてて首を捻った。

1行のマスの数がそれぞれ違うのも気になる。

横に8マス。

1番左が上から5マス。

その右隣は7マス、次に5マス、7マス、5マス、6マス、5マス、7マス。

何かの有名な詩か何かか?



「47…。」



突然、ノートを横で見ていた和織が呟いて、スマホを手に取る。

そして俺の方を見て手を差し出した。



「おじさん!ペンと紙貸して!!!」


「え、お、おう…。」



バッグにしまっていたノートとペンを取り出して、差し出された手に乗せれば、

和織は直ぐノートに何かを書き込み始める。

最初に、書かれていたのと同じマスを見ずに書いたかと思えば、マスの中に文字を入れ始める。

いろはにほへと…、いろは歌か!



「この稲妻の角の部分を、矢印の方向…、つまり下から読むと…。」


「し、ょ、さ、い…。書斎…?」


「亜紀さん、篤次郎さんの書斎は…、」


「っ…!あります!」



俺たちは立ち上がって応接室を飛び出した。




亜紀さんに着いていけば、少し雰囲気の違う扉の前へとやってきた。

この部屋は少し、空気が冷たく感じる。

目配せをした亜紀さんが、扉をゆっくりと開けた。

なんとなく、部外者を阻むような雰囲気があり、俺は半歩ずつ中に入る。

足元には細かい模様の絨毯が広がり、高級感が漂っていて、

目の前には重厚そうなデスク、横を見ればずらりと並んだ背の高い本棚の数々。

ドラマで見るような立派な書斎だ。



「書斎に何かあるってことだと思うけど…。」



手に持っていたノートを見る。

謎の四角…。

左側に横長の四角、その隣には小さめの横長の四角が縦に3つ並んでおり、

真ん中の四角だけ、何かを示すように塗りつぶされている。

気になるのはその塗りつぶしが全部ではなく、下半分だけ塗られているように見える。

…まずはこの四角の意味を探さなければ。

まず目につく大きな本棚を仰ぐ。

文学小説や経営関係の本、道徳の本であろうタイトルが陳列しているが、

ジャンル分けしたとしても、ノートの四角に当てはまることはなさそうだ。

これには和織も両手を組んで頭を悩ませているようだった。



「…引き出し…?」



ふと、亜紀さんが呟いて、扉の正面にあるデスクを見つめた。

俺と和織はデスクの内側に回り込み、椅子を引いた。

左側に1つ、右側に引き出しが3つある袖机…!

ノートの図形と見比べれば、一致する。

袖机の真ん中をあけて、中に入っているファイルを取り出す。

演説の文や挨拶文など、様々な原稿がしまわれている以外、気になる書類はない。

少し離れて覗き込んでいた和織が口を開いた。



「この図形、2段目の引き出しの下だけを意味してるんだよね…?」


「…まぁ、そう見えるな。」


「僕が昔読んだ漫画で、引き出しが二重底になっているトリックがあったんだ。」



二重底…、言われてみれば底が高く感じる。

引き出しを空っぽにしてから底を調べれば、微妙に色味の違う板が敷かれているようになっていた。

爪をひっかけて板をはずすと、出てきたのは紐で綴られた古い本だった。

半紙のような薄い紙の本は、表紙に何も書かれていなかったが、中を開くと数年前の日付が記されている。

何枚か捲ってみれば、日付はどんどん進んでいく。

どうやら、日記帳のようだった。

隠された場所と筆跡からするに篤次郎さんの物だろう。

遺言書と何か関連があるのだろうか。

いや、何かあるからこそ、見つかるように暗号を残したんだろう。

俺は日記帳を亜紀さんに手渡した。



「篤次郎さんの、日記帳と思われます。」



受け取った亜紀さんは、その場で日記を静かに読み始めた。

ペラペラと、ゆっくりと紙をめくる音だけが、書斎に響く。

日記を読めば、篤次郎さんの考えがわかるかもしれない。

そんな期待を込めて、俺は日記帳に視線をやる。

時折、手を止めて涙ぐむ亜紀さん。

その表情からは、懐かしい過去を慈しむような、どこか儚げな印象があった。

最後のページ、静かな時間が流れ、一呼吸おいてから亜紀さんは視線を上にあげた。



「…私には、お義父さんの意図はわかりません。

けれど…、今までの出来事は、確かに"ここ"に記されています。」



亜紀さんは日記を閉じると、俺の方へ差し出した。



「こちらを参考に、お手紙の作成をお願いできないでしょうか。

出来れば、私は…、お義父さんの不幸で家族と揉めたくないのです。

私の相続権がなくなっても構いません。どうか、お願いいたします。」



差し出された本を受け取ると、亜紀さんは深々と俺たちに頭を下げた。




鷹羽邸を出て、俺たちは何も言わずに最寄り駅まで帰ってきた。

自然と、いつもの店に向かいそうになった足を、和織が止める。




「あのさ、…ご飯、食べない?」




振り返れば、ファミレスに集合したのは14時。

現在は18時。

お腹が減ってきてもおかしくはないだろう。

貧乏かつ不規則な生活をしているせいで、1日1~2食のことが多かったから忘れていたが、

まだ学生の和織は、本来なら食べ盛りだろう。



「えーと…、ファミレスとかでもいいのか…?高い店は連れて行けないぞ。」


「うん。僕ファミレス好きだよ。あ、お金も自分で払うから大丈夫。」



本当なら年上の威厳として奢りたいとこだが、それは報酬を貰った後にしよう。

なにせ給料日前だ。

このまま帰っていれば格安で買い置きしていたカップ麺で夕飯を済まそうとしていたが、

どこか帰りたく無さそうな和織を前に、断ることは出来なかった。


ファミレスに着いて、和織はチーズハンバーグセットとドリンクバーを頼んで、俺は安価なドリアだけにした。

見てくれだけは大人びて見える和織も、ハンバーグとか子供らしい料理が好きなのだと思うと、

まだまだ可愛らしい少年なんだな、とオジサン臭いことを考えた。



「そういや、いろは歌、よく気付いたな。」


「ああ…、あれ?中学の古文でやってたの思い出したんだよね。文字数がどっかで見たことあるなぁと思って。」



ドリンクバーから持ってきたジュースを飲みながら返事が返ってきた。

引き出しが二重底になってることにも気づいたし、発想が飛びぬけてることも考慮すると、やっぱり頭の回転が早い子だと思う。



「…僕の遺書のことなんだけどさ、…亜紀さんに、お母さんが亡くなったって話したでしょ。」


「…してたな。」


「…僕、受験の時に…、お母さんといろいろあって、……それで…。」


「お待たせいたしましたー。」



タイミングが悪く、店員によってハンバーグとドリアがテーブルに置かれる。

彼の目が店員を見て、すぐにハンバーグへと移動した。



「いいよ、話さなくて。」


「え…。」


「あ、聞きたくないって訳じゃない!なんつーか…、…そんな顔してする話じゃないだろ…。」



和織が一瞬、悲し気な表情をしたので、自分の言葉が悪かったと思い、すぐに訂正を入れる。

だから文章じゃなくて、直接話すのは苦手なんだ…。

どうも上手くまとまらないし、話し手と聞き手でどうにも相違が出てしまう。

俺の弁明を聞いた和織は少し安堵した顔をしながら、自分の頬を両手で包んだ。



「そんな顔ってどんな顔?」


「…あー、悲しい、とまた違う…。痛い、みたいな…。」



まるで、「傷を抉られたみたいな顔をしていた。」…と言うのは流石に憚られた。

俺からしたら、まだ癒えていない傷を自分で抉ろうとしてるように見えたのだ。



「話したくなったら、聞いてやるよ。…ほら、ハンバーグ食え。」


「………うん。」



ナイフとフォークを手渡して、食べるよう促す。

俺もスプーンを取ってドリアをつつけば、向かいから小さな声で「ありがと」と聞こえたが、聞こえないふりをした。


食事を先に終えた俺は、持ち帰った篤次郎さんの日記を読み始めた。

奥さんが亡くなった時から始まった日記で、会社の事や子供らの事が書かれている。

1ページに1日という訳ではなく、特に書くことがない時は1ページに3日分書かれていることもあった。




〇月〇日

長年連れ添った妻が他界した。

いま思えば、もう少し、彼女に時間を使えばよかったかもしれない。

会社のことでいっぱいで、ろくに遠出もしなかった。

金銭に不自由をさせなかったとは思うが、それは彼女の幸せだったのだろうか?



〇月〇日

健康診断で肺に異常が見つかった。

まだ誰にも伝えていないが、精密検査を受けなければいけなくなった。



〇月〇日

昨晩、夢で妻に会った。

言葉は交わさなかったが、何やら呆れ顔だった。

何を伝えたかったのだろう。



〇月〇日

肺がんと診断を受けた。

まだ腫瘍の転移も見られないため、深刻になる必要はないと言われたが、

歳なのだから仕方ないだろう。



〇月〇日

子供たちに病気を伝えることにした。

皆、私の体調を伺ってきたが、長男の妻、亜紀さん以外、会いに来る者はいなかった。



〇月〇日

検査入院となり、亜紀さんが送迎をしてくれることになった。

他2人の子供は仕事が忙しいと言っていたので来ないだろう。

ただの検査だから来なくてもいいのだが、仕事ばかりの私に似てしまったのだなと思う。



〇月〇日

急変し、しばらく入院することになった。

篤妃と篤子の顔を長いこと見ていない気がする。

会社の売り上げが下がってきていると聞いたが、大丈夫なのだろうか。



〇月〇日

退院後、初めて会社に顔を出した。

薪次が事業の拡大を考えていると言っていたが、目も当てられない計画だった。

話を聞けば篤妃が唆したとのこと。

あいつは目先の欲に囚われすぎる。

鷹羽家の自覚が足りん。



〇月〇日

余命宣告を受けた。

口うるさい頑固親父がいなくなると、子供たちはせいせいするのだろうか。




「…何かわかった?」



ハッとして顔を上げれば、食べ終わった和織がこちらを見ていた。

…知らぬうちに読み込んでいたらしい。

日記には寂しげな老爺の姿と、経営者である顔が見え隠れしていて、

ふと、祭壇で見た優しい笑顔の遺影写真を思い出す。

本当は、仕事ばかりだった自分に後悔していて、もっと家族孝行したかったのではないだろうか。

日記からは、そんな風に受け取れる。

この日記を子供たちに見せる…。

そうすることで、篤次郎さんは自分を含む、子供たちの行いを省みてほしいのではないだろうか…?



「…もう少し、読み込んでもいいか?」


「当たり前でしょ。」



そう言って和織は追加でデザートを頼んだ。





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