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第五章:嵐の前の誓い

俺の召集問題が村ぐるみの偽装工作によって解決されてから、村の空気は目に見えて変わった。

それは、危機感を共有したことによる一種の結束力だった。

バルガスさんと村長が村人たちを集め、「魔物の脅威が迫っており、ラングルドはその対策のために村に残る」と公式に発表したことで、俺は正式に村の防衛責任者という立場を得た。

もはや俺を「気味の悪いよそ者」として見る者はいなかった。

誰もが俺の指示に真剣に耳を傾け、協力してくれた。

俺は未来の記憶と傭兵時代の知識を総動員し、村の防衛計画を練り上げた。

森を抜ける道にはいくつもの罠を仕掛けさせ、村の周囲には木の柵と簡素な見張り台を設置した。

そして最も力を入れたのが、自警団の訓練だった。

俺は彼らに連携して戦う組織戦闘の基本を徹底的に叩き込んだ。

最初は戸惑っていた若者たちも、訓練を重ねるうちに目覚ましい成長を遂げていった。

彼らの目は、もはや怯えた村人ではなく、故郷を守る戦士の目になっていた。

子供たちは俺を見かけると「剣の先生!」と呼んで駆け寄ってくるようになり、女たちは訓練の合間に差し入れを持ってきてくれる。

俺は、生まれて初めて『誰かに必要とされる喜び』というものを感じていた。

だが、敵も黙ってこちらの準備を眺めているわけではなかった。

『影』による妨害工作が、静かにしかし執拗に始まった。

井戸に毒が仕掛けられ、家畜が病で倒れ、些細なことで村人同士が殺し合い寸前の喧嘩を始める。

『影』は人の不安や猜疑心を増幅させ、内側から共同体を崩壊させようとしていた。

その淀んだ空気を一掃してくれたのはエリアナだった。

彼女は、不安に駆られる村人たちを一人一人訪ねては、優しく声をかけ、話を聞いて回った。

そして、夕暮になると、彼女は村の広場に立ち、歌を歌うのだった。

彼女の歌声には、不思議な力があった。

傷ついた心を癒し、荒んだ感情を鎮め、人々の心に温かい希望の灯をともすような清らかな響きを持っていた。

歌が終わる頃には、村人たちの顔から険しさは消え、穏やかな表情が戻っていた。

エリアナこそが、この村の本当の守り神なのだと、改めて思い知らされた。

俺が作っているのは物理的な『砦』だ。

だが彼女は、村人たちの心を繋ぎ、守るための精神的な『絆』そのものを紡いでいる。

「ラングルド。

あなたの剣、音が変わったわね」

ある日、道場を訪ねてきた彼女は言った。

「前は、聞いていて胸が苦しくなるような悲しい音がしていた。

でも、今のあなたの剣は、何だかとても温かくて…優しい音がする。

今のあなたの剣、私、好きよ」

その言葉は、どんな褒め言葉よりも、俺の心に深く響いた。

俺は、間違っていなかった。

俺が進んでいる道は、確かにエリアナへと繋がっているのだ。

そして、秋が近づく。

森は不気味なほどの静けさを増し、運命の日が間近に迫っていることを告げていた。

やるべきことは、全てやった。

俺はエリアナを誘って、村の外れにある小高い丘へ向かった。

俺たちが子供の頃によく一緒に遊んだ、思い出の場所だった。

二人で並んで草の上に座ると、エリアナがぽつりと言った。

「綺麗ね…私たちの村。

この景色をずっと見ていたいな。

ラングルドと一緒に」

その当たり前の未来を俺は一度、彼女から奪ってしまったのだ。

俺は覚悟を決めて、彼女に向き直った。

「エリアナ、聞いてくれ。

俺は、未来から来たわけじゃない。

だが、一度、取り返しのつかない失敗をした。

俺のせいで、俺が守りたかった全てが、失われたんだ」

それは、嘘ではなかった。

俺の人生という時間軸において、それは紛れもない事実だった。

「だから、俺は誓ったんだ。

今度こそ、二度目の機会が与えられたのなら、命に代えても守り抜くと。

この村をそして、俺にとって何よりも大切な君を」

俺の告白にエリアナは驚きもせず、ただ静かに耳を傾けていた。

そして、俺が話し終えると、彼女はそっと俺の手に自分の手を重ねた。

「…そう。

大変だったのね、ラングルド」

その声は、全てを受け入れるような深い慈愛に満ちていた。

「でも、もう一人で背負わなくていいのよ。

あなたのその誓い、私も一緒に背負うから。

私も戦うわ。

剣は使えないけど、私の歌で、私のこの声で、みんなを守る。

あなたの隣で」

その瞬間、俺たちの間にあった最後の壁が、完全に消え失せた。

俺たちは、共に運命に抗う、対等なパートナーなのだ。

未来の俺が言っていた『絆の力で運命を乗り越える』。

その真の意味を俺は今、確かに掴んだ気がした。

俺は彼女の手を強く握り返した。

「ありがとう、エリアナ」

夕日が西の空を茜色に染める。

風が止み、世界から音が消えたかのような静寂が訪れる。

俺は、森の向こうに黒い靄のようなものが立ち上り始めているのに気づいた。

来たのだ。

運命が、俺たちの絆を試しに。

俺は立ち上がり、エリアナを背に庇うようにして、腰の剣に手をかけた。

「エリアナ、村へ戻るんだ。

教会へ行って、みんなと一緒にいてくれ」

「ラングルドは?」

「俺は、迎え撃つ」

俺の顔には、もはや恐怖も焦りもなかった。

心は、澄み切った水面のように穏やかだった。

隣には、共に戦うと誓ってくれた彼女がいる。

背後には、俺を信じてくれる村人たちがいる。

俺はもう、孤独な灰色の剣士ではない。

エリアナは俺の覚悟を悟ったのか、こくりと頷くと、一度だけ強く俺の手を握りしめ、そして村へと駆け出していった。

彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は森の闇に向かって静かに呟いた。

「さあ、始めようか。

俺と、お前たちの戦争を」

そして、その後ろ姿をバルガスさんやカイが見ている……気がした。


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