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1話

ネオンは退廃を、排ガスは金粉の匂いを運んでくる。ここ、ゴールド・スクラップは、その名の通り、金が支配するスクラップと欲望の街だ。地平線まで続く廃工場と、違法カジノのギラついた光、そして常に漂う火薬の臭い。法も道徳も、この街では黄金の重さで量られる。


俺の名前はキリ。殺し屋だ。


今日の獲物は「ビッグ・ジョー」。裏カジノの支配人だが、どうやらデカい金を横領し、組織を裏切って高飛びを企てていたらしい。依頼主はジョーが属していた「G.O.L.D(Golden Outlaw’s League of Destruction)」のボス、キング。ゴールド・スクラップの真の支配者だ。


俺は錆びついた非常階段を上り、ジョーが隠れている廃墟ビルを見下ろした。愛用のリボルバー、**「アトラス」**の銃身を撫でる。重く、冷たい感触。これは俺の命であり、稼ぎだ。


ジョーは最上階の窓枠に座り、葉巻を燻らせていた。夜景を眺めながら、逃げた後の豪遊を夢見ているのだろう。バカな奴。この街から逃げられると思っているのが、何よりの罪だ。


風向きを確認し、呼吸を整える。


パンッ、と乾いた一発。


ジョーの葉巻が火花を散らし、彼の身体は夜空へと吸い込まれるように落下していった。音もなく、ただ重力に従って。


ミッション完了。報酬はゴールド・スクラップの口座に振り込まれる。今日の取り分で、しばらくは廃油まみれのステーキと安酒にありつけるだろう。


俺は闇に紛れてその場を後にした。背後では、ジョーの落下地点に集まったハイエナたちが、彼のポケットを漁り始める気配がした。


ゴールド・スクラップ。ここは生きるためなら、誰の骨でも踏みにじる場所だ。そして俺は、その骨を砕くプロフェッショナルだ。


それからも、俺は次々と仕事を片付けた。裏切り者、情報屋、果てはキングに逆らったゴロツキの始末まで。ゴールド・スクラップでのキリの名は、冷たい鉄の響きと同意義になっていた。


そんなある夜、いつものように報酬を受け取り、アジトに帰る途中、奇妙な出来事が起こった。


廃墟と化した銀行の跡地を通り過ぎたとき、突然、空気が歪んだ。ネオンの光がバグを起こしたかのように、緑と紫のピクセルに分裂し、路上の廃車が一瞬、ポリゴン化して消えたのだ。


「…なんだ?」


俺はアトラスを抜き、周囲を警戒した。目眩がする。頭の奥で、甲高いノイズ音が響いた。


その瞬間、俺の視界の隅に、半透明の文字が浮かび上がった。


【SYSTEM ERROR: Terrain Load Failure. Reverting to Default Texture Pack.】


一瞬で文字は消えた。しかし、俺の心臓は激しく鼓動していた。現実が、今、俺の目の前で、プログラムのエラーのような挙動を見せたのだ。


次の日から、異変は加速した。


道端のジャンクフード店の看板の文字が、突然**「フォントサイズ変更」**のような表示と共に巨大化し、元に戻る。


キングの護衛を撃ったとき、そいつの身体が血ではなく、**「ダメージポイント」**を示す青い数字と共に消滅した。


俺自身も、突然の頭痛と共に、自分の手首に**【HP: 85/100】**のようなゲージが一瞬見えた気がした。


俺は怯えた。長年の殺し屋稼業で、死は恐れない。だが、現実の崩壊は、俺の存在そのものを揺さぶった。


俺はキングに報告すべきか迷ったが、キングはただでさえ常軌を逸している。こんな話をすれば、間違いなく精神異常者として処分されるだろう。


俺は一人で真実を探すしかなかった。このゴールド・スクラップの裏に隠された、何かを。


俺は手がかりを求め、この街で最も古い情報屋の元へ向かった。古びたバーの奥、酒とタバコの煙に巻かれた婆さんは、全てを知っていると言われている。


「おい、婆さん。知ってるだろ。最近、街がおかしい」


婆さんは笑った。しわくちゃな顔が、どこか嘲笑っているように見える。


「キリ。あんたも気づいたかい。あんたは特別だからねぇ」


婆さんはグラスの酒を一気に飲み干すと、震える声で告げた。


「この世界は**『ゴールデン・スクラップ・サバイバル』**さ」


俺は耳を疑った。


「…何だと?」


「そのままだよ。ゴールドを巡って、アウトロー(スクラップ)が殺し合う、最高のリアル系デスゲームさ。あんたはその中でも、トップランカーの一人だよ、プレイヤー名:キリ」


俺の頭の中で、全てのピースがはまった。


黄金が全てを支配する理由。


キングという絶対的なボス、つまり**最終目標ラスボス**の存在。


そして、俺の周りで起きていた、システムのエラー。


婆さんは続けた。「あんたは、**『ゴールド・キラー』**の異名を持つほどの腕前だったが、最近、現実世界でのあんたの意識が、**肉体アバター**への干渉を強めている。だから、バグが起きるんだ」


つまり、俺が今いる世界は、現実ではなく、デーム。そして俺は、その中で殺し屋を演じるプレイヤーだった。


「俺は、現実で何者なんだ…?」


「さあね。ただの廃人かもよ。このゲームにハマりすぎて、意識だけがここにいる」


俺はアトラスを落とした。鈍い金属音が床に響いた。


殺し屋キリとして生きた日々、血の匂い、金銭の冷たさ、全てが偽物だった。俺の命がけの戦い、苦悩、矜持。全ては**『EXP』や『ゴールド』**という数値に還元される、仮想現実(VR)の娯楽だったのだ。


俺はバーを出た。空は依然としてネオンに照らされ、人々は欲望に目を輝かせながら、殺し合い、金を奪い合っている。


これらは、ただのノン・プレイヤー・キャラクター(NPC)か、あるいは他のプレイヤーか。もう、どうでもいい。


俺はアトラスを拾い上げる。その銃口を、自分のこめかみに押し当てた。


「ゲームオーバー、か」


【ログアウトしますか? Yes / No】


俺の視界の真ん中に、巨大な、見慣れない文字が浮かび上がった。


俺は笑った。乾いた、絶望的な笑い。


殺し屋キリは、このデームの中で、自分の生きた証を求めた。だが、その証は、現実という名の冷たい病室で、酸素マスクに繋がれた俺の抜け殻にこそあるのかもしれない。


俺は指に力を込めた。


パンッ!


その瞬間、世界はホワイトアウトした。


エピローグ


白い、人工的な光。消毒液の匂い。


キリは目を開けた。そこは、チューブや医療機器に囲まれた、薄暗い病室だった。


彼の頭には、分厚いVRヘッドセットが装着されており、それを外した看護師が、安堵のため息をついた。


「よかった、目を覚ましましたね。キリさん。また長時間潜りっぱなしで…本当に心配しましたよ」


キリは虚ろな目で、天井を見つめた。


**「『ゴールデン・スクラップ・サバイバル』**は、もう終わりですか?」


看護師は戸惑いながら答えた。


「ええ。もう電源は切りました。…あんな暴力的なゲーム、もうやめた方がいいですよ。現実に帰りましょう」


キリは自分の手を見た。殺し屋のタフな手ではなく、弱々しく、痩せ細った、ただの男の手だった。


彼はただ一言、呟いた。


「…つまらない」


現実は、ゴールド・スクラップと比べて、あまりにも色褪せていた。金はただの紙切れで、命は簡単には失われず、そして何より、鉄の重さと火薬の匂いが、どこにもなかった。


キリは、再びヘッドセットに手を伸ばした。


「すいません。もう一度、ゴールド・スクラップに戻ります」


看護師は悲鳴のような声を上げたが、キリは聞かなかった。


電源が再起動する。視界が暗転する。


そして、ネオンと排ガス、金粉の匂いが、再びキリの意識を包み込んだ。


【プレイヤー名:キリ。ログインしました。】


【HP: 100/100。所持金: 35,000ゴールド。】


キリは立ち上がった。錆びついた非常階段、冷たいリボルバー、そして、黄金に憑かれた街。


「…ああ。これだ」


彼はにやりと笑った。


殺し屋キリは、今、現実へと帰還したのだ。


彼は再び、銃を構えた。



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