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序章


ヘヴンズ・レター

ー感情を紡ぐ不器用なおじさんと、それを記す少年の話ー




序章




『この度は当雑誌のコンテストへご応募頂き、ありがとうございました。

厳正なる審査の結果、誠に残念ながら今回は落選となりました。』


またか…。

ふぅ、と浅いため息を吐いて、無機質な言葉が羅列されたノートパソコンを閉じる。

五分おきに更新ボタンを押していたWebメール。そこに届いたのは先日応募した、優勝者は小説家デビューを確約としたコンテストの結果通知だ。


平日のファーストフード店は比較的空いてる。

特にここは駅から少し離れているし、看板も目立たない為に良い穴場であった。

次第に増えてくる学生の姿に、春休みが終わったのだな、と実感する。

自堕落な生活をしていると季節感が薄れて良くないとは思いつつ、ペンを取る手をやめられなかった。

…店が混みだす前に出て行こう。


コーヒー1杯で何時間も粘るメンタルは持ち合わせていない。

使い古されたよれよれのトートバッグにパソコンを無造作に入れて、テーブルを片付ける。

席を立つ時に隣のテーブルに腰が当たり、衝撃で何かが落ちる音がした。



「あっ、すみません…。」



咄嗟にしゃがんで床を覗き込めば、綺麗な青色のボールペンが目に入る。恐らくこれが落ちたんだろう。



「す、すみませんでした。」



拾い上げて体を起こし、ボールペンの先を自分に向けながら、頭を軽く下げる。

落とし物を差し出した右手を視界に入れれば、机の上に広げられたノートに目がいった。



…こんなことになってしまい、申し訳ない。

…いずれ言おうと思っていたまま、

…愛する妻と子に残せるものが、



一部分とはいえ、妙に引っかかる変な文章だ。

まるで…遺書のような…。

リストラとか、何かがあったサラリーマンだろうか。

右手がスッと軽くなり、ペンの主が受け取ってくれたのだと安心して顔を上げれば、想像していなかった姿にまた驚いた。



「どうも。」



美人だ。

いや、声の低さから男、それも学生服だった。

透き通ったビー玉のような、綺麗な目が見えた気がしたが、次の瞬間には普通のこげ茶色の瞳だった。

軽く会釈して立ち去りながら、頭の中は応募した小説が落選記録を更新したことよりも先程の文字とキラキラと光る瞳のことでいっぱいだった。

ゴミの乗ったトレイを機械のように片して、店を出る。

温暖化の所為か、4月だというのに夏日のような日差し。

それを避けるように、用もないスーパーを通り抜けて、借りているアパートへ向かう。


駅から徒歩20分。築46年、独身男性しかいないちょっと古臭いアパートには実家よりも落ち着く謎の安心感がある。

鍵を差し込んでいつもの通り玄関に入った途端、まるで頭に石像でも乗ったかのように膝から崩れる。

薄れゆく意識で走馬灯のように今日の出来事が駆け巡る。

なぜ。

なぜ、あんな綺麗な少年が遺書を?

妻子持ち?いや、高校生くらいだよな?

小説でも書いてるのか?

ぐるぐると先程の光景がフラッシュバックする。

何より気持ちが悪いのは、どの文章も同じペンで書かれてる様だったのに、

『すべて筆跡が違った』ことだった。





ーチュンチュンチュン…

スズメの声がする。今日も1日が始まったのだ。


ふと、独特な臭いが鼻を刺激して不快な気分になる。

焦点を定めるように目を凝らせば、汚れた白い壁に黒い紐が交差していて、リボンが結ばれている。

これは…。



「くっっっさ!!!」



自分の履き古したスニーカーだ。

どうやら、あのまま力尽きて、玄関で寝ていたらしい。

コンテストの結果が気になり、応募してからずっと眠りが浅かったからか、

時計を見ればおおよそ店を出てから18時間は過ぎていた。

今日はバイトが無くて良かった。

生活が出来るギリギリのラインでアルバイトをして、

それ以外の時間はすべて小説に費やしている。

つまるところ、今日は執筆日だ。

洗面台で顔を洗って歯磨きをし、デスクに向かう。


昨日の子、変な字だったけど、妙に綺麗だった。

なんというか、生きている字に見えた。

それぞれが違う人生の字のような…。



「いや、何を言ってるんだ俺は…。」



広げたカレンダーの裏紙に文字を綴るが、ミミズの這ったような汚い字が躍る。

それも、二行目にすら辿り着けない。



「ああ、クソ…ッ!」



気晴らしに行こうと玄関を出た足は、昨日のファーストフード店へと向かっていた。

のんびり歩いたつもりが、思ったより早めに着いてしまった。

ワンコインのコーヒーだけを頼んで、昨日の席を見れば、隣に昨日の少年が座っていた。

平日の真っ昼間だというのに、学校はいいのだろうか?

席に着く際、ちらりと机の上を見れば「遺書」という文字が見えてぎょっとする。

いや、予想はしていた。

けど、なんだ、人間、顔だけじゃどうにもならないのだな、と他人事のように思う。

実際、他人事だ。

けど、惜しい。

あれだけきれいな字が書けるのに?

俺なんて字が汚いから慣れないパソコンで代筆してるのに…?

そう思うと、俺は少しムカムカしてきた。

入賞しなかった八つ当たりではない。断じて。

周りに客が少ないのをいい事に、俺は声をかけた。



「君、何書いてるの。」



少年はびくりと全身を震わせて、ノートを隠した。

自分自身、思ったより無機質な声が出てしまい、動揺した。

なにせ人と話すのは久しぶりだった。

戸惑うような少年の視線に、俺は咄嗟にネタに使える何かを持ってる子だと思った。

思いたかっただけかもしれない。



「いや、その辺のおっさんくらいの方が話しやすいこともあるかなーと思って、はは。」



全然うまく話せない。

変な空気になってしまい、内心冷や汗がたれる。

不審者がられて、帰られるかもな。

けれど、少年は予想に反して口を開いた。



「…遺書を、書いてました。」


「え。」


「死にたいなって思って。でも、自分の字がわからないんです。」


「え、何?どういうこと…?自分の、字…?」



俺が盛大に混乱していると、

少年は表情を変えることなくノートを見せた。

ノートにはやっぱり違う筆跡の羅列で、気味が悪いくらいだ。

見事に違う筆跡。

なのに、どれも迷いがない。




「これは、隣の席の子の字、こっちは数学の先生、これは母親、これはその辺の落書きの…。」


「ま、待って待って!?字って…、え!?真似してるってこと!?筆跡を!?」


「真似っていうか…。見た字を頭の中でインストールしてプリントするだけ。簡単じゃん。」


「は!???」



なんなんだ、この子…。

何を言ってるんだ…?

でも、確かにノートの字はすべて同じペンで書かれていて…、見事に違う筆跡。

これを…、1人で?

この子が真似たっていうのか…?


俺はトートバッグに入れてあったネタ帳を少年に見せる。

自分以外には解読できなそうなほどの汚い字。



「な、これ読めるか?そんで写せる…?」


「え、…まぁ…。」



少しだけ戸惑い気味に少年はメモ帳を見る。

これは今書いてる小説の序章部分だ。

少年の目が字を追うごとに、透き通って見えた。

あの、ビー玉の瞳だ。

見間違いじゃない。

この子の目には、何かがある…!


ペンを取った少年は、自分のノートにスラスラと書いていく。

恐ろしいのが、ペンの握り方まで俺と同じだ。

ゾッとしながらも、俺は胸が高鳴っていたように思う。

ノートの上を走るインクは、寸分の違いもないようなミミズ文字。

まるでコピー機でも使ったようだった。



「…これ、面白い始まりだね。なんの本?」



少年は変わらぬ態度で聞いてきた。

俺は今、すごいものを見たと同時に、心臓が震えた気がした。

恐ろしいほどのコピー能力。

トレースでもしたかのような精密さ。

見たはずもないのに、そっくりなペンの持ち方と書き癖。

それと、今まで言われたこのない賞賛の言葉。

彼は、俺の小説の冒頭を"面白い"と言ってくれた。

遺書を書く少年に、興味を持たれた。

それがどれほどすごい事なのか。

そんなのは自画自賛だ。

けど、俺は確実に、この少年の心を動かした。

その事実に俺の止まりかけていた心臓が、確かに揺れた。



「…俺が、書いたんだ。」


「え、おじさん小説家なの?凄いね!」


「…まだ、おじさんじゃない。それに1回も賞を取ってないし、本も出ていない。」


「ふぅん…、大変そうだねぇ。」



そう言って、少年はネタ帳をパラパラと読み出す。

凄いな、俺の字を解読できるなんて。

前に出版社にアナログ原稿を送って、唯一来た返答が『文字は丁寧に書いてください。』だった。

だからパソコンに切り替えたというのに、結果は散々だった。



「…僕、死んだ人からの手紙を書きたいんだ。」


「…え?」


「亡くなった人の未練ってよく聞くでしょ?でもさ、残された人間だって、未練はいっぱいなんだよ。

"葬儀をして、はい、おしまい。"なんて、普通納得できないよ。」



少年の言うことはもっともだ。

実際、グリーフケアというものが存在している以上、遺族側のケアの重要性は高い。

…そんなことを、この目の前の少年が考えるのか。

死を考えてる人にこそ、わかることなのだろうか。

俺は毎日打ちひしがれても、死にたいと思ったことはなかった。

まだ書きたいことがたくさんあるからだ。



「なんというか…、すごい考えだな。俺には思いつかない。

…本当に、君のような子が、将来日本を背負ってくんだろうな…。」


「…大袈裟。っていうか、遺書書いてる子供に言うことじゃないね。」



少年は初めて笑った顔を見せた。

自分と違う、綺麗な顔で、こんなにも切ない顔をするのか。

何かを諦めたような、どこか冷めた笑いが脳裏に焼き付く。



「でも、実際考えたんだよ。でもね、僕、相手の感情がよくわからないんだ。」


「それで…、そんな人生を諦めたような顔をしてるのか。」


「…はは、すごいね、おじさん。僕の表情が読めるんだ?」


「違うな、表情もだけど、話を聞く限り、…君は、遺族側…なんじゃないか?」



少年の表情が硬くなった。

多分、図星だろう。

そのことに触れられたくないのか、少年は話を戻した。



「僕はこのサービスを"ゾンビレター"と名付けてみたんだけど…。」


「いや、ゾンビレターって怖ぇな!?もう少し感動的にならないか!?」



真面目な顔をしているが、ネーミングセンス皆無だ。

そもそもゾンビなんて名前つけられて遺族が喜ぶ訳ないだろう。



「仕方ないじゃん、こういうの苦手なんだよ…。」


「…ったく…、そうだな…。

亡くなった人からの手紙…、空…天国、ヘヴン…。

ヘヴンズ・レターってのはどうだ?」


「ヘヴンズ・レター…。」


「それにしても、少年…。お前の遺書は文脈がぐちゃぐちゃだな…。」



机の上に放られたノート。

見えてる部分だけでも文にまとまりがない。



「じゃあさ、おじさんが考えてよ!僕が代筆するから!」


「…はぁ!?」


「いいじゃん、小説のネタになるかもしれないよ?報酬も6対4。おじさんが6でいいよ。」


「ぐ…ぬぅ…。」


「…それでさ、最後は…。」



少年が机の上のノートを見せる。



「最期は、僕の遺書を手伝ってよ。」





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