1話 効力のない遺言書(1)
「改めまして、俺の名前は河目 桜太郎。まだ、32歳だ。」
「僕は天砂 和織。絶賛不登校の高校1年生だよ。」
和織と名乗った目の前の少年はなんとも不思議な奴で、人の筆跡を真似ることができる。
それに対して俺は素人小説家。
この少年の壊滅的な文才を補助するためだけにいる。
昨日、亡くなった人からの手紙を届けるサービス『ヘヴンズ・レター』を開業しようと決め、その実現のために常連になりつつあるファーストフード店に集まったわけだが。
なるほど、不登校。
どおりで昼間から集まれるはずだ。
「あー…、俺は真っ当な大人じゃないし、とやかく言える立場じゃないから一応助言だけするけど…。」
「うん?」
「…制服やめたら?」
「だって、ここ学割きくんだもん。」
学校に行かない不登校の癖に学割は使うのか。
確かにこの店は学生証の提示でバーガーセットが割引になる。
けど、それなら制服の必要はないし、なんなら補導されそうなもんだけど…。
…なんて思いながらも、他にも腑に落ちない点がある。
「和織、お前さ。もしかしなくても、結構…金持ち?」
少年の名前は天砂。
確か、近所にあるでかい家の表札が天砂だった。
そんなに多い苗字でもないだろうし、それに制服も多分どっかの私立高校だろう。
「…そーかもね?」
「なんだ、ボンボンには学校はつまんねぇか?」
「…そうじゃない、けど。」
言葉に詰まった和織を見て、俺はこれ以上追及するのはやめた。
人間、深く関わりすぎると良くない。
30年で学んだ俺の教訓だ。
「で、どうやって依頼を受ける?」
「火葬場で待機しようよ。」
「…お前、本当凄い事考えるな…。」
傷心中の遺族に突っ込んでいけとでもいうのか。
メンタルが強すぎる。
俺には絶対無理だとドン引きしていれば、和織は1枚の紙を出した。
「チラシなり名刺なり、紛れ込ませばいいじゃん。」
俺は顎に手を当てて考える。
…正直、傷心中の人にだからこそ、ウケるものはあるだろう。
こればっかりは好みだ。
天国からの手紙なんて馬鹿にする人もいるし、縋る人もいる。
だったら数打つしかないと思うのも事実…。
「お前、結構頭いいのな。」
「でしょ?」
「人の気持ち読めなそうだけど。」
「うるさいな!」
そんな掛け合いをしながらチラシを考案していく。
流石現代っ子とでもいうべきか。
ものの十分ほどで、WEBサイトまで立ち上げてしまった和織。
簡素とはいえ、最近はプロじゃなくてもここまで出来るのかと舌を巻いた。
後はーー、相手の気持ちの理解力と文章力さえ上がれば…。
…いや、俺には関係ないか。
この子の乱雑な文をまとめる為だけにいるのだから。
1時間後、出来上がったのは名刺サイズの広告。
『ヘヴンズ・レター ~愛する人の天国からの手紙~
故人様の手書きの文字、思い出のお話から手紙を綴らせて頂きます。』
…こんなもんか。
正直、和織の能力は見ないと伝わらない。
この段階で勝負できるのは俺のキャッチコピーだけだ。
そう思うとそれなりにプレッシャーがかかる。
「いいね、シンプルだけど伝わる気がする。」
「…じゃあこれを…、どうすんだ?俺、広告なんか作ったことないぞ。」
「今時ネットで簡単に作れるって。僕つくっとくからさ、近くの火葬場調べてよ。」
「お、おう…。」
メンタルも強ければ行動力も凄いな。若いからか…?
そう思ったが、自分が同じ年くらいの時でも、こんな行動力は無かったと思う。
これがインターネット社会に取り残される気分なんだろうな…。
カチカチと慣れないパソコンで近辺の火葬場を調べる。
生憎、市内には火葬場が1個しかなかった。
割と最近建て替えをしたらしく、写真では綺麗な火葬炉が写っていた。
…俺にはまだ、葬儀の経験がないから、想像の域を出ない。
「あった?」
「お、おお…。1か所な。」
「よし、今データできたから、印刷しに行こ。」
テーブルの上にあった食事は既に和織の胃袋に詰められている。
俺はしばらくこの行動力に付き合わなきゃいけないのか、と内心ため息をついて
残っていたコーヒーを一気に飲みほした。
車がないので電車で印刷所へ向かう。
和織がスマホを操作すると、名刺サイズの広告が印刷機から吐き出された。
…未知の世界だ。
呆気にとられてる俺を無視して和織は店を出て先へと急ぐ。
「…って、え、あれ?お金は…!?」
「ネットで払ったよ?」
「すげぇ・・・、じゃなくて、いや、学生に払ってもらうのも…。」
「こういうの経費って言うんでしょ?報酬から引けばいいじゃん。」
そもそも印刷代がいくらかなんて知らないが、確かに今すぐ払えと言われて払えるかは怪しい。
俺は渋々頷いて出しかけた財布をしまった。
火葬場というのは大概辺鄙なところにあるもので、バスを乗り継いで着いた頃には17時をまわっていた。
式場が3か所あるらしく、看板を見る限り今日は2か所でお通夜が行われる予定らしい。
「んで、どう紛れ込まそうか?」
「そこはノープランかよ…。」
「大人の知恵を見せてよ~。」
「しゃーねぇな…。」
とは言ったものの、この少年のような奇天烈な発想力など持ち合わせてはいないし、
遺族の反感を買うような行動はしたくない。
遺族の目につくところ…。
ふと、ポケットに手を入れるとポケットティッシュがあった。
パチンコの広告が入ったよくあるティッシュだ。
俺はふと、広告を抜き取って、ヘヴンズ・レターの広告に差し替えてみる。
サイズは合わないが、これなら式場に置いてあっても自然なんじゃ…?
「和織。」
「お、アイデア浮かんだ?」
「これだ…!」
ポケットティッシュを堂々と見せれば和織は素直に手を叩いた。
「おお!すごい!!これなら自然に渡せるね!」
「おう。って、わ、渡すのか…!?」
「え、置いとくだけで見てもらえるかな?」
なんでこいつはたまに核心を突くようなことを言うのだろう。
そりゃあ、誰かが忘れてったように見えるティッシュを拾う人は少ないかもしれない。
直接渡す…かぁ。
未開封のティッシュだからいいものの、直接売り込むようで気が引ける。
けど、確かにティッシュが必要な人ほど、悲しみに暮れているはず。
そこに付け入る隙はあるだろう。
「しょうがないな、じゃあ僕が売り込みに行こう。」
「えっ…!?…大丈夫かよ…。」
ティッシュを奪い取って和織が式場へと駆けていく。
その背中を見送っていたが、なんだか嫌な予感がして俺は後を追った。
「こんな日にまで争わなくたっていいじゃない…!!」
扉一枚隔てた向こう側から、争う声が聞こえる。
思わず、和織も俺も扉の前で足が止まった。
「何よ、亜紀さんだって遺産配分に不満があるでしょう?」
「そんなこと…っ!」
「そもそも、爺ちゃんの日記が遺書じゃ効力は無いんだろ?」
和織は扉に手を添えると、覗ける程度の隙間が開くように、ゆっくりと押した。
誘われるままに、俺も隙間から様子を覗く。
涙ぐむ喪服の女性は恐らく最初に聞こえた声の主だろう。
気弱そうで、年齢は60代くらいだろうか?
その隣の女性は60代の女性と打って変わって、悲しむどころか苛立った表情を隠しもしていない。
おそらく50代で濃い化粧の所為もあり派手な印象だ。
少し離れた先に、俺と年の近そうな眼鏡の男性。
何やらスマホをいじりながら話をしていて、あまり関心がなさそうだ。
奥には大きな花祭壇が見えて、遺影写真らしき所には高齢で優しそうな笑顔のお爺さんが写っていた。
「…なんか、営業できる雰囲気じゃないね?」
「…だな。もう一か所の方へ行こう。」
静かにその場を離れて、他の式場へと移動する。
式場には年配の女性と、その子供らしき人が3人だけ。
いわゆる家族葬だろう。
いきなり入ってきた俺たちを訝し気に見る。
和織はまだしも、俺は大人で、喪服ですらない。
どう考えても怪しいよな。
そう思って思わず後ずさるが、和織は反対にどんどん前へと進んでいき、年配の女性に声をかけた。
「急にすみません。僕こういうものです。良かったらどうぞ。」
毅然とした態度で広告を見せながらティッシュを渡す。
年配の女性は目を丸くしてそれを受け取った。
「ヘヴンズ・レター…?」
「亡くなった方からのお手紙を書きます。同じ筆跡、言葉で、亡くなった方のメッセージを代筆してるんです。」
「…悪いけど、これから親父のお通夜なんだ。部外者は出てってくれないか?」
「…もし!…もし、手紙でも良いから話したいこととかあれば…、ご連絡ください。」
半ば追い出されるように、式場から出される。
心なしか、和織の顔が曇っている気がした。
「…大丈夫か?」
「うん…。なんか、…うまく言えなかったな、と思って。」
「…まぁ、普通信じないわな。亡くなった人からの手紙なんて。」
言葉だけで信憑性は得れないだろう。
俺だって、"筆跡が真似できる"なんて、この目で見なければ信じなかった。
それに、文章を考えるのは俺だ。
あくまで、俺が故人の人柄を読み取って、推測するだけ。
受け取り手が信じなければ意味がない。
とぼとぼと2人、火葬場の周辺を歩いていれば、後ろから声がかけられた。
「あ、あの…、亡くなった人からの手紙…、というのは、本当ですか…?」
振り向いた先には、眉を下げて目を赤くした、喪服姿の女性。
最初の式場で覗き見た、その人だった。
「あ、突然すみません。」
深々とお辞儀をした女性は品が良く見えた。
慌てて、俺は返事をする。
「い、いえ、とんでもない。」
「…その、亡くなったお義父さんの…、ことが知りたくて…。」
「僕たちが話してたのは、これです。」
和織は名刺サイズの広告をポケットから出す。
女性は両手で受け取ると、文字をゆっくりと追い始めた。
「…ヘヴンズ・レター…、思い出のお話から、手紙を…。」
食い入るように見つめる女性に、この人は亡くなった人に心残りがある人だというのがわかる。
問題は、この人の求めている手紙の内容だ。
先ほど、揉めていた声が聞こえている以上、簡単な内容ではないだろう。
依頼につながっても一筋縄ではいかない気がする。
俺はなんとなく面倒事な予感がして、どうにか胡散臭さを出して依頼が来ないようにしようか、とまで考えていた。
が、もう1人は違った。
「あの…、死って、必ず訪れるのに、…突然の事が多いと思うんです。
僕の母も、そうでした。あの時、もっと優しくすればよかった。
ちゃんと話せばよかった。そんな後悔ばっかりが押し寄せる。
だからこそ、誰かに救ってもらいたい時が、あると思うんです。」
「……そう、あなたも、大事な人を亡くされたのね…。」
「…お義父さんからの手紙、受け取ってもらえませんか?」
まだ会って数日の仲だけど、和織は時折、大人びた表情を見せる。
それは、母親という大切な存在を亡くしたからなのか。
傷ついて、痛みを知って、その足で立ち上がっているからだろう。
"誰かに救ってもらいたい時がある"それはきっと彼の本心で、
おそらく『ヘヴンズ・レター』が出来た理由。
…けど、遺書を書きたがっている。
和織は今、どんな気持ちで『ヘヴンズ・レター』を請け負おうとしているのだろう?
「…そうね…。お願い…、してみようかしら。」
それはとても悲しい笑顔で、俺には救いを求めているように聞こえた。
厄介事のありそうな遺族が、記念すべき1人目の依頼人となってしまった。
お通夜が始まるから、と部外者である俺たちは、日を改めることにした。
依頼人から連絡があったのはその2日後の事。
他の遺族には話をしていない、とのことで近隣のファミレスで話を聞くことになった。
「急にお呼び出しして申し訳ありません。」
「いえ、こちらこそご依頼ありがとうございます。『ヘヴンズ・レター』の河目 桜太郎です。」
「助手の和織です。」
「私、鷹羽 亜紀と申します。今回依頼したいのは、亡き夫の父の事なのですが…、少々複雑なので、ゆっくりお話ししますね。」
名前しか名乗らない和織に疑問を抱きつつ、俺はとりあえずノートを広げた。
この2日間、何もしなかった俺ではない。
あの日、式場で見た看板から故人が"鷹羽 篤次郎"という名前を確認し、
和織に頼んでネットで検索をしてもらえば、市内じゃそこそこな不動産会社の会長であることがわかった。
金持ちの葬儀で揉め事といえば、遺産相続が定番だろう。
愛人がいたとか、隠し子だとか。
そういう人物関係図を整理するにはやっぱり手書きのメモに限る。
そして、可能な範囲で相続についての初歩的な知識も予習済みだ。
「夫の父は、鷹羽 篤次郎と言います。
子供たちで揉めているのは、そのお義父さんの遺言書のことなのです…。」
亜紀さんの義父、篤次郎さんは遺言書をノートに記していた。
その遺言書には法的な効力がない為、内容に納得のいっていない長女が抗議しているそうだ。
篤次郎さんの妻は死別しており、親兄弟もいないことから、相続人は子供達に絞られる。
長男、鷹羽 篤志さん…は逝去されていて、子供もいないので相続権から除外される。
残るは長女の篤妃さん。
末子の篤子さんの2人のみ。
簡略的な家系図をノートに書きながら、俺は相続人の名前と関係性を記す。
亜紀さんが鞄から取り出したコピー用紙には遺言書と書かれたノートの写真が印刷されていた。
遺言書
第1条 遺言者は、遺言者名義の次の預貯金を、長男 鷹羽篤志の妻 鷹羽亜紀に3分の1、長女 鷹羽篤妃に3分の1、次女 鷹羽篤子に3分の1相続させる。
1 A銀行 ◯支店 普通 口座番号◯◯◯◯
2 B銀行 ◯支店 普通 口座番号◯◯◯◯
3 C銀行 ◯支店 普通 口座番号◯◯◯◯
第2条 遺言者は、遺言者名義の次の不動産を、前記 長男 鷹羽篤志の妻 鷹羽亜紀に相続させる。
1 土地
所 在 ◯◯市◯◯町◯丁目
地 番 ◯◯番◯
地 目 ◯◯
地 積 ◯◯平方メートル
2 建物
所 在 ◯◯市◯◯町◯丁目◯◯番地
家屋番号 ◯◯番◯◯
種 類 ◯◯
構 造 ◯◯
床面積 ◯階◯◯平方メートル
◯階◯◯平方メートル
3 建物
所 在 ◯◯市◯◯町◯丁目◯◯番地
家屋番号 ◯◯番◯◯
種 類 ◯◯
構 造 ◯◯
床面積 ◯階◯◯平方メートル
◯階◯◯平方メートル
4 建物
所 在 ◯◯市◯◯町◯丁目◯◯番地
家屋番号 ◯◯番◯◯
種 類 ◯◯
構 造 ◯◯
床面積 ◯階◯◯平方メートル
◯階◯◯平方メートル
第3条 遺言者は、遺言者の有する現金、その他本遺言に記載のない一切の財産を前記 長男 鷹羽篤志の妻 鷹羽亜紀に相続させる。
◯年◯月◯日
住所 ◯県◯市◯町◯丁目◯番◯号
遺言者 鷹羽篤次郎 印
「…これは…、本来、相続人ではないはずの"長男の妻"である亜紀さんが優遇されてますね。」
「そうなんです。多分、お義父さんは私へのお礼のつもりだとは思うのですが…。」
亜紀さんによる事情はこうだ。
数年前に体調を崩し、代表取締役を退いた篤次郎さんは会長になり、後を継いだのは長男ではなく、長女の婿である薪次さん。
本来ならば直系である篤志さんに継がせたいと前々から言っていたそうだが、
亜紀さんが子供に恵まれないことから先の事を考え、篤志さんは別の道に進むことを決めた。
ところが事故で命を落としてしまい、結局跡継ぎは薪次さんとなったのだ。
篤次郎さんは容体が芳しくなく、身の回りのお世話をすぐ近くに住む亜紀さんが行っていた。
お互い配偶者を亡くしていることもあり、家事を行い、一緒に食事をとることも多かったそうだ。
長女の篤妃さんは元々篤志さんとも折り合いが悪いこともあり、亜紀さんの事もよく思っていないらしい。
その為か、実家に寄り付くこともほとんどなく、篤次郎さんへのお見舞いや気遣いは見られなかった。
次女の篤子さんは、電話のやり取りなどはあるものの、親子の仲がそこまで良くないのか、顔を出すことはほとんどなかったらしい。
その結果が、財産は分配すれど、不動産の全権限は亜紀さんに譲るという遺言書だ。
「なるほど…、それは確かに亜紀さん財産を渡したいのも頷ける…。」
「と言っても、私は不動産の管理なんてできませんし…、なにより篤妃さんが納得されませんから…。」
「ふむ…。」
亜紀さんのしていたお世話、疎遠の長女夫婦、連絡はあっても、なかなか家に帰ってこない次女を考えれば、亜紀さんに比重が行くのは妥当といえば妥当だろう。
ただ、何故ちゃんとした遺言書ではなくノート形式のメモ書きのような遺言書で残したのか。
手紙を書くためにも、篤次郎さんの思考を読み解かなければならない。
「亜紀さん、このノート…、実物見せて貰えたりって出来ませんか?」




