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14話 贋作の存在意義(5)


室内は静かなのに、周りがガヤガヤと騒がしい。

時折爆音が聞こえて、どこか落ち着かない。



「そりゃまぁ、個室の方が良いんじゃないか?とは言ったが…。」



食後、そのままファミレスで手紙読む勢いだったので、「どこか個室とかでゆっくり読んだ方がいいんじゃないか?」とは言った。

確かに言った。

だからって…。



「普通カラオケボックスに来るかぁ…?」


「えー、いいじゃん。帰るにはまだ早いし。」


「俺はどこでも…。」



カラオケボックスなんて何年ぶりだろうか。

俺の時は曲を探す本があったんだが、部屋のどこにも見当たらない。

フードメニューも思いの外充実していて、時代の流れを感じる。

歌うわけでもないし、と俺はバッグからレターケースを取り出して、中身を坂城くんに渡した。

ほんの少し、緊張した面持ちで手紙を受け取ると、ゆっくりと便箋を取り出す。



『龍へ

あなたが生まれてきたときの事、今でも覚えています。

夜泣きが多くて、よく熱を出して、体の弱い子に産んでしまったかと心配になりました。

年を取るにつれて段々丈夫になって、野球を始めたときは別人かと思ったくらいです。

反抗期に入って、会話は少し減ってしまったけれど、

お母さんもうまく対応できなくてごめんね。

龍がお母さんにひどい事言うと、ついこっちもカッとなって、大人げなかったね。

でもね、言った本人が傷ついた顔をするもんだから、

お母さんは優しい子に育ってるんだな、と少し誇らしくもあります。

病気の事も、言わなくてごめんね。

受験が終わったら言おうと思ってたんだけど、痛みもなかったし、平気だと思っていたのが駄目だったね。

龍、お母さんはこれからも、毎日、「行ってらっしゃい」、「おかえり」って言うからね。』



「………母ちゃんじゃ、ないのになぁ…。」



静かに読んでいた坂城くんが、ぽつりと呟く。



「ノート、見ました。息子なのに、…俺はあんまり、母ちゃんを知らなかったみたいっすね。

……ああ、クソ…ッ!なんだよ、これ…!」



顔を上げた坂城くんの目から、ボロボロと涙がこぼれる。

手紙を濡らさないように服の袖で涙を拭っても、なかなか止まらない。

和織がスクールバッグから、タオルを取り出して坂城くんに渡した。



「…っ、字、…和織だろ。…お前、人の字似せるの、…上手かったもんな…っ。」


「…うん。」


「……はは、偽物だって、…わかってんのに…。なんでかなぁ…、っ…。」



坂城くんの後悔は、少しは涙と一緒に流れてくれただろうか。

母の愛情に、触れてもらえただろうか。

顔を埋めたタオルから漏れる声は、周りの音でほとんど聞こえなかった。

きっと、家だったら聞こえていただろう。

…わかってて、この場所を選んだのだろうか。

それとも、ただの偶然か…?

盗み見た和織の表情は、俺の知るどの感情にも当てはまらなくて、そっと視線を外した。





「俺、毎日「行ってきます」と、「ただいま」言います。

誰もいなくても。…母ちゃんが見てるだろうから。」



やっと涙が止まって、顔をあげた坂城くんの目は真っ赤だった。



「…それが良いと思うよ。」


「はいっ!」



どこかスッキリとした爽やかな笑顔に、こっちも安心する。

神も幽霊もいるのかは知らないけれど、なんとなく、彼の母親は見守ってくれている気がする。

そうであってほしい。



「和織も、ありがとう。俺、ちゃんと依頼料払うよ。」


「え、いいよ別に。」


「お前っ…、そういうとこドライだよなぁ。気持ちだろ!いいから!」



そう言って坂城くんは財布から千円を取り出すと、和織に手渡す。

そして、俺の方に来て、二千円を差し出した。



「…え。お、俺も…!?」


「え、って…、書いたの河目さんなんすよね?和織はあんな文書けないし。」


「龍っ!!」



馬鹿にされた!と、和織が席を立つが、坂城くんは気にも留めず、俺の手に二千円を握らせた。



「正直、今でもやっぱり偽物の手紙だと思ってます。

でも、母ちゃん言いそうなんすよね。あのノートと一緒に渡されてたら、多分、信じてました。」



自分の手に渡された二千円が、とてつもなく価値があるものに思える。

なんてことはない、二千円。

それなのに、どこか高級品のように思えてしまうのは何故だろう。



「なんで、先にノートを見せたんですか?」



問われて、考える。

別に、騙したいわけではない。

本物だとうたいたい訳じゃないのだ。



「本物に…、したくなかったから。」



考えがまとまるより先に、言葉が零れた。

そう、本物にはしたくない。

嘘はつきたくない。

ただ、想いを汲めばいいのだから。



「…?死んだ人からの手紙ですって言った方が、絶対人気でますよね?」


「…いいんだ。」



第三者が見るから、見える角度がある。

それに、本人からの手紙だなんて、もっと胡散臭いだろう。



「想いに触れて、伝える。それだけで、十分だ。」


「…よくわかんないけど…。2人がいいなら、それでいっか。」



俺は受け取ったお金を財布にしまって、お礼を言う。

学生からお金をもらうのは少し気が引けるが、気持ちを突き返すのも違うと思ったので、素直に受け取ることにした。



「よっし!じゃあ歌いますか!」


「え。」


「よっしゃ!俺も入れるか!」


「え?」



いつの間にか入れられていたらしい曲が再生され、室内に音楽が響き渡る。

そして構えていた和織がマイクを握り歌い始める。

その隣で、坂城くんはリモコンを操作し始めた。

…なんつーか、若者は切り替えが早いな。

結局、坂城くんのお父さんから連絡が来るまで、カラオケ大会は続いた。



翌日、俺たちは坂城くんの父親から電話をもらい、自宅に招かれていた。

初めてリビングに通され、どこか落ち着かない心地で椅子に座る。



「昨日は、息子がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ない。」


「い、いえ、とんでもないです。」


「一緒にご飯行っただけですよ。」



目の前にコーヒーが置かれ、お礼を言う。

どういう風の吹き回しだろうか。

前まで煙たがられていたような気がするが、コーヒーまで出されると何やら違和感を感じる。

自分の分のマグカップを持って、父親が向かいに座った。



「……ノートを、見せたんです。」



机の端に置いてあった白いノートを目の前に差し出し、ページを開いた。

以前見せてもらった日記のページ。

そこには、見覚えのない文字が増えていた。

恐らく、坂城くんだろう。

母親の日記、ひとつひとつに返事が添えられていた。



『買い物に来ていて、今日が母の日だったと気づく。

旦那と龍で花を買ってきてくれたのは、何年前だったろう?』

→来年はカーネーション買って飾るよ。


『最近、龍と口喧嘩が増えた。』

→ごめん。


『大人なんだから、我慢しなきゃいけないのに、つい売り言葉に買い言葉。

言ったあと、龍も少し戸惑った顔してたのに。

明日こそ、言い返すのをやめよう。』

→俺も言い過ぎました。反省してます。



簡潔だけど丁寧に書かれた字は、まるで交換日記のようだった。

そして、新たに追加されていた行。



『友達と久々にカラオケに行った。

母ちゃんの好きな曲歌ってきた。』



このノートの余白がなくなるまで、きっと日記は続くのだろう。

どちらともなく、俺と和織は頬を緩めた。

それ以上、返事など書かれないはずなのに、薄っすらと母親からの返事が見える気がした。



「これじゃ、妻には悪いけど…捨てられやしない。」



ため息交じりの言葉なのに、どこか嬉しそうで。

その目は慈しむようにノートを見つめていた。



「それと、……これを。」



ノートの横、俺側に白い封筒が見せられる。

よくある、長3の縦長の封筒だ。

不思議に思いながら、視線を封筒から父親へ戻せば、父親の顔は伏せられていた。



「手紙、ありがとうございました。

こちらは御礼です。」


「…え、ま、待ってくださいっ!

今回、お金は頂かないと言いましたし、昨日、龍くんからも頂きました…!!」


「ええ、聞いてます。これは私からの…心付みたいなものだと思ってください。」


「そ、そういうわけには…!」



俺が全力で否定していれば、和織が横から白い封筒を手に取った。

あろうことか、封を開けて中身の確認をしている。

(おいおいおい、流石に失礼だろ…!!!)

内心、冷や汗が出る。

俺の視線に気づいた和織は、父親の方へ向き直り、さも当然の様に言い放った。


「ありがとうございます!」


「待て待て待て!俺が今断ったの聞いてたか…!?」


「聞いてたよ?でも龍のお父さんがくれるって言ってるんでしょ?」


「おま…、なんでそう無遠慮なんだよ…。」



驚いた顔をして聞いていた父親が、笑い声を上げた。

…やっちまった。

人前でこんな失態を見せてしまうとは。

俺は封筒を奪い取り、和織の口を片手で塞いだ。



「す、すみません。あの、本当にお返ししますので…!!!」


「んんーー!!」


「ははは!和織くん、変わらないね。

それは本当に御礼だから、受け取ってください。

お詫びと思ってもらってもいい。」


そう言われたが、机の上に封筒を置いたまま受け取れない。

すると、「年上に恥をかかせるものではないよ」と優しく諭される。

俺は恐縮しながら、封筒をバッグにしまった。

父親に頑張ったことを褒められたような感覚に近い。

どこかむず痒くて、俺はそれを誤魔化すようにコーヒーを口に入れた。



「ところで、このことは和織くんのお父様は知っているのかな?」



"このこと"とは、恐らくヘブンズ・レターのことだろう。

前に、『天砂の名前は…、…使いたくないんだよ。』と言っていたし、やはりいいとこの子供なのだろう。



「………いえ、言ってません。」


「そうか…。初めて君が遊びに来た時はビックリしたよ。

小学1年生の時だったかな?

ある日の放課後、同じクラスで仲良くなったということで、龍が和織くんを連れてきた。

気が合うと言っていた割にはすぐ喧嘩するし、和織くんもなかなか奔放で、

家の中を自由に歩き回るし、一緒に来たお母様はずっと申し訳なさそうにしていたね。

夕飯前になっても帰りたがらなくて、結局大泣きした君をお母様が抱っこして連れて帰って。

そうしたら翌日、あのスカイデザート出版の社長・天砂社長が菓子折り持ってお詫びに来たんだから。」


「…そうでしたっけ?」


「す、スカイデザート出版…っ!??あの大手の…!??」


「…知らなかったのか?

天砂なんて苗字珍しいからね。この辺じゃ皆知ってるよ。」



驚きと呆れ半分で、坂城くんの父親は俺を見た。

スカイデザート出版から出ている雑誌や小説は勿論読んだことはあるし、CMだってよく見る。

週刊や月刊の漫画雑誌も複数出版している大手企業だ。

思わず和織を凝視する。

…和織の父親が、その社長…!?

社長の名前も顔も知りはしなかったが、天=スカイ、砂=デザートってことか…!

どっかの金持ちの息子だろうとは思っていたが、まさかあんな大手出版社の息子とは。

そこからの話はどこか朧気で、俺はこの後、和織にどう接したらいいのか余計な考えを巡らせていた。




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